第22話 「歌姫の涙」
翌朝、悠斗は鳥のさえずりで目を覚ました。
「……ん」
体を起こすと、隣のベッドではルーナがまだ眠っていた。
銀色の髪が枕に広がり、寝息が静かに聞こえる。
平和な朝だ。
しかし、昨夜の出来事が頭をよぎる。
あの黒いフードの人物。
悠斗と同等の力を持つ謎の存在。
「一体、何者なんだ……」
悠斗は窓の外を見た。
朝日が昇り、ローレライの街を照らしている。
青い海が、朝日を受けてキラキラと輝いていた。
「おはようございます」
扉が開き、セレスティアが顔を出した。
「おはよう、セレスティア」
「よく眠れましたか?」
「ああ、ぐっすりだ」
悠斗はベッドから降りた。
「ルーナ様は?」
「まだ寝てる」
「そうですか。では、起こしましょうか」
「いや、もう少し寝かせておこう」
悠斗は微笑んだ。
「昨日、色々あったからな」
「そうですね」
セレスティアも頷いた。
「では、私は朝食の準備を手伝ってきます」
「ああ、頼む」
セレスティアが部屋を出ていった後、悠斗は窓辺に立った。
昨夜の戦闘を思い返す。
あの人物の動き。
速さ、力、反射神経。
すべてが自分と同じレベルだった。
「まさか、この世界に俺と同じような存在がいるなんて……」
悠斗は拳を握りしめた。
「あいつは、一体何が目的なんだ」
その時、ベッドから声がした。
「んん……悠斗……?」
ルーナが目を覚ましたようだ。
「おはよう、ルーナ」
「おはよう……」
ルーナは眠そうに目をこすった。
「よく眠れた?」
「ええ……でも、夢を見たわ」
「夢?」
「ええ。姉さんの夢……」
ルーナは起き上がった。
「エクリシアが……私に何か言おうとしていたの」
「何て?」
「聞き取れなかったわ……」
ルーナは少し不安そうな表情をした。
「でも、姉さんは……何かを伝えようとしていた」
「そうか……」
悠斗はルーナの隣に座った。
「心配するな。お前の記憶を全部取り戻せば、きっとわかる」
「ええ……」
ルーナは頷いた。
「そうね」
二人は顔を見合わせて微笑んだ。
「さあ、朝食にしよう」
「うん」
二人は部屋を出た。
廊下を歩いていると、台所からいい匂いが漂ってきた。
「何か、すごくいい匂いがする……」
ルーナが呟いた。
「ああ」
悠斗も頷いた。
台所に入ると、ソフィアとセレスティアが朝食の準備をしていた。
テーブルには、焼きたてのパン、スクランブルエッグ、ベーコン、フルーツサラダ、そしてミルクが並んでいる。
「おはようございます」
ソフィアが微笑んだ。
「おはよう」
「おはようございます」
悠斗とルーナが挨拶した。
「朝食、できましたよ」
セレスティアが言った。
「わあ、美味しそう……」
ルーナの目が輝いた。
「さあ、座ってください」
ソフィアが椅子を勧めた。
四人はテーブルを囲んで座った。
「いただきます」
四人で手を合わせた。
悠斗はパンを手に取り、バターを塗った。
一口齧ると――
「うまい!」
思わず声が出た。
「このパン、すごく美味しい」
「ありがとうございます」
ソフィアは嬉しそうに微笑んだ。
「近くのパン屋さんで買ってきたんです」
「そうなのか」
悠斗はさらにパンを頬張った。
ルーナもスクランブルエッグを食べている。
「これも美味しいわ……」
「ソフィア様が作ったんですよ」
セレスティアが言った。
「え、ソフィアが?」
「はい」
ソフィアは少し照れたように微笑んだ。
「料理は得意なんです」
「すごいな」
悠斗は感心した。
「一人暮らしだから、自分で作らないといけないんです」
ソフィアは続けた。
「でも、料理は好きですよ」
「そうなんだ」
朝食を食べながら、四人は会話を続けた。
「それで……」
セレスティアが言った。
「今日は、どうなさいますか?」
「そうだな……」
悠斗は考え込んだ。
「もう一度、神殿に行ってみようと思う」
「神殿に?」
「ああ。昨日、ルーナの記憶は戻らなかったけど、何か見落としがあるかもしれない」
「なるほど……」
セレスティアは頷いた。
「確かに、もう一度詳しく調べてみる価値はありますね」
「ルーナ、どうだ?」
悠斗はルーナを見た。
「行きたいか?」
「ええ」
ルーナは頷いた。
