やるせなさ
「あの、ちょっといいですか?」
スッと片手を上げてオースティンが発言しました。その事で一斉にこちらに注目が集まり、談話室のサナがヒッと声を漏らします。自分が注目されているように感じたのでしょう。サナはそういうのは苦手ですからね。
「オースティン……?」
ナオが小声でそう尋ねると、オースティンは軽く微笑んで頷き、一歩前へと出ました。
「あん? なんだお嬢ちゃん」
当然、冒険者たちは怪訝な顔でオースティンを見ますが、それを気にもせずにオースティンは人の良さそうな笑みを受けました。スキル【人畜無害】が発動されているお陰で彼らの肩の力も抜けたようです。
「さっきから様子を見ていたけど……あなた方はもしかして、かなり名のある冒険者なのでは?」
少し小首を傾げてオースティンがそういえば、目の前の男は満更でもない顔で頭を掻きはじめました。
「お? お、おお、まあな。ここらじゃそこそこ有名ではあるな……」
「やっぱり! 身体も大きくて逞しいし、凄腕っていうのはオーラからして違うんだなって感動しちゃった!」
照れる男に対し、さらに持ち上げるような言葉をかけるオースティンに、周囲の空気も緩みました。褒め言葉というのは、やはりかけられれば嬉しいものですからね。
「僕たちは見た目からして弱そうに見えるし、心配してくれたんでしょう? 強い上に優しいなんて、先輩冒険者として頼もしいなぁ」
「よ、よせよお前……ま、まあ確かに心配してたけどよ」
こうなればもはやオースティンのペースですね。プロの商人などとは違い、一介の冒険者相手ならそう難しくはないでしょう。船長の方がまだ難易度的には高いですね。
「そんな先輩に敬意を示して教えてもいいんだけど……本当に混乱が起きるかもしれないから知りたいなら一緒に受付に来てくれない?」
そこでオースティンは一変、真剣な表情と小声でそう告げます。周囲にいた他の者たちにも僅かに聞こえる音量で言うあたりさすがです。
「……そんなに、なのか」
「うん。持ってる情報の大きさに、当人の強さとか身分とかは関係ないよ」
男とオースティンの視線ぶつかります。少しの間を開けて、男がわかったと呟きました。
「侮って悪かったな。一緒に聞いても構わねぇか?」
「えっと……」
男はこのパーティーのリーダーと認識しているナオに向き直ってそう尋ねました。そういった勘は経験によるものなのでしょうね。当のナオはチラとオースティンに視線を向けます。
「せっかく腕利きの冒険者なんだから、こちらにとっても悪くないと思うよ?」
「そうだな。……わかった。なら、一緒に来てくれ」
「ああ。よろしくな」
男とナオが握手を交わすと、途端にギルド内の空気が変わりました。ニヤニヤと笑い、からかうような雰囲気が一切なくなったのです。この男が名のある冒険者というのは、強ち間違いではないようですね。彼が認めたのなら引き下がろうという暗黙の了解があるのかもしれません。
「ありがとな、オースティン。すごいな」
「とんでもない。僕はほんの少し、話し相手になっただけさ」
受付までの短い道のりで、ナオとオースティンはそんな言葉を交わし合ったのでした。
「争いにならなくて安心しました。ハーヴィスさん、いつも言い方を変えてくださいと言っているでしょう」
「何っ!? あんなに優しく声かけたのにまだダメか」
「ダメですね。まず見た目がダメです」
「存在からしてダメじゃねぇか、あ?」
受付に到着すると、机越しに座る女性がまず男に向かって辛辣な言葉を投げかけました。それほど大きな声ではありませんでしたが、グサリと刺さる鋭さをお持ちですね。睨みを効かせるハーヴィスと呼ばれた男の強面にも一切動じていません。
「皆さんが冷静な方々で安心しました。このせいで争いが起こるケースはよくあるんですよ」
受付嬢はにこやかにそう言いますが……本音はそうではないでしょうね。
「そうだろうね。でも、選定する意味では良いシステムだと思うよ? お務めご苦労様です、ハーヴィスさん?」
「なっ、何のことだ?」
受付嬢に負けないくらいにこやかなオースティンが何気ない調子で刺していきます。この二人、性質が少々似ていますね。明らかに動揺しているハーヴィスは、腹の探り合いに不向きのようです。
一方で、受付嬢は軽く目を見開き、それからふわりと微笑みました。
「そこまで見通してらっしゃいましたか。そういった方は稀なのですよ。貴重な人材ですね……引き抜きたいくらいです」
またしてもオースティンの引き抜き願望ですか。引っ張りだこですね?
「遠慮しておくよ。じゃ、本題ね。僕から話して大丈夫?」
苦笑を浮かべて軽くあしらったオースティンは、ナオに確認を取ります。
「うん、頼むよ。俺じゃ上手く話せる気がしないし」
「ええ、適任だと思いますわ。必要があれば、わたくしも口を出しますから」
「うん、わかった。じゃ、お任せあれ」
ナオと、フランチェスカもオースティンに任せることに同意してくれました。エミルはもはや口を閉ざしていますね。挑発に乗りやすいタイプですし、自分でもわかっているのでしょう。賢い選択です。
「じゃ、まず特大の秘密から言うね。驚いても音量には気を付けて。まず、ナオの瞳の色を見てくれる?」
騒ぎを起こさないようにする為の、認識阻害の魔術をフランチェスカが解きました。すると、二人の表情が驚愕に染まります。
「む、紫……!」
「お、おい、嘘だろ……金髪に、紫っていやぁ……」
先に忠告していたおかげか、二人は小声で驚きを露わにしました。何かに驚いている、というのは周囲に伝わったでしょうが、それが何かまではバレていなさそうですね。
「その通り、ナオは勇者だ。僕たちは、魔王討伐の旅の途中なんだ」
ヒソヒソと、オースティンが小声で伝えていきます。少しずつ、上級魔物の活動が活発になってきている事、その為にしばらくは船の運航を見合わせる事が増えるだろうこと、そして。
「もうじき、いえ、もしかしたら届いてるんじゃない? 隣国からのお触れが」
「! 確認してきます……!」
隣国の国王からの報せ。順調に事が運んでいれば、届いていてもおかしくはないですね。受付嬢が慌てて確認しに走りました。
「本当に、侮って悪かったな……」
その間、ハーヴィスは再び謝罪の言葉を口にしました。見た目で判断することの愚かさを知っていたのに、自ら愚かな判断をしてしまった、と。
「いや、実力を隠しているのはこっちだしさ。それに、心配してくれたんだって、わかったからもういいよ」
ナオがヘラっと笑って答えます。大っぴらにしてしまえば、一般の人たちに無駄な恐怖を与えかねませんからね。
「でもな……」
ハーヴィスは悲しそうな、そして苦しそうな表情で言い淀み、それから口を開きました。
「やるせねぇよ……こんな若い子らが、どうしてそんな過酷な運命背負わなきゃなんねぇんだ……」
ギリギリと拳を握りしめたハーヴィスは、その見た目に反して本当に人が良いのでしょうね。心の底から私たちを案じているのが伝わりました。
「仕方ねーよ。生まれた時から決まってんだもん」
笑顔のままで明るく答えたナオですが、それでも、皆の心にやるせなさが残ります。
そんな事は、わかっているのです。まだ十代の若者に、世界の命運がかかっている。
託す方にも、託される方にも、どうにもならない重く苦しい塊が、胸に落ちるのだということは。





