【心の中の世界】渦
一人、部屋で休んでいる間に、サナは眠ってしまったようです。夜から明け方にかけて、それどころではありませんでしたしね。
と、支配者の席で眠るサナが起き上がりました。どうやら、魂だけが心の中の世界で目覚めたようですね。声をかけましょう。
「サナ」
「! ジネヴラ? え、あ……」
私が声をかけると、サナが振り返りました。それから、なんと私に目を留めたのです。
「まさか、見えるのですか?」
「あ、うん……うん! あなたが、ジネヴラ?」
サナは驚き、目を見開いていましたが、すぐに笑顔になって私の手を両手で握りしめました。そう、握りしめたのです。これまで、触れることさえ叶わなかったのに。
「男の人かな? 女の人? ううん、どっちでもいい。白い髪が、とっても綺麗なんだね、ジネヴラ」
手から伝わる、初めて感じたサナの温もり。それだけで胸がいっぱいになります。
「……ありがとうございます。性別がないのですよ。私にもわからないのです」
「そうなんだね。うん、でも、ジネヴラはジネヴラだ」
サナは私を見てニコリと微笑みました。その笑顔がなんだか眩しくて、思わず目を細めてしまいます。
「私、もっとみんなのこと知りたい。ジネヴラ以外の人とも会ってみたい。そう願ったんだよ」
「ええ、見ていました。そう願ったからこそ、姿が見えるようになってきたのでしょう。他の魂とも、少しずつ会えたら良いですね」
サナの表情は明るく見えました。やはり、自ら歩み寄ったことでサナも成長したのでしょう。私の言葉に頰を染める姿はなんだか可愛らしく思えます。
「じゃあ、僕の事も紹介してくれない?」
すると、談話室にやってきたオースティンが自然と会話に入ってきました。ああ、彼なら適任かもしれませんね。私以外の最初の魂として紹介するには、人当たりの良いオースティンはピッタリです。
ルイーズでも良いのですが……彼女は少々、素直ではありませんからね。誤解を招きやすい容姿と言葉遣いですから。
「やあ、サナ。僕はオースティン。声は聞こえているかな? 姿は見えてる?」
「う、うん。はじめまして、オースティン。こ、こんなに早く会えるなんて思ってなかった」
いつも通り人好きのする顔立ちと声色で難なくサナへと近づき、握手をする事に成功したオースティン。わかってはいましたが、本当に見事なものですよ。
「サナからしたらそうかもしれないね。でも僕は、サナの事色々知ってるよ? 卵料理はいつもちょっぴり焦がしてしまう、とかね」
「わ、わ、ストップ! やめて、恥ずかしいからっ」
そして、茶目っ気たっぷりに冗談を言う事で、あっさりとサナの懐に入り込みました。恐ろしくもありますね、この対人スキルの高さは。サナも頰を染めて注意しつつも、悪感情は抱いていませんから。
「サナ、オースティンはとても頼りになる魂です。人好きのする顔でしょう? 交渉などを円滑に進めるのにはとても向いている人材ですよ」
「ジネヴラ……身売りされてるような気分になるよ、その紹介の仕方」
苦笑を浮かべながらそういうオースティンに、私は首を傾げます。そうでしょうか? 思ったままを言っただけなのですが。見ればサナもふふ、と笑っています。おかしかったですかね? でも、サナが笑っているのならそれで良しとします。
「ただ、魂の欠片はそれほど大きくなかったせいか、強くはありません。他の魂に少し突かれただけで弱ってしまうか弱さもあるのです。頼りすぎには注意ですよ」
「もう、ジネヴラは……! 軟弱アピールありがとう!」
今度は拗ねたように頰を膨らませたオースティン。気分を害してしまったようですね。事実を言っただけなのに、難しい人です。
「魂の、欠片……? 魂たちには、強さがあるの?」
しかしサナは、そちらの事が気になったようです。まだ話していない内容でしたね。
なので私は、元々は一つの心が砕け、欠片の一つ一つが意思を持ちはじめた事でこのような体質になってしまったこと、また欠片の大きさによって、存在の強さが変わってしまうことなどをサナに伝えました。
「心が砕けた事で生まれた、っていうのは聞いていたけど……強さがあるんだね。知らなかった」
サナは顎に手を持って行きながら考え込んでいます。それから、恐る恐るといった様子で私に問いました。
「なんで、その……元は一つだった心が砕けてしまったの?」
サナが問いかけた瞬間、心の中の世界に存在する例の渦が、突如大きくうねりだしました。咄嗟に私はサナを身体で庇います。オースティンも腕を顔の前まで上げて警戒し、渦の方へと身体を向けました。
「あ……何、あれ……?」
サナは小刻みに震え始めました。まるで生き物のようにうねる、どこまで続くかわからない闇のような渦に、本能的に恐怖を抱いているのでしょう。
「私たちにもわかりません。ただ、こうして時々動きを見せるのですよ。心が反応した時に」
「きっと、僕たちが生まれることになったキッカケは、あまりに良くない出来事だったんじゃないかなって思う」
渦が反応するのは、誰の心が反応した時なのかはわかりません。私かもしれませんし、サナかもしれない。あるいは他の魂かもしれないのですが、触れたくない事に触れた時に動くような気はするのですよね。オースティンの説明は的を射ていると思います。言い方もオブラートに包まれているところが彼らしいです。
「ジネヴラにも、わからないの?」
私のスキルを知っているサナは、不思議そうにそう尋ねました。そうですよね、全知とは一体なんなのかと、私自身そう思います。肝心なところで役に立たないんですから。
「ええ。恐らく知識では計り知れない事象なのだと思います。それと……」
私はそっとサナの身体を支えながら告げました。直接的な言い方はまた渦の動きを活発にしかねませんね……オースティンを見習って言い方を変えてみましょう。
「先ほどのサナの問いですが、あれも私にはわかりません。なんせ、私が生まれる前の出来事ですからね……流石に見聞きしていない事までは」
「そっか。そうだよね……ごめんね、変なこと聞いて」
サナはそう言って申し訳なさそうに俯きました。それからすぐに顔を上げ、何を思ったのか渦の方へと足を向けたのです。
「サナ!? 危ないですよ!」
「近付いたらどうなるかわからないんだ!」
私とオースティンが慌てて声をかけます。でも、それしかできません。なぜなら、私でさえ渦に恐怖してあまり近付く事が出来ないのですから。オースティンのような弱い存在は尚更、足が動かないほどでしょう。
「大丈夫」
けれどサナは、本当に大丈夫なようでゆっくりと渦に近付きました。驚きましたね……さすがは最も強い魂です。予想外ですよ。
とはいえ、サナも渦の中にまでは入りませんでした。少し手を伸ばせば触れられる距離で立ち止まり、渦をどこか悲しい眼差しで見上げています。
「えっと、あなた? も、ごめんなさい。もう、聞かないからね」
すると、渦はまるで意思があるかのようにゆっくりとそのうねりを止めました。もしや、本当に意思を持っているのでしょうか……?
「これが誰かの心なら、私の声も届くかなって思って」
当の本人は、深く考えてはいないようですが……私はこの二人のやり取りによって、渦の正体がわかったような気がしました。





