第二十三話
学校へ行き、教室に神前の姿を探す。
「…いた。」
急いで駆け寄ると、「何?」みたいな顔をしている。
「なぁ、留年しそうなんだろ。大丈夫なのかよ。」
「あー…、それね。」
神前は深く溜め息をついた。
「あーもう、ほんと嫌。」
「神前?」
「長谷川君、ちょっと来て。」
「こ、神前!?」
俺の手を取ってせかせか歩きながら教室を出る。すると担任教師とバッタリ。
「す…すみません、あの神前さんが具合が悪いみたいなので保健室へ連れて行きます…。」
すると担任は面倒そうな顔で「あぁ、分かった。」と直ぐに認めた。
ガラガラ。
保健室の扉を開けると、白衣を着た先生が机の上で仕事をしていた。俺たちに気付くなり「あら、また来たのね。」と、神前に投げかけた。保健室の先生を見た瞬間、神前は安心したような声で喋り出す。
「すみません、やっぱりまだ無理みたいです。」
そう言うと、慣れた感じで保健室の奥にあるベッドに座る。
「本当に具合悪かったのか?なら神前、家に帰った方が…」
「違う。」
「え?」
「今日は具合はいいの。」
「じゃあ、どうしたんだよ。」
「言わなかった?アイドル辞めた理由。」
「じゃあ、ちょっと出るから」といって先生は保健室を出ていった。
"今はただの神前早苗だから。アイドルでも、有名人でもなんでもないただの引きこもりがちの女子校生"
昨日の神前の言葉が過ぎる。
二人になった瞬間に神前が言う。
「長谷川君、私はね」
また、あの顔だ。
「普通になりたい。」
体の弱さのことなのか、アイドル時代のことなのか、それ全てを指しているのか分からない。
ただ、俺が心配してかけた言葉が神前の傷を抉ってしまったことだけは分かった。
「ごめん、神前。俺、」
「分かってる。分かってるけど、分かりきれないよ。」
「…だよな。」
「変に同調しないで。」
本当にそう思っていた。軽い気持ちで同調したわけじゃない。思っていたけど、俺が思っているよりも神前の痛みは重すぎた。
「私のこと思って言ってくれてるのも分かるよ。でもね、私は普通になりたいの!普通の女の子になりたいの!私だって軽い気持ちで始めたアイドルで晒し者になって、やっと普通の女子校生になるんだって思ったら病気が悪化して学校にも行けない。やっと普通に登校できると思ったら私に聞こえるくらいの噂話。あの子は留年するとか、あいつはきっと自主退学するよとか。話しかけてくれた友達だと思ってた人は見世物見るみたいな目で私を見る。ねぇ、どうして、どうしてこうなっちゃったんだろうね。」
何も言えなかった。
何か言おうと思ったけれど、沈黙がこの場における最善だと思った。
「ごめんなさい…長谷川君…。もう…教室戻っていいんだよ…。」
「ごめん、神前勝手に隣座るから。」
「…長谷川君?」
「俺さ、怖いんだよ。やっぱり。」
でも口が勝手に動いてる。
「人とか、信じるとか。人間が当たり前に抱いてる感情が怖いんだよ。」
「それはこの前聞いたよ。今もなの?」
「今も怖いよ。葉月だって、俺の痛みを知ってる神前でさえ実は怖いんだ。でも、神前が俺を変えたんだよ。」
「私が?」
「そう、お前が。」
「俺は信じたいんだ。そのことに気付きながら俺はそんな自分を殺してた。人に対して壁を作ってた。その壁を壊したのは神前、お前なんだよ。」
やっと出てきた言葉は、やっと俺のものだった。借り物の言葉じゃない。俺自身の言葉。
「だから今度は俺の番なんだよ。俺が神前の壁を壊す番なんだよ。こっから先は全部俺のターンだ!」
神前は下を向いている。髪で顔が見えない。変なこと言って泣かせてるかもしれない…。
「……ww」
「え?」
「あははwwww何それw長谷川君シロガネにでもなったつもりなのww中二乙www」
「うるせぇwww中二なめんなwww」
それから少しの沈黙。
「ねぇ、長谷川君。私ね、やっぱり普通の女子校生になりたい。」
「うん。」
「でもね、ちょっと一癖ある不良っぽい女子校生ってかっこよくない?w」
「そーだなw」
「ありがと…なんて言わないよ。私は私のすべき事を自分でするだけだから。長谷川君に背中は押して貰ったかもだけど…やっぱり私は私自身を私が動かしたい。」
「おう。」
ベッドから立ち上がり、ドアの前に立つ神前。
「ねぇ、長谷川君。」
「あ?」
「さっきちょっとかっこよかったじゃん。やればできるんだねw」
「へ?」
褒め…られた?
「じゃ、私早退するから!今日は練習お休みでーす!明日学校でね!」
「おい!待てよ!」
そう言って笑いながら廊下を走る神前を追いかけるその瞬間は青春だなって思えた。いや、思わされた。
数秒後、俺達の様子を見に来た担任教師に廊下を走っているのを見られて怒られたのはきっといい思い出になるはず。




