吹き溜まり
言いにくそうに、それでもハッキリとカイルは言いました。ベリラルには行かない方が良い……何か理由がありそうですね。
「どういうことか、お聞きしても?」
フランチェスカが尋ねます。カイルはもちろんだ、と一度座り直しました。
「俺たちも詳しいことは知らねぇんだが。数年前だったか……どうにも北の森の様子がおかしいって村の男たちが言い出してよ」
狩りの時期だというのに、なぜか北側だけに動物が一匹も見つけられなくなったのが始まりだったそうです。
「最初は、そういう事もあんだろ、ってそこまで気にしてなかったんだ。北側の森は村からも離れてるし、メインの狩りは反対側の南の森だったしな」
そのため、しばらくの間は北の森へ狩りに行くことはなかったのだそうです。そうして月日が流れ、久しぶりに北の森の様子を見に行ってみよう、と繰り出したところ……
「森が、黒くなってたんだ……目を疑ったよ」
強気な女性、アンが両腕をさすりながらそう言いました。森が黒く……? どう言う事でしょう。
「流石におかしいってんで、まずは村の男衆で調査に向かった。そうしたら、恐れていたことが起きてたってわけだ。つまり……魔物が発生しちまってた」
この世界で魔物が発生する原因は、主に禍々しい魔力の吹き溜まりが原因だと言われています。大昔、魔王が生まれたのをきっかけに、突然思っても見ない場所に吹き溜まりが現れ、そこから魔物が生まれてくるのだ、というものです。
元々、魔物は存在してはいましたが、初代魔王が誕生するまではそこまで数も多くなく、ただの村人でも難なく駆除できる程度の力しか持っていなかったそうです。今では考えられませんね。その魔物を倒し、平和を守る冒険者が溢れるのが今の時代ですから。むしろ、魔物がいるからこそ、仕事があるとも言えるわけですから、一概に魔物が悪いとは言いにくい世の中です。
「魔力の吹き溜まりが発生してしまったのですね……」
「俺たちもそう思った。だから、まずその吹き溜まりの場所がどこか探ろうと思ったんだ。冒険者ギルドに報告するにせよ、情報は多い方がいいと思ってよ」
彼らが村からユーファリアに向かったのは、その報告をするためでもあったと言います。それから数年に渡り、冒険者ギルドに所属しながら調査を続けていたそうです。そうして最近になって、ユーファリアとは逆に位置するベリラルの隣国ノストルドからの調査報告が届いたのだとか。
ベリラルは国と国に挟まれた小さな独立国家。小さいとはいえ国を一つ跨ぐため、互いの情報が届くのに時間がかかってしまったのだとカイルは語りました。
ベリラル。素朴で自然豊かなのんびりとした国で知られています。……実際は、とんでもない悪政なのですけどね。表面だけを取り繕った一見美しい国、それがベリラル。国民は他国へ行く事を許されておらず、国は、国の情報を外へ漏らす事を禁じています。破れば死刑。その国に生まれた子は必ず国に申請を出さねばならず、生まれたばかりの赤子に呪いをかけるのです。
──国の外へ行けば死に、国のことを外に知らせる行為をすれば、死ぬ呪いを。
ベリラルが長閑で美しい国を必死で維持しているのは、他国からの移住者を誘うためです。そうしなければ、いずれ人がいなくなってしまいますからね。こうして、移住の手続きをしてしまった者は漏れなく呪いをかけられ、生涯ベリラルからは出られなくなるという仕組みです。
さらにうまく出来ているのは、他国からの人を誘い、うまくベリラルに移住させられた者は、多額の報酬、もしくはベリラルからの脱出を選択できるという点でしょうね。それがあるからこそ、国民は必死で笑顔を取り繕い、国の良いところだけをアピールするのです。
まぁ、ベリラルからの脱出を選択した者は、この世からも脱出するはめになるのでしょうけれど。
「調査の結果、吹き溜まりが出来たのはベリラルなんじゃないか、って結論に至ったんだ」
