女子会
「そういえば、この宿にはお風呂がついているんですって。久しぶりですわ!」
「んにゃっ、お風呂ってあのお水たくさんの……?」
大きな都市だけあって、宿に風呂がついているところも多いのでしょう。湯を沸かす魔道具はそれなりの値段がしますから、その街が豊かである証拠とも言えます。もしかすると、フランチェスカはそういう宿を探していたかもしれませんね。王女が何日も水浴びや身体を拭くだけでよく耐えてきたものです。
一方でエミルは少々微妙な反応。もしかすると、猫系獣人は水が苦手なのかもしれませんね……
「水ではなく、お湯ですわ。温かいお湯に全身を浸からせるのは気持ちいいですわよ?」
「い、い、嫌にゃ! 水浴びだけで十分にゃあっ」
やはりそのようですね。エミルはブンブンと顔を横に振って拒絶しています。
「溺れたりはしませんわよ。お湯は腰の辺りまでしかありませんのよ?」
「それでもなんか嫌にゃ! だって、水が身体に絡みつくんにゃよ? 怖いにゃあ……」
カタカタと震えるエミルを見て、フランチェスカとサナは顔を見合わせました。サナは養父母に拾ってもらってから初めてお風呂に浸かる経験をし、驚きつつもお風呂の心地良さに感動していたので、エミルがお風呂を怖がる理由がよくわからないのかもしれません。
「エミル、じゃあ、私につかまって入ってみよう? すごく気持ちいいよ?」
サナがそっとエミルの背に手を乗せて優しく誘います。
「で、でも……!」
「それでもやっぱりダメだったら出ればいいよ。無理しなくたっていい。ただ……本当に気持ちいいから、エミルにも経験してほしいなって思う」
「サニャ……」
何事も経験ですからね。経験してそれでもダメならやめたら良いのです。エミルはじゃあ一回入ってみる、と覚悟を決めました。それでもやや震えていますが。
「んじゃ、俺も入ってくるわ。ゆっくり入ってさ、そしたら夕飯食いに行こうぜ」
「ええ。ではまた後で」
それぞれ準備を手早く済ませ、男女に分かれて浴場へと向かいました。はたして、エミルは大丈夫でしょうか?
「ん、にゃぁぁ……にゃふぅ」
洗い場で先に全身をしっかり洗い、いよいよ湯船へ、というところでエミルが泣き出し、騒ぎ始めるという一悶着がありましたが、二人になだめられてようやく入る事ができました。周囲に他のお客さんがいなくてよかったですね。
「どう? エミル」
「じんわり、蕩けそうにゃあ……」
「ふふ、気持ち良いでしょう? 良かったですわ。エミルもお風呂を気に入って」
ゆっくり浸かると、疲れもとれますしね、と言うフランチェスカの目の前にはプカプカと白い球が浮かんでいます。言わずもがな、胸ですね。
「……胸って、浮かぶんだ」
「えっ!?」
「あ、ごめん。ただ、不思議に思ってつい」
何の気なしに呟いたサナの一言でフランチェスカが赤面します。サナには悪気はありませんね。純粋に、思ったことを言っただけでしょう。
「なんだか気持ちもふにゃっとするにゃー!」
「でも、気をつけないと逆上せてしまいますわ。あまり長く入りすぎてもダメですからね?」
コホン、と一つ咳払いをして、伸び伸びと浮かぶエミルに注意をするフランチェスカ。入りすぎて逆上せるというのは、お風呂初心者にありがちですからね。
「ねー、ねー、チェスカ。エミル聞きたいことがあるのにゃ」
一気にご機嫌になったエミルが、フランチェスカに近寄って顔を近付けました。フランチェスカはなんですの? と言いつつ、勢いに負けて少し後ろに下がっています。
「ニャオと結婚するのにゃ?」
「ええっ、フランと、ナオが!?」
突然の話にサナがとても驚いています。ああ、そういえば、そんな噂が流れていましたよね。王女は勇者をロックオンしているとかなんとか。でも、そんな風には全く見えませんのですっかり忘れていました。
当のフランチェスカはああ、その話ですかと至って冷静です。
「実際、そんな話が出ていたことは本当ですわ」
フランチェスカの答えに、サナの胸がツキリと痛んだのが伝わりました。……サナ?
