第21話 「南国ローレライ、神秘の歌声ともう一人の異能者」
翌朝、悠斗は鳥のさえずりで目を覚ました。
テントの外から、波の音が聞こえる。
そして、何か焼ける匂い。
「……朝か」
悠斗はゆっくりと体を起こした。
体は少し疲れているが、昨日よりはマシだ。
テントから出ると、セレスティアが焚き火で魚を焼いていた。
「おはようございます、悠斗様」
「おはよう、セレスティア。その魚……」
「ええ。朝早く釣ってきたんです」
セレスティアは微笑んだ。
「新鮮ですよ」
「すごいな……釣りまでできるのか」
「巫女として、様々な生活技術を学びましたから」
セレスティアは魚を裏返した。
いい匂いが漂ってくる。
「ルーナは?」
「まだ寝ていますよ」
セレスティアは隣のテントを指差した。
「昨日、たくさん記憶を取り戻しましたから。疲れているんでしょう」
「そうだな……」
悠斗は隣のテントを見た。
ルーナは昨日、4つ目の記憶を取り戻した。
自分とエクリシアの誕生。世界の創造。そして、人間との触れ合い。
重要な記憶だった。
「でも、もう少し寝かせておきましょう」
セレスティアが言った。
「朝食ができたら、起こします」
「ああ」
悠斗は焚き火の近くに座った。
海を見つめる。
朝日が水平線から昇ってきて、海面がキラキラと輝いている。
綺麗だ。
「悠斗様」
セレスティアが声をかけてきた。
「何か考えていらっしゃるんですか?」
「ああ……次の行き先のことをな」
悠斗は地図の南側を指差した。
「南にも、まだ行ってない国がある。もしかしたら、そっちにも月の女神に関する情報があるかもしれない」
「なるほど……」
セレスティアは考え込んだ。
「確かに、南の国々にも古い神殿や遺跡があると聞いたことがあります」
「そうなんだ」
「ええ。特に……」
セレスティアは地図を見た。
「この国。ローレライという国があります」
「ローレライ……」
「はい。南の海に面した、温暖な国です」
セレスティアは地図を指差した。
大陸の南端、海に面した場所。
「この国は、歌姫の国として有名なんです」
「歌姫の国?」
「ええ。ローレライでは、その時代で一番美しい歌声を持つ者が国を治めるという伝統があります」
「歌声で国を治める……?」
悠斗は驚いた。
「それって、どういうこと?」
「ローレライの人々は、歌を神聖なものと考えているんです」
セレスティアは説明を続けた。
「彼らは、美しい歌声には神の力が宿ると信じています。だから、最も美しい歌声を持つ者こそ、国を導くにふさわしいと」
「へえ……」
「そして、ローレライには古い月の神殿もあると聞いたことがあります」
「月の神殿が!」
悠斗は身を乗り出した。
「それは……ルーナにとって重要かもしれない」
「ええ。もしかしたら、そこに月の女神に関する情報があるかもしれません」
「わかった」
悠斗は決めた。
「じゃあ、ローレライに行こう」
「はい」
その時、隣のテントから声がした。
「悠斗……?」
「ルーナ、起きたか?」
悠斗はテントに近づいた。
ルーナが顔を出す。
寝癖がついた銀色の髪、眠そうな瞳。
「おはよう」
「おはよう……」
ルーナはあくびをした。
「よく眠れた?」
「ええ……でも、まだ眠い……」
ルーナは目をこすった。
「朝食ができてるぞ」
「朝食……?」
ルーナの目が輝いた。
「何?」
「焼き魚だ」
「食べる!」
ルーナは急いでテントから出てきた。
三人は焚き火の周りに座り、朝食を食べた。
焼き魚、パン、果物。
「うまい……」
悠斗は魚を頬張った。
「この魚、すごく新鮮だ」
「ええ。今朝釣ったばかりですから」
セレスティアは微笑んだ。
「おかわりください!」
悠斗は皿を差し出した。
「はい」
セレスティアは魚をもう一匹取り出した。
「あの……悠斗」
ルーナが声をかけてきた。
「ん?」
「さっき、ローレライって聞こえたんだけど……」
「ああ。セレスティアから聞いたんだ」
悠斗は地図を広げた。
「ローレライには、月の神殿があるらしい」
「月の神殿……」
ルーナは地図を見つめた。
「そこに行けば、私の最後の記憶が……」
「わからないけど、可能性はある」
悠斗は頷いた。
「行ってみる価値はあると思う」
「わかったわ」
ルーナは微笑んだ。
「じゃあ、ローレライに行きましょう」
朝食を終えた後、三人は荷物をまとめた。
テントを畳み、焚き火を消し、馬車に乗り込んだ。
「では、出発しましょう」
御者が馬を走らせた。
馬車は海岸沿いの道を南へと進んでいく。
「南か……」
悠斗は窓から外を見た。
海が見える。
青く澄んだ海。
波が穏やかに打ち寄せている。
「綺麗ね……」
ルーナも窓の外を見た。
「ええ」
セレスティアも頷いた。
「南の海は、北の海とは違って温かいんです」
「温かい海……」
ルーナは目を輝かせた。
「泳げるの?」
「ええ。ローレライの人々は、よく海で泳ぐそうです」
「泳ぎたい……」
ルーナは呟いた。
「私、泳いだことないかも……」
「そうなのか?」
悠斗は驚いた。
「ええ……」
ルーナは少し恥ずかしそうに言った。
「記憶にないわ」
「じゃあ、ローレライに着いたら、一緒に泳ごうか」
「本当!?」
ルーナの目が輝いた。
「ああ」
「やった!」
ルーナは嬉しそうに笑った。
馬車は、海岸沿いの道を進み続けた。
時折、小さな村を通り過ぎる。
村人たちは馬車を見て、手を振ってくれる。
「平和だな……」
悠斗は呟いた。
「ええ」
ルーナも頷いた。
「この平和を、守らないとね」
「ああ」
しかし、その時――
ルーナが窓の外を見て、表情を曇らせた。
「悠斗……」
「ん? どうした?」
「あれ……」
ルーナは空を指差した。
悠斗も空を見た。
そして、息を呑んだ。
空に、二つの月が浮かんでいた。
