第二十二話
まだ寒い二月八日、いつものように放課後、神前宅のリビングにてギターの練習中。「さよならのあと」の歌詞について尋ねると案の定、美咲への愛を語ってきた。しかし、美咲への愛情で負けるわけにはいかない。
互いに言いたいだけ言うと、なんだかすっきりしてしまって「いやぁ、やっぱ美咲は最高だよね。」と話が落ち着きかけたそのときだった、
「ねぇ、長谷川君。私は美咲も好きだけど、妹の彩ちゃんも好きだということに気付いたの。」
「お、おう。」
WG3の主人公の1つ年下のツンデレ妹キャラ「彩」。
攻略するのはギャルゲー初心者でも難しくはない、云わばギャルゲー入門者用のキャラ的立ち位置。WGの一作目から登場するこの彩だが、その妹という立ち位置を利用した幼馴染とは違う日常感を堪らなくぶっ込んでくれる。
「…で、何で今更彩なんだよ。」
「最近、十三週目となるWG2の美咲ルートを攻略していたわけ。」
「…おう。」
「で、朝一緒に登校するシーンで彩ちゃんと主人公、美咲の三人での会話で気付いたの。」
「何に?」
泣きそうな顔で
「彩の痛みに。」
と言いながら訴えるような目で見つめてきた。
「だって叶うことが、結ばれることがない妹というポジションにいながら兄に恋焦がれてよ。さらには彩にしてみればどこの馬の骨とも分からない同級生の女と自分の兄がいちゃこらこいてる姿を見ながら登校するのよ。朝からバッドエンドじゃない!!私、そんなの耐えられない!!ねぇ!!聞いてんの!!!」
「感情移入し過ぎだ馬鹿。落ち着け、」
ドードーなんて言いながら、神前を宥めると、なんとか落ち着いた。馬かこいつは。
「で、今ね」
「お、二曲目かいたのか?」
「さよならのあとを歌っている私は二股してる背徳感で押しつぶされそうなわけ。」
「メトロノームでちゃんと弾けるようになって言え。」
「私はね、今妹萌えなのよ。燃えるように萌えちゃってるのよ。」
「おう、焼け死ね。」
無理やり練習モードに切り替えた。
神前早苗という女はやる気はあるが思考や話が脱線すると何かあるまで道を作り続ける。
「なぁ、お前ってさ歌は上手いよな。上手いっていうか、味があるっていうか。習ってたこととかあんの?」
「あー、言ってなかったっけ?」
「ん?」
あたかもそれが普通であるかのように
「ちょっと前まで地下アイドルやってたって。」
そう、言ってのけた。
「…それ、なんてエロゲ?」
「いや、本当だって。そこそこ売れてたし。」
「へ…へーそうなんだ…。」
ってことはアレか?美少女アイドルと部屋で二人っきり。
「…って、うおい!!!!!」
「どしたの?」
「…すまん、何でもない。ただの気まぐれだ。」
「そっか。」
叫んでしまった。道理で美人なわけだ。今はこんなんだけど。
「…なぁ、もしかして当時のファンが今も神前のファンでい続けてたらさ、こんな状況みたら俺ぶっ殺されるんじゃないか?」
「かもねーwww」
クソワラタじゃねぇよ。
「でも、今はただの神前早苗だから。アイドルでも、有名人でもなんでもないただの引きこもりがちの女子校生。」
「そう…だな。」
「例えば好きなアニメのグッズを買いに行くじゃない。その一部始終をSNSで実況の如く晒される。例えば私の携帯の番号を売買される。例えば知らない人に登校中声を掛けられる。」
「…。」
「そんな事があったらアイドルも辞めたくなるじゃない?」
当たり前が当たり前でなくなる、その言葉たちに何も言えなかった。
「世の中のアイドル達はすごいよー。ほら、練習に戻ろう!」
「お、おう。」
頭の切り替えが出来なかった。
自分で作った曲で何度もコードをミスしてしまったり、リズムがとれなかったり。とにかく集中できなかった。だって、初めて神前の痛みを見てしまったんだから。
※
家に帰ってからはひたすらにギターを弾いた。
自分以外の痛みを知ってしまってどうすれば分からなかった、それに戸惑いにも似た気持ちを抱いてしまった。
※
痛い。
気付いたら寝落ちしていた。
「…あーあ。」
洗面所の鏡を見ると頬には六本のギターの弦のあと。
家中に広がるトーストの焼ける匂い。今日は米がよかったんだけどなぁ。リビングから「朝食できてるわよー」と母の声が聞こえた。「早くー」と葉月の声が聞こえた。
「え?」
急いで、リビングに向かう。
「おはよー。相変わらず低血圧だね。ほら、早く食べないと遅刻しちゃうよ!」
「何でいんだよ。」
最近このパターンが多い。
「朝ね、新聞取りに行ったときに偶然お母さんに会ってね。玄関先で喋ってたんだけど「寒いからうちに入ったら?」って言われて、そのまま「朝食もどう?」って言われたからご馳走になろうかと。ほら、うちって朝は皆勝手にパンとか食べる家だからさ。」
「…あっそ。」
色々と思うことはあったが思っても仕方ない。
冷蔵庫からミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出しコップに注ぐ。
「つーか朝からテンション高いな。」
「しゅーちゃんが低すぎるんだよ。あ、そうだしゅーちゃん知ってる?」
「何が?」
「神前さん出席日数足りなくて留年するかもしれないんだって。」
「…え?」
コップから溢れた水が音を立て、テーブルを伝い俺の足元を濡らした。




