オースティン誕生
養父母に引き取られてからというもの、サナはとても心穏やかに過ごせるようになりました。これまでが悲惨でしたからね。ここへ来てようやく「普通の暮らし」というものがどんなものかを知ったというところでしょうか。
私も、一般的な家庭がどのように過ごしているのかを知識として持っていました。父親、母親、場合によっては兄弟がいて、食事を共にし、会話をし、困った時は助け合う、そんな事を当たり前に出来るのが家族である、と。
けれど、当然ながらそれを実感する事はありませんでしたし、正直なところその知識を疑いさえしましたね。そんな疑心を塗り替えてくれたのが彼らであったのです。
心の底から愛し、信じる事こそ出来ませんでしたが、初めて人に好意を寄せましたし、当たり前を教えてもらえて大変助かりました。それは、サナも同じ気持ちだった事でしょう。
一方で、商売をする義父母はいつも忙しそうでもありました。頻繁に来客があり、にこやかに対応する彼らには尊敬の眼差しを向けたものです。時には性格の悪いお客さんもいましたしね。それでも対応を変えずに、こちらの主張は通しつつ、柔らかな物腰は変えない対応に、商売でのし上がった実力をヒシヒシと感じました。
「すごい、なぁ……」
サナはそんな二人を隠れてこっそり観察することしか出来ませんでした。いつまた意識を失って、おかしな事をするかわからない恐怖がありましたからね。人と関わる事を避け続けていたのです。
それでも、来客中にお茶のひとつも出せないようでは、義理とはいえ娘として情けないとサナは考えていたようです。でも、人前に出るのは怖い。日々、そんな葛藤をしていました。
ですから、オースティンの誕生は少し特殊でした。
談話室に黄緑に淡く光る小さな欠片が出現しても、暫くはそのままの状態を保っていたのです。いつもなら、このまますぐに新たな魂が生まれるのに様子が違いました。
今思えば、サナの人と関わってみたいという想いがゆっくりと育っていたからでしょう。黄緑の欠片は少しずつその輝きを増していき、十日ほど過ぎたある日にようやく誕生したのです。
『こんにちは。私はジネヴラ。貴方は?』
待ちわびていたところがありましたからね。私はいつものように話しかけました。ですが彼はすぐには答えません。
『こ、ここはどこだ……? 君は……?』
オースティンはかなり混乱していたのです。私がいつも通りの説明をしても、すぐには受け入れられませんでした。
『い、意味がわからないんだけど? だって僕は、商家の生まれでずっと両親の商いを見てきて……最近になってようやく店を持たせてもらって……』
混乱するオースティンの言葉を拾って私はようやく理解しました。彼が、彼の過去を持っているという事を。
魂の中には、色んなタイプがいます。最初から自分の役割を理解している者。私やルイーズがそうですね。そもそも、この性質を全く理解していない者、アリーチェなんかがそうかと思います。
そして……生まれたばかりだというのに、まるでこれまでずっと自分の人生を歩んできたかのような記憶がある者。オースティンはこれに該当しました。
このタイプはミオやノアなんかもそうではないかと私は思っています。ただ、二人ともまだ幼いために順応が早く、そもそもこの性質がそういうものなのだ、と思っているのですよね。
ですから、オースティンのように自我がしっかりある上に、心の中の世界や私たちを認識しているタイプは混乱するのも無理はないと思いました。彼のようなケースは初めてでしたしね。
『は……? え? こ、こんな少女が、僕の身体? いや、僕がこの身体を借りる……? ど、どうして! 僕は男なのに! 女の子の身体なんてそんな……うっ!』
さらに、オースティンは性別の差にも苦しめられました。初めてチェンジした時には、大混乱を起こして倒れてしまいましたからね。突然、身体が見知らぬ少女となっていたのです。心が付いてこられなかったのでしょう。
『どうしてだよ……なんで……僕は、僕の人生をもう歩めないのか……!? 僕の、僕の身体はどこにもないのかよ……!?』
そして、荒れました。それはもう、手が付けられない程に。言いたい事はよく分かりました。苦しみも、理解しています。けれど、私はそんな事を思ったことがありませんので、共感までは出来ませんでした。なんと声をかけてやれば良いのかわからず、暫く放置することしか出来なかったのです。
そんなある日、見兼ねたルイーズがオースティンに近付きました。最初は突っぱねていたオースティンでしたが、次第に落ち着いていき、話を終えた頃には人が変わったように大人しくなっていたのです。
私はルイーズに尋ねました。何を話したのか、と。
『別に……サナが、これまでどんな生活を送ってきたのかを、教えただけだ』
それだけで? 私は不思議でなりませんでしたが、その日からオースティンは様々な事を私に聞いてくるようになったのです。
私がどんな役割なのか、他にどんな魂がいるのかなど。知ろうと努力してくれるのはありがたいですからね。私は聞かれた事を全て、丁寧に伝えたのです。
『ジネヴラは……その役割で、辛くないの?』
こんな変な質問をしてくる事もありましたね。
『いいえ、特に。そんな事、考えた事もありませんし、必要もありません』
私がそう答えると、そっか、と告げてそのまま部屋へと戻っていきました。あの時の後ろ姿が妙に印象に残っています。
それからというもの、オースティンは持ち前の人懐こさや話術を遺憾なく発揮するようになりました。チェンジするのは、身体の違和感で最初こそすぐ体調を崩していましたが、今ではだいぶ慣れたようです。
『どうして僕がここにいて、こんな状況になっているのかはわからないけど……小さな子たちやサナが頑張って生きてるんだ。僕は僕にできる事をする。そうしたらいつか……』
オースティンはどこか諦めたように見える笑みを浮かべました。
『僕が、存在する意味も……わかるかな?』
意味など……存在していること、それだけが全てです、と私が答えれば、ジネヴラはわかってないな、と苦笑しましたね。未だに覚えていますよオースティン。私にわかってないなどと。そんな事を言われたのは初めてですからね。
答えは、まだ出ていませんか? オースティン。それなら、それでも構いません。焦らず答えを見つければ良いのです。私には、到底理解不能ですが、彼にとっては大事な事なのでしょう。
ですから今は、この状況を打破してみせてください。頼りにしているのですよ? 私はそんな気持ちを込めてスクリーンに目を向けていました。