昼間なのに、月が見える。
白い月と、黒い月。
しかし――
「黒い月……また大きくなってる……」
悠斗は呟いた。
黒い月は、以前よりも明らかに大きくなっていた。
まるで、白い月を飲み込もうとしているかのように。
「どうして……」
ルーナは不思議そうに呟いた。
「黒い月が、どんどん大きくなっている……」
「ルーナ、何か心当たりは?」
悠斗は尋ねた。
「わからない……」
ルーナは首を横に振った。
「でも、これは……良くない兆候だと思う」
「良くない兆候……」
「ええ。黒い月が大きくなるということは、姉さんの力が強くなっているということ」
ルーナは不安そうな表情をした。
「このままだと……」
「大丈夫だ」
悠斗はルーナの肩を抱いた。
「俺たちが、何とかする」
「悠斗……」
「お前の最後の記憶を取り戻せば、方法がわかるかもしれない」
「ええ……」
ルーナは頷いた。
「だから、急ごう。ローレライに」
「ああ」
馬車は、さらに速度を上げた。
南へ、南へ。
黒い月が不気味に輝く空の下を、馬車は走り続けた。
数日後。
馬車は、とある丘の上に差し掛かった。
「あれが……」
御者が前方を指差した。
悠斗たちは窓から顔を出した。
そして、息を呑んだ。
眼下に、美しい都市が広がっていた。
白い建物が立ち並び、青い海に面している。
建物の屋根は赤や黄色、オレンジ色。
まるで、絵画のような美しさ。
「ローレライ……」
ルーナは感嘆の声を上げた。
「綺麗……」
「ええ」
セレスティアも微笑んだ。
「南国らしい、明るい街ですね」
馬車は丘を下り、街へと近づいていく。
街の入口には、立派な門があった。
しかし、警備兵はいない。
門は開け放たれている。
「警備は……いないのか?」
悠斗は不思議に思った。
「ローレライは平和な国ですから」
セレスティアが説明した。
「争いごとを好まない人々なんです」
「そうなんだ……」
馬車は門をくぐり、街の中へ入った。
すると――
「わあ……」
ルーナが目を輝かせた。
街は、想像以上に賑やかだった。
通りには、色とりどりの露店が並んでいる。
果物、魚、布、装飾品。
そして、人々。
皆、明るい服を着て、笑顔で歩いている。
「すごい活気だ……」
悠斗は驚いた。
「ええ。ローレライは交易が盛んですから」
セレスティアが説明した。
「海に面しているので、様々な国から商人が訪れるんです」
「なるほど……」
馬車は通りを進んでいく。
すると、通りの先に大きな広場が見えた。
広場の中央には、立派な舞台が設置されている。
そして、その周りには大勢の人々が集まっていた。
「何かやってるのか?」
悠斗は御者に尋ねた。
「おそらく……」
御者は馬車を止めた。
「今日は、歌姫選抜大会の日なんです」
「歌姫選抜大会?」
「ええ。ローレライの次の統治者を決める、重要な大会です」
「それって……」
セレスティアが身を乗り出した。
「国の長を決める大会ですか?」
「その通りです」
御者は頷いた。
「数年に一度行われる、この国で最も重要な行事です」
「見てみたい!」
ルーナが言った。
「いいかしら?」
「ああ、もちろん」
悠斗は頷いた。
「俺も興味がある」
三人は馬車を降りた。
広場へと向かう。
すでに、広場には数千人の人々が集まっていた。
皆、舞台を見つめている。
「すごい人だ……」
悠斗は呟いた。
「ええ」
セレスティアも頷いた。
「国の長を決める大会ですから、皆注目しているんでしょう」
三人は人混みを抜け、舞台の近くまで来た。
舞台は木でできており、その上には、豪華な装飾が施されている。
花、布、宝石。
そして、舞台の奥には、審査員らしき人々が座っていた。
年配の男性、女性。
皆、厳粛な表情をしている。
「審査員……」
悠斗は呟いた。
「ええ。おそらく、前の歌姫や国の重臣たちでしょう」
セレスティアが説明した。
すると、舞台の上に一人の男性が登場した。
年配の男性。
白い髭を生やし、立派な服を着ている。
「皆さん!」
男性が声を張り上げた。
「本日は、お集まりいただき、ありがとうございます!」
観衆から拍手が起こった。
「私は、この国の大臣を務めておりますマルクスと申します」
男性は深々と頭を下げた。
「本日、ここに歌姫選抜大会を開催いたします!」
再び、拍手。
「この大会は、我が国ローレライの次の統治者を決める、最も重要な行事でございます」
マルクスは続けた。
「ローレライでは、古くから歌を神聖なものと考えてまいりました」
「美しい歌声には、神の力が宿る。そう信じております」
「そして、最も美しい歌声を持つ者こそ、この国を導くにふさわしい」
「それが、我々の伝統でございます」
観衆は静かに聞いている。
「本日、二十名の候補者が集まりました」
マルクスは舞台の袖を指差した。
「彼女たちは、予選を勝ち抜いた、選ばれし者たちです」
「これから、一人ずつ歌を披露していただきます」
「そして、審査員と民衆の投票により、次の歌姫を決定いたします」
「それでは――」
マルクスは手を高く上げた。
「歌姫選抜大会、開始!」
観衆から歓声が上がった。
拍手、口笛、歓声。
広場全体が盛り上がっている。
「始まるのね……」
ルーナは目を輝かせた。
「ええ」
悠斗も期待に胸を膨らませた。
最初の候補者が、舞台に登場した。
若い女性。
茶色の髪、緑色の瞳。
緊張した表情をしている。
「それでは、最初の候補者、エリーナさんです」
マルクスが紹介した。
エリーナは深呼吸をした。
そして、歌い始めた。
その歌声は――
綺麗だった。
高く、澄んだ声。
メロディーは穏やかで、どこか懐かしい。
観衆は静かに聞き入っている。
「いい声ね……」
ルーナは呟いた。
「ああ」
悠斗も頷いた。
エリーナの歌は、約三分間続いた。
