第18話 「月光の眷属シルヴァリア」
早朝。
まだ夜明け前の薄暗い港に、悠斗たちは集まっていた。
「おお、来たか!」
ガレスが豪快な笑顔で手を振った。彼は約束通り、立派な帆船を用意してくれていた。
「これが、俺の愛船『海神の牙』号だ!」
ガレスが誇らしげに船を指差した。
船は木造の二本マスト帆船で、全長は約10メートル――元のサイズなら100メートルに相当する。船体は白く塗られており、船首には海獣の彫刻が施されていた。
「すごい……こんな立派な船……」
ルーナが感嘆の声を上げた。
「だろう? この船で、どんな荒波も乗り越えてきたんだ」
ガレスは船に乗り込みながら続けた。
「さあ、早く乗ってくれ。潮の流れがいい時間に出航したい」
「わかりました」
悠斗たちも船に乗り込んだ。
悠斗、ルーナ、セレスティア。三人の冒険者たちが、新たな目的地へと向かう。
甲板に立つと、潮風が頬を撫でた。塩の香りが鼻をくすぐる。
「いい風だな」
悠斗は深呼吸した。
「ええ。海の空気って、独特ね」
ルーナも風に髪をなびかせながら微笑んだ。
「ルーナ様、船旅は初めてですか?」
セレスティアが尋ねた。
「ええ。私、海を見るのも初めてなの」
「そうだったんですか」
セレスティアは少し驚いた表情をした。
「では、船酔いに気をつけてくださいね」
「船酔い……そんなものがあるのね」
ルーナは少し不安そうな表情をした。
「大丈夫だ。俺が側にいるから」
悠斗はルーナの手を握った。
「ありがとう、悠斗」
ルーナは嬉しそうに微笑んだ。
「おい、お前ら! 出航するぞ!」
ガレスが叫んだ。
船員たちが一斉に動き出した。ロープを解き、帆を上げていく。
「錨、上げ!」
「はっ!」
ゴロゴロと錨が引き上げられる音が響いた。
そして――
船がゆっくりと動き出した。
「おおお……」
悠斗は感動した。
船が港を離れ、海へと進んでいく。
背後には、王都の町並みが徐々に小さくなっていく。
「行ってしまうのですね……」
セレスティアが寂しそうに呟いた。
「また戻ってくるさ」
セレスティアは微笑んだ。
船は、南東の海へと進んでいった。
朝日が昇り始めた。
水平線の向こうから、眩しい光が差し込んでくる。
「綺麗……」
ルーナが感嘆の声を上げた。
「ああ」
悠斗も頷いた。
オレンジ色に染まる空。キラキラと輝く海面。
「こんな景色、初めて見た……」
ルーナは悠斗の腕に抱きついた。
「あなたと一緒に見られて、嬉しい」
「俺もだ」
悠斗はルーナの肩を抱いた。
二人は、しばらく朝日を見つめていた。
セレスティアも、少し離れたところから景色を眺めている。
「さて、朝飯にするか!」
ガレスが豪快に叫んだ。
「船の上でも、しっかり食わなきゃダメだぞ!」
「はい!」
悠斗は即答した。
腹が減っていたのだ。
船室に入ると、簡易的な食堂があった。
木製のテーブルと椅子が固定されており、揺れても倒れないようになっている。
「おお、これは便利だな」
悠斗は感心した。
「だろう? 船は揺れるからな。固定しておかないと、食事中に皿が飛んでいっちまう」
ガレスが笑いながら説明した。
船員たちが朝食を運んできた。
パン、塩漬けの肉、チーズ、そして魚のスープ。
「うまそう!」
悠斗は目を輝かせた。
「いただきます!」
悠斗は勢いよく食べ始めた。
一皿、二皿、三皿。
「おかわり!」
「はいよ!」
船員が慌てて料理を運んでくる。
四皿、五皿、六皿。
「悠斗様……相変わらずすごい食欲ですね……」
セレスティアが苦笑した。
「だって腹減るんだもん」
