勇者と魔王の物語
「むかしむかし、ある村で双子の赤ちゃんが産まれました。金髪の男の子と、黒髪の女の子です。二人とも綺麗な紫色の瞳をしていて、それはとても可愛らしい赤ちゃんでした」
フランチェスカは慣れた口調で物語を紡いでいきます。きっと、幼い頃に何度も聞かせてもらったのでしょう。声のトーンや抑揚など、非常に聞きやすいですね。
「二人はとても仲の良い兄妹でした。いつも二人で寝て、起き、遊び、何をするにも一緒です。けれど、成長するにつれて、黒髪の妹に異変が起こり始めました」
「異変……?」
サナが眉を寄せてポツリと呟きます。どことなく不安そうな様子から、物語に入り込んでいることがわかりました。
「ええ。妹はまだ五つという年齢でありながら、成人した大人よりも、熟練の魔法使いよりも遥かに多い魔力を有していたのです。しかもまだ幼い身。扱いも覚えていないために、溢れ出た魔力によって魔物を引き寄せてしまうのでした」
拳を握りしめて息を飲むサナ。そんな様子に一瞬、柔らかく微笑んでからフランチェスカは続きを語ります。
「手に負えなくなってきた両親は、次第に黒髪の妹を不審に思い始めました。自分たちには魔力などないのに、なぜこの娘はこんなにも魔力を持って産まれたのか、と。そもそも、両親とも黒髪ではないのになぜ黒髪の子が産まれるのか。金髪の兄は自分たちに似ているのに、黒髪の妹はどちらにも似ていない。不審な点を考えだせばキリがなくなっていきます」
そしてついに、とフランチェスカが言ったところで、サナがポツリと零しました。
「……捨てられちゃう」
「! ええ、そうですわ。黒髪の妹は、この子は自分たちの子どもではない、と森の奥深くへと置いていかれてしまったのです」
どこか自分の境遇に似ていますから、黒髪の妹に同情してしまっていますね。辛い記憶はなくとも、知識として捨て置かれたことを覚えていますから。
「黒髪の妹は、その後も魔力を増幅させ続け、いつの間にか魔物を従えるまでになりました。そして、次第に心を失い、人間を襲い始めるようになったのです。黒髪の妹は、ついに魔王となってしまいました」
サナが拳を胸元でギュッと握りしめます。
「そんな魔王を止めるために立ち上がったのは、金髪の兄でした。兄は、妹が魔王となってしまったこと、それ以前に両親に捨てられてしまったことに心を痛めていました」
サナがチラとナオを見ます。そうですね、金髪の兄こそが初代勇者となります。
「兄は妹を説得しようと試みました。けれど、心を失った魔王は容赦なく兄に襲いかかります。そして、激戦の末ついに……兄が、魔王を打ち滅ぼしたのです」
ハッとサナは息を飲みました。沈痛な面持ちをしている事でしょう。心の痛みのようなものを感じますから。かなり魔王に感情移入していますね……境遇が似ていましたから、仕方のない事です。
「けれど、それでは終わりませんでした。死の間際、世を恨みながら命を散らした魔王は、何度でも生まれ変わって人の世を滅ぼすという呪いをかけましたの。その呪いは魔王がそのまま生き絶えることで、二度と解けぬ呪いとなってしまったそうですわ」
「呪い……」
呪いは、魔法の原点とされていますからね。古の魔法、それが呪いです。原点とされる呪いは強力で、解呪は難しいとされています。しかも、術者の今際の際に発動された呪いは、その後何万年経っても消えないという話です。まぁ、噂ではありますが。
「けれど、それを見過ごすことは出来ないと意を決したのが金髪の兄でした。兄は、自らも後を追って命を絶つことで、魔王が生まれ変わるのと同時に自分も生まれ変わり、その度に自分が魔王を止めてみせるという呪いをかけました」
「……だから、およそ百年ごとに、勇者と魔王が同時に産まれるんだね」
「ええ。紫の瞳を持つ者は勇者と魔王以外、決して生まれないというのも、呪いに関係あるのでは、と言われておりますわ」
