第44話 抜け道の闇
肩のザックが重い。呼吸が浅くなる。
「痕跡は」
「全て消えた」
部屋を見回す。一人の弁当が机の上で冷めていく。
「行け」
伊達の声と共に、抜け道の闇へ飛び込む。冷気が肺を締め上げる。
背後で絵が戻る音が、終わりを告げた。弁当の蓋を開けたままにした。電子レンジの温め直しの音が止まった。伊達が窓のブラインドの隙間から覗いている。背筋が弓のように張り詰めている。
「外にいる。清掃員の数が増えた。全員が携帯を握っている」
胃が締めつけられる。口の中が砂のようだ。
「いつからだ」
「五分前。包囲網だ」
机の上の衛星電話が震える。暗号化された一文字だ。林からだ。
「セーフハウス危険。直ちに移動せよ」
「林の連絡は罠だ。おびき寄せるための囮だ」
伊達が壁の絵を外す。抜け道の闇が口を開けた。
「連絡待機の最終チェックは終わった。全ての機器は破壊する」
「優先すべきは新たな連絡網だ。佐藤が裏切った以上、既存の回線は危険だ」
弁当を置く。握りしめた箸が机の上で転がる。
ザックを開ける。拳銃の重み。暗号化機器の冷たい角。
外交官用ブリーフケースを引き寄せる。鍵を回す。
書類をかき集め、シュレッダーへ流し込む。機械が唸る。
「通信機材は」
「物理破壊する。データだけ持ち出す」
ノートPCのハードディスクを取り外す。金槌で叩く。プラスチックが砕ける。
暗号化機器のバッテリーを引き抜く。スイッチを切る。
伊達がサイドテーブルの裏を探る。隠しボタンを押す。
小さな引き出しが滑り出る。SDカードの束だ。
「最後の連絡網だ」
「焼却炉へ入れろ」
ストーブに火を点ける。炎の中へカードを放り込む。プラスチックの臭いが立つ。
肩のザックが重い。呼吸が浅くなる。
「痕跡は」
「全て消えた」
部屋を見回す。一人の弁当が机の上で冷めていく。
「新たな連絡網を確立する。移動中に検討する」
「了解だ」
伊達の声と共に、抜け道の闇へ飛び込む。冷気が肺を締め上げる。
背後で絵が戻る音が、すべての終わりを告げた。弁当の蓋を開けたままにした。電子レンジの温め直しの音が止まった。伊達が窓のブラインドの隙間から覗いている。背筋が弓のように張り詰めている。
「外にいる。清掃員の数が増えた。全員が携帯を握っている」
胃が締めつけられる。口の中が乾く。
「いつからだ」
「五分前。包囲網だ」
机の上の衛星電話が震える。暗号化された一文字だ。林からだ。
「セーフハウス危険。直ちに移動せよ」
「林の連絡は罠だ。おびき寄せるための囮だ」
伊達が壁の絵を外す。抜け道の闇が口を開けた。
「昼食は諦めろ。緊急連絡網の再構築が先だ」
弁当を置く。握りしめた箸が机の上で転がる。
鞄から端末を三つ引き出す。衛星電話、暗号化PDA、軍用トランシーバーだ。
「まずは軍回線の生きている周波数を探せ」
伊達がトランシーバーのダイヤルを回す。雑音だけが唸る。
「全て沈黙している。本土からの応答はなし」
「次は商社の緊急サテライトだ」
PDAのキーを叩く。認証画面が青白く光る。プログレスバーが動かない。
「接続できない。サーバーがダウンしている」
手の平が冷たい汗で覆われる。心臓が肋骨を打つ。
「最後の手段だ。民間インターネット回線を使う。公共Wi-Fiを捕まえろ」
伊達が窓際に戻る。外を見つめる。
「清掃員が建物の周りを囲んだ。外に出る隙はない」
「室内のアクセスポイントを探せ。隣のオフィスか、階下の店舗だ」
暗号化PDAでスキャンする。無数のSSIDが並ぶ。
一つ、暗号の弱いネットワークを見つける。『Free_Cafe_TPE』だ。
「これだ。ただし、通信は十秒だけ。それ以上は位置を特定される」
「了解。本土の非公開掲示板に暗号メッセージを投稿する」
指が震える。仮想キーボードを打つ。
『カラス、生存。巣は汚れた。新たな待機地点を求めよ』
送信ボタンを押す。カウントダウンが始まる。十、九、八…
返信が無い。七、六、五…
画面が更新される。新しい書き込みが一つ。
『北風強し。巣箱は三番埠頭にあり』
読み終わる。三秒だ。接続を切断する。
「連絡は届いた。新たな待機地点は三番埠頭だ」
伊達がうなずく。しかし目は窓の外を離さない。
