第10話 協力者リストの再編
紙を差し出す。文字が震えている。
読み上げる。周波数、コールサイン、暗号表。
「これで本土と直接繋がる。ただし交信は一日一回、三十分間だけだ」
胃が縮む。時間が足りない。
「内部監視網への対策は?」
佐藤が俯く。首筋に汗が光る。
「支店内の端末全てに監視プログラムが仕込まれています。撤去には半日以上かかります」
歯を食いしばる。顎が痛い。
「全端末の電源を切断せよ。新たな端末を隠し場所から持ち出せ」
「ですが、業務が……」
「業務は二の次だ。命があっての仕事だ」
デスクの電話が鳴る。内線だ。
受話器を取る。伊達の声が聴こえる。
「陳国華が動いた。工作員三名を市内に配備した」
背筋が凍る。皮膚が粟立つ。
「目的は?」
「貴方の監視と、避難計画の撹乱です。既に邦人名簿を入手した可能性が高い」
受話器を握りしめる。プラスチックが軋む。
「名簿の暗号化は完了しているか?」
「完了していますが、解読されれば七十二時間で破られます」
時計を見る。針が速く進む。
「林に連絡しろ。待機場所を再度変更する。廃工場も危険だ」
「了解。新たな場所を指定します」
電話を切る。沈黙が重い。
窓の外を見る。路上の男が去っていく。
「監視が引き上げた。次は直接的な工作だ」
立ち上がる。膝がガクつく。
「佐藤、短波による第一報を本土へ送れ。内容は『竜の爪、発動』だ」
「はい。ただちに」
部下たちが動き出す。足音が慌ただしい。
コーヒーカップに手を伸ばす。中身は冷えている。
飲み干す。苦味が舌に広がる。
「全員、移動準備だ。次の待機場所へ向かう」
鞄を掴む。革が冷たい。
ドアに向かう。背中に視線を感じる。
振り向かない。歩き出す。タブレットの画面が青白く光る。通常業務の報告書が並ぶ。
指がスワイプする。リストが流れる。在留邦人リストの裏側データが開く。
「全員の現在地を確認しろ。最終更新は三時間前だ」
佐藤が息を呑む。目が泳ぐ。
「更新が止まっています。半数以上が同一地点で停止」
胃が締め付けられる。舌が重い。
「監視カメラの映像と照合せよ。物理的に動いているか確認だ」
別のウィンドウを開く。街角の映像が映る。人影はない。
「カメラも止まっている。電波妨害か、それとも……」
背筋が冷たい汗で濡れる。首筋が張る。
「工作員の行動パターンを推測しろ。名簿に基づいた拘束か」
キーボードを打つ。音が空っぽだ。
「陳国華の配下は三名。同時多発は不可能です」
「ならば囮だ。一部を拘束し、救援を誘い出す」
画面を握りしめる。手のひらが汗ばむ。
「囮の位置を特定しろ。救援は送れないが、工作員の動きを読む」
地図が表示される。赤い点が三か所。いずれも主要駅だ。
「駅か。人の流れに紛れた捕獲だ」
歯ぎしりを止められない。顎が痛む。
「邦人には伝えるな。パニックを起こさせてはいけない」
「ですが……」
「伝えるのは避難指示だけだ。今は静観だ」
タブレットを置く。机が冷たい。
窓の外を見下ろす。街は平常だ。嘘のように平穏だ。
「通常業務を続けろ。全てを装え。裏では動く」
立ち上がる。膝が軽く震える。
「佐藤、短波で本土へ第二報を。『竜、餌を撒く』」
「了解。すぐに」
部下が去る。足音が遠ざかる。
タブレットを手に取る。画面に映る顔が疲れている。
深呼吸する。肺が痛い。
「次は俺の番だ。囮を見極め、罠を避ける」
鞄を開ける。中身を確認する。必要最小限の装備だけだ。
ドアに向かう。背中に重さを感じる。
歩き出す。表向きの業務は終わった。裏の戦いが始まる。タブレットを閉じる。画面が真っ暗になる。
「個別ミーティングは中止だ。全員、持ち場に戻れ」
デスクを離れる。椅子が軋む。
佐藤が視線を投げる。疑問が浮かぶ。
「支店長、予定は……」
「変更だ。緊急対応が必要になった」
鞄を掴む。肩にかける。革が肩に食い込む。
「オフィスを離れる間、表向きの業務を維持しろ。俺のアポイントも全て順延だと伝えよ」
エレベーターへ向かう。足早だ。廊下が長く感じる。
ボタンを押す。金属が冷たい。表示が動かない。
「非常階段を使う。監視カメラの死角を通れ」
扉を押し開ける。コンクリートの階段が続く。
駆け下りる。足音が反響する。息が上がる。
一階で止まる。裏口の非常灯がちらつく。
ドアノブに手をかける。錆びた金属が手に付く。
外に出る。路地の湿った空気が肺を刺す。
「林の隠れ家へ戻る。あの机をもう一度調べる」
人混みに紛れる。視線を背中に感じる。
振り向かない。歩幅を速める。
携帯を取り出す。林への暗号メールを打つ。
「合図は無視された。直接確認する」
送信する。既読が付かない。
胃が重い。喉が渇く。
路地を曲がる。アパートの影が見える。
玄関の前に立つ。ドアの鍵穴を見下ろす。
金属粉が微かに光る。新しい傷だ。
「中に入ったな。まだ誰かが」
鍵を差し込む。音一つしない。
扉を押し開ける。暗い室内が広がる。
机の上を見る。ペンの位置がまた変わっている。 机の上に指を置く。埃がない。
「衛星回線の断絶は外部工作だ。内部の協力者がいる」
ペン立てを揺らす。一本だけ軽い。
佐藤への連絡手段を考える。公開回線は使えない。
「旧式のコードを使う。一点集中、短時間で」
壁のコンセントを外す。配線がむき出しだ。
二本の線を撚る。火花が散る。ラジオの雑音が漏れる。
「短波帯を探れ。佐藤の私設回線だ」
ダイヤルを回す。ノイズの中に微かな声。
「……こちら、影の番人。状況を報告せよ」
マイクを握る。手のひらが汗で滑る。
「通信網は完全に破られた。内部に敵が混入した」
雑音が強まる。音声が歪む。
「証拠は?」
「机の整理痕だ。第三者が情報を漁った」
無線機が熱を持つ。焦げ臭い。
「佐藤、お前の位置は安全か」
「……分からない。全ての端末が監視下にある」
歯を食いしばる。顎に力が入る。
「新たな連絡網を構築する。物理的なメッセンジャーを使え」
「了解。ただし時間が……」
「時間はない。七十二時間が全てだ」
スイッチを切る。無線機が冷える。
窓の外を見る。街灯の下に人影が二つ。
「監視が増強された。ここも危険だ」
机の引き出しを開ける。中は空っぽだ。
「証拠は消された。だが痕跡は残る」