そして、最後の音が消えると――
拍手。
観衆から盛大な拍手が送られた。
「ありがとうございました、エリーナさん」
マルクスが言った。
エリーナは深々と頭を下げ、舞台から降りた。
「次の候補者、マリアさんです」
次の女性が舞台に登場した。
金髪の女性。
こちらも緊張している。
そして、歌い始めた。
こちらも美しい歌声。
しかし、少し震えている。
緊張しているのだろう。
観衆は温かい拍手を送った。
三人目、四人目、五人目……
次々と候補者が登場し、歌を披露していく。
皆、素晴らしい歌声を持っていた。
高い声、低い声、力強い声、優しい声。
それぞれに個性があり、それぞれに美しかった。
「みんな上手ね……」
ルーナは感心した。
「ああ。誰が選ばれてもおかしくない」
悠斗も頷いた。
「でも……」
セレスティアが呟いた。
「まだ、決定的な差はないですね」
「決定的な差?」
「ええ。皆素晴らしいですが、圧倒的に優れているという人はまだ出ていません」
セレスティアは舞台を見つめた。
「おそらく、これから出てくるのでしょう」
その言葉通り――
十五人目の候補者が登場した時、空気が変わった。
舞台に現れたのは、一人の少女だった。
年齢は、おそらく十代後半。
いや、もしかしたらもっと若いかもしれない。
身長は約16センチ。
髪は美しい金色で、腰まで届く長さ。
瞳は深い青色。
そして、その容姿は――
「綺麗……」
ルーナが思わず呟いた。
少女は、まるで人形のように美しかった。
整った顔立ち、透き通るような肌。
そして、その佇まい。
少女は緊張していないように見えた。
むしろ、自信に満ちている。
「次の候補者、ソフィアさんです」
マルクスが紹介した。
ソフィア。
少女の名前。
観衆はざわついた。
「あれが、ソフィアか……」
「噂に聞いていたが、本当に美しいな……」
「歌声も素晴らしいらしいぞ」
人々は期待に満ちた表情で少女を見つめている。
ソフィアは、舞台の中央に立った。
そして、深呼吸した。
その瞬間――
空気が、変わった。
まるで、時間が止まったかのような静寂。
観衆の誰もが、息を呑んで少女を見つめている。
そして――
ソフィアが、歌い始めた。
その歌声は――
言葉にできなかった。
最初の一音で、悠斗は鳥肌が立った。
それほどまでに、美しい声。
高く、澄んだ声。
しかし、それだけではない。
その声には、何か特別なものがあった。
まるで、魂を揺さぶられるような。
心の奥底に、直接語りかけてくるような。
「これは……」
悠斗は呆然とした。
ルーナも、セレスティアも、同じように固まっている。
ソフィアの歌は、メロディーだけではなかった。
そこには、感情があった。
喜び、悲しみ、希望、絶望。
すべてが、歌声に込められている。
観衆は、誰一人として声を出さなかった。
皆、ただただ聞き入っている。
まるで、魔法にかけられたかのように。
ソフィアの歌は、約五分間続いた。
しかし、それはまるで一瞬のようにも、永遠のようにも感じられた。
そして――
最後の音が、静かに消えた。
静寂。
数秒間、誰も何も言わなかった。
そして――
「うおおおおおお!」
観衆が爆発した。
拍手、歓声、口笛。
広場全体が、轟音に包まれた。
「すごい……」
「素晴らしい……」
「あれが……本物の歌姫だ……」
人々は興奮して叫んでいる。
「すごかった……」
ルーナは呟いた。
「あの歌声……まるで、神の力を感じたわ……」
「ああ……」
悠斗も頷いた。
「俺も、心が震えた」
「あの少女……」
セレスティアも感動した表情をしている。
「レベルが違いますね」
舞台の上では、ソフィアが深々と頭を下げていた。
その表情は穏やかで、どこか遠くを見つめているようだった。
「ありがとうございました、ソフィアさん」
マルクスも感動した様子で言った。
「素晴らしい歌声でした」
ソフィアは舞台から降りた。
しかし、観衆の拍手は鳴り止まなかった。
しばらく拍手が続いた後、マルクスが手を上げた。
「皆さん、落ち着いてください」
観衆は徐々に静かになった。
「それでは、残りの候補者の歌を聞きましょう」
十六人目、十七人目……
残りの候補者たちが歌を披露していく。
しかし、誰もがソフィアには及ばなかった。
皆、素晴らしい歌声を持っていた。
しかし、ソフィアの歌声は別格だった。
観衆も、それをわかっているようだった。
「もう、決まったようなものね……」
ルーナが呟いた。
「ああ」
悠斗も頷いた。
「あの少女、ソフィアが次の歌姫になるだろう」
「ええ」
全ての候補者の歌が終わった後、マルクスが舞台に戻ってきた。
「それでは、審査員の皆様、そして観衆の皆様」
マルクスは声を張り上げた。
「投票をお願いいたします」
審査員たちは、紙に候補者の名前を書き始めた。
観衆も、配られた紙に名前を書いている。
「私たちも投票するの?」
ルーナが尋ねた。
「いえ、私たちはこの国の住人ではありませんから」
セレスティアが答えた。
「見守るだけです」
「そうなの……」
投票が終わった後、係の者たちが票を集め始めた。
そして、舞台の袖で集計している。
数分後――
マルクスが封筒を手に持って、舞台に戻ってきた。
「それでは、結果を発表いたします」
観衆は固唾を呑んで見守っている。
マルクスは封筒を開けた。
中の紙を取り出し、読み上げた。
「次の歌姫は――」
「ソフィアさん!」
歓声。
観衆から盛大な歓声が上がった。
拍手、歓声、口笛。
広場全体が、祝福の雰囲気に包まれた。
「やっぱり……」
悠斗は呟いた。
「当然の結果だな」
「ええ」
ルーナも微笑んだ。
「あの歌声なら、誰もが認めるわ」
ソフィアが再び舞台に登場した。
観衆からさらなる拍手。
