港
「おはようございます。よく眠れましたか?」
翌朝、着替えを済ませて部屋を出ると、腹部を抑えたナオと苦笑いを浮かべるエミルがちょうど部屋から出てくるところでした。そんな二人にいつも通り朝の挨拶をするフランチェスカ。気付いているでしょうがまぁ、察しているのでしょうね。
「今日もなかなかの一撃だったぜ……」
「にゃはは……だって全然起きにゃいんにゃもん。エミルは早く着替えたかったのにゃ!」
昨日と同じように強烈な一撃で起こされたようですね。ご愁傷様です。
「エミル……ナオならともかく、わたくしやサナの時にはそのような起こし方はやめてくださいね?」
「エミルだって、最初は普通に起こしてるにゃ! 二人が声かけただけで起きるにゃらしにゃいにゃ!」
「まぁ、起きるでしょうけど、もしもの事を考えると不安ですわ」
「起きなかったにしても、もう少し考えては欲しいなぁ……」
エミルの言い分は分かりますが、疲れによって起きられなかった時の事を考えると安心はできませんよね。しかも、私たちの場合は昨夜のように、身体の使用者がいない場合がありますから。目覚めてなにやらお腹が痛い、なんて事にはしたくありませんし。
「にゃら、一度起こしてダメにゃったら、耳元で叫ぶにゃ! それでもダメにゃら……ジャンピングアタックにゃ!」
「耳元で……それも心臓に悪そうですけれど分かりましたわ。譲歩いたしましょう」
「エミルと一緒の時は気をつけよう……」
フランチェスカとサナは互いに顔を見合わせて頷き合いました。横目で見たナオが未だに呻いているのを見ると、余計に気を引き締めるというものです。
「さ、早く準備してやる事終わらせて食べ歩きにゃ!」
「エミルお前……それが目的で早めに起こしただろ!?」
エミルは待ちきれなかったようですね。ナオだけ早く起こしたところで私たちがいるのですから時間は変わらないのに。無邪気というか何というか。
でもせっかく楽しみにしている事ですし、ここで無駄話をしていないでさっさと済ませた方が良いでしょうね。四人は揃って宿の食堂へと向かいました。
朝食は焼き魚とスクランブルエッグ、野菜のスープにパン、となかなか豪華なメニューでした。朝から大仕事という漁師向けのボリューミーなメニューなのかもしれませんね。それぞれ舌鼓を打ちながら食べています。サナも魚は好きなようですね。嬉しそうに食べるその様子を見ながら、私は昨夜のことを思い出していました。
あの後、簡単な説明だけをしてサナを戻しました。心の中には複数の魂が住んでいること、それぞれに部屋があって、主にそこで過ごすことが多いこと。大きな窓のように見えるのはスクリーンといって、体が見ている景色をそのまま映し出していることや、サナの意思を問わず、時折身体の支配権が変わってしまうことなどです。
何か困ったことがあればそれを呟いたり、メモに残せば私が必ず聞き入れ、なんとかサポートしますと言えば、申し訳なさそうな、それでいて嬉しそうな表情を浮かべてくれました。そして──
『いつか、ジネヴラや他の魂の姿も見えるようになりたいな』
そんな嬉しい事も言ってくれましたね。サナが望むなら、それは必ず叶うことでしょう。
ちなみに、サナが表に出ている時にはまだこちらの声は聞こえていないようです。まだ、リアルタイムで相談などは出来ませんが、それもその内出来るようになりそうですからね。今は気にすることではありません。
なんだか私は少し浮かれているようですね。それほど、サナと会話出来たのが嬉しかったと言えるのですけれど。あまり浮かれていると予期せぬ事態が起きた時に反応が遅れてしまいます。気を引き締めて今日一日を過ごすとしましょう。
「よし、荷物もまとめたな! じゃ、昨日決めた通りそれぞれ行動しようぜ。お昼ごろにまたこの宿屋前に集合しよう」
「そうしましょう。もし、船がすぐにないようでしたら、もう一泊する事になりますしね。その時は部屋をわたくしが取っておきますわ」
船の時間や空き状況は聞いてみないとわかりませんからね。乗船の許可なども、フランチェスカに任せておけばまぁ、問題はないでしょう。
「よし、じゃ後でな! サナ、行くぞ」
「うん。フラン、エミル、また後でね」
こうして、宿の前で別れた私たちは、それぞれの目的のために歩き始めました。
「買うものは保存食と水、くらいか? 日用品なんかは大丈夫なのか?」
「買ってきて欲しいもののリストを預かってるから。あと、小さめの収納袋も」
「げっ、また高価なもんを……さすがは王女だよな。無くしたりスられたりしないように気をつけろよ?」
「うん。一見するとただの古い袋だし、しっかり結びつけてるから大丈夫」
どうやら、フランチェスカが身につけている物よりも容量の少ない袋のようですね。それでも魔法道具ですから、それなりの量が持ち運べますし、魔法が付与されてるだけでかなり高価な物になります。それをサナに預けたというところに、フランチェスカのサナに対する信用が見て取れます。サナもそれがわかっているからこそ、与えられた仕事をこなそうと張り切っているようですね。良いことです。
二人は、早速買い物を済ませていきます。干し肉や水、野菜などはもちろん、この街の特産品、干し魚も多めに買いました。ほぼエミルのためですね。
買った品物は人目のないところやナオの陰でこっそり袋に収納していきます。見られて狙われでもしたら面倒なことになりますからね。
「あのね……私、会えたの」
そうして店から店へと歩きながら、サナがポツリとナオに告げました。
「ん? あ、もしかして……魂たちに?」
「うん。会えたっていうか、話せただけなんだけどね。それに、まだ一人だけ」
サナは、心の中の世界の様子や、私の事、私が教えた事などをナオに説明していきます。ほんの少し、嬉しそうなのが私も嬉しいです。
「そっか。まだ姿が見えないのは残念かもだけど……良かったな! きっとそのうち、姿も見えるし他の人たちにも会えると思う!」
「ジネヴラも言ってた。少しずつ、知っていけたらいいなって思うんだ」
そう言いながら、サナがナオに笑いかけました。すると、その表情を見たナオが呆気にとられたように目を見開いています。
「うん、いいな……サナ、そんな顔できるんだな! それ、すげぇ可愛い!」
「えっ」
直球過ぎるナオの言葉に、一瞬何を言われたのかわからなかった様子のサナでしたが、言葉の意味を理解した途端、みるみるうちに耳まで真っ赤になっていきました。ああ、心が少し荒れていますね。悪い荒れ方ではないのですけど。
「なっ、なっ、なんでそんなこと言うかなぁっ!?」
スキル【スピリットチェンジ】発動しました。
身体の使用者がサナからルイーズへと変更されました。
「てめぇ、ナオ……サナを動揺させるようなこと言うんじゃないっ!!」
「えっ、おわ、ルイーズ! 何? 俺なんか悪いこと言った!?」
すこぶる不機嫌なルイーズですね。仕方ありません、部屋にいたのに急遽チェンジしてしまいましたからね。というかナオ、根っからのタラシのようですね。口説いた自覚がないとは。もしくはまだ子どもなのでしょう。
「はぁ、もういい。ほら、行くぞ。まだ買う物あんだろ?」
「あ、そうだな!」
ルイーズが促すと、ナオは思い出したように再び歩き始めました。
『うぅぅ、恥ずかしいぃぃ!』
支配者の席近くでは、サナがうずくまって顔を覆い、悶絶していました。やれやれ。もう少しだけ頼みますね、ルイーズ。





