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第45話 林のシルエット

「中にいる。動いている」


 伊達が路地の影で息を殺す。心臓が肋骨を打ちつける。喉が渇く。


「出入り口は二つだ。正面の鉄扉と、裏の非常階段」


「非常階段は使えない。外からチェーンがかけられている。錆びている」


「なら正面だけか。監視ポイントはここで十分だ」


 路地の向かいのビルに目をやる。三階の窓が暗い。


「あの部屋を借りる。窓から林のアパートの玄関が直視できる」


「早くしろ。奴が動き出す前に」


 路地を横切り、暗いビルのエントランスへ潜る。階段を駆け上がる。足音がコンクリートに響く。


 三階のドアは古い南京錠で閉ざされている。伊達が工具を差し込む。カチリ。


 中は埃っぽい空き部屋だ。窓辺へ歩く。林のアパートの玄関が、十メートル先に見下ろせる。


「ここだ」


 鞄から双眼鏡を取り出す。焦点を合わせる。鉄扉の錆びた部分まで鮮明に見える。


「監視を始める。交代は一時間毎だ」


「了解」


 林の窓の光がまた揺れた。今度は二つの影が重なっている。路地裏の奥に佇む古いアパートの窓に、微かな光が揺れた。林のシルエットが一瞬、カーテンの隙間を通り過ぎる。


「動いている。中にいる」\

 伊達が隣のビルの影で息を殺す。心臓が肋骨を打つ。喉が渇く。\

 正面の鉄扉と、裏の非常階段。非常階段には錆びたチェーンがかかっている。\

「監視ポイントはここだ。向かいの空き部屋を押さえる」


 路地を横切り、暗いビルのエントランスへ潜る。階段を駆け上がる。足音が響く。\

 三階のドアは南京錠。伊達が工具を差し込む。カチリ。\

 中は埃っぽい空き部屋だ。窓辺へ歩く。林のアパートの玄関が十メートル先に見下ろせる。


「ここだ」\

 鞄から双眼鏡を取り出す。焦点を合わせる。鉄扉の錆びた部分まで鮮明だ。\

「監視を始める。一時間毎に交代だ」\

「了解」\

 林の窓の光がまた揺れた。今度は二つの影が重なっている。林のアパートの窓に人影が二つ。私の双眼鏡がその輪郭を捉える。林ともう一人。背の高い男だ。


「客が来ている。動きが慌ただしい」


 伊達が小声で言う。心臓が肋骨を打つ。喉が乾く。


 窓の光が突然消えた。次に、玄関の鉄扉が開く音が路地に響く。


「出てくる」


 林が先だ。その後ろに男が続く。スーツの裾が揺れる。陳の部下だ。


「待っていた相手だ。捕まえるか」


「待て。後ろに誰かいる」


 男の影がもう一つ、玄関の奥に潜んでいる。


 三人目だ。彼らは路地を北へ向かって歩き出す。


「追うか」


「いや。アパートに入る。今が証拠回収のチャンスだ」


 伊達が目を見開く。


「罠かもしれない」


「三人も引き連れておびき出す必要はない。留守だ」


 路地を駆け下りる。足音を殺す。鉄扉の前で立ち止まる。


「鍵は」


「林は慌てていた。完全に閉めていない」


 扉を押す。軋みながら開く。暗い廊下が続いている。


「三分だけだ。早く」


 階段を上がる。林の部屋は二階だ。ドアの前に立つ。


「開けろ」


 伊達が工具を差し込む。カチリ。ドアが開く。


 中は散らかっている。机の上に書類が広げられたまま。


「探せ。連絡記録を」


 引き出しを開ける。メモの束。名刺。その中に一枚の紙が挟まっている。


『重則、美咲を保護せよ。陳はお前たちを両方とも殺す』


 林の走り書きだ。日付は昨日。


「…これは」


「囮か、本当の警告か」


 窓の外で車のエンジンが唸る。路地に戻ってきた。


「戻ってくる。時間切れだ」


 書類を鞄に押し込む。ドアを閉める。階段を駆け下りる。


 裏口へ回る。非常階段のチェーンが外されている。新しい切断痕だ。


「ここからだ」


 暗い階段を下りる。足音が空洞に響く。


 下でドアが開く音。男たちの声が近づく。


「…遅かったか」\

「いや、まだいる」


 拳銃を抜く。安全装置を外す。カチッ。


 踊り場で息を殺す。上から下から、足音が追ってくる。


「挟まれた」


 伊達が窓を指さす。外は別の路地だ。


「飛び降りる。二階だ」


 窓窓枠を蹴る。ガラスが割れる。冷気が吹き込む。


 下を見る。コンクリートの地面が暗く待っている。


「行け」


 身を投げ出す。風が耳を切る。


 左手首が軋む。コンクリートの衝撃が骨に響く。


 伊達が傍らに転がる。彼の息が白く乱れる。\

「立てるか」\

「…行ける」\