ソフィアは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
ソフィアの声は、話し声も美しかった。
「皆様の期待に応えられるよう、精一杯務めさせていただきます」
「それでは――」
マルクスが言った。
「本日の夜、正式な任命式を執り行います」
「任命式では、ソフィアさんに歌姫の証である『月の冠』を授与いたします」
「月の冠……」
ルーナが反応した。
「月の……?」
「ええ」
セレスティアが説明した。
「ローレライの歌姫は、月の女神の加護を受けていると信じられています」
「だから、任命式では月の冠を授与するんです」
「そうなの……」
ルーナは複雑な表情をした。
「月の女神……私のこと……」
「そうかもしれないわね」
セレスティアは頷いた。
「この国にも、月の女神信仰があるんでしょう」
舞台では、マルクスが続けていた。
「任命式は、本日の夜、月が昇る時刻に執り行います」
「場所は、この広場です」
「皆様、ぜひご参加ください」
「それでは、一旦解散といたします」
観衆は拍手をしながら、徐々に散っていった。
「任命式か……」
悠斗は呟いた。
「見てみたいな」
「ええ」
ルーナも頷いた。
「月の冠……どんなものか気になるわ」
「じゃあ、夜まで街を見て回りましょうか」
セレスティアが提案した。
「そうだな」
三人は広場を後にした。
ローレライの街を歩く。
街は本当に美しかった。
白い建物、色とりどりの屋根、石畳の道。
そして、至る所に花が植えられている。
「いい街ね……」
ルーナは微笑んだ。
「ああ」
悠斗も頷いた。
「平和で、明るい」
三人は露店を見て回った。
果物、魚、布、装飾品。
どれも色鮮やかで、見ているだけで楽しい。
「あ、これ……」
ルーナが立ち止まった。
装飾品の露店。
そこに、綺麗な髪飾りが並んでいる。
「綺麗……」
ルーナは目を輝かせた。
「買ってみるか?」
悠斗が尋ねた。
「いいの?」
「ああ」
「ありがとう……」
ルーナは嬉しそうに髪飾りを選んだ。
青い花の髪飾り。
「これ、ください」
「ありがとうございます」
店主は髪飾りを包んでくれた。
悠斗は代金を払った。
「ありがとう、悠斗」
ルーナは嬉しそうに髪飾りを受け取った。
「どういたしまして」
三人は街を歩き続けた。
やがて、海岸に出た。
「わあ……」
ルーナが感嘆の声を上げた。
目の前には、青い海が広がっている。
波が穏やかに打ち寄せている。
「綺麗……」
ルーナは砂浜を歩いた。
波が足元に届く。
「冷たい……でも、気持ちいい……」
「ルーナ、楽しそうだな」
悠斗は微笑んだ。
「ええ」
ルーナは振り返った。
「ねえ、悠斗。今度、一緒に泳ぎましょう」
「ああ、約束したもんな」
「うん」
ルーナは嬉しそうに笑った。
三人は海岸でしばらく過ごした。
そして、日が傾き始めた頃、広場へと戻った。
広場には、すでに人々が集まり始めていた。
任命式を見るために。
「もうすぐ始まるのね……」
ルーナは呟いた。
「ああ」
悠斗も頷いた。
三人は広場の端に立ち、舞台を見つめた。
やがて、空が暗くなってきた。
そして――
東の空に、二つの月が昇り始めた。
白い月と、黒い月。
黒い月は、やはり以前より大きくなっている。
「黒い月……」
ルーナは不安そうに見つめた。
「大丈夫だ」
悠斗はルーナの手を握った。
「俺たちが、何とかする」
「ええ……」
月が昇りきった頃、舞台に明かりが灯った。
松明が並べられ、舞台全体が照らされている。
そして――
マルクスが舞台に登場した。
「皆さん、お集まりいただき、ありがとうございます」
マルクスは声を張り上げた。
「これより、歌姫任命式を執り行います」
観衆は静かに聞いている。
「それでは、新しい歌姫、ソフィアさんをお呼びします」
舞台の袖から、ソフィアが登場した。
彼女は白いドレスを着ていた。
シンプルだが、美しいドレス。
月明かりに照らされて、まるで女神のように見える。
「ソフィア様……」
観衆から小さな声が漏れた。
皆、感動した表情でソフィアを見つめている。
ソフィアは舞台の中央に立った。
そして、マルクスの前に跪いた。
「ソフィアさん」
マルクスが言った。
「あなたは、この国で最も美しい歌声を持つ者として選ばれました」
「ここに、月の女神の加護のもと、ローレライの統治者として任命いたします」
マルクスは、横にいた従者から何かを受け取った。
それは――
冠だった。
銀色に輝く、美しい冠。
月の形をしている。
そして、その中央には青い宝石が埋め込まれている。
「これが、月の冠……」
ルーナは息を呑んだ。
「美しい……」
マルクスは、冠をソフィアの頭に載せようとした。
その時――
「待て!」
突然、声が響いた。
観衆がざわついた。
舞台の袖から、一人の人物が飛び出してきた。
黒いフードを深く被った人物。
顔は見えない。
しかし、その動きは非常に速かった。
「何者だ!」
マルクスが叫んだ。
しかし、フードの人物は答えなかった。
ただ、ソフィアに向かって突進していく。
「危ない!」
悠斗は反射的に動いた。
地面を蹴り、跳躍。
一瞬で舞台に到達した。
そして――
フードの人物の前に立ちはだかった。
「お前、何者だ!」
悠斗は叫んだ。
フードの人物は、一瞬動きを止めた。
そして――
「邪魔をするな」
低い声。
男性の声だ。
フードの人物は、悠斗に向かって拳を振るった。
速い。
しかし、悠斗はそれを避けた。
「くっ……」
悠斗は反撃しようとした。
しかし――
「速い!」
フードの人物の動きは、想像以上に速かった。
悠斗の視界でも、ギリギリ追える速度。
まるで、自分と同じくらいの――
「まさか……」
悠斗は驚愕した。
この人物、俺と同じくらいの身体能力を持っている!