悠斗は口に食べ物を詰め込みながら答えた。
「ハハハ! いい食いっぷりだ!」
ガレスが豪快に笑った。
「男は、よく食ってよく動かなきゃダメだ!」
「ですよね!」
悠斗は共感した。
ルーナは、悠斗の大食いを微笑ましそうに見ていた。
「あなた、本当によく食べるわね」
「仕方ないだろ」
悠斗は照れくさそうに言った。
「この体だと、エネルギー消費が激しいんだ」
「わかってるわ」
ルーナは優しく微笑んだ。
「でも、そんなあなたも好きよ」
「ル、ルーナ……」
悠斗の顔が赤くなった。
朝食を終えた後、悠斗たちは甲板に戻った。
船は順調に進んでいた。風が帆を膨らませ、波を切って進んでいく。
「さて、孤島までは丸一日かかる」
ガレスが説明した。
「だから、ゆっくり休んでていいぞ」
「ありがとうございます」
悠斗は頭を下げた。
「でも、一日か……暇だな」
「そうね」
ルーナも頷いた。
「何かして遊びましょうか」
「何かって……船の上で何ができるんだ?」
「そうですね……」
セレスティアが考え込んだ。
「私、ボードゲームを持ってきています」
「ボードゲーム?」
「はい。月の神殿で巫女たちが遊んでいたゲームです」
セレスティアは荷物から小さな木箱を取り出した。
箱を開けると、中には木製のボードと駒が入っていた。
「これは……」
悠斗は興味深そうにボードを見た。
ボードは8×8のマス目に区切られており、各マスには月の満ち欠けを表す模様が描かれていた。
「『月の旅路』というゲームです」
セレスティアが説明した。
「月の満ち欠けをテーマにした、戦略ゲームなんですよ」
「面白そうだな」
悠斗は身を乗り出した。
「どうやって遊ぶんだ?」
「では、ルールを説明しますね」
セレスティアはボードをテーブルに広げた。
「このゲームは、二人から四人で遊べます。各プレイヤーは、自分の色の駒を四つ持ちます」
セレスティアは、白、銀、青、金の四色の駒をテーブルに並べた。
「目的は、自分の駒をボードの反対側まで進めることです。ただし――」
セレスティアは、ボードの各マスを指差した。
「各マスには、月の満ち欠けが描かれています。新月、三日月、半月、満月。この月の状態によって、駒の動き方が変わるんです」
「では、具体的なルールを説明しましょう」
セレスティアは駒を手に取った。
「まず、各プレイヤーはサイコロを振ります。このサイコロは特殊で、一から六ではなく、月の満ち欠けの絵が描かれています」
セレスティアは、小さな木製のサイコロを見せた。
確かに、六面すべてに異なる月の絵が描かれている。
「サイコロを振って出た月の状態と同じマスにいる駒だけが、その回で動けます」
「なるほど……」
悠斗は理解し始めた。
「つまり、運と戦略が両方必要なゲームなんだな」
「その通りです」
セレスティアは微笑んだ。
「さらに、駒の動き方にもルールがあります」
セレスティアはボードを指差しながら続けた。
「新月のマスにいる駒は、一マスしか動けません。三日月は二マス、半月は三マス、満月は四マス動けます」
「おお、月が満ちるほど速く動けるのか」
「はい。ただし、満月の駒は次のターン、必ず新月のマスに移動しなければなりません」
「それは……デメリットだな」
「ええ。だから、満月の力を使うタイミングが重要なんです」
セレスティアの説明に、皆が頷いた。
「あと、他のプレイヤーの駒と同じマスに止まると、その駒を『スタート地点に戻す』ことができます」
「それは厳しいな……」
悠斗は苦笑した。