 膝を押さえて立ち上がる。路地の暗がりに溶け込む。\

 心臓が胸骨を打つ。鼓動が喉まで上がってくる。


 衛星電話を握る。液晶に亀裂が走る。\

「応答なし」\

 中華料理店への連絡が繋がらない。\

 代替場所を思い出す。港近くの倉庫番号だ。


「本部は駄目だ。倉庫へ向かう」\

 伊達が頷く。足を引きずりながら歩き出す。\

 背後の建物で怒声がする。彼らはまだ窓際にいる。埃取りが立てかけてある。他の道具と違う。


 胸の奥で鼓動が早くなる。手のひらがじんじん熱い。


「掃除道具はきれいに並べて戻すものだ」


「ああ、掃除の仕方か。細かいね」


「清掃スタッフの作業ルーチンはこうじゃない」


 伊達が机を軽く叩いた。


「ルーチン通りじゃないなら、何かあったんだ」


 喉が渇く。思考が駆ける。


「慌てて現場から離れた証拠だ」\

「監視だ。廊下の交差点の死角だな」


 部屋の空気が変わる。重く淀む。


「中華はキャンセルだ。今、動く」


 鞄を掴む。書類を叩き込む。


「次はどこへ?」


「林に連絡。暗号で」


 窓の外を見る。路地に車が止まったままだ。埃取りが立てかけてある。廊下の掃除道具と角度が違う。\

 心臓が肋骨を打つ。手のひらが熱い。


「伊達、清掃員は道具を正しく戻す」


 彼が机を叩いた。音が硬い。


「監視だ。廊下の交差点の死角だな」


 部屋の空気が重くなる。冷気が背骨を伝う。


「本部はキャンセルだ。今、動く」


 鞄を開ける。現金と医療キットを確認する。\

 ノートPCを起動する。林の通信記録が赤く点滅する。\

「送信記録がある。政府周波数帯へ」\

 衛星電話を握る。液晶の亀裂が広がる。\

「接続しない。電波が死んでいる」


 窓の外を見る。台北101が闇に聳える。\

「倉庫へ。連絡網を切り替える」\

 拳銃の安全装置を外す。重い金属の感触。


「信頼できる者のみだ。伊達、佐藤は?」\

 口内が乾く。舌が張り付く。\

「…分からない。今は彼も危険だ」\

「了解だ。リストを作る。再構築する」


 外交官用デスクを開ける。監視インジケーターが点灯している。\

「政府回線は使えぬ」\

 ブリーフケースの金具を押す。菊花紋が冷たい。


「邦人名簿は持って行く。他はここだ」\

 書類を叩き込む。バッグのファスナーを閉める音が鋭い。


「行くぞ」\

 足を引きずる。左腕が疼く。\

 次の隠れ家へ向かう。暗がりへ消える。車が路地を曲がる。液晶の亀裂が視界を歪ませる。


 指が周波数を探る。暗号化チャンネルだけが信頼できる。


「林か。状況は変わった」


『佐藤の裏が確定した。本部は使えない』


 伊達が運転席で頷く。彼の呼吸が浅い。


「作戦を前倒しする。集結地点を変える」


『今すぐ?人員が揃わない』


「揃うのを待っていられない。中国軍の動きが速すぎる」


 鞄の中の名簿が重たい。千二百人の顔が浮かぶ。


「七十二時間が四十八時間になった。動け」


『了解。代替ルートで集める』


 通話が切れる。夜の街が窓を流れる。


 伊達が横を見る。


「本当に間に合うか?」


「間に合わせる」


 拳銃の冷たさが脇腹に染みる。これしか残っていない。エンジンが唸る。車体が路地の凹凸を喰らう。


 衛星電話の液晶がまたひび割れる。指が滑る。


「林、待て。計画変更だ」


 連絡網のリストを開く。信頼できる名前は三つしかない。


「佐藤は外れだ。新たな連絡網で動く」


 伊達がハンドルを握る。彼の指の関節が白い。


『証拠は?』


「掃除道具の向きだ。あれは監視の痕跡だ」


 胸が締め付けられる。呼吸が浅くなる。


「本部への通信は一切しない。政府回線も使わない」


 ブリーフケースを蹴る。菊花紋が軋む。


「我々だけの連絡網を今、作る。周波数を変えろ」


 ノートPCを叩く。暗号化プロトコルを起動する。


「七十二時間はない。今すぐに連絡を取れ」


 車窓に台北101が映る。闇に吸い込まれる光の塔だ。


『了解。四十八時間で動く』


 通話が切れる。沈黙が車内を満たす。


 拳銃の重さが腰に食い込む。これが全ての基盤だ。


 伊達がため息をつく。白い息が窓に付く。


「本当に三人だけか」


「三人でいい。裏切る余地がない」


 路地を抜ける。次の隠れ家への道が暗い。 埃取りが立っている。掃除道具の列からはみ出している。


 心臓が肋骨を打つ。左手首の疼きが鋭い。


「ここで止まる。車から降りろ」


 伊達がハンドルを切る。車体が路肩に潜り込む。\