「でも実際はそんな事はありません。ただ、そうした方が互いに都合が良いのでそのまま否定する事なく噂が流れるままにしたのですわ」
「都合がいい……?」
サナ自身も、なぜ胸が痛んだのが理解していないようです。不思議そうな顔を浮かべつつ、フランチェスカの言葉を拾って聞き返しました。
「ええ。わたくしも、ナオも、王女だから勇者だからと、結婚相手をあちらこちらから勧められてうんざりしていたのです。ですから、いっそのことわたくしたちが結婚する、という噂を流してしまえば、余計な事をする者がいなくなると思いまして。実際かなり減りましたわ。互いに相手の身分に不足はありませんしね」
身分。サナはその単語を聞いて俯きました。ナオは勇者で、サナはただの男爵家のしかも養女。とても釣り合いませんね。けれど、なぜそんな事を思うのです? サナ、貴女はまさか……
「にゃーんだ。チェスカはニャオに恋してるのかと思ったにゃ!」
「こっ……!? ち、違いますわ!」
「だってよく、ニャオの言葉に顔赤くしてるしぃ」
「そ、それはエミルもでしょう? ナオが考えなしに女性を赤面させる言動をするからですわよっ」
「……それはわかる気がするにゃ……」
二人のやり取りをぼんやり見つめるサナは、少々戸惑っているように感じます。確かにナオは、無自覚に人を誑すところがあります。それをきちんと理解した上で、どこか別の、何か違う感情が湧き上がっているようなのです。友達、仲間。そんな相手さえサナにとっては初めてですから、今浮かぶ感情がそれなのか、または違うものなのかがわからないのでしょう。
「サニャは? サニャは恋してるにゃ?」
「えっ、私?」
矛先が自分に向かい、パシャッとお湯の音を立てて驚きました。それからうーん、と考えて一言だけ答えます。
「よくわかんない……」
「ほぉほぉ、わかんにゃい、か」
「否定ではないのですね」
その回答に食いつくエミルとフランチェスカ。サナはハッとして慌てて違うの、と言いました。
「私、仲間ってはじめてで……ナオの事は好きだよ? どうしようもないところがあるけど、私を見捨てないでくれた、最初の人だから」
モゴモゴと、サナは自分の気持ちを素直に話していきます。こうして誰かに気持ちを話すなんて、初めてです。
「フランも。いつもみんなを引っ張っていってくれて……私は鈍臭いのに、嫌な顔一つしないで笑いかけてくれる」
わたくし? とフランチェスカは目を丸くしています。
「エミルもだよ? 明るくて、無邪気で、どこまでも前向きで。いつも励まされてる。元気が出るよ」
「え、エミルもにゃ!?」
耳と尻尾をピンと立ててエミルも驚きを露わにしました。もちろんだよ、とサナは続けます。たどたどしく、それでもしっかりと。
「私にとって、みんなは、特別で……初めてできた、仲、間、だから。それでいっぱいいっぱいで、その……」
だから、恋と言われてもよくわからないのだ、と言ってサナは話を終えました。顔が真っ赤なのは、逆上せたせいではないでしょう。人に好意を告げる事。その恥ずかしさと幸福感に動揺していますね。
「サナ……光栄ですわ。そう思ってくれているなんて」
「エミルも、すっごくうれしいにゃ!」
そんなサナに、二人は微笑みを向け、それからありがとう、と。自分たちもサナの素直で一生懸命なところが好きだと言ってくれました。
私は目を閉じて、心の中の世界に温かく、心地よいものが流れていくのを感じていたのでした。





