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第07話 消えた一枚と朝食の異変

 指が震える。紙の繊維が逆立つ。乱暴に引き裂かれた断面。情報の一片が消えた。


 机の上に広げる。地図。暗号表。連絡網。全てが陳列される。欠けた部分が穴のように開く。


「計画を練り直せ」


 声が喉の奥で軋む。頭蓋の内側が疼く。睡眠不足が骨を浸す。


 まず監視カメラ。モニターを切り替える。四画面が映る。三つは正常。一つだけ静止画。玄関前だ。


 再生ボタンを押す。深夜二時十七分。人影が映る。上着のフード。カメラに手を伸ばす。映像が乱れる。砂嵐。五秒後に回復。


「レンズカバーだ。一時的な遮蔽」


 書き留める。時間。手法。特徴。次のカメラへ。寝室前。廊下。台所。全て同じパターン。五秒の空白が点在する。


 侵入痕跡。窓の鍵を確認する。錠前内部に微かな油脂。新品の潤滑剤だ。


 床の埃を調べる。特定の経路だけが掃かれている。直線的な足跡。複数人か。


 電子機器へ移る。ノートPCの電源を入れる。起動音がしない。ファンの音だけが唸る。


 画面が暗い。バックライトが点滅する。ハードディスクのアクセスランプが狂ったように光る。


「マルウェアか」


 電源コードを抜く。瞬時に画面が消える。バッテリーも外す。基盤の熱を感じる。発熱点が三か所。


 携帯電話をチェックする。待受画面が変わっている。背景が真っ黒。時刻表示のフォントが細い。


「遠隔操作の痕跡」


 電源を切る。SIMカードを抜く。端末を分解する。基板に微かな湿気。結露だ。急速冷却の跡か。


 次は外出経路。窓から路地を覗く。街灯の下に人影。たばこの火が揺れる。三十分以上動かない。


「定点監視だ」


 カーテンを閉める。暗闇に目を慣らす。安全な移動経路を思い描く。地下駐車場。隣接ビルの裏口。店舗の搬入口。


 通信手段の見直し。無線機をチェックする。周波数がずれている。予備波に切り替える。ノイズが混じる。


「傍受されている」


 新しい手段が必要だ。暗号化されたチャット。使い捨て端末。公共のWi-Fiを経由する。


 最終確認。緊急合流地点を変更する。公園の東側ベンチから、図書館の閲覧室へ。連絡方法は本の背番号を使う。


 全てをメモにまとめる。細かい文字で埋まる。計画Bの骨子が形になる。


 手を止める。耳を澄ませる。階下から微かな物音。エレベーターの開閉か。


 立ち上がる。足音を殺してドアへ寄る。覗き穴を覆う。外は無人だ。しかし気配が残る。


 背中で扉に寄りかかる。心臓の鼓動が肋骨を打つ。時間がない。もう逃げ場は限られている。 封筒の底から第二の紙片が現れた。薄い半透明。透かし文字が浮かぶ。暗号式の連絡経路だ。


「林との連絡は断つ。佐藤へは限定的に伝える」


 拳が机を押す。木目が歪む。肺が冷気を拒む。呼吸が浅く速い。


 まず娘を守る。美咲の寮は監視下か。連絡手段を洗い直す。使い捨て端末で一本化する。


 佐藤への伝達内容を選別する。緊急避難ルートのみ。合流地点は三つに分割する。


 自身の移動経路を見直す。公共カメラを避ける迂回。地下道と店舗を縫う。


 全てを書き出す。紙の上で計画が再構築される。血の気が引く指先が震える。


「これで七十二時間持つか」


 呟きが部屋に吸い込まれる。時計の針が六時を指す。窓の外が薄明るくなる。


 最後に連絡手段を確認する。暗号化チャットの起動。佐藤へのメッセージを下書きする。


「第三地点は破棄。次は図書館で」


 送信ボタンの上で指が止まる。背筋に冷たい汗が走る。これが最後の安全な通信か。


 深呼吸する。胸が痛む。押し込む。画面が『送信済み』に変わる。


 端末の電源を切る。SIMカードを折る。金属片が二つに割れる。


 立ち上がる。膝の関節が軋む。鞄を背負う。重みが肩に食い込む。


 扉に向かう一歩が、地図の上での十キロに感じる。 掌が洗面台の縁に食い込む。冷たい陶器が骨を伝う。頭蓋の内側が疼く。


 蛇口を捻る。水が迸る。顔を突っ込む。水流が皮膚を打つ。冷たさが瞬時に神経を走る。首筋の毛が逆立つ。


「さあ」


 顔を上げる。鏡に映る目に血が走る。白い息がガラスを曇らせる。


 手の平で水を掬う。後頭部に流す。襟足が氷に変わる。心臓が一瞬、跳ねる。


 タオルで拭く。布が肌を擦る。感覚が鋭くなる。部屋の空気が重く感じる。


 ストレッチを始める。左腕を上げる。肩甲骨が軋む。古い弾痕のあたりが硬い。


「動け」


 息を吐きながら屈む。背筋が伸びる。脊椎の一本一本が鳴る。


 右足を前に出す。腿の裏が張る。古傷が疼く。あの時の砲撃音が蘇る。


 膝を抱える。体を丸める。肋骨が内側を押す。肺が小さく嗄れる。


 ゆっくりと立ち上がる。全身の血が巡る。足の裏で床の冷たさを感じる。


 最後に首を回す。関節が鈍い音を立てる。視界が一瞬、揺らぐ。


「これでいい」


 拳を握り、緩める。指先に血の気が戻る。今日が始まる。封筒の下に広げた地図の線が歪む。中山北路の迂回路が実際は廃墟街を貫く。安全のはずの緑帯が戦車の待機区域に変わる。


 指先が震える。改ざん箇所を数える。三か所。五か所。八か所。全て主要な脱出路だ。意図的な誤りが網を張る。


「佐藤、聞け」


 無線機のボタンを押し込む。指紋が汗で滲む。返答が三秒遅れた。


「待機中だ」


「地図は改ざんされた。迂回路C、D、Gは使用不可。特にGは危険区域を通る」


 息を詰める。無線の向こうで紙をめくる音。


「確認する。最新の衛星写真と照合する」


「時間がない。内部の敵が動いた。手紙の開封痕跡と隠れ家の監視痕跡を共有する。避難ルートは全て見直せ」


 顎が痙攣する。声が低く軋む。左胸が締め付ける。


「手段は安全に。公衆Wi-Fiを使え。暗号化チャットは一度限り。合流地点を図書館に変更しろ」


「了解。計画Bを発動する」


 無線機を切る。耳朶が熱い。鼓動が早すぎる。地図の誤った線が視界に焼き付く。


 拳で紙を押さえる。破れそうになる。これが罠の全体図か。安全な道は最初からなかった。


 立ち上がる。膝が軋む。地図を丸める。ごみ袋の底に隠す。二重に包む。


 窓の隙間から外を覗く。向かいのビル、四階の監視点が消えている。カーテンが閉まった。


「移動の合図か」


 背筋が凍る。時間はさらに迫る。次の一手を決断しろ。動かなければ、地図の罠に落ちる。 台所に漂う味噌汁の香りが途切れる。炊飯器の保温ランプが昨日と同じ位置を照らさない。五センチ左へずれている。


「侵入者か」


 冷蔵庫の扉を開ける。卵のパックが一つ足りない。三つのはずが二つ。棚の奥に新しい傷。


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