第九話
「ささ!」
初めて女の子の家に入る…のに、何だろうこの感じ。
なんか、雰囲気的なものを感じる間もなくリビングでお茶飲んでるよ。しかも「ささ!」って。舎弟かよ。
しかしまぁ、ほんっとにさ
「…いい家だな。」
「ありがとう。」
粗茶ですが、と言われて出されたお茶はめちゃくちゃ美味しかった。なんか高い茶葉でも使っているのだろうか。
「…あ、」
「どうしたの?」
本題忘れてた。
「ギター教えに来たんだった。」
「そうだった!」
室内でバタバタと走り回って、これ見よがしにマイギターを持ってきた。そんなに高いものでもないけれど、本人曰く「自慢の一本」らしい。俺のギターが3本買える値段だったけれど。
場所は「私の部屋はグッズが多いから」と、のことでリビングでの講習となった。
「じゃあ、早速だけど。ビデオ通話でも言ったセーハの仕方だけどさ1回普通にコード押さえてみてよ。」
「うん。」
滅茶苦茶に力が入っていて、それでいてフレットの中心部を押さえている。
今のままでは下の三弦が鳴らない。
「そうじゃなくてさ。基本はフレットの隣を押さえること。そして、指の中心じゃなくて側面で押さえるようにしてみて。」
「…ん、こうかな。」
「そうそう。でも、それだとまだ力が入ってる。親指の位置を自分なりに変えてみて。楽な位置が必ずあるはずだから。」
「ぅお、どうだ!…違う!こうか!?」
手よりも口が動く人間らしい。試行錯誤の末、やっと自分のポジションが見つかったらしく「よし。」と言いながらストロークをする。
…が。
「…痛い。」
「最初はコード押さえるの痛いかもね。」
「じゃなくてさ、右手。」
「え?」
ピックを短く持ち過ぎてピックが弦に当たっていない。つまりは、右手の人差し指と親指の爪で弾いていたのか。そりゃ痛いだろ。
「ピックは親指に対して直角か外角が120度くらい。神前の場合はピックの端を持つといいかもしれない。」
「…。」
なるほど、という具合に頷きながら今度は右手の試行錯誤。
練習を始めて三十分が経とうかというとき「ジャーン!」と小気味いいCメジャーがリビングに鳴り響いた。
「…できた。」
「うん。」
「できたよ!長谷川君!」
そんな泣きそうな顔で俺の方を見るなよ。
「ありがとう!」
その言葉にはやはり迷いは無く、真っ直ぐに俺に向けられたものなのだと、そう理解するには少し時間が掛かった。
「お、おう。」
「ほんとにね!ほんとにありがとう!」
真っ直ぐすぎる声が想いを乗せて胸に突き刺さる。こんな時、素直に笑えればいいんだろうけど、ポーカーフェイスにもなれない俺はきっと気持ち悪い顔してるんだろうなと素直に思った。
閑話休題。
「神前はさ、何でギター始めたの?」
「好きになれそうだったから。」
”なれそう?”
「好きなアニメでね、ヒロインがバンドのボーカルやってて。私もこんな風になれたらもっと人生楽しいかなって思って。」
「それで影響されたと。それって”け○おん”?」
「違う違うw もっとマイナーなアニメだよw」
推理が浅はかだったか。
「影響っていうか。ヒロインになりたかったんだよ。私の人生の、私の物語のヒロインに。」
「ヒロインか…。」
「私はギャルゲーにアニメ、そしてそのヒロイン達に心を動かされてなんとか今日まで生きてきた。体が弱くても、家族が近くにいなくても、彼女が、彼女達が私を今日まで動かしてくれた。きっとそれは私だけじゃない。だからね、私は憧れたの。なりたくなったの、ヒロインに。だから、ギターと歌はその一歩。」
なるほど。
「誰かの背中を押したりするポジションでありたいってことかな?」
「そうなんだけど、そうじゃないかな?」
解釈が少し違ったみたいだ。
「えっとね、例えるなら優しい思い出みたいなものかな。そこに在るだけで私は大丈夫って思えるような。でもね、決して逃げ場にしてはほしくない…みたいな。分かり辛いかな?」
「なんとなく…分かったよ。」
誰かの背中を押してあげるんじゃなくて、その誰かが自分自身で歩き出すための何かに、きっかけみたいなものになりたかったのか。つまり、ほしいのは圧倒的ヒロイン力なのかな。
「私、あんまりこういう話しないんだけどな…。よし!練習練習!」
スマホを見ると丁度20時となっていた。
「あ、もう遅いから帰ろうかな。」
「え!もうこんな時間!?」
「今日はありがとね。お茶、美味しかった。」
「こっちこそありがとね。今度は長谷川君の話も聞かせてよ?」
話せない。
「じゃあ、また。」
その問いには返事が出来なかった。
また逃げるようにマンションの敷地を出ると今日一日の疲れがどっと圧し掛かってきた。
実際は大したことしてないんだけどね。まだ、俺には時間が足りない。
「…あーあ。」
深呼吸して。
「…落ち着け、俺。」
今日の空は星が綺麗だな。これもヒロインのせいなんだろうか。




