【心の中の世界】ミオの消滅
サナが、泣いた。
初めてのことです。これまで、サナはどこまでいっても無感情な少女でした。笑っても、怒っても、泣いても、何をしても存在を疎まれていましたので、それらを封じ込める癖がついていたからです。
けれど、義父母に引き取られて少しずつ笑顔を覚え、ナオたちと出会って少し怒ったり、悲しんだり、共にいる喜びを知りました。
それでもまだまだ感情を表に出す事は苦手で、涙を流すなんてことはまずなかったのですが……悲しみでも苦しみでもない、喜びの涙が、サナの流す初めての涙になるとは思いもしませんでした。
ナオやフランチェスカ、エミルが次々にサナを励ましていきます。笑顔で。それにより、サナが涙を流しつつも笑って答えていました。
「……サナおねーちゃん、ないてる」
ふと、アリーチェの腕の中でミオが呟きました。ぽかんとした表情で、スクリーンを見上げています。どうしたのでしょう。ミオも泣きたくなってしまったのでしょうか。でも今チェンジされると少し困りますね……ここは地下にある避難所ですし、村の人たち全員がミオのスキル【爆音】の被害にあってしまいます。
そう身構えていたのですが、ミオは予想外の反応をみせたのです。
「み、ミオが……」
「笑ってる……」
常に不安そうに、いつでも目に涙を溜めていたミオが、笑っています。サナが表で初めて涙を流し、ミオがここで笑顔を見せただなんて……これは偶然なのでしょうか。オースティンやルイーズも驚いています。泣き顔か寝顔くらいしか見たことありませんからね。
「よかったぁ」
「!? ミオ!?」
次いで、ミオが嬉しそうにそういうと、どういうわけかミオの身体が透けていきました。オースティンが慌ててミオに駆け寄ります。わたしも思わず立ち上がりました。これは、一体……!?
「ミオ、もういらない子なの」
「何、言って……」
「ミオ、おねーちゃんになる!」
お姉ちゃんになる?
ミオの身体はサラサラと粒子のように消えていき、やがてそう言い終えると、ついに……その姿を消してしまいました。
「消え、た……!?」
わけがわからない、というように驚くオースティンを尻目に、私はルイーズに叫びました。
「ミオの部屋がどうなっているか、確認してきてください!」
「……っ、わかった!」
私の言葉を受け、部屋の方へ走っていったルイーズ。それからしばらくして、真剣な表情で戻ってきて言いました。
「部屋も、ない……」
「なっ、そんな……!?」
その報告に、オースティンがショックを受けたように膝をつきました。なるほど……やはりですか。やはりミオは。私が口を開きかけた時、クスクスと嫌味な笑い声が談話室に響きました。
「あららぁ? ミオったら、消えちゃったのねぇ?」
「ニキータ。なにが面白いのです? そんな風に笑って、ミオがいなくなって嬉しいとでもいうのですか」
私がそうたずねると、ニキータは赤い目を細めてこちらを見やりました。
「そぉんなこと言ってないじゃない。失礼しちゃう。でも、そうねぇ……ジネヴラ、さっき自分のせいで渦がって言ってたからぁ。ジネヴラのせいで、ミオが消えちゃったんじゃなぁい? そう思うとおかしくって。だって、ジネヴラったらぁ……」
ウェーブのかかった金髪をかき上げ、色っぽく身体を私に巻きつかせながら、ニキータは私の耳元で囁きました。
「いっつも、何でも完璧にしようとするじゃない? 取り返しのつかない失敗をした気分って、どう?」
なるほど、そういうわけですか。私に失敗してほしいというわけですね。理解のできない趣味ですが、貴女が嬉しそうな理由はわかりましたよ。けれど。
「ニキータ。残念ながら貴女の望み通りではありませんよ。なぜなら、ミオは消えたわけではないのですから」
「えっ!? どういう事!?」
私の言葉にいち早く反応したのはオースティンでした。彼は年少組の世話役としていつも子どもたちと関わっていた分、人ごとではないのでしょう。幼い子どもが消えてしまったと、悲しんでいたんですね。でも、大丈夫ですよ。消えたとは少し違いますから。
「説明しましょう。簡単に言えば、ミオは消えたのではなく、サナの一部となったのです」
「一部……?」
ルイーズが疑問を漏らしましたが、魔力の変化に敏感なリカルドは何かに気付いたようです。
「今、サナは少しだけ変わりました。ええ、初めて涙を流したでしょう? 元々、うまく泣くことができないからこそ、ミオは生まれました。ですから、サナが泣けるようになった今、別の魂として存在している必要がなくなった、というわけです」
おそらく、ミオ自身が感じ取り、受け入れたのでしょうね。ミオにとっては、サナの一部となることは特に抵抗がなかったのでしょう。いえむしろ、そうであるのが普通であるかのように。
「サナの魂と、ミオの欠片が一緒になったんですよ。バラバラだった魂が、少しだけ元に戻ったのです。ですから、ミオという存在はここでいなくなりましたが、サナの中で生き続けていると言えるのですよ」
「じゃあ、僕たちはいずれ……みんなサナの一部になるってこと?」
家事がこなせるようになればアリーチェが、魔法が使えるようになればリカルドが、人との交渉が出来るようになればオースティンが、という具合にという事でしょうか。
「……それは、わかりません。家事だって、サナは今多少できていますけど、アリーチェは存在しているでしょう?」
やはり、魂自身がそれを受け入れられるかどうかがキーになっているのだと思いますけれど。こればっかりは前例がないので断言できません。憶測で物を言えば、余計にオースティンを傷つけかねませんしね。
「僕は……嫌だ。僕は僕だ……! 自分の、自分だけの身体がほしいよ……!」
オースティンは、そう言い捨てて走り去ってしまいました。無理もありません。彼は人一倍、自身の存在を強く願っていますからね。慣れてきたとはいえ、本質は変わらないのでしょう。うまくフォローができずに、オースティンには悪いことをしてしまったかもしれません。私もまだまだですね。
「一つに、ねぇ。ミオは納得したってわけかぁ。つまんないの。ジネヴラが落ちこむかと思ったのにぃ」
悪かったですね、ニキータ。貴女を楽しませられなくて。ブツブツ文句を言いながらニキータも部屋へと戻っていきます。
「で、も! オースティンは面白いことになりそぉ」
やはり、性格が悪いですね。私はため息を吐きました。
それからリカルドは無言で部屋へと戻り、アリーチェやパウエル、ノアは知らない間に姿を消していました。おそらくそれぞれ部屋へ戻ったのでしょう。
「眠るみたいだぞ」
ルイーズだけはその場に残りました。すでにスクリーンを見つめて、サナたちの様子を見ています。いつの間にか時間が過ぎていたようですね。夕飯も終えて今日はもう休むようです。
「ルイーズは……サナの一部に戻りたいと、思いますか?」
思わず、ルイーズの横顔にそんな言葉をかけてしまいました。特に深い意味はありません。ただなんとなく、口をついて出てしまったのですよね。
「……んな先のことなんて、知らないよ」
「……それもそうですね」
その時になってみないとわからない、ということでしょう。それで結構です。つまり、強く拒否はしていないということでしょうから。