フードの人物は、悠斗の隙を突いて、ソフィアに向かって手を伸ばした。
「させるか!」
悠斗は全力で割り込んだ。
フードの人物の手を掴む。
「離せ!」
「嫌だ!」
二人は組み合った。
その瞬間、悠斗は感じた。
この人物の腕の力。
それは、自分と同等だった。
押しても、引いても、互角。
「お前……何者だ……」
悠斗は呟いた。
フードの人物も、明らかに驚いているようだった。
「お前こそ……」
低い声で呟いた。
「なぜ、私と同じ力を……」
「同じ力……?」
悠斗は混乱した。
この人物も、俺と同じように特別な力を持っているのか?
その時――
「悠斗!」
ルーナが舞台に跳び上がってきた。
「下がって!」
ルーナは月の光を放った。
強烈な光が、舞台全体を照らす。
フードの人物は目を細めた。
その隙に、悠斗は距離を取った。
「ルーナ!」
「大丈夫!?」
「ああ」
悠斗はルーナの隣に立った。
フードの人物は、二人を見つめた。
そして――
「……今日のところは、退こう」
呟いた。
「待て!」
悠斗は叫んだ。
しかし、フードの人物は素早く舞台から飛び降りた。
そして、人混みの中に消えていった。
「くそ……逃げられた……」
悠斗は悔しそうに拳を握りしめた。
「悠斗……」
ルーナが心配そうに悠斗を見つめた。
「大丈夫か?」
「ああ……」
悠斗は深呼吸した。
「でも、驚いた……」
「驚いた……?」
「あいつ、俺と同じくらいの力を持っていた」
「え……」
ルーナは驚いた表情をした。
「本当に?」
「ああ。速さも、力も、反射神経も……全部、俺と同じくらいだった、しかも女だ」
悠斗は呟いた。
「まさか、この世界に俺と同じような人間がいるなんて……」
その時、舞台の奥から声がした。
「あの……」
か細い声。
振り返ると、ソフィアが立っていた。
彼女は怯えた表情をしている。
「大丈夫ですか……?」
「ああ、大丈夫だ」
悠斗は微笑んだ。
「怪我はないか?」
「はい……あなたが守ってくださったので……」
ソフィアは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いや、当然のことをしただけだ」
悠斗は照れくさそうに頭を掻いた。
マルクスも近づいてきた。
「あなた方は……」
「すみません」
悠斗は頭を下げた。
「俺たちは旅人です。たまたま、この街に立ち寄ったところで……」
「そうでしたか……」
マルクスは悠斗とルーナを見つめた。
「しかし、ソフィア様を守ってくださり、感謝いたします」
「いえ……」
「それにしても……」
マルクスは困った表情をした。
「任命式の最中に、あのような事件が起きるなんて……」
「あの人物、何者だったんでしょうか……」
悠斗が尋ねた。
「わかりません……」
マルクスは首を横に振った。
「しかし、ソフィア様を誘拐しようとしていたことは間違いありません」
「誘拐……」
「ええ。おそらく、身代金目的か、あるいは……」
マルクスは言葉を濁した。
「とにかく、今日の任命式は中止いたします」
「中止……」
「はい。このような事件の後では、儀式を続けることはできません」
マルクスは観衆に向かって言った。
「皆さん、申し訳ございません。本日の任命式は、後日改めて執り行います」
観衆はざわついたが、やがて納得したようだった。
皆、徐々に広場から去っていく。
「ソフィア様」
マルクスはソフィアに言った。
「今夜は、私の屋敷でお休みください」
「いえ……」
ソフィアは首を横に振った。
「私は、自分の家に帰ります」
「しかし、危険です」
「大丈夫です」
ソフィアは微笑んだ。
「私の家は、この街の外れにあります。誰も知りません」
「ですが……」
「それに……」
ソフィアは悠斗とルーナを見た。
「もしよろしければ、あなた方にも来ていただきたいのです」
「俺たちに?」
悠斗は驚いた。
「はい」
ソフィアは頷いた。
「あなた方に、お話ししたいことがあります」
「それに……」
ソフィアは真剣な表情をした。
「あの人物について、相談したいのです」
悠斗とルーナは顔を見合わせた。
「……わかった」
悠斗は頷いた。
「俺たちも、あの人物について気になっている」
「ありがとうございます」
ソフィアは微笑んだ。
こうして、悠斗たちはソフィアの家へと向かうことになった。
ソフィアの家は、街の外れにあった。
小さな一軒家。
しかし、清潔で整っている。
「どうぞ、お入りください」
ソフィアは扉を開けた。
悠斗、ルーナ、セレスティアが中に入る。
家の中は、シンプルだった。
質素な家具、しかし温かみがある。
「座ってください」
ソフィアは椅子を勧めた。
四人は、テーブルを囲んで座った。
「まず、自己紹介をさせてください」
ソフィアは微笑んだ。
「私は、ソフィア。この街で生まれ育ちました」
「両親は……もういません」
「小さい頃に、病気で……」
ソフィアの表情が少し曇った。
「それから、一人で暮らしています」
「そうだったのか……」
悠斗は同情した。
「大変だったな」