「はい。だから、他のプレイヤーの動きを予測しながら、自分の駒を進める必要があるんです」
「なるほど……面白そうだ」
悠斗は目を輝かせた。
「やろうぜ!」
「ええ!」
ルーナも賛成した。
「では、三人でやりましょう」
セレスティアは嬉しそうに微笑んだ。
三人は、それぞれの色の駒を選んだ。
悠斗は白、ルーナは銀、セレスティアは青
「では、始めましょう」
セレスティアが宣言した。
「最初は、年齢の若い順で」
「じゃあ、俺からか」
悠斗はサイコロを手に取った。
木製のサイコロは、手のひらにちょうど収まるサイズだ。
「いくぞ!」
悠斗はサイコロを振った。
コロコロコロ……
サイコロが転がり、止まった。
「半月!」
サイコロには、半月の絵が描かれていた。
「よし、半月のマスにいる駒を……」
悠斗はボードを見た。
自分の駒は、まだスタート地点にいる。スタート地点は新月のマスだ。
「あ、動けない……」
「そうですね。最初は、新月の駒しか動けませんから」
セレスティアが説明した。
「次、ルーナ様の番です」
「わかったわ」
ルーナはサイコロを振った。
コロコロコロ……
「新月!」
「やった!」
ルーナは自分の駒を一マス進めた。
「これで、私の駒は三日月のマスね」
「では、次は私ですね」
セレスティアがサイコロを振った。
「三日月!」
「最初から運がいいですね」
セレスティアの駒も、少しずつ進んでいく。
再び、悠斗の番。
「今度こそ……!」
悠斗はサイコロを振った。
コロコロコロ……
「新月!」
「よし!」
悠斗の駒が、ようやく動き出した。
ゲームは、徐々に白熱していった。
各プレイヤーの駒が、ボード上を進んでいく。
「あ、ルーナの駒が俺の駒に近づいてる!」
「ふふ、油断しないでね」
ルーナはいたずらっぽく微笑んだ。
「私の駒、今半月のマスにいるから、次のターンで追いつけるかも」
「くっ、それは困る……」
悠斗は真剣に考え込んだ。
「どうやって逃げるか……」
「油断していましたね、挟みましたよ」
セレスティアが嬉しそうに笑う。
「え、マジで!?」
悠斗は慌てた。
「前からルーナ、後ろからセレスティア……挟み撃ちじゃないか!」
「ふふふ、作戦通りです」
セレスティアが優雅に微笑んだ。
「お二人で協力して、悠斗様の駒を捕まえましょう、ルーナ様」
「いいわね!」
ルーナも賛成した。
「待て待て! それは卑怯だろ!」
悠斗は必死に逃げ道を考えた。
しかし――
次のターンで、ルーナの駒が悠斗の駒と同じマスに止まった。
「捕まえた!」
ルーナが嬉しそうに叫んだ。
「あー! やられた!」
悠斗の駒は、スタート地点に戻された。
「くそう……最初からやり直しか……」
「ふふ、ごめんね悠斗」
ルーナは悪戯っぽく微笑んだ。
「でも、ゲームだから許してね」
「わかってるよ……」
悠斗は苦笑した。
ゲームは続いた。
途中、セレスティアの駒がルーナの駒を捕まえたりと、激しい攻防が繰り広げられた。
「これは……予想以上に面白いな」
悠斗は真剣な表情でボードを見つめていた。
「でしょう?」
セレスティアが嬉しそうに言った。
「月の神殿では、みんなこのゲームで遊んでいたんですよ」
「なるほど……巫女さんたち、意外と好戦的なんだな」
「そんなことありませんよ!」
セレスティアは慌てて否定した。
「これはあくまでゲームですから!」
「ハハハ、冗談だよ」
悠斗は笑った。
そして、ゲームは終盤へ。
ルーナの駒もゴールまであと五マスのところにいた。
「私、次のターンで満月が出れば」
ルーナは真剣な表情をしていた。
「お願い、満月……!」