カイルの説明にハッとします。つい考えふけってしまいましたね。こちらに集中するとしましょうか。
「北の森も、ベリラルの方に向かえば向かうほど魔物が増えて、個体も強くなっていくよ。だから故郷に帰ろうと思うなら、ベリラルを経由した方が近道だとしても迂回した方がいい」
自身の身体を抱きしめながら、アンが眉間にしわを寄せてそう訴えます。
「今はベリラルの隣国ノストルドとカルニア国でさらに調査を進めてるって話だからな。国や冒険者ギルドで魔物討伐をするんじゃねぇかって思うんだが……そこへ来て魔王の気配だって話だ。魔物の活動がさらに活発になる。世界はどうなっちまうんだろうな……」
だからこそ、カイルたちはすぐに行動を起こしたのですね。故郷の村へ行き、ユーファリアへの避難を急ごうと。村人の受け入れ手続きや泊まる場所などは後回しにしてまずは避難を、という決断はなかなか良いと思います。命あってこそですからね。
「なるほど。よくわかったよ。教えてくれてありがとな! けどさ」
「あっ、ナオ! 待っ……」
話を聞き終えたナオは明るく笑顔を浮かべながらお礼を言い、それからその場に立ち上がりました。何を言い出すかわかったのでしょう、フランチェスカが制止の声をあげましたが……少し遅かったようですね。
「たぶん、ベリラルこそが俺たちの目的地だ。だから知っている事を全部教えてくれよ! それが助けた対価って事でいいからさ!」
正義感が強く、真っ直ぐなナオは不安に震える彼らを放っておけなかったのでしょう。少しでも安心させたい、ただそれだけの理由だという事は容易に想像できました。
「ベリラルが目的地!? 悪いことは言わねぇ、やめとけ! お前らが腕の立つパーティーだってのはわかるけどよ、恩人をそんな危ないとこに行かせられねぇ!」
カイルの主張は最もでした。ここで止めなければ最悪命を落としかねないとわかっているからこその言葉ですからね。けれどわたし達は向かわねばなりません。どうやら、本当に目的地はベリラルのようなのですから。
ナオがフランチェスカに目を向けました。真剣な眼差しを真っ直ぐに向けられたフランチェスカは長いため息を吐いた後、言っても無駄ですわね、と諦めたようにナオにかけた認識阻害魔法を解きます。ありがとな、と歯を見せて邪気のない笑顔を見せたナオは、カイルたちの方へと顔を向けます。その瞳の色を確認した彼らは息を飲みました。
「でも、行かなきゃならないんだ。他でもない俺たちが! それが、使命だからさ!」
へへっと笑う緊張感のない顔を見せたナオとは対照的に、彼らは驚いて言葉も出てこないようです。勇者……と誰かが小さな声で囁きました。
「頼むよ。俺たちは情報が欲しいんだ。平和な世の中を取り戻すためにも」
苦笑を浮かべつつもナオがそう伝えると、カイルたちは顔を見合わせました。それから表情を暗くし、誰ともなく呟いたのです。
「なんで……こんな若者が……」
年長者で、自ら魔物と戦い、危ない目にあったことがある者ほど、そう言って憂うのですね。なんとも言えない空気を破ったのは、やはりというべきかリーダーのカイルでした。
「……わかった。知っていることを全て話す。なんなら途中まで森の案内もしてやる。だが一つだけ。命の恩人にさらに望みをいうのもなんだが……」
カイルはそこで一旦言葉を切り、再び顔を上げてナオの顔を真っ直ぐみながら口を開きました。
「村のみんなの避難を終えてからでもいいか? 魔王がいるってんなら、余計に早くしないといけねぇ。後悔したくねぇんだ」
「もちろん。俺たちも手伝うよ。いいだろ? みんな」
カイルの望みを叶えることは、こちらとしても望むところですので誰も否やはありません。それぞれすぐさま首を縦に振りました。
背後を気にせず思い切り戦うためにも、他の人たちには少しでも安全な場所にいてもらう必要があるのですから。