「もう一度、あの神殿を調べてみたいわ」
「わかった」
悠斗は立ち上がった。
「じゃあ、準備をしよう」
「あの……」
ソフィアが声をかけてきた。
「私も、一緒に行ってもいいですか?」
「え?」
悠斗は驚いた。
「いいのか?昨日案内してもらったから俺たちだけで行けるけど?」
「はい。でも……」
ソフィアは少し不安そうな表情をした。
「先日のこともありますし、一人で家にいるのは……」
「そうか……」
悠斗は頷いた。
「わかった。一緒に行こう」
「ありがとうございます」
ソフィアは安堵した表情をした。
「でも、神殿まで歩くんだぞ。大丈夫か?」
「はい」
ソフィアは微笑んだ。
「私、歩くのは好きですから」
「そうか。じゃあ、決まりだな」
朝食を終えた後、四人は出発の準備を始めた。
悠斗は荷物を確認した。
水筒、食料、地図。
「これで大丈夫だろう」
ルーナも準備を整えている。
月のペンダントを首にかけ、マントを羽織った。
「準備できたわ」
「ルーナ様、これを」
セレスティアが小さな袋を渡した。
「これは?」
「非常食です。何かあった時のために」
「ありがとう、セレスティア」
ソフィアも準備を整えていた。
彼女は小さなリュックサックを背負っている。
「準備できました」
「よし」
悠斗は頷いた。
「じゃあ、行こう」
四人は、ソフィアの家を出た。
朝の空気が心地よい。
太陽が昇り、街全体が明るく照らされている。
「いい天気ね」
ルーナが空を見上げた。
「ああ」
悠斗も頷いた。
「ピクニック日和だな」
「ピクニック……?」
ソフィアが不思議そうに尋ねた。
「ああ。今日は、ピクニック気分で行こう」
悠斗は微笑んだ。
「せっかくだからな」
「ピクニック……いいですね」
ソフィアも微笑んだ。
四人は、街を抜けて北へと向かった。
道は昨日と同じ。
しかし、朝の光の中を歩くと、また違った景色に見える。
「綺麗……」
ルーナが呟いた。
道の両脇には、色とりどりの花が咲いている。
赤、黄、青、紫。
まるで、虹のような色彩。
「この道、本当に美しいわね」
「ええ」
セレスティアも頷いた。
「南国らしい、明るい景色ですね」
しばらく歩いていると、小川が見えてきた。
「あ、川だ」
悠斗が指差した。
「少し休憩しようか」
「そうですね」
四人は川辺に座った。
川の水は透明で、底まで見える。
小さな魚が泳いでいる。
「綺麗な水ね……」
ルーナが川に手を浸した。
「冷たい……でも、気持ちいい」
「ルーナ様、水を飲まれますか?」
セレスティアが水筒を取り出した。
「ええ、ありがとう」
ルーナは水筒を受け取り、一口飲んだ。
「美味しい……」
「ソフィアさんも、どうぞ」
「ありがとうございます」
ソフィアも水を飲んだ。
「あの……」
ソフィアが言った。
「悠斗様、ルーナ様」
「何?」
「あの……『様』は付けなくていいですよ」
悠斗は苦笑した。
「俺たち、そんな偉くないから」
「でも……」
「悠斗でいい。ルーナもそうだろ?」
「ええ」
ルーナも頷いた。
「私たち、友達でしょ?」
「友達……」
ソフィアの目が潤んだ。
「はい……ありがとうございます」
「じゃあ、俺たちもソフィアって呼ぶぞ」
「はい」
ソフィアは嬉しそうに微笑んだ。
休憩を終えた後、四人は再び歩き始めた。
森が見えてきた。
「あの森の中に、神殿があるんだったな」
「ええ」
ソフィアは頷いた。
「もうすぐです」
森の中に入った。
木々が生い茂り、日光が遮られている。
しかし、道は整備されている。
「昨日と同じ道ね」
ルーナが呟いた。
「ああ」
悠斗も頷いた。
「でも、今日は明るいから、昨日より歩きやすい」
森を歩くこと約一時間。
やがて、開けた場所に出た。
「着いたわね」
ルーナが呟いた。
「ああ」
悠斗は神殿を見つめた。
昨日と変わらない、石造りの神殿。
所々崩れており、長い年月が経っていることがわかる。
「さあ、入ろう」
悠斗は神殿に近づいた。
その時――
「待ちなさい」
声が響いた。
悠斗は立ち止まった。
「誰だ!」
神殿の入口から、一人の人物が現れた。
黒いフードを深く被った人物。
「お前……!」
悠斗は警戒した。
昨夜の人物だ。