ルーナはサイコロを振った。
コロコロコロ……
「満月!」
「やった!」
ルーナの駒は、一気に四マス進んだ。
「じゃあ、俺の番だな」
悠斗はサイコロを振った。
コロコロコロ……
「新月か……」
悠斗の駒は、まだゴールから遠かった。
「じゃあ、次はセレスティアの番だな」
「はい」
セレスティアはサイコロを振った。
コロコロコロ……
「三日月です」
セレスティアの駒も、徐々にゴールに近づいているが、まだルーナには及ばない。
「では、再びルーナ様の番ですね」
ルーナは緊張した表情でサイコロを手に取った。
「私の駒、今新月のマスにいるから……新月が出れば一マス進める。でも、ゴールまであと一マスだから……」
ルーナは深呼吸した。
「新月……!」
ルーナはサイコロを振った。
コロコロコロ……
サイコロが転がり――
止まった。
「新月!」
「やった!!」
ルーナの駒が、ゴール地点に到達した。
「私の勝ち!」
ルーナは嬉しそうに飛び上がった。
「おめでとう、ルーナ!」
悠斗が拍手した。
「ありがとう!」
ルーナは嬉しそうに悠斗に抱きついた。
「やったわ、悠斗! 私、勝ったわ!」
「ああ、すごいぞ」
悠斗はルーナの頭を撫でた。
「おめでとうございます、ルーナ様」
セレスティアも微笑んだ。
「素晴らしい戦略でした」
「ありがとうございます」
ルーナは照れたように笑った。
「さて、次は誰が勝つか、もう一回やるか?」
悠斗が提案した。
「いいわね!」
ルーナも賛成した。
「今度は、悠斗が勝つ番よ」
「おう、任せろ!」
三人は、再びゲームを始めた。
二回目のゲームは、さらに白熱した。
悠斗が序盤でリードを取ったが、中盤でルーナに追いつかれた。
終盤で、セレスティアが逆転してゴール。
「さすがですね、ルーナ様」
セレスティアが感心した。
三回目、四回目とゲームは続いた。
セレスティアが勝ったり、悠斗が勝ったり。
「このゲーム、本当に面白いな」
悠斗は満足そうに言った。
「何回やっても飽きない」
「そうでしょう?」
セレスティアは嬉しそうに微笑んだ。
「月の神殿では、このゲームで一日中遊ぶこともありましたよ」
「それはすごいな」
気づけば、もう昼過ぎになっていた。
「おお、もうこんな時間か」
ガレスが声をかけてきた。
「昼飯にするぞ」
「はい!」
悠斗は即座に反応した。
腹が減っていたのだ。
昼食も、朝と同じように豪華だった。
焼き魚、パン、野菜のスープ、そしてフルーツ。
悠斗は、またしても大量に食べた。
「悠斗様、本当によく食べますね……」
セレスティアが苦笑した。
「だって腹減るんだもん」
「わかってますよ」
セレスティアは優しく微笑んだ。
昼食を終えた後、悠斗たちは再び甲板に出た。
海は穏やかで、波も静かだった。
「いい天気だな」
悠斗は空を見上げた。
青い空に、白い雲がゆっくりと流れている。
「ええ。このまま天気が持てば、夕方には孤島に到着できるでしょう」
ガレスが言った。
「そうか……もうすぐなんだな」
「ああ」
悠斗は海の向こうを見つめた。
孤島。
そこには、ルーナの記憶を取り戻す手がかりがあるかもしれない。
「ルーナ、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ」
ルーナは微笑んだ。
「あなたが一緒だもの」
「そうか」
悠斗はルーナの手を握った。
「じゃあ、一緒に頑張ろう」
「ええ」
二人は、海を見つめた。
午後。
船は順調に進んでいた。
悠斗は、船室で少し休んでいた。
