スキル【パーフェクトハウスキーパー】
両親から無視され続ける日々は続きました。地下牢に監禁されていた時の方が、姿が見えない分楽だったかもしれません。自由を与えられこそすれ、目の前に両親がいるのにまるで存在しないかのように扱われるのは、サナの心を酷く摩耗させたのです。
「おかあさ……」
「っ!? なん、で……なんでここにいるのよっ!? 確かに、森の奥に置いてきたのに!!」
「ひっ、や、やっぱ悪魔の子なんだ……魔王の黒髪だ!」
ルイーズが生まれた日の翌朝、自力で家に戻ってきた時ですね、事件が起きたのは。思えば牢から出されて声をかけられたのは、前日に森まで行くからついて来いと言われた時と、この時くらいでした。
おそらく、サナをうまい具合に処分できて清々しい気持ちで起きてきたのでしょう。それなのに、玄関に立ち尽くすサナに声をかけられたのです。母親は発狂寸前、といった様子でした。今でもあの時の恐怖に怯えた表情が鮮明に思い出せますよ。
「い、いや……もう嫌よ!! 耐えられないわっ!」
「お、落ち着くんだ……何か、何か考えよう……」
サナの目の前で、二人はどうしたらサナを処分出来るのか話しはじめました。すでにありとあらゆる手段を使って、サナを遠ざけようとして……全て失敗してきたのです。
そんな二人を見て、さすがにサナだって理解しました。目から光が失われていきます。けれど、そんな様子に気付きもしない両親は、まずはサナから離れたいがために二人で家の外に飛び出していってしまったのです。
「……もう、いい。もう、わかった…………」
一人残されたサナは、小さな声でそう呟きました。
『あ、アリーチェ!?』
その時、私はエーデルが出てきてまた自殺しようとするのでは、と危惧していましたから、思わぬ人物の登場に驚いたものです。アリーチェは、迷う事なく支配者の席へと向かうと、スピリットチェンジで身体の使用権を得ました。そして、腕まくりをしたのです。
「さぁ、お片付けから始めましょう。必要のないものは全て、捨てなければいけないわね!」
必要のないもの。私は最初、彼女の言う意味がわかりませんでした。けれど、箒とモップを手にしたアリーチェは、ためらう事なく家中にあるものを破壊し始めたのです!
『なっ、何をっ!?』
これには動揺しましたね……けれど、彼女は基本的にサナを守ってくれる人。意味もなくこんな事はしないでしょう。ひとまず大きく深呼吸をした私は、冷静になって考えてみることにしました。そうして、一つの結論を出したのです。
アリーチェのスキル、パーフェクトハウスキーパーは、サナの身の回りを完璧に整えること。それは、サナにとって不必要、害になるものは文字通り片付けてしまうスキルなのではないか、と。
そしてその答えは当たっていたと確信しました。スキル発動後、サナにとって害と言えるこの家は、見るも無残に破壊し尽くされてしまったのですから。瓦礫の上で、アリーチェは満足した笑みを浮かべてこう言ったのです。
「ふぅ。とっても綺麗になったわね!」
自分の仕事はこなした、とばかりにアリーチェはそのまま部屋へと戻って行きました。交代したばかりのサナは、ただ呆然と立ち尽くすしかなかったのに。
そこのところ、もう少し考えが及んでくれればと思ったものです。
それにしても、両親が不在の時で良かったと、心底思いましたね……もしいたら、人ですら容赦無く排除した気がしますから。怒らせてはいけない魂ナンバーワンですよ彼女は。下手したらエーデルやニキータより先に犯罪を起こしかねませんからね。
「……出て行こう。うん、そうしよう、かな」
けれど、このおかげでサナがこの家を出て行く決心がついたとも言えます。瓦礫と化した家の残骸を踏みながら、サナはそのままフラフラと森へと向かって歩き始めたのです。両親が置き去りにしたあの場所へと。今度は自らの意思で。
その日の夜、森の中の大きな木のウロで眠りについたのを見計らって、サナが心に負った深い傷の記憶を私の中に封印したのです。サナが平穏に、旅を続けられるように。いつか安息の地へと辿り着けるようにと願って。
「せ、せっかくだから、ここらで休憩しようぜ」
「そ、そうですわね。そろそろ昼食の時間ですし」
「早めに食べて先を急ぐにゃ!」
呆然とした空気を変えるため、ナオが切り出してくれた事で、再びメンバーの時間が動き始めました。サナは相変わらずキョトンとしていましたが、昼食と聞いて座れそうな場所を探し始めました。
ふぅ、ここはタイミングを見計らってアリーチェの存在を教えてあげなければなりませんね。とはいえ、無理矢理交代するのも負担がかかります。どこかのタイミングでルイーズに出てもらいましょう。いいですか?
『……夜だな』
私の問いかけにルイーズが短く答えましたが、それまで出てこない気ですか。まぁ、仕方ないですね。急ぐこともないでしょうし、ナオなら鑑定でアリーチェの事も見たでしょうしね。ああ、やはりコソコソと三人で話しているようです。これなら夜でも大丈夫でしょう。
昼食の準備はあっという間に終えました。アリーチェが昼食も用意してくれていましたからね。フランチェスカがポーチから取り出すと、ナオが火の魔法でピザをあっという間に焼き上げました。朝の残りのスープを器によそい、適当な場所に座ればあとは食べるだけです。
「生地がモチモチで美味しいですわ」
「うにゃ、野営でこんな美味しいのが食べられるにゃんて、幸せにゃー!」
「うん、美味しい。誰が作ったの?」
「そ、それはー……」
次々にアリーチェのピザを褒める面々でしたが、そこにサナが加わるとは。ナオが目を泳がせつつもどうしてもサナを見てしまいます。フランチェスカやエミルも、顔を引きつらせながらサナに注目してしまっていますね。まぁ、仕方のない事ですが。
サナはそんな三人の様子を交互に見ると、納得したようにああ、と一つ頷きました。
「私の中の、誰かが作ったのかな?」
サナのそんな一言に、誰もが息を飲みました。その様子を見て、サナは呑気にプッと吹き出して笑います。
「そんなに気を使わなくていいよ。大丈夫、慣れているし……それに」
両手を胸に当てて、サナは穏やかに微笑んでくれました。
「私の中に、誰かがいるんだってこと……少しは受け入れたつもりだから」
だから、何かあれば教えてほしい、とサナは言ったのです。迷惑をかけた事も、助けられた事も全部、と。
「いい、のか……?」
「うん。みんなに甘えてばかりいられないよ。私のことだもん。私が知らないなんて、おかしいと思うから」
ああ……旅に出て良かった。いえ、まだそうと決めつけるのは早いのですが。それでもサナが私たちに目を向けてくれたその事実、それがなによりも嬉しく思えたのです。ずっと、影から見守って、裏でサポートすることしかできませんでしたが、これからはナオたちを通してこちらの意思を伝えても良くなったのですから。
こちらからの一方的なアプローチは、サナの心に負担をかける。だからこそ、ずっと待っていたのです。サナから、歩み寄ってくれる日を。
「うん、よし。じゃあ話す! 今あった出来事だけ、とりあえずな!」
ナオが今朝と、それから今しがた起きたアリーチェがやらかしたエピソードを面白おかしく話し始めました。それに合わせて、フランチェスカもエミルもそれぞれ思ったことを口にし、笑い声が広がります。ナオは話し上手ですね。
この日は、サナが魂の事を知るキッカケとなった、記念日となったのです。





