第十話
あの後、家に帰ってすぐに寝た。
神前の家が俺の家から徒歩圏内ってこともあってか、思いのほか早く家に着いて、9時前っていう健全すぎる時間だったけれど、変に疲れてしまって、もう身体が言うことを聞かなくてベッドに倒れこんでしまった。
朝起きると「…昨日、起きたら夜の7時だった。」と母が落ち込みながら言っていた。
何故起こしてくれなかったのかは聞かないでくれたのがせめてもの救いだった。
ドアを開けると葉月がいた。
「おはよ、しゅーちゃん。」
「何でいるんだよ。」
「今来たとこ。」
「質問に対する返事が的を獲てないぞ。」
「学校行こ?」
「言われなくても行くんだよ!」
精神的に重たい身体を動かすのはいつになっても慣れない。この制服も、ネクタイも。
もう、帰りたい。
「あのさ、しゅーちゃん。」
「あ?」
「昨日、何で休んだの?」
「体調不良。」
「神前さんと一緒だったんだね。」
ぶ!!!!
「何で知ってんだよ!?」
「え、だって神前さん身体弱いの知ってるし。」
「え?」
「だから、二人とも体調不良で休んだんだねって。」
「紛らわしい言い方をするな!」
理不尽だ。あまりに理不尽な怒り方だと自分で理解している。
「神前さんと会ってたの?」
コイツは何故ピンポイントに紛らわしい質問の仕方をするんだろうか。
「そーだよ。Skypeでな。」
嘘はついていない。
「なーんだ。じゃあ引き篭もってたのか。」
「やかましい!」
小学校の頃も、中学校の頃も、高校に入ってからも、葉月は変わらない。
葉月はずっと朝比奈 葉月で、誰かや何かに影響されたりなんかしたことがない。少なくとも俺が見ている間は。
※
約十年前
「ほら、春也。葉月ちゃんにありがとうってちゃんと言いなさい。」
母に連れられて来たのは隣の朝比奈家。
先日、俺が気絶した事件の時に家まで送り届けてくれたことへの一応の感謝の言葉と母から持たされたケーキを渡しながら
「…この前は、ありがとう。」
しかし、葉月は
「…。」
俺の感謝の言葉に対して葉月は反応を示さない。
「まぁ、ありがとう。そんなに大したことしてないんだからあんまり気にしないでね。春也君も家が近いんだからこれからも葉月と仲良くしてあげてね。」
「…うん。」
それから暫く俺と葉月は親の計らいで一緒に登校することとなった。
登校中の会話は今以上に酷いもんだったと思う。
「なぁ、なんか話してよ。」
「…。」
とまぁこんな具合で基本的には会話は一方通行。たまに返事をすることがあったが
「この前のケーキうまかったろ?あれ、母さんの手作りなんだよ。」
「…おいしかった。」
基本的には一言で済ませてしまう。
この頃の葉月は癖の少ないさらさら黒髪ショート。服装は今と違ってスカートなんかを穿いていて女の子っぽい感じだった。
ある日のこと。
その頃、週末の定番となっていた長谷川家のリビングでのお茶会。
うちの母が作ったケーキを食べながら葉月の母さんが持ってきた紅茶を飲みながら喋るというプチママ会みたいなもの。なんでも朝比奈家の親戚がお歳暮で送って来るらしく三人家族では消化しきれないとか。
親に無理やり連れてこられた俺と葉月はリビングでアニメなり昼ドラなりをリビングでおとなしく見ていた。もともと活発に運動や遊びに行くことが少なかった俺達は、ただテレビを見ているだけのほうが気が楽だったのかもしれない。
お茶会は小学校二年生になっても変わらず続いていて、相変わらずテレビをおとなしく見る俺達の姿がリビングにあった。
「…あ、」
葉月が珍しくテレビに対して反応した。というか、初めてこんな葉月を見た。
「…シロガネ。」
え?
テレビを見ると新しく始まるアニメの予告が放送されていた。春アニメ。
「シロガネ」と言えば少年誌で掲載されていた漫画。アニメ化されるらしく、実は俺もアニメにはかなり期待していた。
「シロガネ、すきなの?」
「うん…。クロガネが好き。」
「それ敵じゃん。」
「でも、カッコいいよ。」
これがある意味、俺達の最初のまともな会話。予告が終わると、葉月は「これ見て」とポケットにてを突っ込んで一枚のカードを見せた。
「クロガネのツバサ、かっこいいでしょ。」
それはシロガネバトルカード(多分そんな名前だった気がする)のクロガネのレアカードだった。
「かっこいいけど、シロガネの方が俺は好き。」
「シロガネはだめ、一人じゃなんにもできないもん。」
「皆で戦って何が悪いんだよ。」
「私は一人で戦う強いクロガネが好き。」
小さな言い争いだったけど好きな漫画について話すのが楽しいものだと初めて知った。
今思えば、俺がオタクになったのってシロガネのおかげだったのかもしれない。
それからは毎朝の葉月との登校はシロガネの話で盛り上がった。
最新巻が出ればそれについて熱弁。きっとこのあとはこうなるとか、いや違うと基本的に俺の意見は否定されたり。
兎に角、それまで極度の人見知りだった俺にとっては初めての友達だった。




