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第13話 貨物とは人間である

 腕時計の針を見る。秒針が重い。

「会合情報を総合すると、敵は我々の移動パターンを把握している。安全と思われた経路は全て危険水域だ」


 拳を机に押し付ける。木部が軋む。

「計画の見直しは避けられない。現在の情報では、陸路での集結も海上脱出も不可能に近い」


 冷たい汗が背中を流れる。呼吸が浅くなる。

「新たな情報収集の窓口が必要だ。既存の協力者網の外側に」


 窓の外を見つめる。街の灯が瞬く。

「七十二時間のカウントダウンは、今や四十八時間を切っている」


 鞄を閉じる。鍵の音だけが響く。

「次の一手は、敵の監視網の盲点を突く。灯台通信の問題を逆手に取る」


 立ち上がる。膝が重い。

「林に連絡せよ。通信障害の詳細な分析と、代替周波数の確保を急がせる」


 ドアノブに手をかける。金属が冷たい。

「伊達には使者経由で伝えろ。次回接触は現行計画の全面凍結を前提とせよ」


 廊下に出る。足音が空洞に吸われる。

「情報が変われば戦場が変わる。今、変わらなければ死ぬ」


 階段を下りる。一段ごとに胃が締めつけられる。

「灯台通信の問題は災いではない。敵の注意を引きつける囮だ」


 外気が頬を打つ。夜の匂いがする。

「計画の見直しは終わった。次は実行だけだ」 アパートの路地は静まり返っていた。影が張り付く。


 足を止める。首の後ろが疼く。二階のカーテンが揺れた。


「三十分前とは、角度が違う」


 路地裏のゴミ集積場に目をやる。ビニール袋の山が崩れている。新しい足跡が泥に残る。


 胸の鼓動が喉元まで上がる。冷たいものが背骨を這う。


 自転車置き場の陰へ身を寄せる。鉄の匂いがする。


 アパートの玄関を見上げる。インターホンのランプが消えている。点検中のはずがない。


「入り口は監視下だ。迂回せよ」


 隣接する雑居ビルの非常階段を目測する。柵が外されている。


 掌に汗がにじむ。筋肉が軋む音が頭蓋に響く。


「正面からは帰れない。非常階段を使え」


 雑居ビルの影に入る。コンクリートの冷たさがジャケットを伝う。


 非常口のドアに手をかける。鍵はかかっていない。


 暗闇がのしかかる。階段の上の物音に耳を澄ます。


 呼吸を殺す。硝子の破片が靴の下で軋んだ。


「上か。それとも、罠か」


 一段、昇る。膝の重みが増す。


 踊り場の窓から、自室のベランダを見る。物影が動いた。


 血の気が引く。歯を食いしばる。


「中にいる」


 非常階段を下り始める。一歩ごとに心臓が跳ねる。


 路地へ戻る。街灯の光が鋭い。


「自宅は使えない。次の隠れ家へ直行だ」


 携帯を取り出す。画面を点ける。GPS信号が自室を示している。


「発信源は俺の端末だ。クローンか」


 バッテリーを抜く。プラスチックが割れる音だけが響く。


 路地の向こうでエンジン音が唸る。車のヘッドライトが曲がり角を照らす。


 壁に背を押し付ける。影に溶け込む。


「尾行か。それとも、待ち伏せか」


 車はゆっくりと通過した。黒いセダンだった。


 吐息が白く濁る。足が地面に凍り付く。


「計画は完全に筒抜けだ。移動経路も危険水域だ」


 鞄の内ポケットを探る。予備の端末が一つ。電池は切れている。


「連絡手段はこれだけか」


 雑居ビルの裏口を見つける。鍵穴にはダミーカメラが付いている。


「監視の目を欺くには、目立つ動きが必要だ」


 道路へ出る。歩幅を大きくする。


 コンビニに入る。明るい光が目を刺す。


 雑誌コーナーで立ち読みするふり。窓ガラスに映る路地を確認する。


 黒いセダンが、百メートル先で停車している。


「ついてきたな」


 代金を払い、温かい缶コーヒーを買う。店員に明るく礼を言う。


 店を出る。足早に次の角を曲がる。


 路地裏に駆け込む。ゴミ箱の陰に身を隠す。


 セダンのエンジン音が近づく。速度を落とす。


 呼吸を整える。鼓動が耳を覆う。


 エンジン音が遠ざかる。通り過ぎた。


 路地の奥から別の人影が現れる。小柄だ。手に荷物を持っている。


 その歩き方に、目を見開く。


「……美咲?」


 声に出さず、唇が動いた。娘が、この時間にこの場所に。


 彼女はきょろきょろと辺りを見回し、俺のアパートを見上げた。そして、ため息をつくような仕草をした。


 背筋が氷になる。彼女は何を知っている?


 彼女はスマホを取り出し、何かを打ち込む。顔は険しい。


 メッセージを送信すると、彼女はくるりと踵を返し、来た道を引き返していった。


 暗がりに残され、俺は拳を握りしめた。爪が肉に食い込む。


「計画の見直しどころではない。敵は思ったより近くにいた」


 立ち上がる。足元が軽い。冷たい覚悟が体を満たす。


「次の行動は二つだ。連絡網の確保。そして、娘の護衛」


 路地を抜け、大通りへ出る。人混みに紛れる。


「まずは林と佐藤だ。『稲妻』で呼び出せ」


 胸の内側で、カウントダウンが秒単位に切り替わる。廊下の照明がちらつく。影が林の机を覆う。


「佐藤から暗号解読ツールを受領した。端末の解析は今夜中だ」


 林が押し入れる引き出しから、黒い端末を取り出した。表面に微かな熱を持つ。


「発見時から電源オン状態だ。バッテリーは温かい」


 俺の指が端末の側面を撫でる。僅かな凹凸を感じる。


「ここにミリ波アンテナの痕跡がある。軍用機材だ」


 林の息遣いが荒くなる。彼は手帳を机に広げた。


「暗号は数字と記号の羅列。パターンは旧式の置換暗号に似ている」


 俺の目がページを走る。心臓の鼓動が視界を揺らす。


「最初の三桁は日付だ。それ以降は位置情報と通し番号」


 佐藤からの解析データを端末に転送する。プログレスバーが遅い。


「傍受された可能性を考慮せよ。この解析自体が監視下にある」


 林が窓のブラインドを閉める。金属の音が鋭い。


「それでも進めるしかない。手がかりはここだけだ」


 端末の画面が青く光る。ファイルツリーが展開された。


「送信記録は七十二時間前から。受信は一切ない」


 俺の指がタッチパネルをスクロールする。文字列が流れる。


「宛先は仮想番号だ。だが、送信基地局は全て基隆港周辺」


 林の拳が机を叩く。コーヒーカップが跳ねる。


「つまり、こっちの動きは全て筒抜けだった。計画の核心まで」


 解析ツールが警告を発する。暗号の一部が解読された。


「メッセージは『貨物の到着を確認。次の指示を待て』」


 冷たいものが胃の中を這う。口の中が乾く。


「貨物とは人間のことだ。避難者を指している」


 林が端末を握りしめる。手の甲に血管が浮く。


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