しかし――
フードの人物は、ゆっくりと近づいてきた。
「あなたたちには、ここから先に進ませるわけにはいかない」
女性の声。
低く、冷たい声。
「お前、何者だ」
悠斗は拳を握りしめた。
「昨夜の人物と関係があるのか?」
「昨夜……?」
フードの人物は少し考えるような仕草をした。
「ああ、あれは私の仲間よ」
「仲間……」
「そう。私たちは、同じ目的のために動いている」
「目的……?」
「それは……」
フードの人物は言葉を区切った。
「教えるわけにはいかないわね」
その時――
神殿の入口から、さらに二人の人物が現れた。
一人は槍を持った男性。
もう一人は剣を持った男性。
どちらも黒い鎧を纏っている。
「こいつら……」
悠斗は警戒を強めた。
「紹介するわ」
フードの人物が言った。
「こちらは、レイヴン」
槍を持った男性が一歩前に出た。
彼は細身で、素早そうな動きをする。
「よろしく」
レイヴンは冷たい声で言った。
「そして、ガロン」
剣を持った男性が前に出た。
彼は大柄で、筋骨隆々としている。
「……」
ガロンは無言で頷いた。
「お前ら……」
悠斗は身構えた。
「一体、何が目的なんだ」
「目的は、簡単よ」
フードの人物は神殿を指差した。
「この神殿にあるものを、回収すること」
「回収……?」
「ええ。祭壇に置かれている、『月の記憶の水晶』」
「月の記憶の水晶……」
ルーナが反応した。
「それって……」
「そう」
フードの人物は頷いた。
「月の女神の記憶が封じられた、貴重な宝物」
「まさか……」
ルーナの顔が蒼白になった。
「それは、私の最後の記憶……」
「その通りよ」
フードの人物は続けた。
「そして、私はそれをいただきに来た」
「させるか!」
悠斗は叫んだ。
しかし――
フードの人物は素早く動いた。
一瞬で神殿の中に消えた。
「くっ……速い!」
悠斗は追いかけようとした。
しかし――
「させないよ」
レイヴンが槍を構えた。
「お前たちの相手は、俺たちだ」
ガロンも剣を構えた。
「悠斗!」
ルーナが叫んだ。
「大丈夫!」
悠斗は身構えた。
「ルーナ、セレスティア、ソフィアは下がってろ!」
「でも……」
「大丈夫だ!」
悠斗は拳を握りしめた。
「こいつら、俺が倒す」
レイヴンとガロンは、悠斗を挟むように位置取りした。
「さあ、始めようか」
レイヴンが槍を回転させた。
「俺の槍の速さ、見せてやるよ」
レイヴンが突進してきた。
槍を突き出す。
速い。
しかし――
「遅い!」
悠斗は槍を避けた。
体を傾け、槍の穂先をかわす。
「なっ……」
レイヴンは驚いた。
しかし、すぐに次の攻撃。
槍を横に薙ぐ。
悠斗は跳躍で避けた。
空中で体勢を立て直し、着地。
「やるな……」
レイヴンは呟いた。
「でも、これからだ」
レイヴンは槍を連続で突き出した。
一撃、二撃、三撃、四撃――
槍の穂先が、悠斗に向かって殺到する。
しかし、悠斗の目には、その動きがスローモーションで見えていた。
「見える……」
悠斗は一つ一つの攻撃を避けていく。
左に、右に、後ろに。
すべての槍をかわす。
「馬鹿な……」
レイヴンは驚愕した。
「俺の連続突きを、全部避けただと……」
その時――
ガロンが背後から襲いかかってきた。
剣を振り下ろす。
重い一撃。
「後ろ!」
ルーナが叫んだ。
悠斗は振り返ることなく、横に飛んだ。
ドガァン!
ガロンの剣が、地面に叩きつけられた。
地面が砕け、土が舞い上がる。
「すごい力だ……」
悠斗は驚いた。
ガロンは剣を引き抜き、再び構えた。
「……」
無言で、再び斬りかかってくる。
縦斬り、横斬り、袈裟斬り。
重く、強力な攻撃。
しかし、動きは遅い。
悠斗は避けながら、距離を取った。
「こいつら……厄介だな」
悠斗は呟いた。
レイヴンは速さに特化している。
ガロンは力に特化している。
二人が連携して攻めてきたら、かなり危険だ。
「でも……」
悠斗は拳を握りしめた。
「負けるわけにはいかない」
悠斗は地面を蹴った。
一気にレイヴンに肉薄する。
「速っ!」
レイヴンは驚いた。
悠斗の拳が、レイヴンの顔に迫る。
レイヴンは槍で防ごうとした。
しかし――
ドゴォン!
