子ども
昼食後は、これといって大きな問題もなく進むことができました。少しだけスピードを上げたことで、日が落ち切る前に港町ポルクスに辿り着くけましたね。サナは少しお疲れのようですが。それにしても、磯の香りが懐かしいです。
「んんーっ、これこれ! お魚が美味しい気配がするにゃあーっ」
国から予め貰っていたらしい勇者の証書で難なく町に入った私たちは、夕方とはいえ賑わう町の様子に目を丸くしていました。エミルだけはググッと伸びをして嬉しそうに匂いを嗅いでいます。
「気持ちは分からなくもないですけれど、まずは宿をとりましょう。魚料理はその後ですわ!」
「うにゃっ、わ、わかったにゃあ……」
わかりやすく耳と尻尾を下げたエミルの頭をサナが優しく撫でます。
「じゃあちょっと聞いてくる! 初めての町だし、人に聞いた方が早いだろ!」
そう言うとナオはすぐに近くにいた恰幅の良いおじさんに声をかけにいきました。なかなか行動力がありますよね。戸惑いがない、というか。それがナオの長所でもありますけど。
「おーい! みんな、こっち来てくれよ!」
すると、すぐにナオが私たちを呼びました。フランチェスカとエミルと顔を見合わせると、足早にナオの元へと向かいます。何事でしょう?
「すっごい偶然、というか俺の運が良いのかわかんねーけど。この人、町の外れにある宿屋のご主人なんだって!」
「宿を探してるんだって? 今日はキャンセルが入ってガッカリしてたとこだから願ったり叶ったりさ。ウチに泊まってきな!」
ものすごい引きの良さですね。間違いなく称号勇者の幸運のおかげでしょう。恐れ入りました。
しかも、仕入れた魚を運んでくれるなら、一人分の代金を一泊分オマケしてくれると言います。なかなか太っ腹ですね。当然私たちはそれを承諾しました。
「こっちは息子のトトだ。俺はもう一件仕入れにいかなきゃならないんで、先にこのトトと宿に行っててくんねぇか。トト、お前ちゃんと案内して、おかあに説明できるな?」
「うん! できる!」
ひょっこりと宿屋のご主人の後ろから顔を出したのは、栗毛の少年。頰を染めて嬉しそうに拳を握っています。まだ十歳ほどでしょうか。
「ではお客さま、僕についてきてください!」
「おう、よろしくな、トト!」
はい! と元気よく返事したトトに、みんなが顔を綻ばせました。頑張る子どもというのは、いいものですね。
「トトはいつもこうして、仕入れには着いて行きますの?」
道中、フランチェスカがトトに質問を投げかけました。トトは嬉しそうに答えてくれます。
「毎日ではないですけど……宿が混んでる時は、おとう……父が一人で仕入れて僕は宿の手伝いをします!」
なんでも、宿泊の他にも食堂として店を開けているそうで、そういった食事だけのお客さんが結構多いのだとか。
「海の男の朝は早いんだ。だから今の時間からボチボチ混んできて、数刻もすれば一気に帰っちゃう。だからお泊まりのお客さんも、夜うるさくて寝れないって事はないと思うよ……っと、思いますよ!」
敬語に慣れていないのか、時折言葉遣いを間違える様子もなんだか微笑ましいですね。ですがなるほど、宿屋としてはいつまでもうるさいとお客に迷惑がかかりますからね。その点では港町の宿屋は過ごしやすいかもしれません。
「その代わり、朝も早いんだけどね。仕事前に朝ご飯を食べていく人も多いから……もし、起こしちゃったらごめんなさい」
「そのくらい構いませんわ。泊まるところが確保できただけでもありがたいですもの」
美人なフランチェスカに微笑まれ、トトは頰を染めてはにかんでいます。たしかに港町ですから、外から来たお客さんも多いと予想してましたからね。けれどどうやら、今日到着予定の船が遅れているそうで、明日になるとのこと。そのせいでキャンセルが出たというのです。勇者の称号もここまでくると怖いですね……
「うちとしても、キャンセルになった分が無駄にならなくて助かります! 獲れたての魚料理を楽しみにしててください!」
「んにゃあっ! 新鮮なおさかにゃあーっ!」
エミルの食い付きがすごいですね。思わずトトも吹き出しています。
「それにしてもトトくんは、まだ小さいのにお仕事を手伝って、偉いね」
サナが何の気なしにそう言うと、トトは照れ臭そうに笑ってお礼を言います。
「家の手伝いなんて、みんなできるよ。それより、まだ小さいのに旅をしているあなたの方がよっぽどすごいと思いますよ」
「え? でも私は……」
サナが何か言おうとしたその時、港の方で大きな叫び声が聞こえてきました。何事でしょう?
「海の魔物が漁の網にかかっていたみたいですわ!」
「なんだって!? すぐに行こう!」
後ろを振り返り、恐らくは遠見の魔法を行使したフランチェスカが叫ぶと、ナオがすぐに駆け出そうと足を踏み出しました。けれど、それを止めたのはトト。
「待って、大丈夫!」
「えっ、でも魔物が……」
「海の男は強いんだ。魔物が引っかかってくるのだって日常茶飯事なんだよ? あのくらい、対処できるよ!」
そう言って、どこか誇らしげに胸を張るトトは、きっと本当に漁師たちを信じているのでしょう。心配なら少し見るだけにしてみて、ともはや敬語を忘れて告げるトトに従い、私たちはその場で見守る事にしました。フランチェスカがみんなにも遠見の魔法をかけてくれます。癒しだけでなく、補助系の魔法もこなせるのですね。
「にゃ、倒したみたいにゃ!」
「ね? 言ったでしょう? そこら辺の冒険者とも変わらないくらい強いんだ! お兄さんたちも、もしかしたらやられちゃうかもよ?」
確かに、なかなかの連携プレーでしたね。網を抑えつける人たちと、攻撃をする人たち、周囲への被害を受けないように魚や人を避難させる人など慣れている様子が見て取れました。
自慢気に軽く煽ってくるトトに対し、エミルが食ってかかります。
「エミルたちはめちゃくちゃ強いのにゃ! やられたりにゃんかしにゃいのにゃーっ!」
「えー、でも強そうに見えないもーん」
「にゃにをー!?」
どう見てもエミルはからかわれていますね。ナオやフランチェスカ、サナは苦笑を浮かべてその様子を見ています。
「落ち着いてエミル。子どもの言う事なんだから。トトの方がお兄さんに見えるよ?」
仕方ない、とばかりにサナが仲裁に入ると、エミルとトトが同時に衝撃を受けたかのような表情をしました。
「うにゃっ!? ショックにゃ……!」
「こ、子どもに子どもって言われた……!」
「えっ。子どもって、私のこと? そんなに、ショック受けるほどかな?」
トトの反応にサナも少しショックを受けたようですね。まぁ、仕方ありません。サナの身体はか細いですから実際より幼く見られます。それも、これまでの過去があるので仕方ないのですけどね。
「ほ、ほらトト! そろそろ宿まで案内してくれよ!」
「そうでした! すみません! こっちです」
ナオの言葉にようやく立ち直ったトトが再び案内を始めてくれたことでようやく先へ進めます。
「トトより、子どもにゃ……?」
「私、子どもじゃないもん……」
若干二名、まだ立ち直っていませんけどね?





