【心の中の世界】サナの変化
どうやら、サナは眠ったようですね。あの話を聞いて心が揺れていましたから、少し心配でしたが……何か夢を見ないとも限りません。油断せずに見守ることにしましょう。
「や、ジネヴラ。お疲れ様」
「オースティン。調子はいかがです?」
「んー、ボチボチかな」
背凭れに寄りかかったところで、背後からオースティンに声をかけられました。この間の無理がまだ残っているのでしょう。ボチボチと言いながらも顔色はまだ優れないようです。ミルクティー色の短い髪がサラリと揺れ、同じ色の瞳が困ったように細められました。
「当分はチェンジ禁止ですね」
「えー? 厳しいなぁ」
「いざという時に頼れないと困りますから。頼りにしているのですよ?」
「もー、ジネヴラは飴と鞭の使い方が絶妙!」
飴と鞭ですか? あまり意識はしていませんでしたが、それが良い方へと向かったのなら何よりです。
「で、部屋で休んでいないで大丈夫なんですか?」
まだ完全に回復していないと自分でも理解しているでしょうに。そう思って尋ねると、オースティンはふいと目線をズラしました。その先には……ああ。そういう事ですか。
「渦が、大きくなったみたいだから。ちょっと不気味な音も聞こえたからね」
「不安になって出てきてしまったわけですね?」
先ほどの会話によってサナの心が揺れましたからね。渦も、それに反応したのか何かわかりませんが、サナの不安に呼応するように地響きのような音を鳴らし、少しその範囲を広げたようです。
「そう言われると、僕が子どもみたいじゃないか」
「オースティンはまだ子どもでしょう」
「ジネヴラだって年齢がわからないだけで実は子どもかもしれないだろっ」
そうやって頰を膨らませている様子は、やはり子どもにしか見えませんけどね。年齢は十七ほどでしょうが、童顔なのもあってもう少し幼く見えますし。
「渦のことは、私にもまだわかりません。色々と考察はしているのですが……分かり次第必ず伝えますから。心配していても変わりません。部屋へ戻りなさい」
私がそう指示を出すと、オースティンはムッとしたように眉間にシワを寄せました。
「分かり次第、なの?」
「ええ。他に何が?」
「こうかもしれない、って予想だけでも話してくれていいんだよ?」
「無駄に不安を煽るかもしれないでしょう。無意味です」
そういう事じゃないんだけどなぁ、とオースティンは拗ねたように口を尖らせました。なんだというのでしょう。考えの途中で話されても、結局答えは出ないのですから、事実無意味でしょうに。
「まぁいいや。けど、話したくなったら言ってよ。僕はいつでも聞くからさ」
「? おかしなことを言いますね。答えがわかれば話しますけれど」
「あー、あー、わかった。僕が悪かったよ」
じゃあおやすみ、と言い捨てて、オースティンは去っていきます。本当に、なんだと言うのでしょうね? 彼は時々こんな風に妙な話をし始めるので少し困ります。
オースティンを見送った後、私は再びスクリーンに目を向けました。眠っているために真っ暗です。夢を見ればその光景がぼんやりと映し出されるのですが、それも特にありませんので今は熟睡中なのでしょう。
続いて支配者の席に目を向けます。そこでは、ベッドに横になるサナの姿。支配者の席は表に出ている者の姿がそのまま映し出されるので、近くにある備品も一緒に見えるのですよね。宿のベッドは、そこそこ質も良さそうです。しっかり身体を休められるのは大事ですからね。特に昨夜は野営でしたし。
ふと、サナが身動ぎをしました。それからうっすらと目を開けぼんやりしています。起きてしまったのでしょうか? ……いえ、違いますね。魂だけが覚醒したのでしょう。その証拠に、サナはムクリと起き上がりましたが、支配者の席にいるサナはベッドに眠ったままですから。
心の中のサナは、ベッドから降りて談話室の方へと歩き始めます。つまり、今身体を支配する魂はいないという事。魂が抜け出たわけではないので問題はないのですが、何かあった時にすぐ身体を動かす事は出来ません。まぁ、今なら少しくらい大丈夫でしょう。様子を見ましょう。
サナは、キョロキョロと辺りを見回しています。夢を見ていると思っているでしょうね……サナは、心の中の世界にあるものを認識していませんから。談話室にあるソファなども見えておらず、どうやら真っ暗闇の中にいるらしいことは、これまでの調査でわかっています。
けれど、どうやらサナに、変化が起きたようでした。
「……ソファ? それに、この大きな窓は、なんだろう」
驚いたことに、サナが家具や外の世界を映し出すスクリーンに気が付きました。私は思わず声をかけます。
「サナ、見えるのですか?」
「! 誰?」
ぶるりと身体が震えました。サナが……答えた。私の声に答えたのです! 落ち着いて、落ち着きましょう、私。焦ってはダメです。
「私は、ジネヴラ。もう一度聞きます。サナ、貴女には見えるのですか?」
ドクドクという心臓の音が聞こえる気がしました。おかしいですよね、精神体だというのに。そんな事はまずないのに。でも、それほど緊張しているのだと思います。サナは答えました。
「えっと……このソファとか大きな窓の事を言っているなら、見えてます。けどジネヴラ、さん? あなたは、どこにいるんですか?」
辺りを見回しながら、サナはそんな事を言いました。ああ……なるほど。
「私の姿は見えていないのですね?」
「え? うん。えっ、まさか近くにいるの?」
いますよ、目の前に。けれどそう言えば怖がらせてしまうかもしれませんからね。
「ええ。でもいいのです。声を聞けるようになってくれただけで……やっと、やっと貴女と話せる」
そう。やっと、私の声を貴女に届ける事ができるのです。十分な進歩ですよ。私たち魂の存在を認識してくれれば、いずれ姿も見えるようになるでしょうから。
「あの、もしかして、ですけど。私の中にいる、誰か、なんですか?」
視線を彷徨わせながら、サナは恐る恐るといった様子でそう尋ねます。どこかにいる私を探してくれているのでしょうね。その気持ちだけで十分ですよ。
「はい。そうですよ。けれどサナ、焦らずにいきましょう。ゆっくりと、一つずつ。私がきちんと説明しますから。知りたいと、思ってくれたのでしょう?」
「やっぱり……! うん。知りたい。私の事だもん。教えてください!」
どこか緊張した様子で、サナが答えました。ああ、良かった。本当に。
さあ、気持ちを切り替えましょう。ここからが、大事なのです。ようやくスタート地点に到達したのですから。
「あまり身体を留守にするわけにもいきませんからね。まずはここの仕組みについてお話ししましょうか。さあ、ソファが見えているのなら、どうぞ座ってください」
どのくらいの頻度でサナがこの場にやって来られるのかはわかりません。外に出ている間も声が聞こえるのか、なども調査する必要があります。けれど、サナにも言ったように、あまり長時間支配者の席を空けていると、戻った時にうまく身体を動かさなくなりますから、時間も限られてしまいます。
サナに伝えるべき事は山ほどありますが、何より私が焦らずにいる事が重要ですね。他の魂が外に出ている間に話が出来れば良いのですが。
そんな計画を頭の中で立てながら、私はサナに、これまで何度となくしてきた説明をします。
今度は、私の独り言ではない、という事が、なによりも私の気持ちを高揚させたのでした。