悠斗の拳が、槍の柄を砕いた。
「なっ……」
レイヴンは吹き飛ばされた。
地面に倒れ、そのまま動かなくなった。
「レイヴン!」
ガロンが叫んだ。
怒りに満ちた表情で、悠斗に突進してくる。
剣を振り上げ、全力で振り下ろす。
「うおおおお!」
ガロンの剣が、悠斗に向かって落ちてくる。
悠斗は――
避けなかった。
代わりに、拳を振り上げた。
「はあああ!」
悠斗の拳と、ガロンの剣がぶつかった。
ドガァァァン!!
衝撃波が広がった。
地面が割れ、周囲の木々が揺れる。
「ぐっ……」
ガロンは押されていた。
悠斗の拳の力が、剣を通してガロンに伝わる。
「馬鹿な……こんな力……」
ガロンは信じられない表情をした。
「人間じゃ……ない……」
悠斗はさらに力を込めた。
「はああああ!」
ドゴォォン!!
ガロンの剣が砕け散った。
破片が飛び散り、ガロン自身も吹き飛ばされた。
地面に倒れ、そのまま動かなくなった。
「はあ……はあ……」
悠斗は荒い息をついた。
「やった……のか……」
「悠斗!」
ルーナが駆け寄ってきた。
「大丈夫!?」
「ああ……大丈夫だ」
悠斗は頷いた。
「でも、あの女は……」
悠斗は神殿を見つめた。
「神殿の中だ……」
その時――
神殿の中から、フードの人物が出てきた。
手には、何かを持っている。
透明な水晶。
その中には、淡い光が渦巻いている。
「月の記憶の水晶……」
ルーナが呟いた。
「返して!」
ルーナは叫んだ。
「それは、私のものよ!」
「残念だけど……」
フードの人物は首を横に振った。
「これは、もう私のものよ」
「なぜ……」
ルーナの目に涙が浮かんだ。
「なぜ、そんなことをするの……」
「理由は……」
フードの人物は言葉を区切った。
「いずれわかるわ」
フードの人物は、倒れているレイヴンとガロンを見た。
「起きなさい」
レイヴンとガロンは、ゆっくりと起き上がった。
まだ意識があるようだ。
「撤退するわよ」
「は、はい……」
レイヴンとガロンは、フラフラと立ち上がった。
「待て!」
悠斗は叫んだ。
しかし――
フードの人物は、何かを投げた。
それは地面に当たると、煙を上げた。
「くっ……煙幕!」
悠斗は目を閉じた。
煙が晴れた時――
三人の姿は、もうなかった。
「逃げられた……」
悠斗は悔しそうに拳を握りしめた。
「くそ……」
「悠斗……」
ルーナが悠斗の肩に手を置いた。
「大丈夫……」
「でも、お前の記憶が……」
「大丈夫よ」
ルーナは微笑んだ。
「きっと、取り戻せるわ」
「ルーナ……」
「それに……」
ルーナは神殿を見つめた。
「神殿を調べてみましょう。何か、手がかりがあるかもしれない」
「そうだな……」
悠斗は頷いた。
「行こう」
四人は、神殿の中に入った。
内部は薄暗かった。
セレスティアが光の魔法を使い、周囲を照らす。
「祭壇は……」
ルーナが祭壇に近づいた。
祭壇の上には、何もなかった。
水晶が置かれていた跡だけが残っている。
「やっぱり……」
ルーナは祭壇に手を触れた。
しかし、何も起こらなかった。
「記憶の水晶がないと、何も起こらないのね……」
「そうみたいだな……」
悠斗は周囲を見回した。
「他に、何かないか……」
四人は神殿内を調べ始めた。
壁、柱、床。
しかし、特に何も見つからなかった。
「ここには、もう何もないようですね……」
セレスティアが言った。
「そうだな……」
悠斗は頷いた。
「でも、一つわかったことがある」
「わかったこと?」
「ああ」
悠斗は続けた。
「あいつらは、ルーナの記憶を奪うことが目的だった」
「私の記憶……」
「そうだ。なぜかはわからないけど、あいつらはルーナの記憶が必要らしい」
「でも、なぜ……」
「わからない」
悠斗は首を横に振った。
「でも、必ず理由があるはずだ」
「そして……」
ルーナが言った。
「あの人たちは、私たちの敵なのね……」
「ああ……」
悠斗は頷いた。
「そうみたいだな」
四人は、しばらく神殿内を調べ続けた。
しかし、やはり何も見つからなかった。
「もう、ここには何もないようですね……」
セレスティアが言った。
「そうだな……」
悠斗は頷いた。
「帰ろう」
四人は神殿を後にした。
森を抜け、街へと戻る道を歩いた。
しかし、行きとは違い、誰も口を開かなかった。