「いえ」
ソフィアは首を横に振った。
「この街の人々が、優しくしてくれましたから」
「そうか……」
「それで……」
ソフィアは真剣な表情になった。
「あなた方は?」
「俺は神崎悠斗」
悠斗は答えた。
「こっちはルーナ。そして、セレスティア」
「ルーナ様……セレスティア様……」
ソフィアは二人を見つめた。
「あなた方は……普通の旅人ではないように見えます」
「……その通りだ」
悠斗は頷いた。
「俺たちは、この世界を救うために旅をしている」
「世界を……救う……」
ソフィアは驚いた表情をした。
「どういうことですか?」
「説明が長くなるけど……」
悠斗は、これまでの経緯を話した。
自分が異世界から来たこと。
ルーナが月の女神であること。
黒い月の力が強くなっていて、世界が危機に瀕していること。
ルーナの記憶を取り戻すために、旅をしていること。
ソフィアは、静かに聞いていた。
そして――
「信じられない話ですが……」
ソフィアは呟いた。
「でも、本当なんですね」
「ああ」
悠斗は頷いた。
「だから、ローレライに来たんだ。月の女神に関する情報を探すために」
「月の女神……」
ソフィアは窓の外を見た。
空には、二つの月が浮かんでいる。
「確かに……黒い月が、以前より大きくなっている気がします」
「ええ」
ルーナも頷いた。
「黒い月の力が、強くなっているの」
「そうですか……」
ソフィアは複雑な表情をした。
「それで……」
セレスティアが言った。
「あの人物について、何かご存知ですか?」
「いえ……」
ソフィアは首を横に振った。
「全く心当たりがありません」
「でも、あなたを誘拐しようとしていた」
「ええ……」
ソフィアは不安そうな表情をした。
「なぜ、私を……」
「わからない」
悠斗は腕を組んだ。
「でも、一つ気になることがある」
「気になること……?」
「ああ」
悠斗は真剣な表情をした。
「あいつ、俺と同じくらいの力を持っていた」
「え……」
ソフィアは驚いた。
「同じくらいの力……?」
「ああ。速さも、力も、反射神経も」
悠斗は自分の手を見つめた。
「俺は、この世界では特別な力を持っている」
「元の世界の物理法則を保持しているから、人間離れした力を発揮できる」
「でも、あいつも同じような力を持っていた」
「それって……」
ルーナが言った。
「あの人も、悠斗と同じように別の世界から来たってこと?」
「わからない」
悠斗は首を横に振った。
「でも、可能性はある」
「そんな……」
ソフィアは混乱した表情をした。
「別の世界から来た人が、もう一人……」
「とにかく」
セレスティアが言った。
「あの人物は危険です」
「ええ」
ルーナも頷いた。
「悠斗と同じくらいの力を持っているなら、普通の人では太刀打ちできないわ」
「そうですね……」
ソフィアは不安そうな表情をした。
「どうすれば……」
「俺たちが、守る」
悠斗は力強く言った。
「え……」
「あいつが、またお前を狙ってくるかもしれない」
「だから、俺たちが守る」
悠斗は真剣な表情でソフィアを見つめた。
「それに、あいつのことも気になる」
「正体を突き止めないと」
「悠斗……」
ソフィアは感動した表情をした。
「ありがとうございます……」
「どういたしまして」
「でも……」
ソフィアは少し困った表情をした。
「あなた方に、そこまでしていただくわけには……」
「気にするな」
悠斗は微笑んだ。
「俺たちは、困っている人を放っておけない性格なんだ」
「それに……」
ルーナが言った。
「あの人物のことを調べることは、私たちにとっても重要なの」
「もし、悠斗と同じような存在なら……」
ルーナは窓の外を見た。
「何か、この世界の危機と関係があるかもしれない」
「そうですか……」
ソフィアは頷いた。
「わかりました」
「では、お願いします」
「ああ」
悠斗は頷いた。
「任せてくれ」
四人は、しばらく話し合った。
あの人物について。
今後の対策について。
そして、ローレライの月の神殿について。
「月の神殿……」
ソフィアが言った。
「確かに、この国にあります」
「どこに?」
ルーナが身を乗り出した。
「街の北、森の中です」
ソフィアは説明した。
「古い神殿で、今はほとんど使われていませんが……」
「そこに、何か手がかりがあるかもしれないわね」
ルーナは期待に満ちた表情をした。
「明日、行ってみましょう」
「ええ」
セレスティアも頷いた。
「私も、その神殿を見てみたいです」
「わかりました」
ソフィアは微笑んだ。
「明日、ご案内します」
「ありがとう」
夜が更けていく。
四人は、ソフィアの家で夜を過ごすことにした。
ソフィアは、客間を用意してくれた。
「ここで休んでください」
「ありがとう」
悠斗たちは客間に入った。
簡素だが、清潔な部屋。
ベッドが三つ並んでいる。
「今日は、色々あったな……」
悠斗はベッドに座った。
「ええ」
ルーナも頷いた。
「あの人物……気になるわね」
「ああ」
悠斗は窓の外を見た。
