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王女エアリスの目覚めー⑧


「パーティを組まなきゃ出撃できない?」


 掲示板の前で呼び止められたイニェンは、受付嬢レニータインの説明に顔をしかめる。

 嶽の森で発生したホロウポイントは、まだ鎮圧には至っていない。各地で調査が進められている中、すべてのクエストにおいてホロウポイント発生の可能性があるとして、今日からは個人での出撃が制限された。


「しょうがない、エラを誘おうかしら……」

「エラにょんならもう出撃したよ」

「えっ、誰と?」

「一人で」

「なんであいつはいいわけ!?」


 レニータインは「乙級をクリアしてれば一人でもオッケー」と、細かい条件を語る。


「私だってハイドレンジアを倒したじゃない! あれも乙級よ!」

「悪いけど、それ正式な記録にはなってないんだわ。問題が多すぎて」

「そんなー!?」

「てか、イニャぽんが倒したわけじゃないっしょ?」

「う……バレてる……」


 イニェンは渋々引き下がり、賑やかなロビーを見渡した。

 レニータインは、生粋の一匹狼が誰に声をかけ、断られたらどんな反応をするのか楽しみだと、ほくそ笑みながらその様子を眺めた。




 *




 エラは、のどかな草原を渓谷まで歩きながら、王都脱出から今日までの一連の流れを語った。

 フレイゾンとの決闘から、傷も癒えぬまま、休息のため入った村が魔物に襲われ。公国にたどり着いた今も、なんやかんやあってギルドでこき使われている。クラヴァットは笑いながら、「ま、生きててよかったよ」と頷く。


「どうして私の居場所が分かった?」

「偶然さ。エアリス王女が嫁入りすると聞いて、様子を見に行くよう親父(ギル)から言われたんだ。広場を飛び回っていたら、教会の鐘にいるお前をたまたま見つけた」

「そうだったんだ」

「立ち姿で分かったぞ」


 小川にかかる木の橋を渡ると、崖の上に目印の風車が見えた。


「──というわけで、広場をワルキューレが襲ったってわけ」

「襲ったというか……話を聞く限り、お前がわざと誘導したように見えるが?」

「もちろん、そのつもりだった」


 クラヴァットは、「まあ……好きにすりゃいいが」と青空を見上げる。


「一応聞いとくが、なぜそんなぶっとんだ真似をした?」

「王女の周りに騎士がいるか確かめたかったんだ」

「殴り込みにでも行くつもりか」

「いや、やめておく。フレイゾンがいることは分かったから、別の方法を探るよ」


 エラは、あることに気が付いた。

 クラヴァットは鳥の姿。怪しまれずにどこへでも飛んでいける。


「ええ? 宮殿に潜入してこい、だと? やだよ」


 提案はあっさりと却下された。


「俺は今後、お前たち家族の連絡役になるんだ。危ない真似はできねえよ」

「ちょっと飛んで見に行くだけでも」

「あのなぁ……宮殿に結界が張られていて、もし俺が人間の姿に戻っちまったら、裸のおっさんが現れるんだぞ。捕まるよ」

「ぷぷ」

「笑ってんじゃねー。自分の蒔いた種は自分で刈り取れ」


 クエストの目的地、風車村のたもとに位置するドルフィン渓谷に到着した。


「なんだその紋章?」

「素材を採る前にこれをつけないと、怒られるんだ」


 大きめの岩に占有印を刻み、早速エーテルトカゲを探す。


「真面目に働いてるとこ水をさすが……この国には、あまり長くいないほうがいいんじゃないか?」

「ワルキューレが蘇った謎が解けるまで、私は行かないよ」

「なんじゃそりゃ」

「式典を襲ったワルキューレは、過去に始末したはずだったんだ」

「そうだったのか」


 エラは、光の魔法を使ったことも打ち明けた。


「はぁ!? 光の魔法が何なのかは、俺もギルから聞いたが……」

「そうなんだ」

「国がなくなるんだろ!?」

「そう思ってたけど、大丈夫だった」

「あ、あのなぁ……」


 この向こう見ずさは母親譲りか。

 クラヴァットは肝を冷やしたが、好きにしろと言った手前、(とが)めることもできなかった。


「つまり……そのワルキューレって魔物は、確かに倒したはずなのに、復活してしまったと」

「不気味だよね」

「俺はよく分からんが、そんなこともあるんじゃないか?」


 エラは「そういうものかなぁ」と目を細める。彼女自身も、魔物の生態に詳しいとは言えない。


 あっというまに素材を集め終わったエラは、「帰ろう」と立ち上がる。


「それでいくらの報酬だ?」

「伍級だから、10ギルムくらいかな」

「飯食ったらなくなるじゃねえか」

「言っとくけど、食事は自分で調達してね」

「パンくずくらいくれたっていいだろうがよぉ……」


 クラヴァットは羽ばたいて、「重いから自分で飛んでよ」とぼやくエラを無視して肩に飛び乗った。






 *






 ラプトルにより真実を伝えられたエアリスは、困ったように微笑みながら首を振った。

 騎士の顔に、首に、手に浮かぶ痣が動かぬ証拠だ。長年王室に仕えてきたラプトルが魔力を抜かれたなど、ただならぬ事が起きたのは疑いようがない。それが自分を守れなかったことへの罰だと言われれば、理解はできたものの。


「そう……みんな、何かを隠しているような気はしていたわ。私は長く眠っていたから、仕方がないと思っていたの。ただ、それだけは……シルーシェが私を殺そうとしたなんて、どうしても納得できないわ」