皆、考え込んでいる。
あの人物たちのこと。
月の記憶の水晶のこと。
そして、これから何が起こるのか。
やがて、ローレライの街が見えてきた。
「着いたわね……」
ルーナが呟いた。
「ああ」
悠斗も頷いた。
四人は、ソフィアの家に戻った。
家に着くと、皆疲れた表情をしていた。
「今日は……色々ありましたね」
セレスティアが言った。
「ああ……」
悠斗は椅子に座った。
「でも、まだ謎だらけだ」
「そうね……」
ルーナも座った。
「あの人たちは、一体何者なのか……」
「そして、なぜルーナの記憶を狙うのか……」
悠斗は腕を組んだ。
「わからないことばかりだ」
「とにかく……」
セレスティアが言った。
「今日は、ゆっくり休みましょう」
「そうだな……」
悠斗は頷いた。
「明日、また考えよう」
夕食を終えた後、四人はそれぞれの部屋に戻った。
悠斗とルーナは客間へ。
セレスティアも隣の部屋へ。
そして、ソフィアは自分の部屋へ。
ソフィアは部屋に入ると、ベッドに座った。
「はあ……」
大きくため息をついた。
今日は、本当に色々なことがあった。
神殿への旅。
そして、あの戦闘。
「悠斗さん……すごかったな……」
ソフィアは呟いた。
あの戦いぶり。
まるで、人間離れしている。
「本当に……強い人……」
ソフィアは窓の外を見た。
夜空には、二つの月が浮かんでいる。
白い月と、黒い月。
「月……」
ソフィアは呟いた。
「母様も、よく月を見ていたな……」
母様。
ソフィアの心に、懐かしい記憶が蘇ってきた。
ソフィアはベッドに横になった。
目を閉じると、過去の記憶が鮮明に浮かんできた。
――それは、ソフィアがまだ幼かった頃。
五歳くらいだっただろうか。
ソフィアは、両親と一緒に小さな家で暮らしていた。
父は漁師だった。
毎朝早く起きて、海に出る。
そして、夕方になると、たくさんの魚を持って帰ってくる。
「ただいま」
父の声が聞こえる。
「お帰りなさい」
母が優しく迎える。
そして、ソフィアも駆け寄っていく。
「お父さん!」
「おお、ソフィア」
父はソフィアを抱き上げた。
「今日も、いい子にしてたか?」
「うん!」
ソフィアは元気に答えた。
「お母さんと、お歌の練習したの」
「そうか、そうか」
父は笑った。
「ソフィアの歌、お父さんも聞きたいな」
「いいよ!」
ソフィアは嬉しそうに歌い始めた。
まだ幼い声。
しかし、すでに美しい歌声だった。
「すごいな、ソフィア」
父は感心した。
「お前の歌は、本当に綺麗だ」
「本当?」
「ああ」
父は頷いた。
「いつか、お前は立派な歌姫になるぞ」
「歌姫……」
ソフィアは目を輝かせた。
「私、歌姫になれるかな?」
「なれるさ」
母が優しく言った。
「ソフィアなら、きっとなれるわ」
「本当?」
「ええ」
母はソフィアの頭を撫でた。
「あなたの歌声は、特別よ」
「特別……」
ソフィアは嬉しくて、もう一度歌い始めた。
父と母は、優しく聞いていてくれた。
幸せな日々だった。
毎日、父は海に出て、魚を獲ってくる。
母は家事をしながら、ソフィアに歌を教えてくれた。
そして、夜になると、三人で食卓を囲む。
「いただきます」
三人で手を合わせた。
父の獲ってきた魚を、母が料理してくれる。
とても美味しかった。
「美味しい!」
ソフィアは笑顔で言った。
「そうか、良かった」
母も微笑んだ。
「たくさん食べて、大きくなるのよ」
「うん!」
食事を終えた後、三人は外に出た。
夜空を見上げる。
二つの月が浮かんでいる。
「綺麗ね……」
母が呟いた。
「うん」
ソフィアも頷いた。
「お月様、綺麗」
「ソフィア」
母がソフィアを抱き上げた。
「あの月を見て、歌ってみて」
「うん」
ソフィアは月を見つめながら、歌い始めた。
静かな夜に、ソフィアの歌声が響く。
父と母は、じっと聞いていた。
歌が終わると、二人は拍手してくれた。
「素晴らしいわ、ソフィア」
母が言った。
「ありがとう、お母さん」
ソフィアは嬉しそうに笑った。
こんな幸せな日々が、ずっと続くと思っていた。
しかし――
ある日。
母が倒れた。
突然のことだった。
「お母さん!」
ソフィアは叫んだ。
母はベッドに横たわっていた。
顔色が悪い。
「大丈夫よ、ソフィア……」
母は弱々しく微笑んだ。
「ちょっと、疲れただけ……」
