船上にて
船旅は順調な幕開けとなりました。
「おう、そっち行ったぞ!」
「任せろ! ガハハハ! もっと手応えのあるやつぁいねぇのかぁ!?」
青空の下、船上では屈強な船員たちの威勢の良いかけ声が響いています。
「あんなに楽しそうに魔物を……」
「頼もしすぎるにゃ……」
時折、飛び込んでくる海の魔物たちも、彼らによってあっさりと倒されていきます。海の男とは、本当にその辺の冒険者よりも強いのですね。
「まぁ、毎日こうして飛び込んでくる魔物がいりゃ、嫌でも強くなるんじゃないか?」
ナオも苦笑を浮かべてその様子を眺めていました。
「今日は船上で一泊して、明日の夕方に着くんだよね?」
「ええ、そうですわ。部屋は二部屋ですので今日はわたくしがナオと同室ですわね……」
「あからさまにため息つくなよ! 傷つくだろっ」
軽口を叩く余裕さえあったのです。
「にしても、人がいっぱい乗ってるんだな。こんなに混雑しててさ、今日は乗れなかった人もいることを考えるとなんか悪い気がしてくる」
「その気持ちはよくわかりますけれど、わたくしたちは進まなければいけないのですわ」
国王の許可証があるために特別乗り込めたわけですからね。本来なら二日ほど待たなければならないところです。
「そうだけどさ……」
「それに。もうすぐ船の運航さえ出来なくなると思いますから」
「にゃ!? どういうことにゃ!?」
続くフランチェスカの言葉に、三人は驚いているようです。やはり彼女はわかっていてあえて無理を通したのですね。
「あの街で父に……国王に手紙を出しました。朝一に出しましたから夕刻には着くでしょう。そうなれば明日にもあの街には通達が行くと思うのですわ」
「通達にゃ?」
ええ、と神妙に頷いたフランチェスカは、声を潜めて告げました。
「強い魔物が出てくる恐れがありますもの。腕利きの冒険者ないし騎士団員と一緒でなければ、船の運航を禁止する、と」
いくら海の男たちが頼りになるとはいえ、それは低級の魔物だからに過ぎません。中級、または上級の魔物が出てくる可能性がある以上、わざわざ危険に晒す事はさせられませんからね。腕の良い海の男たちだからこそ、なおさら失いたくない国の宝なのですから。
「わたくしたちの使命を忘れてはなりませんわ。こうなる元を断つため。そのためには足止めを食らうわけにもいきませんでしょ?」
「そう、だな……危険だから運航を止めろと言われている中、無理を通して船を出してもらうわけにもいかねぇし」
「いくら勇者一行でも、できれば特別扱いはされたくありませんから。まぁ、無理に船に乗っておいて説得力がありませんけれど」
そう考えるとやはり英断でしたね。エミルとサナはしきりに感心しているようです。けれど、何かを思いついたようにサナはあ、と声を出しました。
「でもそれって……今も少し危険なことには変わらない……?」
すでに強い魔物と戦った後ですからね。海に強力な魔物が出てきてもおかしくはありません。
「うにゃ……警戒を強めるにゃ」
「そうだな。俺たちが乗ってて船が沈むような事にはさせない」
縁起でもない事を言いますね……けれど、今この船には沢山の人が乗船しているのです。そのくらいの覚悟を持ってもらわなければ困ります。
「サナ、何か感じたらすぐに教えてくださいな。貴女の危険察知が頼りですの」
「わ、わかった!」
フランチェスカの真剣な眼差しに、サナは背筋を伸ばして返事をします。
何かを感じたら。それは近々起こるでしょう。確信があります。「今も危険なことに変わりない」ということにサナが気付いたのです。それは、すでに危険を僅かに感じとっているようなものですから。
警戒しながらの船旅も、あと半日ほどとなりました。夕食も済ませ、あとは寝るだけです。船上は平和そのもので、誰も強力な魔物が出てくるとは微塵も思っていない事でしょう。
夜は交代で寝て、異変が起き次第知らせようというナオの提案により、寝る順番を決めていた時でした。
「あっ、わっ……!」
「どうしたのにゃ、サニャ?」
どうやら、スキル【危険察知】が発動されたようですね。こうして驚くレベル、ですか。これはそれなりに危険です。
サナの危険察知は感じ方によってその危険の度合いが異なります。例えば、前回アリーチェが飛ばした魔物の時は、特に何も感じていませんでしたからね。恐らくそれは、たとえアリーチェが出てこなくとも問題なく倒せる魔物であったからかもしれません。サナ一人の時であれば、スキルも発動していたでしょう。
このように、サナの危険察知では少し先の未来も僅かに予想できているのだと推測しています。問題は、その事にサナが気付いてない事ですね……今度、心の中の世界に来た時には、その辺りを教える必要がありそうです。
「たぶん、強い魔物が……」
そう言ってサナはぶるりと身体を震わせ、自分の身体を抱き締めます。それを見たナオがそっと肩を抱きました。
「教えてくれてありがとうな。大丈夫。おかげで心構えも対策も考えられるからさ!」
「そうですわ。海の強力な魔物となれば、ある程度の予測がつきますもの」
サナはかなり怯えていますね。きっと、船という逃げられない状況なのと、他にもたくさんの乗客がいる点が危険度をあげているのでしょう。
「でも、それがいつかはわからないんだ……何となくそう遠くないって感じはするんだけど」
「ん。わかった。サナは船室で待ってるか?」
心配そうに顔を覗き込みながらそういうナオに、サナは首を横に振りました。
「ううん、離れたところで見守る」
「エミルもそれがいいと思うにゃ。海上戦はどこにいても一緒にゃから、少しでも近くにいてくれた方が守れるにゃ!」
強力な魔物というのは大抵大型ですからね。ここは船の上。大型魔物が船を掴めばどこにいても同じです。
「それもそうだな……でもサナ、気をつけろよ?」
「わかった。みんなも、気をつけて?」
出来るだけ笑顔を心がけているのでしょう、ナオは明るくそう言ってサナの頭を撫でました。サナもそれに答えて僅かに微笑んだのを感じます。
「いつ来るかわかりませんから、今夜は一人ずつ仮眠を取りましょう。すぐに動けるのは最低でも二人いた方が良いですし、全く休まないのも良くありませんから」
一人でみんなを起こし、敵と相対するのはなかなか厳しいですからね。三人とも否やはなく、揃って頷きます。
「じゃあ、みんな同じ部屋で休もう?」
「それが良いですわね」
「むむ、じゃあ次の部屋割りはまたチェスカにゃからにゃ!」
「わ、わかってますわ!」
「……だからみんな酷くね?」
エミルのお陰で少し緊張が解れましたね。ガチガチに緊張しっぱなしだと、いざという時に動けなくなりそうですから。やはり、良いチームですね。
こうして四人は一部屋に集まって一人ずつ仮眠を取りました。サナは一緒に起こすからずっと寝てて良いと言われましたがなかなか寝付けないようです。それもそうですね。
そして、夜も更けきった頃に、海の上級魔物は現れたのです。





