部屋割り
「あら! あらあらいらっしゃい! やだわ、お客様に荷物持たせて」
「おかあ、その代わり一人分オマケしてって」
「あらそうなの? でも悪いわねぇ、重たかったでしょう?」
宿に入ると、すぐにおかみさんが出迎えてくれました。それからナオの持つ魚の網を受け取って、人の良さそうな笑みを浮かべます。おかみさんも軽々持つあたり只者ではないですね。
「いえいえ、このくらいなんてことないですよ」
「そぉ? お兄さん顔が良いだけじゃなくて力もあるのねぇ。若い子たくさん連れてやるじゃない!」
ケラケラと笑いながらナオの背中をバシンと叩くおかみさん。ケホケホと軽くむせるナオは苦笑いを浮かべていました。
「トト! お客様を部屋へご案内しな! 二部屋でいいかい? 一部屋二人ずつの部屋になっちまうけど」
「そ、それは誰かがナオと一緒の部屋になるということですの……?」
フランチェスカの戸惑いのセリフに沈黙が流れました。エミルとサナも目を見合わせています。
「もー、それは後でそっちで決めて! とりあえず案内するから!」
もうすぐ夕食の時間なので、食堂が混み合う頃ですしね。トトは私たちを急かして二階の階段を上っていきました。
「とりあえず、行くか……」
「そうですわね……」
こうして、私たちは案内された部屋へと向かうのでした。
ひとまず荷物を一部屋に置き、混み合う前に夕食を済ませようということですぐに食堂へと戻りました。結局、まだ部屋割りは決めていないので食べながら話し合う事にした様子。どことなくギクシャクとした雰囲気を漂わせながら席に着きました。
「……どうしましょうか」
「にゃ。ベッドは二つずつしかにゃいもんにゃあ」
「……と言いますか、宿に泊まる度に同じ問題に直面するのでは」
まあ、その通りですね。大抵の宿は二人部屋ですし。一人部屋、四人部屋などがあるところは稀ですし、そういったところはそれなりのお値段のする宿屋になります。つまり、毎回揉めてるわけにもいかないというわけですね。
「……くじで決めたらいいんじゃない? それで、順番で」
「……それしかありませんわね」
サナの提案に、フランチェスカが渋々といった様子で同意を示しました。それに微妙な反応を見せているのは当事者のナオです。黙って様子を見ていましたが、ついに口を開きました。
「というか、そんなに俺と同じ部屋は嫌なのか? 別に何もしねぇのに」
「女の子には色々あるんだよ。ナオ、デリカシーない」
「……ごめんなさい」
意を決したその言葉も虚しく、サナにバッサリ切り捨てられてしまいました。こういった話題は男の立場が弱くなりがちですからね。肩を落として素直に引き下がっています。
結局、大人しくくじで決めた結果、今日ナオと同室になるのはエミルに決まったようです。最後まで文句を言っていましたが、順番で回ってくる事ですから諦めてもらうしかありません。ナオがそんな会話を聞いてさらに落ち込んでしまったのは言うまでもないでしょう。
早めに食事を終えたために、時間を持て余した四人は、一度ナオとエミルの部屋に集まって今後の予定について話す事にしたようです。明朝、市場に出て買い物を済ませる者と船の手配をする者で二手に別れます。買い出しはナオとサナ、船の手配はフランチェスカとエミルです。
「エミルは買い出しが良かったにゃ……」
「ダメですわ。美味しそうな香りに誘われてあちこちに行ってしまいそうですもの」
「うにゃあっ、否定は出来にゃいにゃーっ」
しっかり者のフランチェスカにエミルの手綱を握ってもらうのが一番だという考えですね。正解だと思います。
「お互いに予定を済ませたら昼飯は買い食いしようぜ! だからそれまでの我慢だぞ、エミル」
「んにゃ! 我慢するにゃーっ!」
しょんぼりと耳を垂れ下げていたエミルも、ナオの提案に再び元気になりました。やはり扱いやすいですね、エミルは。
「あとは……何か気になる事など、ある方はいらっしゃいます?」
打ち合わせも済んだところで、フランチェスカがみんなに問います。すると、ナオがあー、と頰を人差し指で掻きながら口を開きました。
「森で戦った、あの魔物の事だけどさ」
「えっと、アリーチェさんが撃退した、あの魔物ですの?」
フランチェスカはチラとサナを見ながらそう尋ね返します。サナはほんの少し肩を竦めて困ったように眉尻を下げました。話には聞いていても、実感はないでしょうからね。
「うん、そう。変だと思わなかったか?」
「変、にゃ?」
神妙な面持ちでナオがそう言うと、エミルとサナが同時に首を傾げます。フランチェスカは、顎に手を添えて少し考えてから自分の考えを述べました。
「……この辺りで出てくる魔物にしては、上位でしたわね」
「そうなんだよ。普通、あのくらいのレベルの魔物は、もっと森の奥地とか山の上の方とかだと思うんだよな」
それについては、私も感じていました。あまりにも町に近すぎます。今後、また現れるようなら、注意が必要です。
「……魔王が、少し活動を始めたのかもしれないって、思うんだ」
ナオの言葉に一同は息を飲みました。私たちの目的である、魔王の討伐。それを改めて突きつけられたような感覚なのでしょう。
「お父様……いえ、国王に手紙を書きますわ。各村、町、都市に注意喚起をしていただかないと」
「それがいいな。備えはするに越したことないし」
やや重苦しい空気が流れます。すると、これまで黙って聞いていたサナが、おずおずと声を出しました。
「どうして、魔王は……その、厄災を振りまくのかな? 世界を支配したいとか、そういう目的があったりするの……?」
サナはずっと疑問に思っていたようです。それを聞ける相手が今までいませんでしたからね。
そのせいか、三人はきょとんとした顔でサナに視線を集めています。これを機に、常識をサナに教えてあげて欲しいところですね。
「えっと、サナは勇者と魔王の昔話を知りませんの?」
「昔話……?」
「ええ。子どもの頃などに、よく聞かされたりするのですけれど」
フランチェスカにそう聞かれ、サナは少し考える素振りをします。それから首を横に振り、覚えていないと答えました。
「俺も小さい頃聞かされたけど、それは勇者だからだと思う。周りに知らないって子もいたから、俺が話してやった覚えがあるぞ」
実際はある意味常識とされている昔話なのですが、サナの過去に何かを察したナオが機転をきかせてくれました。
ある程度の年齢になれば、知っているのが当然と思われてしまいますし、あえて教えてくれる人もいませんからね……
「せっかく時間もある事ですし、今お話しいたしましょうか?」
「! ぜひ!」
幼い頃は、昔話はおろか、おとぎ話や他愛ない家族の会話などもしてこなかったサナにとって、それは憧れのようなものです。というより、辛い記憶は封印されていますので、サナは幼い頃の事をほとんど覚えていないのですけれどね。
「では、お話しいたしますわ」
コホン、と咳払いを一つして、フランチェスカが静かに語り始めました。





