ノアの誕生
朝食を終えた四人は、少し別々に行動をするようでした。フランチェスカは船員と話をしに行き、ナオとエミルは甲板に出て少し身体を動かすようです。戦いの後だというのに元気な事です。むしろエミルは決着が着く前に眠らされてしまったために消化不良気味なのだそう。獣人はそういうところが特性としてあるそうなので、それを発散させるためにナオを引き連れた、というところでしょう。
サナは、というと、部屋で休む事に決めた様子。少し考えごともあるようですから、それがいいかもしれませんね。
「私の、良いところ、か……」
誰もいない部屋でサナは一人呟きます。先程のフランチェスカとナオの言葉が気になっているのでしょう。
『もっと甘えてもいいのよ? 我儘を言ったっていいの』
ふと、脳裏に過ぎる女性の声。ああ、これは養母ですね。娼館にフラフラと立ち入ったあの日、養父に声をかけられていなければ、今は娼婦として働いていたかもしれません。……身体年齢的に断られていたかもしれませんが、そういった趣味の客もいるそうですし、需要はあったでしょう。
私としては避けたい未来でしたし、養父には感謝しきりですね。ニキータは残念がっていましたが。
「シルヴィエさんには、結局ちゃんと甘えられなかったな」
シルヴィエとは、養母の名前です。彼女は母と呼んでもらいたかったようですが。
と、サナはそんな風に思ってはいますが、実は彼女たちはちゃんと甘えてもらっていた、と思っているでしょう。あれは、ノアが誕生した事がキッカケでしたね。
「ここが新しい君の家だよ。男爵家といってもただの商人だから、そこまで良い暮らしが出来るわけではないけど……」
「でも、貴女が落ち着いて生活できる環境は整えますからね」
痩せ細り、瞳に光を宿さないサナの手を優しく引きながら、養父母は自宅を案内してくれました。その際、本当はとても子どもを欲しがっていたけれど、残念な事に授からなかったのだと語ってくれましたね。だからこそ、養父ジョセフはまだ小さいサナが娼館への扉に手をかけたのを放って置けなかったのだと言います。
「……でも、あたしは人とは違う。きっと貴方方にも迷惑をかけるだろう」
この時、表に出ていたのはルイーズでした。うちに来ないか、と誘われた時にチェンジし、ルイーズは全てを説明したのです。まぁ、私の指示でしたが。
「その話はしただろう? 一緒に考えていこう。私たちは家族になるのだから」
彼らはそう言って受け入れてくれました。けれど、彼らは私たちの事を正確には理解していなかったのですよね。一つの身体に複数の魂がいる、との説明を聞いても恐らく想像がつかなかったのだと思います。二人は、サナがコロコロと性格を変える不安定な子だという認識でいました。
けれど、それはそれで良かったのです。二人はとてと親身になって接してくれましたし、ミオが大泣きして混乱させてしまっても、ニキータが夜勝手に出て行ってしまっても、時に叱り、諭し、許してくれましたから。
そうしてある日、気付いたのです。サナが、騒いだり泣いたりすることがあっても、いつもどこか遠慮しているということに。つまり、甘えてくれていないのだ、と。
そこで、シルヴィエは言ったのです。もっと甘えてもいいのだ、と。我儘に関してはミオが言っている気がしないでもないですが……ミオはこの夫婦にまだ心を許していませんでしたからね。泣いて癇癪を起こすだけの子ですので、我儘とはまた違います。
サナはその言葉を聞いて……いえ。その時のシルヴィエの顔を見て衝撃を受けました。なぜなら、彼女の目の下には隈ができていたからです。
その原因は自分にある、とサナは思いました。自分の知らない間に色んなことをしてしまっている、という事は知っていましたからね。でもどうする事も出来ない。せめて、シルヴィエに、そしてジョセフにも、ゆっくり眠ってほしいと願ったのです。
その時、心の中に淡いピンクの光が溢れました。新しい魂の誕生に私は少々警戒しましたね。けれど、そこに現れたのは淡い金髪をふわりと揺らした男の子。水色の瞳をとろんとさせ、眠そうにしている一見無害そうな魂だったのです。
『……はじめまして。私はジネヴラ。あなたは、何という名でしょうか?』
けれど、見た目で判断してはいけませんからね。私はいつものように問います。すると、男の子は私に気付き、目を合わせてくれたので、認識は出来ているのだとホッとしました。
『……ノア』
でも、答えてはくれたもののどこか不機嫌そうなのです。それだけを言ってスタスタと支配者の席へと向かってしまいました。
『待ってくださいノア! 貴方は……』
『うるさいなぁ。ボク、ねむたいの!!』
慌てて引き止めるものの、ノアは頰を膨らませてそう叫び、そのまま支配者の席へと足を踏み入れてしまったのです。
こうしてスピリットチェンジが発動され、身体の使用権を得たノアは、大きな欠伸をして養父母に上目遣いで告げたのです。
「ボク、ねむたいの。いっしょに、ねよ?」
養父母は目を瞬かせ、驚きを見せましたがすぐに破顔し、微笑みました。
「わかったわ。一緒に寝ましょうか」
「誰かと眠るなんて、久しぶりだな」
二人はあっさりとその要求を受け入れ、ノアを連れて一緒にベッドに入りました。その瞬間、ノアはスキル【スリーパー】を発動させたのです。そのおかげで二人はあっという間に眠りに落ちていきました。そして、ノアも。
スキルの発動は、最初はよくわかりませんでした。けれど、こんなにも早く寝てしまうのはおかしいですからね。考察と、その後何度かの発動で判明したというわけです。それにより、このスキルがなかなかに強力なものだという事もわかってきたわけですが。
とまぁ、こういった事が何度か起きたわけです。なので、養父母はサナに甘えてもらっているという安心感を得たのだと思います。翌朝、目覚めた時にはいつの間に寝てしまったのだろうと首を傾げていましたけれど。
「サナと寝ると、ぐっすり眠れるの。ありがたいわ」
シルヴィエはそう言っていましたし、やはりスキルの事には気付いていなかったのでしょう。それはサナも同じですが。
ノアが誕生したのは、サナ自身も熟睡できる事がなかったからでは、と私は思っています。養父母をちゃんと休ませたいというサナの願いからだったとは思うのですが……それだけ、というのは魂誕生の理由としては弱い気がしたからです。
だからこそ、ちゃんと身体が休めていない時や、環境が変化した時などに現れ、強制的に眠らせてしまう困った子でもあるのですよね……今回は船の上で、しかも魔物が来るという緊張状態であまり眠れていませんでしたから、それが原因でしょう。
……なにはともあれ。
あの三人が、理解を示してくれて本当に良かった。あのまま、エミルと同じような目で三人とも見ていたら……せっかく信用しかけていたのに一気に崩れてしまったかもしれません。また、裏切られるのか、と。
信用すればするほど、裏切られた時の傷は大きいですから、そうなるなら早めがいいとは思います。でも、やっと出会えたかもしれない仲間を信じたい。そんな気持ちも抱いてしまうのです。
平穏は、きっと長くは続きません。だからこそ、平穏な間は少しでも多くの幸せを、サナには感じて欲しいと願うのですよ。