「清掃員が携帯を耳に当てている。通話中だ」
「我々の通信を捕捉したのか」
「十秒では難しい。だが、彼らは何かを知っている」
外から鈍いノックの音。規則的な三連打だ。
「彼らだ。時間切れだ」
伊達が抜け道を指さす。
「行け。私は後を追う」
「分かった。次は埠頭で」
弁当を置き去りにする。冷めたご飯の匂いが鼻を刺す。
抜け道の闇へ飛び込む。冷気が肺を締め上げる。
背後で絵が戻る音。そして、玄関のドアが力ずくで開く音が追ってきた。弁当の蓋を開けたままにした。ご飯の冷めた匂いが漂う。伊達が窓のブラインドの隙間から覗いている。背筋が岩のように固まっている。
「外の清掃員が、全員携帯を握っている。五名に増えている」
胃が締めつけられる。口の中がカラカラだ。
「いつからだ」
「五分前。完全な包囲網だ」
机の上の衛星電話が震える。暗号化された一文字だ。林からの連絡だ。
「セーフハウス危険。直ちに移動せよ」
「林の連絡は罠だ。おびき寄せる囮に過ぎない」
伊達が壁の絵を外す。抜け道の闇が口を開けた。
「昼食は放棄だ。移動中に、美咲の安全確認を優先する」
弁当を置く。箸が机の上で転がり落ちる。
鞄からポータブル端末を引き出す。起動する。暗号化された専用アプリを開く。
「美咲のスマートフォン、最終位置情報を追跡する」
指が震える。認証コードを打ち込む。画面が地図に変わる。一点が赤く点滅する。
「…国立台湾大学構内だ。三時間前の記録が最後だ」
「その後、移動は?」
「ない。信号が途絶えている」
心臓が肋骨を打ちつける。耳鳴りがする。
「緊急信号を送信する。事前に決めたパニックコードで」
「了解。送信する」
端末のボタンを押す。『パパ、大丈夫?』の偽装メッセージだ。
返信がなければ、危険を意味する。
カウントが六十秒過ぎる。無音だ。
画面は空白のまま。返信は来ない。
「…応答なしだ」
「陳か。奴らが動いた」
伊達が抜け道を指さす。
「移動しながら次の手を考えろ。ここにはもういられない」
ザックを背負う。肩の食い込みが痛い。
最後に部屋を見る。冷めた弁当だけが取り残される。
「行け」
伊達の声と共に、抜け道の闇へ飛び込んだ。冷気が肺を締め上げる。
背後で絵が戻る音。玄関のドアが力ずくで開く音が、すぐ後から追ってきた。弁当の蓋を開けたままにした。ご飯の冷めた匂いが漂う。伊達が窓のブラインドの隙間から覗いている。背筋が岩のように固まっている。
「外の清掃員が、全員携帯を握っている。五名に増えている」
胃が締めつけられる。口の中がカラカラだ。
「いつからだ」
「五分前。完全な包囲網だ」
机の上の衛星電話が震える。暗号化された一文字だ。林からの連絡だ。
「セーフハウス危険。直ちに移動せよ」
「林の連絡は罠だ。おびき寄せる囮に過ぎない」
伊達が壁の絵を外す。抜け道の闇が口を開けた。
「昼食は放棄だ。伊達家の証拠隠蔽を最優先する」
弁当を置く。箸が机の上で転がり落ちる。
鞄から可燃性ジェルを取り出す。キャップを外す。机の上、引き出しの中へと注ぎ込む。
「通信記録は」
「全てここにある。焼却する」
外交官用ブリーフケースを開ける。書類の束に火を点ける。炎が紙を這う。熱が顔を撫でる。
伊達がサイドテーブルを倒す。裏板を蹴り外す。隠しダクトが露わになる。
ダクト内の金属箱を引きずり出す。ハンマーで鍵を破壊する。
中からSDカードの束がこぼれ落ちる。
「これが連絡網の全てか」
「全てだ。一つ残らず消す」
ストーブに放り込む。プラスチックの悪臭が立ち上る。
「次は林への危険警告だ。使える回線は」
衛星電話を握る。緊急用のワンタイム回線を呼び出す。
プロンプトが赤く点滅する。この回線は一度しか使えない。
「林。聞いているか」
『…重則か?』
声がかすれている。背景に別の息遣いが混じる。
「お前の店は監視下にある。決して近づくな。『蒼い鳥』の情報は全て流した。罠だ」
『何を…』
「娘のことは俺が何とかする。お前は逃げろ。これが最後の通信だ」
通話を切る。衛星電話のバッテリーを引き抜く。回路を靴底で踏み潰す。
伊達が頷く。抜け道を指さす。
「痕跡は消えた。次は俺たちの番だ」
