ストレス
北の森は、奥へ進めば進むほど、魔物の数が減って行きました。これまでは増えていく一方だったのに、なぜ減るのか。その疑問はすぐに明らかとなります。
「くっ、個体の強さが変わったな……!」
「ええ、一撃で仕留められる魔物はもういませんわ。きっと、この辺りの強者にすでに狩られているのですわよ」
そう、数が減った代わりに、強い個体が出てくるようになってきたのです。三人で協力して倒さなければならないほどの強さです。
『いい加減、あたしが行かせてもらう』
痺れを切らせたルイーズがそう告げて颯爽と支配者の席へと向かいました。ええ、頼みましたよルイーズ。
スキル【スピリットチェンジ】発動しました。
体の使用者がサナからルイーズへと変わります。
「! その動きはルイーズ、にゃ!?」
「察しがいいな。エミルとあたしで前線に立とう」
「にゃふふ、これでグッと楽になったにゃ!」
チェンジ後、すぐに素早い動きで前に出たのを見て、エミルだけでなく他の二人もすぐにルイーズだと察してくれたようです。どこかホッとしていますね。守らなければならなかった対象が、一気に心強い味方となりましたから、さすがに安心したのでしょう。サナが大切であることに変わりはありませんが、それとこれとは話が違いますからね。
ルイーズが参戦したことで、四人はようやく先へと進むことができました。いちいち戦闘になっていては、前に進もうにも進めなかったのです。
暗くなる前に、どうにか魔物から姿を隠せるような場所を見つけて、野宿の用意をしなければなりません。これまでとは違って、魔物との遭遇率が高くなる以上、野宿の場所にはナオの光魔法をかける予定でした。先ほど軽々とかけていましたけれど、魔力をかなり消費するのは同じです。出来る限り温存はしたいところですが、目的地も近いですし、安全には変えられませんからね。魔力の回復薬も村でいただきましたし、主に二人しか使いませんから、さほど問題はないでしょう。
「どこ行っても暗いな……時間の感覚がわかんねー!」
どれほどの時間進んだでしょうか。もはや倒した魔物の数もわかりません。気付けば辺りはうす暗くなっていましたが、体感としてはまだまだ明るい時間でしょう。けれど、木々も鬱蒼と茂っており、空の様子もあまり伺えません。濃い闇の魔力が充満しているせいで、どこを見渡しても薄暗く見えました。
「それに、開けた場所にゃんかどこにもにゃいにゃ……エミルそろそろ休みたいのにゃ……」
エミルがうにゃーんと泣き言をもらし始めました。体力はあるはずなのに、珍しいですね……あ、なるほど。エミルはあまり魔力の耐性がないので、この闇の魔力の影響で少し心が疲弊しているのかもしれません。
同じことに気付いたフランチェスカが、仕方がないのでここで一旦休憩にしましょうと声をかけました。
「ちょっと休むには座れる場所もありませんけれど……」
どこまで行ってもうす暗く、倒せど倒せど魔物は溢れてきます。フランチェスカもナオも、その表情に疲れを滲ませていました。
「あー、なんかイライラする……これも、この魔力の影響なのか?」
おや、どうやらルイーズもかなりイラついているようですね。彼女も魔力の扱いは得意ではなく、耐性は低いですからね。ストレスが溜まるのも無理はありません。
その時でした。心の中で、バァン! と大きな音が響いたのです。慌てて振り返りました。あ、あれは……!
いけない、ルイーズ! 皆さんに少し避難するように伝えてください!
「! おい、お前たち、少しの間あたしから離れろ!!」
「え?」
突然、ルイーズがそう叫んだことで、三人はサッと身構えました。休憩中でも緊張の糸は切らしていなかったのでしょう。よくはわかっていませんが、三人はルイーズから離れました。
「お、おい、どうしたんだ? ルイーズ……」
「説明してる暇は……」
ルイーズは最後まで言い切ることができませんでした。ああ、ストレスのせいですね。仕方ありません。
スキル【スピリットチェンジ】発動しました。
身体の使用者がルイーズからパウエルへと変わります。
「うおおおおおおおお!!!!」
「わっ」
「きゃっ……」
パウエルはチェンジしてすぐに雄叫びをあげました。もはやサナの声とは思えませんね。それから思い切り腕を振り上げます。
「あれは、えっと……パウエル? スキルは……えーっ!?」
「なんですの、ナオ!?」
背後でナオたちが慌てている様子が伝わってきました。どうやら鑑定したようですね。まあ、慌てたところでもはやパウエルは止まりませんが。
「おおおらぁぁぁぁぁぁ!!」
次の瞬間、パウエルは思い切り拳を地面に叩きつけました。その瞬間、風圧が波紋のように広がっていき、パウエルを中心に円を描くように辺り一帯が更地になっていきます。
「きゃぁぁっ!」
「んにゃぁぁぁ!」
「うわっ……!」
三人は風圧で飛ばされないようにグッと踏ん張っています。ナオは立ったままですが、フランチェスカは座り込み、エミルは獣のように四つん這いになって耐えています。
飛ばされないようにさえ気を付けていれば、怪我はないでしょう。なんせ、パウエルのスキル【破壊】は無機物のみを無に還しますから。いえ、正確に言えば少し違うのですけれど。パウエルが生物と認識していないものは全て無に還す、といったところでしょうか。少々、彼は頭が弱いのですよ。
「お、終わった、か……?」
静けさが戻ってきたところで、三人が恐る恐る顔を上げました。すると、先ほどまで座る場所さえなかった、木々の生い茂る森であったのが、一面更地になっていました。三人ともしばしポカンとその光景を見ていましたが、中心で頭を抱えてうずくまるパウエルに気付いて慌てて駆け寄ります。
「サナ……じゃなくて、えっと、パウエル! 大丈夫か!?」
三人がパウエルの元に駆け寄ると、彼は頭を抱えて苦しそうに呻いていました。
「あ、頭が、痛ぇ……!」
「頭が……?」
「ど、どうしたのでしょう? 外傷ではなさそうですわね……そうなると治療魔法は意味がありませんし……」
ああ、なるほど。頭痛でしたか。そういえば、チェンジ前はルイーズでしたからね。サナ以外からチェンジすると、とてつもない頭痛に襲われるのですよ。パウエルは初めて体験したのでしょう。こればかりは、治療のしようがありません。
『うえ、今あたしが変わったら、もっと酷いんじゃ……』
できれば早急にパウエルから交代した方が良いのですが、まあ、嫌ですよね。ルイーズはたまに体験していますし、嫌そうに顔を歪める気持ちもわかります。
『えっと、私が、戻ろうか……?』
と、悩んでいると、背後からサナが声をかけてきました。サナ、いつの間に。こちらに来ていたのですね。貴女がいちど クッションとして入っていただけると、頭痛はおきませんから、ぜひ頼みたいのですけれど。
『うん。とっても辛そうだし……それに、今は休憩になるみたいだから』
それもそうですね。では、お願いできますか?
『うん。まかせて』
『助かるよサナ。何かあったらすぐに交代するから、安心しな』
『ありがとう、ルイーズ。心強いよ』
サナはルイーズと微笑み合うと、まっすぐ支配者の席へと向かいました。
スキル【スピリットチェンジ】発動しました。
身体の使用者がパウエルからサナへと戻ります。





