第二十一話
「ごめん、話ちょっと長くなる。」
「いいよ、聞かせて。」
話した。俺が最初に挫折した話。人を信じれなくなった話。
神前は何も言わずに話しを聞いていた…わけは無く、話の要所要所で「何で?どうして?」と聞いてくる。でも、それが神前らしくて安心した。
1時間半程で話終わった。もっと何時間かかかるかと思ってた。
神前は何か言いたげにも見えるし、何か考えている顔にも見えた。ようやく考えがまとまったかとおもったら「んー。」とまた自分の世界に入る。それを何度か繰り返し、やっと出た言葉が
「ありがとう。」
何に対してのありがとうか分からなかった。
「うん、やっぱ…『ありがとう』。」
神前はうんうんと頷きながら、その言葉が合ってるかどうか自分で確認していた。
「神前、」
「何?」
やっぱ、言わなきゃな。
「ありがと。」
神前は優しく笑った。
最初に出会ったときに可愛いなとか清楚系美少女だなと思ったけど、いつも通りだっさいジャージで、髪はぼさぼさなどっからどう見てもただのオタクにしか見えない目の前の女の子の笑顔が信じられないくらい優しく、綺麗だった。
※
長谷川家、リビング。
帰宅して、15秒。
「おかえりー」
「おかえりー、しゅーちゃん。」
葉月がいた。
「やっと帰ってきた。温めてくるね。」
母はキッチンへ向かう。
「どーして居んだよ。」
素直な疑問。母とお茶することはあっても、夕飯時に居るのは珍しい。
「今日ね、カレーだって。」
「葉月、キャッチボールをしてくれ。」
「でもね、しゅーちゃんの好きなポークカレーじゃなくて、ビーフカレーなの。私がビーフカレーがいいって言ったらお母さん『じゃあビーフカレーにしましょう!』って言って、」
「おーそいつぁすげぇや。」
もう、いっか。
「しゅーちゃん、何で笑ってるの?」
「え?」
俺、笑ってたのか。
「…うるせぇ、なんでもねぇよ。」
「しゅーちゃん?」
あれ?視界がぼやけてる。俺、泣いてんのかな。
「しゅーちゃん!どうしたの!?」
「何でも…ねぇって…。」
「しゅーちゃんが壊れた!」
駄目だ。こいつに弱いところは見せちゃ駄目なんだ。
駄目なのに、
「葉月、」
「ん?」
何でこいつはこんなに純粋な目してんだよ。
「いや、何でも…」
もういっか、今日くらいは。
「あのさ、ありがとな。」
「え、しゅーちゃん?私、何かしたっけ?何で泣いてるの?」
ほんとに分かってないんだろうな。
だから、大切なんだろうな。
「俺、ちょっとやることあるから部屋行くわ。」
「あ、ちょっと待ってよ!ねぇ、しゅーちゃんってば!」
逃げるように部屋のドアを閉めた。
いつも何かから逃げ帰る時は部屋のドアを勢いよく閉めて、ベッドにうつ伏せに寝転ぶ。
行動自体はいつもと同じなのに、何でこんなに胸が熱いんだろう。
分かってる。何でこんな気持ちになってるのかも分かってる。でも、時間を掛けて作り上げた自分自身と真逆の行動に自分自身が着いていけてないだけ。そんな単純なことなのに、頭がまだ追いついてくれない。
ドアを強めにノックする音が聞こえる。
「ねぇ、しゅーちゃん!カレーできたよ!早く食べなきゃ冷めちゃうよー!」
PCを起動して、Skypeを開く。
チャット履歴の一番下にはあの日、送られたチャットが残っていた。「Iria」と書かれたアイコンにマウスを持ってきて右クリック。下から二番目、「連絡先の削除」をクリックした。中央に小さなウィンドウで「連絡先を削除しますか?」と表示された。
「もう、しゅーちゃん!お母さんも待ってるんだよ!」
この数年間、何度もこの画面に来てはキャンセルしてしまった。
あの日の痛みを忘れないように、もう人を信じてしまわないように、その為に俺は彼女との会話の履歴を残していた。我ながら悪趣味だなと思う。「削除」書かかれた場所にマウスを合わせる。
「…さよなら。」
実にあっけなく、終わった。
ガチャ。
「え?」
「遅い!」
「葉月、俺…鍵閉めてたよな?」
「え、あ…その…開いて…たよ?」
葉月は右手の人差し指と親指に五円玉を挟んでいた。
ちょっと呆れながら、でもちょっと安心しながら思いっきり空気を吸い込んだ。
「…あーあ。」
何でだろう、俺は少し笑ってた。




