勇者としての心構え
幸運なことに、避難所を出た場所に魔物の気配はありませんでした。まあ、サナの危険察知が反応していませんでしたから、予想通りともいえますけれど。
「このまま、この付近には魔物が近寄ってこないと良いんだがなぁ」
ふぅ、と安堵のため息を吐きながら、カイルがそう呟きました。それはそうですよね。この辺りに魔物が集まってしまったら、いつ避難所の内部にまで入り込んでくるか、気が気ではなくなりますから。
「ん、じゃあこの辺一帯に光魔法かけとくよ。範囲は狭くなるけど、三日間は持つようにしとく」
「ちょ、ちょっと待って? それって、物凄く高位の魔法だよね? それも三日間!? そんなに魔力を使わせられないよ、しかも勇者に!」
なんてことない、というようにナオが言えば、魔法について詳しいイーシャが待ったをかけました。確かに結界系の魔法はかなりの魔力を消費します。範囲が広ければ広いほど、そして持続時間が長ければ長いほどその消費も当然増えるんですね。
「だーいじょうぶだって! 俺だって馬鹿じゃねぇんだからさ、この先の戦いのことも考えて、加減してかけるからさ」
「か、加減して三日間なのぉ……? ど、どうなってんの、勇者の魔力ぅ……」
心配などどこ吹く風。けろりとして言ってのけるナオに、イーシャはもはや苦笑いです。そんな彼女にエミルが肩にポンと手を置きました。
「心配するだけ無駄にゃ。ニャオが平気って言うんにゃから、平気なのにゃよ」
「そうですわ。気にしたら負け。理解しようとするだけ疲れますわよ? 勇者だから、で片付けておくのが無難ですわ」
さらに、反対側の肩に手を置きながら、フランチェスカがやれやれと言った様子で付け加えました。
「なんだよ、人をバケモンみたいに……」
「化け物だろ、実際」
「化け物だよ! 魔法を少しでも齧ってる人からしたら卒倒ものだからね、うわーん!」
やや遠い目になりながら、ナオがそう呟けば、カイルとイーシャからの容赦のないツッコミが入りました。まぁ、尋常ではないことは確かです。実際、本当はそこまで余裕というわけでもないでしょうし。
「バケモノ……」
「サナまで!?」
「えっ、あ、違うの!」
ついでサナもポツリと呟いたので、ナオはショックを受けた顔になりました。けれど、サナはそんなつもりで言ったわけではないのは私にもわかっていますよ。自分も両親からそんな風に言われたことがあるからこそ、同じことを言われながらも冗談として流してしまえるナオに何か思うことがあったのでしょう。
「バケモノ、って言われて、嫌じゃ、ない?」
だからこそ、この質問です。言われたナオは一瞬、きょとんとしていましたが、すぐに笑顔でこう答えました。
「別に嫌じゃねぇよ? みんな良い意味で言ってくれてるのわかるし。昔は嫌な意味で言われたりもしたけどさ。そんな時はこう言い返してやったんだ!」
「……言い返した?」
そう、と言ってナオはニカッと笑います。
「そうさ、俺はバケモノだーって!」
「え?」
「でもお前ら、そのバケモノに未来を託してんだろ? って。文句あるならいつでも代わってやるって」
なるほど、ナオは生まれた瞬間から勇者で、その運命が決まっていましたからね。彼がやらない、と投げ出せば、世界だってどうなるかわかりませんから、そんな風に言われれば、黙るしかなくなりますよね。ナオだからこそ、言えたセリフだと思います。
「けど、今考えたら、子どもだったなって思うんだ。あの頃は、ちょっと勇者っていう運命に、なんつーか……反抗してたっていうか」
「! ナオにも、そんな風に思うことがあったのですね」
話を聞いていたフランチェスカが思わずといった様子で口を挟みました。私も同じことを思いましたけどね。見れば、エミルやカイル、イーシャも真剣な表情でナオを見つめています。ナオは口を尖らせつつ、そりゃそうだろ、と呟きます。
「出来ることなら戦いたくないって思ってたんだ。魔物は怖いし、魔物といえど命を奪うのは……今でも怖い」
「い、意外にゃ……そんにゃこと、思ってたにゃんて……」
エミルの呟きに、皆が揃って頷いています。確かに意外ですね……
「だからあの頃は、逃げ出せるなら逃げ出したかった。文句言ってる奴らにさ、本気で代わってくれよって、思ってたんだ」
眉尻を下げながらそういうナオに、誰もが声をかけられずにいました。考えてみれば当然ですよね。ナオだって潜在能力はあれど、最初から強かったわけではないのです。怖くなって逃げたくなるのは、当たり前のことなのです。勇者である事以外は、普通の少年なのですから。
「もちろん、今はそんなことこれっぽっちも思ってないから安心して! ごめん、変な話したな!」
あはは、と明るく笑いながらナオは言いますが、みんな一緒に笑うことはできません。当然です。それどころか、誰も何も言えずにいました。……サナ、以外は。
「……どうして、気持ちを切り替えられたの? 今は使命を果たそうって……そう思えたのは、どうして?」
どうしても知りたいと思ったのが伝わってきました。サナだったら、おそらく嫌だと思えばそのまま嫌なままだと。ずっと逃げ続けて、向き合うのを怖がっていたと思うから、ですね。心底不思議で仕方ないのでしょう、その疑問がダイレクトに伝わってきます。
当のナオはポリポリと恥ずかしそうに頰を掻きつつも、口を開きました。
「んー、俺しかいないから、かな」
「? どういうこと?」
サナが食い下がります。ナオは続けました。
「俺には、勇者としての使命を果たすだけの、力があったから。もちろん、当時はまだ未熟だったぞ? けど、訓練しながら他の人の実力を知るうちに、よくわかったんだ。俺は、化け物だって」
保有魔力も、覚えの早さも、身体能力の高さも、使える魔法の種類の多さも。それら全てが備わっているのは、自分以外にいないのだということが次第にわかっていったのだとナオは言います。最初は、魔法の訓練をしてくれる人、勉強を教える人、剣術を教える人がみんな別々なのが不思議だったのだそうです。それぞれが、その分野のエキスパートなのに、ナオがまだ七才の時すでに、実力では互角以上であったことでよくわかったのだと。
決して驕りではなく、漠然と、自分には力があるのだと理解させられたとナオは語りました。
「……怖かったよ、正直。自分がさ。と同時に、自分しかいないって。俺がやらなかったら、俺の大切な人たちが、危険にさらされる、もしかしたら命を落とすんだって思ったら……」
ナオは拳を握りしめました。それから、瞳に決意の光を宿して力強く言い放ちます。
「みんなを守れるだけの力があるなら。やりたい。やらなきゃいけないんじゃなくて、やりたいって。そう、思ったんだ」
ちょっと暑苦しかったかな、と言い終わってから恥ずかしそうに頭を掻くナオ。そんな彼をからかう人は一人もいませんでした。
「格好いいですわ、ナオ。初めて聞きました」
「うん、エミルも、感動したにゃ! ニャオは漢にゃぁ!」
「ああ、すげぇよ、お前……俺もしっかりしなきゃな」
「素晴らしいです、ナオさん!」
それぞれが、ナオを褒め称えました。そんな中、サナは眩しいものを見るように、ナオを見つめているのでした。