空には、二つの月が浮かんでいる。
黒い月は、やはり大きい。
「明日、神殿に行けば何かわかるかもしれない」
「そうね」
ルーナは悠斗の隣に座った。
「私の最後の記憶……もしかしたら、そこにあるかもしれない」
「ああ」
「でも……」
ルーナは不安そうな表情をした。
「最後の記憶を取り戻したら……」
「どうした?」
「姉さんのこと……完全に思い出すかもしれない」
ルーナは俯いた。
「それが……怖いの」
「ルーナ……」
悠斗は、ルーナの肩を抱いた。
「大丈夫だ。俺がそばにいる」
「悠斗……」
「お前は一人じゃない」
悠斗は優しく言った。
「俺と、セレスティアがいる」
「だから、怖がらなくていい」
「ありがとう……」
ルーナは、悠斗の胸に顔を埋めた。
「あなたがいてくれて……本当に良かった」
「俺も」
悠斗は、ルーナの頭を撫でた。
「お前と一緒にいられて、幸せだよ」
二人は、しばらく抱き合っていた。
セレスティアは、そんな二人を優しく見守っていた。
やがて、三人は眠りについた。
明日も、また長い一日が始まる。
月の神殿へ。
そして、あの謎の人物の正体を探るために。
翌朝。
悠斗は鳥のさえずりで目を覚ました。
「……朝か」
体を起こすと、ルーナとセレスティアはまだ眠っていた。
悠斗は静かに部屋を出た。
廊下を歩いていると、台所から音が聞こえた。
「ソフィアか?」
悠斗は台所を覗いた。
ソフィアが、朝食の準備をしていた。
「おはようございます」
ソフィアは微笑んだ。
「おはよう」
「よく眠れましたか?」
「ああ、ぐっすりだ」
悠斗は台所に入った。
「手伝おうか?」
「いえ、大丈夫です」
ソフィアは首を横に振った。
「もうすぐできますから」
「そうか」
悠斗はテーブルに座った。
「ソフィア」
「はい?」
「お前、一人で大変じゃないか?」
「大変……ですか?」
「ああ。一人暮らしで、料理も掃除も全部自分でやって」
「いえ」
ソフィアは首を横に振った。
「慣れていますから」
「それに……」
ソフィアは窓の外を見た。
「歌があれば、寂しくないんです」
「歌……」
「ええ」
ソフィアは微笑んだ。
「歌を歌っていると、心が満たされるんです」
「そうか……」
悠斗は頷いた。
「お前の歌、本当に素晴らしかったよ」
「ありがとうございます」
ソフィアは少し照れた表情をした。
「でも、私の歌はまだまだです」
「そんなことないだろ」
「いえ」
ソフィアは真剣な表情をした。
「私が目指しているのは、もっと上です」
「もっと上……?」
「ええ」
ソフィアは遠い目をした。
「人々の心を癒し、希望を与える歌」
「そんな歌を、歌えるようになりたいんです」
「そうか……」
悠斗は感心した。
「お前、本当に歌が好きなんだな」
「はい」
ソフィアは微笑んだ。
「歌は、私の全てです」
その時、廊下から足音が聞こえた。
ルーナとセレスティアが起きてきたようだ。
「おはようございます」
二人が台所に入ってきた。
「おはよう」
「おはようございます」
四人で朝食を食べた。
パン、スープ、卵料理、果物。
「美味しい……」
悠斗は頬張った。
「ありがとうございます」
ソフィアは微笑んだ。
朝食を終えた後、四人は出発の準備をした。
「月の神殿まで、どれくらいかかる?」
悠斗が尋ねた。
「歩いて一時間ほどです」
ソフィアが答えた。
「わかった。じゃあ、行こう」
四人は、ソフィアの家を出た。
街を抜け、北へと向かう。
やがて、森が見えてきた。
「あの森の中に、神殿があります」
ソフィアが指差した。
「わかった」
四人は森の中に入った。
木々が生い茂り、日光が遮られている。
しかし、道は整備されている。
「昔は、多くの人がこの神殿を訪れていたそうです」
ソフィアが説明した。
「でも、今はほとんど誰も来ません」
「どうして?」
ルーナが尋ねた。
「月の女神への信仰が、薄れてきているからです」
ソフィアは少し悲しそうな表情をした。
「人々は、今では歌姫を信仰しています」
「そうなの……」
ルーナは複雑な表情をした。
森を歩くこと約一時間。
やがて、開けた場所に出た。
そして――
「あれが……」
悠斗は息を呑んだ。
目の前に、古い神殿が立っていた。
石でできた、立派な神殿。
しかし、所々崩れている。
長い年月が経っているのだろう。
「月の神殿……」
ルーナは呟いた。
「行きましょう」
四人は、神殿に近づいた。
神殿の入口には、大きな扉がある。
しかし、扉は半分開いている。
「入れそうだな」
悠斗は扉を押した。
ギィィ……
扉が、軋みながら開いた。
中は暗い。
「明かりが必要ね」
ルーナは手をかざした。
すると、小さな光の球が現れた。
月の光。
「これで、見えるわ」
四人は、神殿の中に入った。
内部は広かった。
高い天井、石の柱が並んでいる。
そして、正面には――
祭壇があった。
月の形をした、石の祭壇。
「これが……」
ルーナは祭壇に近づいた。
「月の女神を祀る祭壇……」
ルーナは、祭壇に手を触れた。
その瞬間――
ビリッ!