 氷と炎が入り混じる感情をどうにか言語化しようと、途切れつつも言葉を紡ぐ。


「喧嘩もなかったわ。あの子に嫌われるようなことは、私は何も……それよりも、光の魔法が完成したって本当なの? そのお話を聞かせてちょうだい!」


 二人の騎士は、どうしたものかと視線を合わせる。


「枯れた大地に緑を芽吹かせ、不治の病を治し、魔物はこの手をひと振りすれば、光に灼かれて消え去るだろう。彼女はそう発言しました」

「素晴らしい魔法じゃない!」


 シルーシェは嘘はつかない。彼女が完成したと言ったなら本当なのだと、エアリスは目を輝かせる。


「ですがそれ以前に……光の魔法の完成を宣言なさったのは、他ならぬ殿下自身にございます」

「……そうなの?」

「もっともシルーシェは、殿下が完成を宣言なさったことに驚いた様子でした。ですから殿下は、彼女も想定していなかった手段で、光の魔法の完成を知られたのかもしれません」


 エアリスは何も思い出せない。

 国王でさえ、光の魔法について詳しいことは把握していなかった。それはエアリスが、シルーシェとの約束通り秘密を守っていたためで、国王もまた、非能者でありながら魔法論理学に通じるエアリスが太鼓判を押した以上、疑う余地はなかった。


「あなたたちこそ、どんな魔法かくらいは知っていたんじゃなくって?」

「いえ、何も。魔術評会において、魔法の内容が事前に通達されたことはありません」


 特別な理由はない。騎士とはいかなる状況でも、何事にでも対処するのが大前提の存在である。暗殺者は、いつどこから現れるかなど教えてはくれない。そして騎士も、騎士の敵は騎士のみと信じる者たちの集まりで、「危険だからあらかじめ教えてほしい」などと口にする者は、最初からいないのだ。

 良く言えば信頼、悪く言えば高慢。エアリスは「フレイゾン、あなたはシルーシェを止められなかったということ?」と、部屋の隅で黙りこくった騎士に視線をやった。


「……ええ。はい」

「どうして? あの子が可哀想だから見逃してあげたの? なぜあなたが負けてしまうの? 怒らないから、正直に言ってちょうだい?」


 心からの疑問を投げかける。

 フレイゾンの顔にはみるみる怨念めいた色が浮かんだが、ラプトルはあえて助け舟を出さず、自らの口で語らせた。


 シルーシェの父であり、元騎士のギルバートとの戦闘を経たフレイゾンは、まさに満身創痍だった。シルーシェの拘束自体は、初期の段階で上手くいっていたのだ。王室の騎士たちは、シルーシェにしてやられたというよりも、あれはギルバートにやられた認識でいる者がほとんどである。

 エアリスは騎士だった頃のギルバートを知らない。フレイゾンも同様だ。ラプトルでさえ、王室で顔を合わせていたのは数年ほどで、深く関わりがあったのは最年長のライブリーや、現役騎士の父親世代にあたる者たちだ。


「シルーシェのお父様って、そんなにすごい方なのね」

「彼女がギルバートにそそのかされ、殿下に手をかけた可能性もございます。彼も王室に関わっていた以上、今回の一件がすべてシルーシェの意思だったとは断定できません」

「でも、そんな……」


 シルーシェが、たとえ家族であろうと他人に指図され、自分を殺めようとしたなどとは、エアリスは考えたくなかった。

 きっと何か、自分に原因があるのだ。

 あの優しくて頼もしいシルーシェが。強く美しく、いつかは騎士になってほしいと、密かに願い続けていた相手が。


「あの子をこの国で迎え入れましょう。きっと、分かり合えるはずなの……」


 だんだんと涙声になるエアリスに、ラプトルは歩み寄った。こうなることは想定内だ。


「すべての国に呼びかけるの。あの子が無事に、ここに戻ってきてくれるような声明を出しましょう。私は復讐なんて望んでいないのよ? フレイゾンだって、あの子が騎士になってくれたら嬉しいと言っていたでしょう?」


 フレイゾンは、そういえばそんな話をしていたなと思い出す。あの時は適当に話を合わせて、素晴らしいアイデアだなどと持ち上げた気もするが。


「……ニューマンス閣下が何とおっしゃるか」

「私の大切な人なの! あの子、今も私たちに見つかるのを恐れて、夜も震えながら眠っているのだとしたら、もうその必要はないと教えてあげなきゃ可哀想よ!」

「殿下──」

「私が悪かったのよ、シルーシェ! どうして話もできないの! 私、あなたがいてくれれば何もいらなかったのに!」


 差し出されたハンカチで涙を拭う王女は、もうどんな慰めも通じないようだった。


 フレイゾンは静かに部屋を去り、隣室の扉をそっと押す。

 控えていたベルドナトと臣下に目配せし、男たちは別の部屋へと移動した。


「これは、なかなか……」

「あとはラプトルに任せましょう。殿下も、声明だ何だとは感極まって口に出ただけで、一晩休めば落ち着くでしょう」

「……本当に仲の良いご友人だったようだね。同年代の同性とはそれだけで、親近感が沸くものだ」


 ベルドナトは「少し、嫉妬してしまうが」と穏やかに言う。


「フレイゾン君、君もしばらくはゆっくり休め。式典での戦い、改めて感謝申し上げる」

「……もしも光の魔導士が、あの場にいたとすれば」

「ん?」

「俺の存在はとうにばれているでしょう」


 臣下たちは顔を見合わせ、続きを静かに聞く。


「俺だけが使える魔法、というわけでもありませんが。少なくとも騎士がいることは伝わったかと」

「そうなのか。では、こちらもその認識でいよう」

「……迂闊でした」

「いいや、派手にやってくれてよかった。演出のひとつさ」


 あまり深刻にはとらえていない様子に、フレイゾンは心の中でため息を吐いた。







『王女エアリスの目覚め』 fin


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