目的地
「実はさ、目的地はたぶん、決まってて」
「わかったんですの!?」
ナオがそう切り出すと、フランチェスカが掴みかからんばかりの勢いで問いただします。
「いや、まだ何となく、だけど……ごめん。ハッキリしなくて」
ナオは申し訳なさそうに頰を掻きました。すると、フランチェスカはふぅ、と一つため息を吐いて腰に手を当てて言います。
「そんなことは良いのですわ。結局はナオを頼りにするしかないんですもの。ただ……」
フランチェスカが、ズイッとナオに詰め寄りました。その目は据わっています。怒っているようですね。なかなかの迫力です。
「行き先を決めたのなら、すぐに教えていただきたいものですわ」
「ご、ゴメンナサイ……」
素直に謝罪をするナオ。その様子を見ていたサナが内心で焦っているのが伝わりました。そうですよね、ベリラルに向かう話は、ナオが魔王の居場所が掴めないのだと告白した時ですから。しかも目的地を決めたのは自分。それは二人だけの秘密ですので言うこともできません。心の中で何度も謝罪している声が聞こえてきました。
「わたくしたちは仲間なのですから、その辺りはきちんとしてくださいませんと」
「そうにゃ! 秘密はダメにゃー!」
その言葉にさらにギクリと身体を強張らせたサナは、さらに激しく心の中で謝罪を繰り返しました。大丈夫ですよ、サナ。悪いのは秘密だと言い出したナオですから。
「わ、わかったよ。とりあえず、行き先言うから。な? な?」
ナオが引きつった笑みで二人を宥めます。二人ともジトリとした目でナオを見ていますね……これは秘密がバレた時はこっ酷く叱られますね。当然のことですが。
「行き先は……ベリラルだ」
「ベリラル!? また、遠いですわね……山を越えて、大きな森を抜けなくてはなりませんわ……」
「その程度は知ってるけど、正直行き方までは知らねぇ」
「エミルは名前しか知らにゃいにゃー」
母国からはかなり離れた場所ですからね。名前くらいは知っていても、場所までは勉強した者でないと知らないのも無理はありません。フランチェスカは当然知っているでしょう。ナオは勇者修行の一環として勉強していたらしいのですが……あまり覚えていなさそうですね。
「山越えは難しくありませんわ。道が整備されていますし、一本道ですしね。けれど森はそうではありませんの。抜けるのに苦労すると思いますわ……」
地図を用意して、常に方角を調べなくては、とフランチェスカが言います。
「んー、勇者の勘で、魔王の居場所くらいわかるんじゃにゃいの?」
そこへ、エミルの鋭い指摘が飛びました。
「魔王の気配がさ……なんか薄いんだよ。いるってのはわかるんだけど。自信、ないんだ。でも、間違ってたらわかる、と思う」
ナオは、ある程度正直にそう伝えました。居場所さえ実はわからない、とまでは言えなかったようですね。まぁ、先ほどの二人の様子を見ればわからなくもないのですが、正直に言ってしまった方が良い気もするのですけれど。これでもし、ベリラルに着いたとして、魔王を見つけられなかったらどうするつもりなのでしょうか。
「魔王ですもの。隠蔽が得意でも不思議ではありませんわ。それに、魔王が移動しないという保証はありませんもの。気に病む必要はありませんわよ」
ただ、進む道はいつも教えてください、とフランチェスカは腕を組んで言いました。大きな胸が揺れます。ナオの目線がそっちにいってますね。
「……どこ見てるのにゃ?」
「あ、いや! わかった! 約束する! 行き先は常に言うから」
半眼で睨むエミルの声に、ナオは弾かれたように顔を上げて宣言しました。まったく、そんなだから残念なのですよ。
二人から睨まれ、居た堪れない空気を破ったのはサナでした。
「あの、お待たせ。食べ終わった、から……」
恐る恐る、といった様子でサナが声をかけると、フランチェスカもエミルも笑顔をサナに向けます。
「気になさらないで。では、参りましょうかサナ」
「そうにゃ。しっかり食べるのが大事なのにゃ! さ、行くにゃ行くにゃ!」
二人とも、ナオの事を完全無視してサナに声をかけています。サナもそれに気付きつつも、戸惑うように返事をする事しか出来ず、二人に手を引かれるまま立ち上がり、店を出ました。
「ちょ、悪かったって! お、置いてくなよっ」
後ろから、ナオの情けない声が聞こえてきます。ここは、勇者の幸運を発揮して宿を取らないと挽回できないでしょうね。文字通り、幸運を祈りますよ、ナオ。
祈った成果があったのか、勇者の幸運が規格外なのか。店を出て最初に向かった宿で、あっさりと部屋を二つ取ることができました。
「命拾いしましたわね……」
「幸運、仕事したにゃ」
「おい、二人ともなんで少し悔しそうなんだよ」
部屋が取れて喜ばしい気持ちと、なんの努力もせずに幸運を引き寄せる事へのズルさとで揺れ動いているのでしょう。二人は微妙な顔になっています。気持ちは痛いほどよくわかりますよ。おそらく私も同じ顔になっていることでしょうから。
「ま、まぁ、ほら。取れて良かった、ね?」
サナが健気にフォローに回ります。その様子がなんだかかわいそうに思えてきたのでしょう。二人はため息をついて気持ちを切り替えました。
「そうですわね。さ、荷物を置きに行きましょうか。……今日はナオとわたくしが同じ部屋でしたっけ?」
「……ヨロシク、オネガイシマス」
勇者の幸運は、勇者本人にまでは影響されなかったようですね。乗り越えてください。
何とも言えない雰囲気の中、とはいってもそれはナオだけですが、一度それぞれの部屋に荷物を置くと、サナとエミルがナオとフランチェスカの部屋へと移動しました。
「二人にするのは、寝る時だけにしてあげるのにゃ」
「そうだね。それが良さそう……」
そんな事をヒソヒソと会話しながら部屋のドアをノックします。それから二人は部屋へと入って行きました。
「では、今後の予定をしっかり話し合いましょう。山を越えなければいけませんしね?」
「ハイ……」
フランチェスカは相変わらずでした。耐えてください、ナオ。
「でも、確かに山を越えるのには、ちゃんと準備しないとね。保存食も多めに持っていかないと」
「ちゃんとした装備も必要にゃ。いつものだとちょっと心配にゃー」
いくら整備された道だとはいえ、山を越えるのに変わりはありません。山は寒いですから寝具はもっとしっかりした物に、靴やマントなども用意する必要があるでしょう。魔法にばかり頼っては、あっという間に魔力切れとなり、体力的にも精神的にも持ちませんからね。
「明日はそういった装備を整えるチームと、山について情報を得るチームに分かれましょうか。チームは前と同じで」
サナは人と接するのが苦手ですからね。運良くオースティンが出るわけでもない限り。彼は疲弊していますし、当分無理でしょう。そうなると、サナは買い物チーム。同行者はナオかフランチェスカになります。エミルは自由すぎてサナには荷が重いですしね。
そして、何となくで生きているナオやエミルに情報収集は頼めませんので、必然的にフランチェスカは情報収集に。そうなれば前の組み合わせとなるのは当然と言えます。
「明日は一日、そういった準備に費やしましょう。そしてまた、作戦会議をして、翌日かその次の日に出発でいかがでしょう?」
フランチェスカの提案に、誰も否やはなく、明日の予定は決まったのでした。