電気が走ったような感覚。
「きゃっ!」
ルーナは思わず手を引っ込めた。
「ルーナ!」
悠斗が駆け寄った。
「大丈夫か!」
「ええ……でも……」
ルーナは祭壇を見つめた。
「この祭壇……確かに力を感じる」
「力……?」
「ええ。月の力……」
ルーナは再び祭壇に手を触れた。
今度は、電気は走らなかった。
代わりに――
祭壇が、淡く光り始めた。
「光ってる……」
悠斗は呟いた。
光は徐々に強くなっていく。
そして――
祭壇の中央に、何かが浮かび上がってきた。
それは――
文字だった。
古代文字。
しかし、ルーナには読めた。
「これは……」
ルーナは文字を読み始めた。
「『月の女神よ、この地に降臨せし者よ』」
「『汝の力、ここに宿る』」
「『世界の危機、迫りし時』」
「『汝の記憶、目覚めん』」
文字が消えていく。
そして――
新たな光が、祭壇から放たれた。
その光は、ルーナの額に触れた。
「あっ……」
ルーナの体が、光に包まれた。
「ルーナ!」
悠斗が叫んだ。
しかし、ルーナは大丈夫そうだった。
むしろ、穏やかな表情をしている。
「大丈夫……」
ルーナは呟いた。
「記憶はなかったけどまた少し力を取り戻したわ」
「そうか、記憶が戻らなかったのは残念だがまた探せばいい」
俺はルーナの頭を撫でる。
「ではそろそろ戻りましょうか」
四人は、神殿を後にした。
森を抜け、ソフィアの家へと戻った。
家に着くと、四人はテーブルを囲んで座った。
「さて……」
悠斗は腕を組んだ。
「これからのことを話し合おう」
「ええ」
ルーナも頷いた。
「まず、あの謎の人物について」
セレスティアが言った。
「彼は、ソフィア様を誘拐しようとしました」
「ええ」
ソフィアは不安そうな表情をした。
「なぜ、私を……」
「わからない」
悠斗は首を横に振った。
「彼女を連れ去ることでこの国を困らせようとした?」
「可能性はある」
悠斗は頷いた。
「でも、確証はない」
「とにかく、調べる必要があるな」
「ええ」
「でも……」
セレスティアが言った。
「一つ、気になることがあります」
「気になること?」
「ええ」
セレスティアは真剣な表情をした。
「あの謎の人物と、黒い月の関係です」
「関係……?」
「もしかしたら……」
セレスティアは続けた。
「あの人物は、黒い月と関係があるのかもしれません」
「黒い月……」
悠斗は考え込んだ。
「確かに、その可能性はあるな」
悠斗は答えた。
「とにかく」
悠斗は立ち上がった。
「あの人物を見つけ出さないと」
「正体を突き止めて、何が目的なのか聞き出す」
「でも、どうやって見つけるの?」
ルーナが尋ねた。
「それは……」
悠斗は考え込んだ。
「わからない」
「でも、必ず見つけ出す」
悠斗は拳を握りしめた。
「この世界を守るために」
「悠斗……」
ルーナは、悠斗の決意に満ちた表情を見つめた。
そして、微笑んだ。
「一緒に、頑張りましょう」
「ああ」
こうして、新たな謎が加わった。
謎の人物の正体。
そして、その目的。
悠斗たちは、これらの謎を解き明かすために、さらなる冒険へと向かうことになる。
長い一日が終わり、夜が訪れた。
四人は、ソフィアの家で夕食を食べた。
「美味しい……」
悠斗は頬張った。
「ありがとうございます」
ソフィアは微笑んだ。
夕食を終えた後、四人は再びテーブルを囲んだ。
「明日から、どうしましょうか」
セレスティアが尋ねた。
「そうだな……」
悠斗は考え込んだ。
「まず、あの人物の手がかりを探さないと」
「でも、どこから……」
「街の人たちに聞いてみましょうか」
ソフィアが提案した。
「最近、怪しい人物を見かけなかったか、とか」
「それはいいな」
悠斗は頷いた。
「明日、街で聞き込みをしよう」
「わかりました」
「それと……」
ルーナが言った。
「私、もう一度神殿に行きたいわ」
「神殿に?」
「ええ」
ルーナは頷いた。
「あの祭壇には、まだ何か秘密があるような気がするの」
「わかった」
悠斗は頷いた。
「じゃあ、明日また行こう」
「ええ」
四人は、今後の計画を立てた。
そして、夜が更けていく。
「そろそろ、休みましょうか」
セレスティアが言った。
「そうだな」
悠斗は頷いた。
「明日も、長い一日になりそうだ」
四人は、それぞれの部屋へと向かった。
悠斗、ルーナ、セレスティアは客間へ。
ソフィアは自分の部屋へ。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
客間では、悠斗がベッドに横になった。
やがて、三人は眠りについた。
明日も、また新しい冒険が始まる。
こうして、悠斗たちのローレライでの日々が続いていく。
謎の人物の正体を探しながら。
そして、この世界を守るために。
私の名前はソフィア。
ローレライで生まれ育った、ごく普通の少女でした。
両親を早くに亡くし、一人で暮らしてきました。でも、歌があったから寂しくなかった。歌が、私の全てだったから。
そして今日、私は歌姫に選ばれました。
この国を治める者として。
嬉しかった。でも同時に、重い責任も感じました。
でも、任命式の最中に起きた出来事――あのフードの人物。
私を誘拐しようとした、あの人。
もし悠斗様が助けてくれなかったら、私はどうなっていたのでしょう。
悠斗様、ルーナ様、セレスティア様。
三人は、この世界を救うために旅をしている。
月の女神の記憶を取り戻すために。
そんな重要な使命を持った方々が、私のような者を守ってくださった。
感謝してもしきれません。
あのフード人物のことも気になります。
悠斗様と同じくらいの力を持っている、と。
一体、何者なのでしょうか。
そして、なぜ私を狙ったのか。
まだ何もわかりません。
でも、きっと悠斗様たちなら、この謎を解き明かしてくれる。
そう信じています。
私も、できる限り協力します。
この世界を守るために。
そして、悠斗様たちの役に立つために。
明日からまた、新しい日々が始まります。
不安もあります。
でも、三人がそばにいてくれる。
だから、大丈夫。
そう思えるのです。
――ソフィア




