ノアのスキル
「ふわぁぁ、もうっ。みんな、ねんねの時間だよ?」
「えっ」
「サナっ!? い、いや、えっと、ノア……?」
ノアは、マイペースを崩さずにトコトコとナオたちの元へと歩いていきます。水竜との戦闘中だというのに、です。さすがに船の揺れによってよろけてはいますが……
「にゃっ! 邪魔にゃ! 危にゃいにゃあっ!!」
エミルが叫びます。けれどノアは我関せず、みんなの方をトロンとした目で見ています。背後にいる水竜が咆哮をあげ、ビリビリとした振動を船全体に伝えてきているのに、です。
「っ、ノア! やめてくれ!!」
「ノア、っていうと確か……強制的に眠らせるスキル持ちでしたわ!」
「ダメにゃ! シャレににゃらにゃいにゃあ!!」
三人の焦る声もなんのその、ノアはニコリと微笑んで両手を上げました。
「みんな、ねーんねしな!」
ノアのスキル【スリーパー】が発動しました。まるで水面に石を落としたように空気が波紋を作ります。それはじわじわと広がっていき、触れたものを眠りの世界へと誘うのです。
「や、やめ……」
「うっ、なんて、強力な……」
「うにゃあ……」
ドサドサと、その場に倒れていくナオたち。そして、波紋は船全体に広がり、恐らく奥の方で避難している者たちも含めて、みんなが眠ってしまったことでしょう。
「君も! 夜はねんね。わかった?」
ノアが目だけで水竜を見ます。それまで耐えていたであろう水竜が、ノアの一言で海面に倒れこみました。そのせいで大きな波が起き、船は転覆しそうなほど揺れましたが、誰一人目覚める事はありません。ノア自身は、コロコロと甲板を転げ回りました。
「いたぁい。んもう、なんでよぉ! あわわわっ」
文句を言いながら船の動きに合わせてあちらこちらへと転がっていくノア。眠らせる以外はただの幼児ですからね。踏ん張る事も、柱にしがみつく事もままならないようです。
水竜が深い眠りに入り、海の底へと沈んでいく事で、渦潮が起こりました。これはまずいですね……このままでは船も渦潮に巻き込まれてしまいます。そうなれば、大破です。そんな時でした。
「ひ、かり、よ……」
微かに意識を保ったナオの声が聞こえてきました。さすがは勇者。状態異常の耐性も人より高いようです。ノアのスキルはかなり強力ですが、辛うじて耐えたようでした。
ナオは、光の魔法を唱え、船全体を包み込んでいきます。それによってこれまで激しかった揺れがピタリと収まりました。海を見れば、相変わらず荒れているのでこの船だけが守られているのでしょう。
こうして、船を守って力尽きたナオは、深い眠りへと落ちていったのです。船全体を包むほどの光魔法を、状態異常でかけるなんて……さすがは勇者と言うところでしょうが。ノアは、やってしまいましたね。
「んー、静かになった! これで、ゆっくり寝れるぅ」
ノアはそういって大きな欠伸をし、その場で床に丸まってスヤスヤと寝息を立て始めました。なんて呑気な……
私は一人、頭を抱えることとなりました。
『あ、れ? ここは、談話室?』
今後の事に頭を悩ませていると、サナの声が聞こえてきました。今回はここへ来られたようですね。サナはチェンジの際に毎回ここへ来られるわけではありません。ここではない場合はおそらく、サナの部屋へと飛んでいるのだろうと思いますが……その辺りはサナ自身も把握していないため確認できていません。
まぁ、その話は良いでしょう。状況を確認しなくては。サナ。今、何が起きたかわかりますか?」
『あ、ジネヴラ? えっと、確か水竜と戦ってたと思うんだけど……』
やはり、ノアの件はわかっていないようですね。私は今起きたことをサナに説明しました。
『えっと、それじゃあ今はみんな、眠っているの……?』
状況がうまく飲み込めずにいるサナがそう聞いてきたので肯定をしました。ナオが、ギリギリのところで船を守ってくれなかったら、みんなこの場で死んでいたであろうことも。
『っ、私……なんてことを……』
待ってくださいサナ。問題を起こしてしまったのはノアであって貴女ではありません。私がそう言うも、サナは責任を感じているようでした。それを言えば、いくら幼児で扱いが難しくとも、それを止められなかった私にこそ責任があるのですが。
『みんなを、起こさないと……!』
そうですね。このままでは船は波に流されるままになってしまいます。脅威が去ったことを伝え、元の航路に戻してもらう必要がありますから。
『戻れる、かな?』
サナは支配者の席で丸まって眠る自身の姿を見ながらそう呟きました。中身はノアですが。私は答えます。サナ、貴女は魂の中で誰よりも強いのです。貴女が支配者の席へ入れば、例えノアが嫌がろうとも必ず交代できますよ。
『そうなの? よ、よし。やってみる。教えてくれてありがとうジネヴラ』
サナは何かを決意したかのような顔付きで支配者の席へと向かいました。その背に向けて、幸運を、と私は声をかけます。
今回の件は、かなり危険な状況を作り出してしまいました。仲間たちから責められても仕方ないと思います。どんな言葉をかけられるか、わかりませんからね……例えサナが傷付いても。私は何度だってサナの記憶を私の中に閉じ込めます。辛い記憶に悩まされるのは、私だけで十分なのですから。
サナは、私が守ります。
魂の中で最も強い支配権を持つサナですが、心はとても脆いのですから。
スキル【スピリットチェンジ】発動しました。
身体の使用者がノアからサナへと戻ります。
交代は問題なく行われたようですね。熟睡中のノアも、気付くことなく部屋へと飛んだのでしょう。やれやれ、本当に困ったことをしてくれましたね……
「ナオ、ナオ……! フラン! エミル! 起きて!」
身体に戻ったサナはハッとしてすぐさま仲間たちの元へと駆け寄りました。それから強く身体を揺さぶります。ノアのスキルはかなり強力ですが、起こされれば目覚める程度の眠りでしかありません。まぁ、突き詰めて精度を上げれば、眠りの深さも調節できるのでしょうけれど……その点、まだ幼児で良かったと思わざるを得ないですね。
「ん、ノアやめ……」
「大丈夫。私はサナだよ! ノアも水竜ももういないよ!」
「ん……すい、りゅう……水竜!!」
寝ぼけるナオも、水竜の一言でガバリと起き上がりました。ほぼ同時にフランチェスカとエミルも起きたようですね。三人がサナに状況を尋ねてきましたので、サナは私から聞いた通りのことを三人にも話して聞かせました。
「間一髪だったな……さすが俺」
「本当に……助かりました、ナオ」
ホッと胸を撫で下ろすナオとフランチェスカ。けれど、エミルだけはそうもいかなかったようです。
「良く、にゃいにゃ……! 危うくみんにゃ、死ぬところだったにゃ! サニャは、ごめんですまにゃいにゃ!!」
エミルはそう叫びながらサナに詰め寄ります。僅かに悲しそうに眉尻を下げたサナでしたが、引かずにエミルの目を見つめ返します。
「やめろよ、エミル。悪いのはサナじゃないんだ。ノアっていう魂だし、そのノアもまだ幼い子どもなんだから」
「わ、わかってるにゃ……でも、でも……!!」
ナオが興奮しているエミルを静かに窘めます。エミルもわかってはいるのでしょう。けれど、命の危機に晒されて、どうしようもない恐怖のような怒りのようなものの行き場がなくなっているのが見て取れました。涙目でうにゃうにゃ言うエミルに、サナが近付きます。それから真っ直ぐな眼差しをエミルに向けたまま口を開くのでした。





