サナの過去
サナは、両親から虐待されていました。生まれた瞬間から、この子はいらない子だ、と。自分たちに子どもがいることさえバレたくない、とサナの存在をひた隠しにしていたのです。
ですから、子どもが生まれたことを国に報告しませんでした。それが義務であるというのに……人里離れた山の中で、サナを閉じ込め、隠し、ひっそりと暮らしていたのです。まあ、そのおかげで呪いを受けずに済んだのですけどね。
「虐待……」
「もしかして、ベリラルでは昔の風習が色濃く残っていますの……?」
そうですね、外界から隔離されているような国ですから。もちろん、外交はしますけどね。とはいえ、金品のやりとりだけでは、外の世界でどう考え方が変わっているのかまではわからないでしょうし、わかったとしてもあの王であればその考えを取り入れようともしないでしょう。
「どういうことにゃ? 昔の風習……獣人差別とか、黒髪差別とかにゃ……?」
「そうですわ、エミル。獣人は人と異なる容姿というだけで古くから差別されてきましたわね? あとは黒髪。わたくしたちは魔力の質によって使える魔法が違ったりしますでしょ? それが髪の色に現れることも多いのです。ですから、魔王と同じ黒髪持つ者は、闇の魔法を扱えるとされて、魔物をおびき寄せると言われ忌憚されてきたのですわ」
「魔王と同じ黒髪だからだと思ってたにゃ……! そんにゃ理由があったんにゃ……」
フランチェスカの言う通りです。ベリラルの差別意識は、最も酷かった頃と変わっていないとだけ言っておきましょう。
「ほとんど変わってない……じゃあサナは……!」
ええ、黒髪ですから、一目見て両親から見捨てられたのです。ただ、サナにとってほんの僅かに良かったことは、黒髪を産んだことで王から罰を受けることを恐れた両親が、サナの存在を隠したことですね。おかげで、呪いは受けませんでしたし、国民に晒されながら拷問される事も避けられたわけですから。
ここまで話を聞いた三人は、もはや絶句していました。でも、話を盛っているわけではありませんからね。あの国王ならやるでしょう。国民を集め、闘技場にサナを磔にし、拷問することなど当たり前です。なんなら、産み落とした両親さえも一緒に磔にしたことでしょう。
さらに恐ろしいところは、その拷問を国民一人一人にやらせるところです。日頃、押さえつけられた生活をして鬱憤の溜まった国民にとってはちょうど良い憂さ晴らしになるのですから。閉鎖された国で、ひたすら生きることに必死で、倫理観などあったものではありません。国王がそうするなら、自分たちもそうするのが当たり前で、正義なのです。それを疑う者はさらに罰せられ、異質さに違和感を抱いた旅人さえも餌食になります。
「サナ、ごめん。嫌なこと話させてて大丈夫か?」
気遣わしげにナオがサナに声をかけます。けれど当のサナはこれといった感情をみせていませんね。
「うん、平気。だってなんていうか……自分のことって実感がないもん」
それはそうです。貴女の辛い記憶は、私の中に封印していますから。勝手なことをして申し訳ないと思っています。けれど、サナに辛い思いをしてほしくなくて……
「そんなの、謝らないでジネヴラ。私のためにしてくれたんでしょ? それに、今聞いて私、覚えていなくてよかったかもって、そう思ったから……」
サナはそう言いながら自身の身体を抱きしめて身震いしました。他人事のように思えても、話の内容自体はなかなかにヘヴィですからね。
「本当に、何も覚えていませんの……?」
フランチェスカも、痛ましげにサナを見つめます。そんな風に見られて、サナの方が戸惑っていますね。
「うん。心配されるのが申し訳ないくらいだよ? 大丈夫だから、そんな顔、しないで?」
「それでも、やっぱり心配にゃ。かわいそうにゃあ、サニャぁ!」
「ああ、エミルまで、泣かないで? ね? ね?」
サナが慌ててみんなのフォローに回ります。どっちが慰められているのかわかりませんね。でも良かった。話を聞いてもサナに影響が出ていないようで安心しました。油断はできませんけれど。
「よし。話はわかった。これ以上はやめとこう。今、サナが大丈夫そうでも、ふとした時に思い出さないとも限らないし……」
「そうですわね。今は、もう一つの話題について考えましょうか。……ベリラルが、そんな状態になっていたなんて全く知りませんでしたわ。噂ではとても良い国だとしか聞いていませんでしたもの……一国の王女として恥ずかしいですわ!」
そうですね。これからベリラルに向かいますから、考えるべきは国の体制についてでしょう。闇の魔力に飲まれているようですので、もはや以前のように表向きを取り繕えていないでしょうけれど。
「魔王に支配されているなら、余計に気になるな……元々腐ってたみたいだから良くなってたりしねぇかな」
「短絡的すぎますわよ、ナオ」
「ごめん」
まあ、ナオの言いたい事もわかりますけどね。むしろ、そう願ってしまう私がいるわけですし。
「闇の魔力は、人の負の感情を増幅させがちですもの。使い方さえ間違えなければ、闇魔法も有効で素晴らしい魔法ですのに……こういったことが起こるからより闇が忌憚されてしまうのは悲しいですわ」
実際、人に悪影響を及ぼしてしまうのは事実ですからね。まだ魔力の制御も覚束ない子どもや、魔力が膨大すぎて溢れてしまう魔王が厄介者扱いされるのは仕方ないとも言えます。
「でも、そういえばサナは黒髪だけど……闇の属性じゃないよな」
ふと、ナオが気付いたようにそう告げました。確かにサナは黒髪ですが、闇の属性は持ち合わせていません。魔力が多すぎるため、制御の覚束ない子どもと同じ状態ではありますが、たとえ漏れ出たとしてもその魔力に属性はついていないように思います。
「私って、魔力の属性がないのかな?」
「そういう方もいますわ。というより、適性がなければみんな無属性という扱いになりますから、無属性の人が一番多いのですわよ」
「エミルみたいに、身体の強化に使うタイプも無属性にゃ!」
そうなのですよね。サナはまだ魔法を使おうと訓練している最中でもありますから。今後、自分の適性が判明してそこを強化していけば、それが属性になるかもしれませんね。生まれながらに属性が強く出てくる場合もありますけれど、どちらも珍しいことではありませんから。リカルドも生まれつきの方です。
「リカルドは生まれつき火属性なんだって。身体は同じでも属性が違うのって、なんだか不思議……ナオは生まれつき光属性、って感じかな?」
「ん、そうだぞ。でもそれしか使えないってわけじゃなくて、あくまでも得意ってだけ」
ただ、属性がない人がいくら努力しても、生まれつきには敵わない、とはよく聞く話ではありますが。これが才能というものですね。
「話を戻しましょう。こういう事例が多いことが判明していますから、黒髪差別は全く意味のないものとなっているのですけれど……ベリラルではそうではないということなのでしょう? 国に入る前には念のため、認識阻害をかけておきましょうか。サナとエミルに」
はたして、国として保たれているかはわかりませんけれど、予防線を張っておくのは大事ですからね。余計な争いを生まないためにも、それが最善であると私も思います。
そういうわけで、サナもエミルも提案に否やはなく、その方針で向かうことに決まりました。ベリラル到着までは、あと一息です。





