第20話 誰にも伝えていない安全屋
押し込む。内側で金属が軋む。
壁板が滑る。隙間から冷気が漏れる。
懐中電灯を点ける。光束がダクトの縁をなぞる。
手垢の跡が新しい。留め具に細かい引っかき傷。
ダクト内部に手を伸ばす。奥で箱の角に触れる。
引きずり出す。防水ケースだ。
蓋を開ける。書類の束。
上からめくる。白紙。白紙。三枚目で端が捲れる。
剥がす。下からメモが現れる。
「時間以内に指定場所へ」
血が逆流する。この指示は私のものではない。
地図の断片を確認する。監視ポイントが赤丸で囲まれている。
全て林にのみ伝えた場所だ。
最後の紙。小さい文字で三行。
「供給者:林。最終確認:3/15 04:30。連絡先:樵夫」
胸が締め付けられる。今がその時刻だ。
ケースをダクトに戻す。手が震える。
格子をはめる。壁板を閉じる。
ひび割れの位置がずれている。指で修正する。
階段を上がる。足取りが重い。
カウンターに戻る。林が湯呑みを磨いている。
「ずいぶん長かったな」
「ああ。迷ってな」
彼の目が私の手を一瞥する。布巾の動きが止まる。
「探し物は?」
「必要ないものばかりだった」
時計の音が三秒ごとに響く。濁る。
「では、そろそろ」
「気をつけてくれ」
ドアへ向かう。背中の皮膚がざわつく。
ベルが鳴る。夜の闇が全てを飲み込む。壁のひび割れを数える指が止まる。七つ目だけが深く、冷たい。
押し込む。内側で金属が軋む。
壁板が滑り、隙間が開く。湿った空気が流れ出す。
ダクトの縁に脂の跡。留め具に新しい傷。
格子を外す。手を伸ばす。奥のケースに触れる。
引きずり出す。重い。
蓋を開ける。書類の束をめくる。白紙が続く。
三枚目で端が捲れる。剥がす。
下からメモが現れる。「72時間以内に指定場所へ」
血の気が引く。地図を確認する。赤丸が倉庫街を囲む。
この情報は林だけが知っている。
最後の紙。小さい文字で三行。
「供給者:林。最終確認:3/15 04:30。連絡先:樵夫」
胸が締め付けられる。今がその時刻だ。
「全てが罠だった」
ケースを戻す。ダクトに押し込む。格子をはめる。
壁板を閉じる。ひび割れの位置を直す。
新しい端末を取り出す。電源を入れる。指紋認証。
暗号化チャットを開く。佐藤へ送信する。
「林を完全に切断。全プランを破棄。新たな場所で再構築せよ」
既読が即座に点く。
「了解。淡水港、第三埠頭。明朝五時」
「全ての痕跡を消せ」
「実行中」
端末の電源を切る。コンクリートに叩きつけ、踏み潰す。
部品を排水口に蹴り込む。
振り返らずに歩き出す。背中に熱い視線を感じる。
港の灯りが闇の中に微かに揺れる。壁の漆喰が冷たい。七つ目のひび割れだけ、指先が吸い込まれる。
押し込む。内側で滑り音。
壁板が沈む。隙間から湿気が流れる。
ダクトの口を照らす。縁に脂の光る跡。留め具に新しい擦り傷。
格子を外す。手を伸ばす。奥のケースに触れる。
引きずり出す。埃が舞う。
蓋を開ける。中はノート一冊だ。革装丁が剥げている。
ページをめくる。最初の数ページは空白。
途中から文字が現れる。インクの滲みが古い。
「供給網:林氏海運経由。監視点:第三、第七、第十一埠頭」
胸が締め付ける。これらは私が林にだけ伝えた番号だ。
次のページ。日付が三日前。
「最終確認済み。対象は計画を変更せず」
最後のページ。小さな走り書き。
「樵夫より。全て予定通り。回収は3/15 04:30」
今この時刻だ。心臓が肋骨を打つ。
鞄からデジタルカメラを取り出す。電源を入れる。
ノートを一ページずつ撮影する。シャッター音を消す。
全体像も撮る。置かれた角度、光の当たり方。
撮影終了。カメラをしまう。
ノートをケースに戻す。ダクトに押し込む。
格子をはめる。壁板を閉じる。
ひび割れの位置を直す。爪に漆喰が詰まる。
「証拠は確保した」
階段を上がる。足取りが重くなる。
カウンターに戻る。林が湯呑みを磨いている手が止まる。
「ずいぶん長かったな」
「ああ。暗くてな」
彼の目が私の鞄を一瞬、撫でる。
「それで?」
「何がだ?」
「用事は済んだか」
時計の音が三秒ごとに響く。濁る音が頭蓋骨に刺さる。
「ああ。もう用はない」
「そうか」
湯呑みを置く音が硬い。
「では、そろそろ」
「気をつけてくれ」
ドアへ向かう。背中に視線の塊を感じる。
ベルが鳴る。夜の闇が全てを飲み込む。三度目のクラクションが規則的すぎる。間隔が完全に均一だ。
私は調査を打ち切る。十五分で十分だった。
背中の皮膚が引きつる。複数の視線が集中している。
喫茶店の裏口へ向かう。足音を早める。
扉を押す。鍵がかかっていない。
中は暗い。冷たい空気が流れる。
壁に手を当てる。七つ目のひび割れを探る。
感触が変わる。押し込む。
内側で金属が軋む。壁板が滑る。
「ここか」
隙間から湿気が漏れる。ダクトの口が見える。
縁に脂の跡。留め具に新しい傷。
「最近、使われている」
格子を外す。手を伸ばす。
奥でケースに触れる。引きずり出す。
蓋を開ける。書類の束をめくる。
白紙が続く。三枚目で端が捲れる。
剥がす。下からメモが出てくる。
「72時間以内に指定場所へ」
血が逆流する。地図を確認する。
赤丸が倉庫街を囲む。この情報は林だけが知っている。
最後の紙。小さい文字で三行。
「供給者:林。最終確認:3/15 04:30。連絡先:樵夫」
胸が締め付けられる。今がその時刻だ。
「全てが罠だった」
ケースを戻す。ダクトに押し込む。格子をはめる。
壁板を閉じる。ひび割れの位置を直す。
手が震える。漆喰が爪に詰まる。床下の収納扉が歪んでいる。閉まり切らない。
指で引く。重い。中は暗い。
懐中電灯を差し込む。光束が奥の壁を照らす。
壁紙に継ぎ目がある。直線だ。
叩く。空洞音が響く。
縁を探る。微かな段差に爪を引っ掛ける。
引く。壁板が滑り出した。
奥に空間が広がる。埃の匂いが立つ。
中を見る。机が一台。椅子が一脚。
机上に書類が広がっている。地図だ。
近づく。赤い線が基隆港を迂回している。私の計画そのものだ。
しかし、一箇所だけ線が追加されている。短い迂回路。
その先に小さな印。『安全屋』の文字。
この場所は誰にも伝えていない。