「でも……」
「大丈夫よ……」
しかし、母の容態は日に日に悪化していった。
医者が来て、診察した。
「これは……」
医者は深刻な表情をした。
「重い病気です」
「治りますか?」
父が尋ねた。
「……わかりません」
医者は首を横に振った。
「できる限りのことはしますが……」
それから、長い闘病生活が始まった。
父は仕事を続けながら、母の看病をした。
ソフィアも、できる限り手伝った。
「お母さん、お水」
ソフィアは水を持ってきた。
「ありがとう、ソフィア」
母は弱々しく微笑んだ。
「ごめんね……心配かけて……」
「大丈夫だよ、お母さん」
ソフィアは涙をこらえた。
「すぐに、元気になるよ」
「ええ……そうね……」
しかし、母の容態は改善しなかった。
そして――
ある夜。
母は静かに息を引き取った。
「お母さん……」
ソフィアは母の手を握りしめた。
「お母さん……」
涙が止まらなかった。
父も、泣いていた。
「すまない……ソフィア……」
父は震える声で言った。
「お父さん、お母さんを守れなかった……」
「お父さん……」
二人は、抱き合って泣いた。
母の葬儀が行われた。
街の人々が、たくさん来てくれた。
母は、皆に愛されていた。
「お母さん……」
ソフィアは棺の前で、歌を歌った。
母が好きだった歌。
涙で声が震えたけれど、最後まで歌った。
葬儀が終わった後も、悲しみは消えなかった。
家の中は、とても静かだった。
母がいない。
もう、母の声は聞こえない。
母の笑顔も、見られない。
「ソフィア」
父が声をかけてきた。
「お父さん、頑張るからな」
「うん……」
ソフィアは頷いた。
父は、仕事を続けた。
そして、ソフィアの面倒を見てくれた。
しかし――
父も、母の死のショックから立ち直れていなかった。
日に日に、元気がなくなっていく。
そして――
母が亡くなってから、半年後。
父も病に倒れた。
「お父さん!」
ソフィアは叫んだ。
医者が来た。
「これは……」
医者は首を横に振った。
「同じ病気です」
「そんな……」
ソフィアは絶望した。
お母さんと、同じ病気。
治らない病気。
「お父さん……」
ソフィアは、毎日父の看病をした。
しかし、父の容態は悪化していった。
そして――
ある日。
父も、母の元へ旅立った。
「お父さん……」
ソフィアは、もう涙も出なかった。
ただ、呆然としていた。
父と母。
二人とも、もういない。
ソフィアは、一人になった。
七歳の少女が、一人で生きていくことになった。
葬儀が終わった後、ソフィアは家で一人座っていた。
「どうしよう……」
途方に暮れていた。
お金もない。
家もどうなるかわからない。
これから、どうやって生きていけばいいのか。
その時――
扉がノックされた。
「はい……」
ソフィアは弱々しく答えた。
扉が開き、一人の女性が入ってきた。
年齢は三十代くらい。
美しい黒髪、優しい瞳。
「あの……」
女性は優しく微笑んだ。
「ソフィアちゃん、よね?」
「はい……」
「私は……」
女性は言った。
「あなたのお母さんの、友人だったの」
「お母さんの……」
「ええ」
女性は頷いた。
「お母さんから、あなたのことをよく聞いていたわ」
「そうなんですか……」
「あなた、今、一人なのよね」
「はい……」
ソフィアは俯いた。
「それなら……」
女性は優しく言った。
「私が、面倒を見てあげる」
「え……」
ソフィアは顔を上げた。
「本当ですか?」
「ええ」
女性は微笑んだ。
「私、子供がいないの。だから、あなたを育てたいと思って」
「でも……」
「いいのよ」
女性はソフィアの頭を撫でた。
「私も、あなたと一緒にいたい」
「……ありがとうございます」
ソフィアは、初めて笑顔を見せた。
それから、ソフィアはその女性と一緒に暮らすようになった。
女性の名前は、エレナ。
エレナは、ソフィアを我が子のように大切にしてくれた。
食事を作ってくれて、服を買ってくれて、勉強も教えてくれた。
そして――
歌も教えてくれた。
「ソフィア」
エレナは言った。
「あなたの歌声は、本当に素晴らしいわ」
「本当ですか?」
「ええ」
エレナは頷いた。
「だから、もっと上手になりましょう」
「はい」
ソフィアは、エレナに歌を習った。
発声の仕方。
呼吸の仕方。
感情の込め方。
