船旅準備
ナオとルイーズは余計な話をすることもなかったため、買い物は驚くほど早く終えることができました。全く話題がなかった、というわけではなく、ナオからの話にルイーズが一言返事をしたり無視したりするだけなので、ナオが諦めたともいえます。淡々と仕事をこなすルイーズに、どこか微妙な面持ちのナオ。私としては効率も良いですし、それの何が不服なのかわかりませんけど。
「ん? そろそろサナが立ち直ったみたいだ。変わるぞ」
「お、わかった!」
待ち合わせ場所の宿に着くかという頃、ようやくサナが支配者の席へと向かいました。実を言えば、もっと早くに立ち直ってはいたのですけどね。
スキル【スピリットチェンジ】発動しました。
身体の使用者がルイーズからサナへと戻ります。
「わ、わっ」
「うん? どうした、サナ?」
チェンジした瞬間、サナが驚いたように声をあげました。ナオに心配され、顔を覗き込まれたサナは、罰の悪い表情を浮かべます。
「えっと、実は買い物してる間ね? スクリーンに映る外の様子をしばらく見てたの」
「それって、身体が見ている景色が映し出されるっていうあれか?」
すでに何度か説明を聞いているナオは、簡単に理解を示してくれました。
「そう。なんだか不思議な感覚だった……第三者的な視点で景色は見てるんだけど、ルイーズさんが感じた事とかも伝わってきたりして。物語を感情移入して見ている感じで思わず夢中になって見ちゃった。買い物、任せてごめんね?」
「いや、それはいいよ。でも……へぇ、心の中って本当に不思議なんだな。想像もつかねぇや」
そう、談話室のこのソファに座っていると、身体の使用者が感じた大まかな感情なども伝わってくるのですよね。あまりにも強い感情は、心で思っている言葉まで聞こえてくることもありますし、こちら側に伝えようと思った心の呟きも届いたりします。基準などは曖昧なので、どういう時に、というのはあまり説明はできませんが。
「それで、そろそろ着くなぁって思ったから、自分から支配者の席に向かったの。私、今までは知らない間にチェンジしてたから、元に戻った感覚に驚いちゃって」
「ああ、だからビックリしたんだな。ちなみに、どんな感覚なんだ?」
ナオの質問に、サナは顎に手を当てて少し考えました。
「んー、それが思っていた以上に普通で」
「普通?」
「うん。チェンジした、っていう特別な感覚はなくて、普通に歩いていたらもう変わってたというか……洞窟から出てきた感じというか」
そう、基本はあまり変化はないと聞いていますね。私が表へ出て行ったのは過去に一度だけですので記憶が薄れているのですが、違和感があった覚えはありません。だからこそ、アリーチェやミオも突然チェンジしていても気付いていなかったりするのだと推測しています。魂間のチェンジだと、頭痛を伴いますが、それも稀ですしね。
「ますます不思議だな」
「私が一番、不思議だと思ってるよ」
「それもそうか」
サナは新しく見えた世界に、どこか興奮気味ですね。知らなかったことを知れて喜ぶ子どものように無邪気です。今はこれで良いのですが……問題が起こった時にショックをあまり受けないといいのですけど。
「あら、お待たせしてしまいましたか?」
宿の前で二人待っていると、程なくしてフランチェスカとエミルが帰ってきました。エミルはもう屋台巡りが出来るとあって浮き足立っていますね。
「いや、そんなに待ってないぞ」
「頼まれてたものは全部買って来れたよ。でも、もうお金がほとんど残ってない……」
そう言いながら預かっていた袋とお金の入っていた袋を一緒に差し出すサナはどこか申し訳なさそうです。
「いえ、ちょうどなくなるくらいの金額しか入れていませんでしたので。あまりたくさんお金を持ち歩くのも不安かと思って」
無駄遣いをしてない証拠でもあるので問題ありません、とフランチェスカ。本当にしっかり者ですね……将来迎える夫を王に、よりも彼女が時期女王でいい気がします。けれど、王は男という決まりがあるのですから勿体ないですね。
「船はどうだったんだ?」
ナオの質問に、そうでしたわねとフランチェスカが袋からチケットを取り出しました。四枚分ですね。
「今日の午前の便が取れましたわ!」
「午前? え、もう昼になるけど……」
「んにゃあ。海が荒れてて午後の便はなくなったのにゃ。でも、午前の便は遅れて出発するのにゃ!」
「もはやそれが午後の便でよくねぇ?」
午後の便は陽の落ちる前あたりに出航します。それよりは早くに船が出るために、午前の便という扱いのようですね。
「でも、よく取れたね?」
本来、船のチケットなんてそう簡単に取れるものではないのですけれど。すると、フランチェスカはニコリと微笑みながら、胸元からペンダントを取り出しました。ペンダントトップには、王家の紋章が彫られています。……なるほど。
「いざという時のために、船はいつでも余裕を持って客を乗せているのですわ。満席だと言われても、空いていることは知っておりましたの」
「職権濫用なのにゃ」
「あら、使えるものは使うべきですわよ。それが国王でも」
本当に、頼もしい限りです。
というわけで、船の時間まで昼食を済ませるべく、エミルお待ちかねの屋台巡りに出かけます。エミルの耳がぴょこぴょこ動いて止まりません。ずっと楽しみにしていましたからね。
「甘辛タレ最高にゃあ……お魚もいーけど、貝も美味しいのにゃーっ!」
「んむっ、私この貝、好き……美味しい」
「私はこの小さな魚が好みですわ」
「蒲焼き、もっと食べるぞ俺は!」
四人が楽しそうに食べ歩いているのを眺めます。最初はどうなることかと思いましたが、仲良く出来ているようで安心しました。
もちろん、この関係が続けば良いと思っていますし、信用もしています。
でも……あの事を隠している以上、いつかはこの笑みが消え去るのだという事を思うと心苦しくなりますね。
今は、この楽しい思い出がいつか、サナを救ってくれる事を祈りましょう。
「ん、もうそろそろ時間だな?」
「そうですわね。エミル、満足できまして?」
「うにゃ! お土産もたくさん買ったから船でも食べるのにゃ!」
あれだけ食べたのにまだ食べるというのですからすごいですね。エミルは口の周りをペロリと舐めて嬉しそうにしています。
「うし。んじゃ、行くか! 海を渡れば……いよいよ他国だな」
ナオの言葉に一同、表情を引き締めました。これまでは自国でしたのでどこか余裕もありましたが、海の向こうはまだよく知らぬ地なのです。フランチェスカの名や顔も、この国ほど知れているわけではありませんからね。
「カルニア国は海を挟んでいますが隣国ですし、経済の様子や特色などは知識としてある程度わかりますわ。行ったことはありませんけれど」
私も知識は持っていますのでまあ、大丈夫でしょう。サナの故郷の国とは違って、税率もそこそこですし、悪政ではありませんから。実力主義の国で有名ではありますね。
「まずはカルニア国の玄関であり、メイン都市のユーファリアで情報収集ですわね」
「その前に、船旅があるけどな」
先を見越したフランチェスカの言葉に、ナオが口角を上げて言いました。そうですね、油断は禁物。
海にも、魔物が多数存在するのですから。





