旅立ち
「今日は森へ行くんだったな。俺が案内する」
次の日の朝、私たち四人が朝食を摂っていると、カイルがやって来てそう名乗り出てくれました。
「んぐ。でも、いいのか? 村の人たちはまだここで避難生活しているわけだし……」
ナオが慌ててパンを飲み下してからそう聞けば、カイルは苦笑を浮かべて口を開きました。
「当分、ここで生活することになるしな。魔物の暴走が収まらないと、いくら修復しても安心して生活できねぇ。つまり、だ」
カイルは頭をガシガシ掻きつつ、申し訳なさそうに、それでいて明るく告げます。
「お前らにゃ、さっさと魔王を倒して来てもらわねぇと! その力になれるなら、案内くらいいくらでもしてやらぁ!」
「……それもそうか。よし。さっさと解決してくる! よろしく頼むよ」
ナオはそういうと、カイルと握手を交わしました。すると、カイルは突如、うー、あー、などと意味のない声を発し始めました。何事でしょう? ナオも訝しげに様子を窺っています。
すると、意を決したように、カイルがこちらを向き、近くまでやってきました。それからサナの前で立ち止まると、いきなり頭を下げたのです。
「サナ、すまんかった!」
「えっ、えっ?」
当然、サナは驚いて、座ったまま後ずさります。体格のいいおじさんが迫って来て、突然頭を下げれば、誰だって驚くでしょう。その様子にエミルがサナを庇うように前に身体を滑り込ませ、フランチェスカが呆れたように口を挟みます。
「カイルさん。そんな突然、謝罪だけされても、ビックリするだけですわよ」
「む、わ、悪い……」
カイルは罰が悪そうに身体を縮こまらせると、またしても頭を掻きました。でも、今度はサナから少し離れ、様子を見ながら話します。
「昨日……あまりにもすげぇ力を見ちまってよ、こう……つい、怖くなっちまったんだ。サナはせっかく助けてくれたっていうのに、避けちまってた。だから……どうしても謝りたかったんだ。その、自己満足かもしれねぇが」
「え……」
思っても見なかった謝罪に、サナは驚いて固まってしまいました。それから、またしても目に涙を浮かべてポロポロと泣き始めてしまいます。どうもまだ涙腺がゆるんでいるようですね。
「ほら、サナ。言った通りでしょう?」
「にゃはは! サニャ、泣き虫なのにゃ!」
「うわ、どうしよう、泣かせっちまった!」
笑顔でサナをあやすフランチェスカ、楽しそうにサナの背を叩くエミル、慌てるカイル。それから笑いながら泣くサナという奇妙な図が出来てしまいましたね。
『……ミオが、いるんだな。間違いなく』
その様子をスクリーンで見ていたルイーズが、そう呟きました。ええ、そうです。ミオのおかげで、サナがこうして涙を流せるようになったのですよ。そのこと自体はとても素晴らしいことだと思いませんか?