エレナは、とても上手に教えてくれた。
「エレナさん……」
ソフィアは尋ねた。
「どうして、こんなに歌が上手なんですか?」
「私ね……」
エレナは少し遠い目をした。
「昔、歌手だったの」
「歌手……」
「ええ。でも、今はもう引退したわ」
「どうして?」
「それは……」
エレナは微笑んだ。
「いつか、話すわ」
ソフィアは、エレナと一緒に暮らすことが、とても幸せだった。
失った両親のことは、今でも悲しい。
でも、エレナがいてくれるから、寂しくなかった。
「エレナさん」
ある夜、ソフィアは言った。
「私、エレナさんのことを、お母さんって呼んでもいいですか?」
「え……」
エレナは驚いた表情をした。
そして、涙を浮かべた。
「もちろんよ、ソフィア」
エレナはソフィアを抱きしめた。
「私も、あなたを娘のように思っているわ」
「お母さん……」
ソフィアも涙を流した。
「ありがとう……」
それから、ソフィアはエレナを「お母さん」と呼ぶようになった。
エレナも、ソフィアを本当の娘のように愛してくれた。
幸せな日々が、再び訪れた。
毎日、歌の練習をして、エレナと一緒に過ごして。
ソフィアは、どんどん歌が上手になっていった。
「素晴らしいわ、ソフィア」
エレナは感心した。
「あなた、本当に才能があるわ」
「ありがとう、お母さん」
「いつか、あなたは立派な歌姫になるわよ」
「歌姫……」
ソフィアは目を輝かせた。
「私、歌姫になれるかな?」
「なれるわ」
エレナは断言した。
「あなたなら、絶対になれる」
ソフィアは、その言葉を信じた。
そして、毎日練習を続けた。
しかし――
ある日。
エレナが、突然いなくなった。
朝、起きると、エレナの姿がなかった。
「お母さん?」
ソフィアは家中を探した。
しかし、どこにもいない。
「お母さん!」
外にも出て、探した。
でも、見つからない。
「どこに行ったの……」
ソフィアは不安になった。
その日の夜も、エレナは帰ってこなかった。
次の日も。
その次の日も。
エレナは、戻ってこなかった。
「お母さん……」
ソフィアは、毎日エレナを待った。
でも、エレナは戻ってこなかった。
それから、数年が経った。
ソフィアは、一人で暮らすようになった。
エレナが残してくれたお金で、何とか生活している。
そして、歌の練習も続けている。
「お母さん……」
ソフィアは、毎晩月を見上げる。
「どこにいるの……」
エレナは、なぜいなくなったのか。
どこに行ったのか。
今、どうしているのか。
わからない。
でも、ソフィアは信じている。
いつか、エレナが戻ってくると。
そして、自分が立派な歌姫になった姿を見せられると。
「お母さん……」
ソフィアは呟いた。
「私、頑張るから……」
「だから……どこかで、見ていてね……」
月が、静かに輝いていた。
――回想は、ここで終わった。
ソフィアは目を開けた。
頬に、涙が流れていた。
「お母さん……」
ソフィアは呟いた。
「あなたは、今どこにいるの……」
エレナのことを思い出すと、いつも胸が苦しくなる。
大好きだった。
本当の母親のように、慕っていた。
でも、突然いなくなった。
なぜ。
理由がわからない。
「お母さん……」
ソフィアは窓の外を見た。
夜空には、二つの月が浮かんでいる。
白い月と、黒い月。
「私、歌姫になったよ……」
ソフィアは呟いた。
「あなたが言ってくれた通り、歌姫になれたよ……」
「だから……」
ソフィアの目から、涙が溢れた。
「だから……会いたいよ……」
「お母さん……」
静かな夜。
ソフィアの小さな声だけが、部屋に響いていた。
月は、何も答えてくれなかった。
ただ、静かに輝き続けるだけだった。
ソフィアは、涙を拭いた。
「明日も……頑張らなきゃ……」
ソフィアは呟いた。
「お母さんが……どこかで見ていてくれるかもしれないから……」
ソフィアは、ベッドに横になった。
目を閉じる。
エレナの優しい顔が、浮かんできた。
「おやすみ……お母さん……」
ソフィアは、静かに眠りについた。
夢の中で、エレナに会えるかもしれない。
そう思いながら――
長い夜が、過ぎていった。
翌朝。
悠斗は鳥のさえずりで目を覚ました。
「……朝か」
体を起こすと、ルーナはまだ眠っていた。
悠斗は静かにベッドを出た。