ザックを背負う。最後に冷めた弁当を見る。
白いご飯の上に、一滴の醤油が滲んでいた。
抜け道の闇へ身を投げる。冷気が肺を締め上げる。
背後で絵が戻る音。そして、炎が天井に届く音が追ってきた。隠しダクトから回収した暗号化データが、ノートPCの画面上で解析終了を告げた。プログレスバーが百パーセントに達し、ファイルが開く。
「…これは」
データは伊達家の監視記録ではない。敵組織の監視網全体の配置図だ。基隆港から台北支店に至る網の目。その中心に、林の喫茶店が点滅している。
「林は監視対象ではない。監視の拠点だ」
伊達の息が止まる。彼の目がデータを走る。
「彼は最初から、奴らの『戸口の番人』だった」
胃が捻れる。三日前の夜、林が佐藤と話していたのは、情報を流すためではない。佐藤を罠にはめるためだった。
衛星電話で美咲に緊急暗号を送る。『即時避難。信頼できる人物だけに頼れ。父からの連絡は一切信用するな』
返信は来ない。読まれたか、既に手遅れか。
「次の行動は」
「監視網を逆手に取る。林に、俺たちが罠にかかったと信じ込ませる」
外交官用ブリーフケースから台北市街地図を取り出す。赤ペンで線を引く。
「喫茶店への接近ルートを三通り作る。全て監視の目が行き届くように」
「囮か」
「そうだ。その隙に、本当の目的はこちらだ」
地図の端、基隆港の廃倉庫を指さす。監視網の図では、そこの表示が薄くなっている。交代時間帯の空白だ。
「正午の『蒼い鳥』は諦める。空白時間を突いて、別の船を手配する」
「手配は?」
「ここにいる間に行った。軍OBネットワークの最終手段だ。『白い鷲』が十八時、第四埠頭で待つ」
伊達がうなずく。彼の手が拳銃の安全装置を確認する。
「十八時まで、どう時間を潰す」
「林に演じさせる。喫茶店周辺で俺たちを探させ続ける」
ノートPCを閉じる。暗号化データをSDカードに移し、靴裏に隠す。
「さあ、昼食の時間だ。外の連中に見せつけるためにな」
冷めた弁当の蓋を開ける。箸を手に取る。ご飯を一口、咀嚼する。
窓の外で、一人の清掃員が携帯で話しながら、こちらを指さした。
「見られている」
「それでいい」
ゆっくりと噛み、飲み込む。焦りは一切見せない。
敵の監視網が動き、林が待ち構える。
その全てが、こちらの思惑通りだ。
掌の汗が箸を滑らせる。心臓は冷静を装い、肋骨の裏で狂ったように暴れている。 隠しダクトの暗号化データが解析完了した。画面に敵組織の監視網全体が広がる。中心点が林の喫茶店で点滅している。
「彼は監視対象ではない。監視の拠点だ」
伊達の息が止まる。背筋が氷のように冷たい。
手が次の動作を始める。外交官用ブリーフケースを開ける。書類の束をストーブへ放り込む。
炎が紙を舐める。熱が頬を焦がす。
「証拠隠蔽を最優先する。尾行は後だ」
サイドテーブルを倒す。裏板を蹴り外す。隠しダクトが露わになる。
ダクト内の金属箱を引きずり出す。ハンマーで鍵を破壊する。
中からSDカードが五枚、床に散らばる。
「連絡網の全てか」
「全てだ。一つ残らず消す」
ストーブへ放り込む。プラスチックの悪臭が立ち上る。
肩のザックが重い。呼吸が浅くなる。
「次は林への対応だ」
「待て。解析データが変わった」
画面の監視網が再編され始める。林の喫茶店から放射状に線が伸びている。その一つが、この伊達家を正確に指している。
「…こちらの位置は既に知られている」
「清掃員の配置はそのためか」
胃が締めつけられる。口の中が砂のようだ。
「証拠隠蔽を急げ。三分で撤収だ」
ノートPCのハードディスクを物理破壊する。金槌で叩く。基板が砕ける。
衛星電話のバッテリーを引き抜く。回路を靴底で踏み潰す。
窓の外でエンジン音が近づく。黒い車両が二台、玄関前に止まった。
「時間切れだ」
「抜け道へ」
最後にストーブを見る。炎の中でSDカードが蜷れ上がる。
全ての証拠が灰になる。
抜け道の闇へ飛び込む。冷気が肺を締め上げる。
背後で絵が戻る音。そして、玄関のドアが力ずくで開く音が追ってきた。路地裏の奥に佇む古いアパートの窓に、微かな光が揺れた。林のシルエットが一瞬、カーテンの隙間を通り過ぎる。