『まぁ、な』
ルイーズも、ほのかに口元を緩ませていました。
ミオがいなくなってしまったことは、確かに寂しく、衝撃的なことではあります。けれどそれも捉え方によるのではないか、と私は思います。何より、ミオ本人が消える前に嬉しそうだったのが大きいですね。彼女がそうありたいと望み、喜んでいたのなら悲しむ必要はないと思うのです。
それぞれに思うことがあったことでしょう。けれど、それでも前に進むしか道はありませんから。人は過去には戻れず、未来へと常に進まねばなりません。どう進むか、それが未来の自分を作っていくのですから。特に私たちは運命共同体。共に少しでも良い未来へと協力し合って進みたいと思うのです。……エーデルやニキータとは、そこで意見が合わないのですけれど。
「よし、準備はいいな?」
荷物を片付け、いよいよ避難所から出て森へと向かうという時、アン、イーシャ、サイラスが駆け寄ってきました。
「森から戻る時、カイル一人じゃ心配だから、私も付いていく!」
魔法を使えるイーシャならば、近接型のカイルとは良いペアになるでしょう。カイルは微妙な表情になりましたが、助かるのも事実。一人で逃げ果せるには一人では厳しいところもありますからね。
「断るなよ? カイル。あたしたちで話し合って決めたんだ。本当は、あたしもサイラスも行きたかったけど……あんまり多くても彼らの邪魔になりかねないからね」
「どれだけ怪我してもいい。俺が治すし! だから……絶対戻ってこいよな」
サイラスは治療担当だったようです。あの時は、最も怪我が酷かったのがサイラスでしたから余計、ピンチだったわけですね。
「なんだか、申し訳ありません。途中までとはいえ、帰り道も危険なことに変わりありませんのに……」
フランチェスカが申し訳なさそうにしています。いつまた魔物の群れが村の方までくるかわかりませんからね。森を案内し、帰るまでに襲われないとも限りませんし、その場合、避難所の場所まで魔物を連れてくるわけにもいきませんからね。逃げるだけではなく、どうにか撒いて、避難所までくる必要がありますから、結構難易度は高いかもしれません。全ては、魔物がどれだけ出現するかにかかっていますが。
「そう言わないでくれ。お前たちみたいな若者が頑張ってるんだ。命ぐらい張らせてくれよ」
「そうだよ! 私だって、昨日は、変な態度とっちゃって……それしかできなくて、すごく反省してるの。せめてもの償いってわけじゃないけど、手伝わせて?」
サナの魔法の訓練も、あと少しやらせてほしいな、とイーシャが控えめに告げました。
「イーシャ……いいの?」
「もちろん! 本当言うと、あれだけの魔法を見せられて自信喪失気味なんだけどね? でも、サナが望むなら、力になりたいし、あれだけすごいサナの力になれるなら、なりたいに決まってる!」
「あ、りがとう……う、うれし……」
「わ、わー、泣かないで、サナ! どうしよう!」
イーシャの言葉にまたしても感激の涙を流すサナ。一度タガが外れたことで泣き虫になってしまいましたね。今が特にそうなのかもしれませんが。
「あ、あとこれ持っていってくれ」
「この食料も。村長からだよ。ぜひ受け取ってくれって」
サイラスが傷薬と魔力回復薬を、アンが食料をひと抱え差し出してきました。いいのでしょうか……
「こ、こんなに貰えにゃいにゃ! 村の人たちの分がなくなるにゃあっ」
食いしん坊のエミルでさえ、慌てて首を横に振る量です。当然、ナオもフランチェスカもサナも同じ反応を示しました。
「薬は帰ってくるカイルとイーシャの分あれば大丈夫だし、食料はこのくらい平気さ。みんなの昼食がほんの少しずつ減るくらいだ。そのくらいなんてことないよ」
「そうそう、空腹は寝て耐えるし! ってか、これから魔王を倒す子らがいるってのに、そのくらいは協力させてくれって、村人みんなの総意なんだぞー? 受け取ってくれなきゃむしろ泣くよ?」
まったく、この村の人たちはお人好しばかりですね。こうして助け合うという事が当たり前であるからこそ、森の麓という危険の多い場所で暮らしていけるのかもしれませんね。
「わかったよ……んじゃ、ありがたくいただいていく!」
「これは、本当に早く魔王を倒して来なければいけませんわね」
「やる気がぐぐーんと上がってきたにゃー!」
「が、がんばる……!」
やや強引ではありましたが、四人は村の人たちの好意を気持ちよく受け取ることにしました。アンやサイラス、村の人たちも嬉しそうですし、これが正解なのでしょう。
「じゃ、行ってくる。帰るまで、村のみんなをよろしくな」
「こっちは問題ないさ。あんた達の方が心配だよ。気をつけるんだよ」
「ああ」
こうして、仲間達に一度別れを告げたカイル、イーシャとともに、避難所を後にしました。いよいよ、黒く染まった森へと向かいますよ。