窓の外を見る。
朝日が昇り、街を照らしている。
「今日は……」
悠斗は呟いた。
「どうするか……」
昨日の出来事が、頭をよぎる。
月の記憶の水晶を奪われた。
そして、あの謎の敵たち。
「あいつら……一体何が目的なんだ……」
悠斗は考え込んだ。
ルーナの記憶を奪って、何をするつもりなのか。
わからない。
でも、必ず理由があるはずだ。
「とにかく……」
悠斗は拳を握りしめた。
「あの水晶を、取り戻さないと……」
ルーナの最後の記憶。
それがないと、ルーナは完全な力を取り戻せない。
そして、この世界を救うこともできないかもしれない。
「絶対に……取り戻す……」
悠斗は決意を新たにした。
その時、扉がノックされた。
「悠斗さん、起きてますか?」
ソフィアの声だった。
「ああ、起きてる」
悠斗は扉を開けた。
ソフィアが立っていた。
「おはようございます」
「おはよう」
悠斗は微笑んだ。
「早いな」
「はい。朝食の準備をしようと思って」
「そうか。手伝おうか?」
「いえ、大丈夫です」
ソフィアは微笑んだ。
しかし、その笑顔は少し無理をしているように見えた。
「ソフィア……」
悠斗は気づいた。
「何かあったのか?」
「え……」
ソフィアは驚いた表情をした。
「いえ、別に……」
「無理するなよ」
悠斗は優しく言った。
「何か悩みがあるなら、話してくれ」
「悠斗さん……」
ソフィアは少し迷ったが、やがて小さく頷いた。
「実は……」
「うん」
「昨夜……色々と考えていて……」
ソフィアは俯いた。
「私の……過去のことを……」
「過去……」
「ええ。両親のこと……そして……」
ソフィアは言葉を詰まらせた。
「エレナさんのこと……」
「エレナ……?」
「私を……育ててくれた人です……」
ソフィアは静かに語り始めた。
両親を亡くしたこと。
エレナに引き取られたこと。
エレナと幸せに暮らしていたこと。
そして、エレナが突然いなくなったこと。
「そうだったのか……」
悠斗は聞き終えた後、静かに言った。
「辛かったんだな……」
「はい……」
ソフィアは涙を浮かべた。
「でも……エレナさんは……きっとどこかで生きていると思うんです……」
「ああ」
悠斗は頷いた。
「きっと、そうだ」
「だから……」
ソフィアは涙を拭いた。
「だから、私……頑張らなきゃって……」
「ソフィア……」
悠斗は優しく微笑んだ。
「お前は、強いな」
「え……」
「両親を亡くして、エレナさんもいなくなって……それでも、お前は前を向いている」
悠斗はソフィアの頭を撫でた。
「本当に、強い子だ」
「悠斗さん……」
ソフィアの目から、涙が溢れた。
しかし、それは悲しみの涙ではなく、温かい涙だった。
「ありがとうございます……」
「どういたしまして」
悠斗は微笑んだ。
「さあ、朝食の準備をしよう」
「はい」
ソフィアも微笑んだ。
今度は、本当の笑顔だった。
二人は台所へと向かった。
新しい一日が、始まろうとしていた。
昨日は、本当に色々なことがありました。
神殿への旅。そして、あの襲撃。悠斗さんの戦う姿は……言葉にできないほど、圧倒的でした。まるで、伝説の英雄のような強さ。でも同時に、この世界には悠斗さんと同じ力を持つ敵がいるということも知りました。
夜、一人でベッドに横になると、過去の記憶が溢れてきました。
お父さんとお母さん。温かかった日々。そして、病気で失った悲しみ。エレナさんとの出会い。私を本当の娘のように愛してくれた、あの優しい人。でも、数年前に突然いなくなってしまった……。
今でも、エレナさんのことを想わない日はありません。どこにいるのか。何をしているのか。また会える
のか。わからないことばかりです。
でも、今朝、悠斗さんに話を聞いてもらって……少し楽になりました。「強い子だ」って言ってくれた時、涙が止まらなくて。悲しい涙じゃなくて、温かい涙でした。
私、まだまだ未熟です。歌姫になったばかりで、これから色々なことが待っているでしょう。でも、悠斗さんやルーナ様、セレスティア様がそばにいてくれる。それだけで、とても心強いです。
エレナお母さん、どこかで見ていてくれますか?
私、頑張ります。歌姫として。そして、この世界を守るために戦う皆さんの力になれるように。
いつか、また会える日を信じて――
ソフィア




