リカルドの誕生
「にしても驚いたよ。まさか勇者一行だなんてね」
「どうりで強いわけ、だね」
カイルのパーティーの女性陣二人が、歩きながらそう言って話しかけてきました。昼食を終えて再出発することでだいぶ気持ちの整理ができたのでしょう。表情がだいぶ良くなってきています。
「特に……あなたの魔法、凄かった」
「わ、私!?」
小柄な女性、イーシャがサナに向かって笑いかけます。当のサナは驚いて声が裏返っていました。無理もありません。サナではなかったわけですからね。
「さ、サナの魔法は少し制限がありますの。いつでも先ほどのように使えるというわけではありませんのよ」
「そうなんだ。スキルが関係してるのかな?」
「う、うん。そんな感じ……」
事情を知るフランチェスカがすかさずフォローを入れました。ナイスですね。サナもそれに合わせて答え、どうにか笑みを作っています。
「えっと、イーシャさんは、魔法使いなの?」
「うん、そうだよ。これでも村では、適性のある小さな子どもに魔法の使い方を教えてる先生なんだ」
イーシャは小柄ではありますが立派な成人女性のようですね。見た目も若いのであまりそうは見えませんが、先生というくらいの腕前なら間違いなく成人済みでしょう。
「あ、あの! 私にも教えてくれない!? 魔法の使い方!」
「え?」
先生、ときいて思わずサナはそんなことを口走ってしまいました。そしてすぐに口を滑らせてしまったことに気付き、一人慌てています。ああ、ほら、イーシャはあれだけの魔法使いなのに? と訝しげな表情を浮かべていますよ。
「すっ、スキルの影響で基本的なことをサナは知らないんですの! スキルなしでも魔法が使えるようになりたいのですわ! ね、サナ?」
「う、うん、そうなの! 頼めないかなぁ?」
フランチェスカはフォローの達人ですね。二度目のナイスフォローです。二人の説明にイーシャも納得したように首を縦に振りました。スキルは個人情報ですから、教えなくても不自然ではありませんからね。それに、世の中にはたくさんのスキルがありますから、そういうスキルもあるのだろう、と勝手に納得してくれるのです。便利ですね、スキルというのは。
「そういうことなら構わないよ! じゃあ、歩きながらでも出来る基礎修行、する?」
「! うん。お願いします!」
こうして、サナは歩きながらイーシャに基本的な魔法修行をさせてもらうことになりました。少しでもサナにできることが増えると良いですね。そんな様子を見ていると、リカルドが生まれた時のことを思い出してしまいます。確かあれは、オースティンが生まれた後の事でした。
オースティンが時折チェンジして人と交流するようになってから、サナに声をかけていく人も増え、サナは少しずつ人との交流に慣れていくことができました。それでも挨拶をする、ですとか、返事をする、といった程度の交流ですが、それでも見知らぬ人を恐れていたサナにとっては物凄い進歩だったのです。
それは、サナにとっても自信に繋がる出来事でした。自分は何もできない、存在意義などないのだと当たり前に思っていたサナ。ここへきて初めてやってみたい、という思いが芽生え始めたのですから。
それが「魔法を使ってみたい」という意思へと変わったのは、生まれて初めて魔物に襲われかけた時でしょうね。サナが襲われかけたわけではありませんが。
『じゃあ、良い子でお留守番していてね』
『すぐに帰ってくるからね』
義理の両親が隣町まで仕事で出かけるという時、サナはいつも家で留守番をしていました。家のことはお手伝いさんがしてくれますし、家に一人ではないので寂しくはありませんでしたが、いつしかサナは彼らがどのように他の街で仕事をしているのか見てみたくなったのです。けれど、自分も連れて行ってくれなどとは言い出せず、こっそりと馬車の荷車に乗り込んだ事がありました。人生初のイタズラです。心臓がバクバクと音を立てていましたが、同時にワクワクもしていましたね。初めての感情に、サナは高揚感を覚えたのです。
ですが、望み通り隣町での仕事の様子を見ることは叶いませんでした。途中で馬車が魔物に襲われてしまったのです。
『そ、そんな! こんな場所に魔物の群れが出てくるなんて……!』
『運がなかったのですわ、あなた……ああ、サナ。生きて戻る事が出来なくてごめんなさい……』
通り慣れた道に予想外の魔物の群れ。お供はいつも通り一人で、義理の両親二人もそれなりに戦えるとはいえ、これだけの数の群れを相手する事など出来ませんでした。魔力も尽き、武器も折れた今、彼らは自らの命の最期を覚悟したのです。
それを荷車の陰から覗いていたサナは、真っ青になって震えました。やっと出会えた優しい義父に義母。彼らを失うなんて嫌だ、自分に力があればと強く願ったのです。
後悔したくない、どうして自分はこんなにも無力なのだろう、サナは目をギュッと閉じ、震える身体を自身で抱きながらひたすら祈りました。
その時です、心の中に青い光が溢れたのは。私はすぐに、新しい魂が生まれるのだと察しました。その魂がどんな性格にしろ、すぐにチェンジしてもらおうと決意しましたね……賭けではありましたが、現状を打破するにはそれ以外に方法がありませんでしたから。サナがこの状況をどうにかしたいと切望し、二度と一人になりたくないと恐れ、願った存在です。きっとなんとかしてくれるという確信はありましたしね。
こうして生まれたのがリカルドです。とはいえ、彼は無口で無愛想。真面目な男だとわかったのは随分後になってからですけどね。名前を聞き出すのにも大変時間を要しましたし。
そんな彼と生まれた瞬間に交わした会話は今でも覚えています。
『どうか、今外にいる魔物を倒してきてください!』
『……それは、任務か』
『え? ええ、そうです! お願いできますか?』
そのまま無言で支配者の席へ黙って向かったリカルド。彼の能力をこの時は知りませんでしたが、思わずそう言ってしまったのですよね。なんせ、時間がなかったのです。
チェンジしたリカルドは、荷車から出る事なく、その場で手を前に突き出して火の魔法を繰り出しました。無数の火の玉が一瞬で魔物を全滅させていく光景には目を疑いましたね。そのままあっという間に談話室へ戻り、一言任務完了だと告げ、部屋へと戻って行った彼の行動はまるで嵐のようでした。この私が、状況を把握するのに数秒用いましたからね。
『一体、何が……?』
『助かった、のか……』
義理の両親とお供の一人はしばし呆然としていましたが、状況を理解してすぐに助かったことを喜び、一度家に戻ろうと引き返したのです。サナは、というと、そのまま一緒に家へと戻り、こっそりと荷車から降りて何気ない顔で両親を迎えましたね。何も知らない、ということを装いながらも、サナを抱きしめてくる二人の温もりに、酷く安堵しながら。
それ以降、サナが二人の仕事についていくことはなくなりました。二人のことは心配でしたが、目の前で何もできずにただ見ている方が恐ろしかったのでしょうね。それに、この事件以降、二人は少し遠出する時は必ず冒険者を雇いましたしね。
今、サナが一生懸命魔法を覚えようとしているのは、あの時のことがあったからかもしれません。目の前で大切な人が危険な目にあっているのを、何もできずに震えて見ているだけの状況には、二度とならないためにも。