そして、呪いも呪いと同じ。要は呼び方が違うだけですしね。呪いと読んだ方が呪いより禍々しさがありませんから。それだけの理由でしょう。
でも、そうですね……大昔の勇者と魔王の物語が何年前なのかはわかりませんが、紫の瞳を持つ者は他に生まれない、という事実が今尚続いていますし、呪いの効力は真実味を帯びていると言えます。
「これが、世の中に広く言い伝えられている勇者と魔王の起源の物語になりますわね。幼い頃からこの話を聞く事で、いつか現れる勇者と魔王に備えるという意味合いもあると思いますの」
フランチェスカは話し終えると、少し喉が渇きましたわね、と水を貰いに部屋を出ました。エミルもそれについていきます。部屋にはナオとサナが取り残されました。
「……サナ?」
俯いて黙り込むサナに、そっと声をかけるナオ。サナは何やら考え込んでいるようですね。ナオに呼ばれてサナはハッと顔をあげました。
「聞いても、いいかな?」
「俺に? いいぞ」
それから控えめに問います。許可を得ても少しだけ言いにくそうにしていましたが、サナはゆっくり口を開きました。
「ナオは、その……生まれた瞬間から、勇者だって言われて育ってきたんだよね?」
「まぁ、そうだな。生まれた瞬間まではさすがに覚えてないけど……瞳の色を見た時に親はめちゃくちゃ驚いたって言ってたな」
それは驚くでしょうね。もはや前の勇者と魔王が現れてから百年以上は経過していますし。遥か昔の歴史だと思っていたのに、まさか我が子が勇者だとは思いもよらなかった事でしょう。同時に、どこかで魔王も誕生しているのだと考えれば、恐ろしくさえ思うかも知れません。
「でも、普通に育てられたって聞いたことがあるよ。勇者だから、勇者のくせにって……周りから言われたりは、しなかったの?」
ああ、おそらく聞きたいのはその辺りなのでしょうね。自分は黒髪だというだけで、散々な目に遭ってきましたから。
「そりゃあ色々言ってくるやつもいたよ。国で保護して育てるって話もあったらしいんだ。けど両親が、旅に出るまで家で育てるって言って聞かなかったんだってさ。勇者の親だからって、国も強引な手までは使わなかったみたいで。おかげで、俺は普通の子とほとんど同じように育てられた。両親には、すげぇ感謝してるよ」
その代わり、国から派遣されてきた人たちの鬼のような修行はする羽目になったけどな、とナオは笑います。噂通り、ナオは周囲の人間に恵まれていたのですね。それは今も。
「そっか……いいな」
「え?」
「ううん。ステキなご両親だねって思って」
思わず溢れた本音に、苦笑で言い直すサナ。ナオも気付いてはいるでしょうけど、軽く微笑んでありがとうとだけ答えます。
「じゃあさ……魔王はどうだったのかな」
「魔王?」
「うん。生まれた瞬間からわかるわけでしょう? 我が子が魔王だってわかったら……その子は、どんな風に育てられたのかなって」
サナの真っ直ぐな疑問に、ナオは息を飲みました。
「ナオだって、周囲から自分が勇者だって言われて育ったから勇者だってわかるんでしょ? 前世の記憶があるわけでもないんだよね? 生まれたばかりの子どもは、何にも知らない状態なんだよ。それなのに、魔王だって言われちゃうのかなって……」
「考えたこともなかったな……」
場に沈黙が訪れたところで、フランチェスカとエミルが戻ってきました。どうやらポットごと持ってきてくれたようですね。
サナとナオの会話はそこで終了となり、四人はそれぞれ水を飲むと、港の朝は早いからという事でもう休むことに決めたようです。
「では、おやすみなさいませ。サナ、部屋へ戻りましょう」
「うにゃぁ、ニャオ、変にゃこと、しにゃいでよにゃ!」
「だからしないって!」
そんなやり取りに微笑んでいたサナですが、どことなく先ほどの会話を引きずっているようにも見えました。