「ふあ……」
大きなあくびをする。
昨夜、あまり眠れなかったのだ。これからの冒険のことを考えていたら、興奮して眠れなかった。
「少し寝るか……」
悠斗はベッドに横になった。
船の揺れが、心地よい。
波の音が、子守唄のように聞こえる。
「……」
悠斗は、いつの間にか眠りについた。
コンコン。
扉がノックされた。
「ん……」
悠斗は目を覚ました。
「誰だ……?」
「私よ、ルーナ」
「ああ、入っていいぞ」
扉が開き、ルーナが入ってきた。
「起こしちゃった?」
「いや、ちょうど起きたところだ」
悠斗は体を起こした。
「どうした?」
「その……一緒にいたくて」
ルーナは少し照れたように言った。
「甲板は風が強くて、寒くなってきたから」
「そっか。じゃあ、ここにいようか」
「ええ」
ルーナは悠斗の隣に座った。
「ねえ、悠斗」
「ん?」
「孤島に着いたら……私、記憶を取り戻せるかしら」
「大丈夫だ。きっと取り戻せる」
悠斗は力強く言った。
「お前は、もう二つも記憶を取り戻してるんだ。三つ目もきっと大丈夫」
「そうね……」
ルーナは微笑んだ。
「あなたと一緒なら、きっとできるわ」
「ああ」
二人は、しばらく黙っていた。
船の揺れ。波の音。
静かで、平和な時間。
「悠斗」
「ん?」
「私ね、あなたと出会えて本当に良かった」
ルーナは悠斗の肩に頭を預けた。
「あなたがいなければ、私はまだゲームの世界に閉じ込められていたわ」
「いや、俺は何も……」
「ううん」
ルーナは首を振った。
「あなたは、私を救ってくれた。そして、今も私を支えてくれている」
ルーナは顔を上げて、悠斗を見つめた。
「だから……ありがとう」
「ルーナ……」
悠斗は、ルーナを抱きしめた。
「俺こそ、お前に感謝してる」
「え……?」
「お前がいなければ、俺はただの平凡な高校生のままだった」
悠斗は続けた。
「でも、お前のおかげで、こんな冒険ができてる。色々な人と出会えてる。そして……」
悠斗はルーナの目を見た。
「お前と、恋人になれた」
「悠斗……」
ルーナの目に、涙が浮かんだ。
「私も……あなたと恋人になれて、本当に嬉しい……」
二人の顔が、近づいていく。
唇が、触れ合いそうになった瞬間――
「おーい! 孤島が見えたぞー!」
ガレスの大声が響いた。
「うわっ!」
悠斗とルーナは慌てて離れた。
「い、今のって……」
「う、うん……」
二人とも、顔が真っ赤だった。
「と、とにかく! 甲板に行こう!」
「え、ええ!」
二人は慌てて船室を出た。
甲板に出ると、遠くに島の輪郭が見えた。
「あれが……孤島か」
悠斗は目を凝らした。
島は、そこそこ大きかった。中央には山が聳えており、周囲は森に覆われている。
「ああ。あれが、お前らの目的地だ」
ガレスが言った。
「もうすぐ到着するぞ」
船は、島に向かって進んでいった。
やがて、島の港が見えてきた。
小さな港だが、木製の桟橋がしっかりと作られている。
「よし、着岸するぞ!」
ガレスが号令をかけた。
船員たちが一斉に動き出した。
船は、ゆっくりと桟橋に近づいていく。
ドン。
軽い衝撃と共に、船が桟橋に到着した。
「よし、着いたぞ!」
ガレスが宣言した。
「ここが、孤島だ!」
悠斗たちは、船を降りた。
桟橋に足をつけると、久しぶりの陸地の感触が伝わってきた。
「ふう……」
悠斗は大きく伸びをした。
「やっと着いたな」
「ええ」
ルーナも頷いた。
港の近くには、小さな集落があった。
木造の家が十数軒、固まって建っている。
「人がいるみたいだな」
悠斗が言った。