 喫茶店の裏口が暗い。看板のネオンが一本切れている。


 拳銃を抜く。安全装置は外したまま。\

「中を確認する。三十分だけだ」


 ドアノブに手をかける。金属が冷たい。\

 鍵穴に傷がある。新しい擦り傷だ。


「伊達、外を見ていろ」


 店内の空気が澱む。消毒液の匂い。\

 テーブルが三つ。椅子はすべて伏せてある。


 カウンター裏へ回る。床に足跡が残っている。泥の痕跡だ。\

「…誰かが入った」\

 冷蔵庫の音だけが響く。


 鞄を下ろす。現金を数える。束のまま鞄へ戻す。\

 医療キットを開ける。包帯と鎮痛剤を手に取る。


「集結地点の変更を伝えろ。政府回線は使うな」


 ノートPCを起動する。暗号化チャンネルへ接続する。\

 林の応答が遅い。電波障害か、それとも。


「林、聞こえるか」


 無線が割れる。雑音の中に声が混じる。\

『…重則…場所が…』


「通信状況が悪い。短くしろ。代替隠れ家は確保した」


 左手首を抑える。腫れが熱を持つ。\

 伊達がドアをノックする。合図だ。異常なし。


『了解…四十八時間…集結…』


「最初のグループを今晩中に。ルートは海のみだ」


 通話を切る。画面が暗転する。\

 信頼できる連絡はこれだけだ。他は全て遮断する。


 ブリーフケースを開ける。菊花紋章が鈍く光る。\

 邦人名簿のページをめくる。千二百の名前に指が触れる。


「裏切りは佐藤だけか」\

 自分に問う。答えは出ない。


 窓の外を見る。路地の向こうで車のヘッドライトが動く。\

 ゆっくりと、こちらの方向へ。


「…監視だ」\

 鞄を掴む。PCを叩き込む。


「伊達、出る」


 裏口へ駆ける。足音がコンクリートに響く。\

 車のエンジンが唸る。ヘッドライトが路地を満たす。


「倉庫へは行けない。次の場所へ飛ばす」


 車に飛び乗る。ドアが閉まる。\

 拳銃の照準が窓の外を追う。ヘッドライトが接近する。


「作戦は前倒しだ。今すぐに動く」


 車が路地を蹴る。暗闇へ逃げ込む。\

 心臓が喉まで上がってくる。これが最後の駆け引きだ。衛星電話の亀裂が指に食い込む。暗号化チャンネルだけが頼りだ。


「林、作戦を前倒しする。今すぐに」


『人員が揃わない』


「揃うのを待つ暇はない。中国軍の動きが速い」


 胸が締め付けられる。呼吸が浅くなる。


「七十二時間が四十八時間だ。連絡網を切り替えろ」


 伊達が運転席で硬く頷く。彼の指の関節が白い。


『政府回線は?』


「使わない。汚染されている」


 ブリーフケースを蹴る。中で名簿が軋む。


「信頼できるのは三人だけだ。佐藤は外せ」


 ノートPCを叩く。暗号化プロトコルが起動する。


「新たな周波数で連絡を取れ。今すぐに」


 車窓に台北101が流れる。光の塔が闇に消える。


『了解。四十八時間で動く』


 通話が切れる。沈黙が車内に張り詰める。


 拳銃の重さが腰骨に響く。これが最後の基盤だ。


 伊達が横を見た。


「本当にそれで足りるか?」


「足りる。裏切る余地がないからだ」


 路地を曲がる。次の隠れ家への道が暗闇を裂く。拳銃が腰で熱い。暗号化キーだけが頼りだ。


「林、計画を変える」


『まだ調整が…』


「調整は後だ。今は動け」


 衛星電話の亀裂が指に食い込む。


「暗号化キーを送る。周波数はこれだけを使え」


 ノートPCを叩く。キーが送信される。


「受け取ったか」


『…了解。キーを受信』


「これで連絡を取れ。政府回線には触れるな」


 伊達がハンドルを握る。彼の呼吸が浅い。


「集結地点は変更しない。時間だけ前倒しだ」


『いつまでに?』


「四十八時間後。最初のグループを今夜中に」


 胸が締まる。呼吸が浅くなる。


「海のルートだけを使え。陸路は全て危険だ」


 ブリーフケースが足元で軋む。名簿の重さだ。


『人員が足りない』


「足りる分だけで動け。待っていられない」


 車が路地を曲がる。ヘッドライトが一瞬壁を掠める。


「これが最後の指示だ。暗号化チャンネルだけを信じろ」


 通話を切る。液晶が暗転する。


 拳銃の冷たさが脇腹に染みる。これで全てを賭けた。台北101の光が闇に吸われる。四十八時間が心臓を締め付ける。


 倉庫の奥でノートPCを開く。暗号化チャンネルだけが信頼できる。\

「林、美咲、伊達。聞こえているか」


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