「ええ。でも……」
ルーナは少し不安そうな表情をした。
「この島の人たち、よそ者を歓迎してくれるかしら」
「大丈夫だ。何とかなる」
悠斗は力強く言った。
「とりあえず、話を聞いてみよう」
四人は、集落へと向かった。
集落に入ると、数人の住民が作業をしていた。
漁の準備をしている人、網を繕っている人、畑を耕している人。
「すみません」
悠斗が声をかけた。
住民の一人――中年の男性が、振り向いた。
「……誰だ?」
男性は警戒した表情をした。
「見ない顔だな」
「俺たちは、旅の者です」
悠斗は丁寧に答えた。
「この島について、少しお話を聞かせていただけませんか?」
「旅の者……」
男性は眉をひそめた。
「この島に、何の用だ」
「その……月の女神の神殿について、調べているんです」
ルーナが言った。
「神殿……?」
男性の表情が、さらに険しくなった。
「そんなもの、知らん」
「でも……」
「とにかく、よそ者は帰れ」
男性は冷たく言った。
「この島には、お前たちの探しているものはない」
「待ってください!」
セレスティアが前に出た。
「私たちは、ただ情報を――」
「うるさい!」
男性は怒鳴った。
「よそ者は、余計なことを嗅ぎ回るな! 帰れと言っている!」
「……」
悠斗たちは、困惑した。
他の住民たちも、同じように警戒した目で悠斗たちを見ている。
「これは……厄介だな」
バルトロメウスが小声で言った。
「完全に拒絶されていますね」
「どうする……?」
悠斗は考え込んだ。
無理に話を聞き出すわけにもいかない。
「とりあえず、引き下がるしかないな」
「そうね……」
ルーナも頷いた。
「また別の方法を考えましょう」
三人は、集落を出た。
「困ったな……」
悠斗は頭を抱えた。
「島の人たちが協力してくれないと、神殿の場所もわからない」
「そうですね……」
セレスティアも困った表情をした。
「どうしようか」
「とりあえず、島を探索してみましょう。何か手がかりが見つかるかもしれません」
「そうだな」
悠斗は頷いた。
「じゃあ、島の中を歩いてみるか」
三人は、島の森へと向かった。
森は、鬱蒼としていた。
高い木々が空を覆い、薄暗い。
「この森には、魔物がいるかもしれません」
「わかってる」
悠斗は拳を構えた。
いつでも戦える準備をしながら、森を進んでいく。
しばらく歩くと――
「きゃあああああ!」
女性の悲鳴が聞こえた。
「悲鳴!?」
悠斗は驚いた。
「あっちだ!」
悠斗は悲鳴のする方向へ走った。
ルーナたちも後を追う。
数十メートル走ると、開けた場所に出た。
そこには――
少女が、魔物に襲われていた。
魔物は、巨大なキノコのような姿をしていた。
全体が紫色で、傘の部分には毒々しい斑点がある。太い茎のような足で立ち、複数の触手を伸ばして少女を捕まえようとしている。
「助けて! 誰か!」
少女が必死に叫んでいた。
「悠斗!」
「ああ、わかってる!」
悠斗は地面を蹴った。
跳躍で、キノコ魔物の頭上を飛び越える。
そして、空中から魔物の傘の部分に蹴りを叩き込んだ。
ドガッ!
魔物が怯む。
悠斗は着地し、すぐに少女の方へ走った。
「大丈夫か!」
「は、はい……」
少女は怯えた表情をしていた。
年齢は悠斗と同じくらいだろうか。長い茶色の髪を持ち、大きな瞳が印象的だ。服装は質素だが、清潔に保たれている。
「下がってろ!」
悠斗は少女を自分の後ろに庇った。
キノコ魔物が再び襲いかかってきた。
触手を振り回し、悠斗に向かってくる。
「遅い!」
悠斗の目には、その動きがスローモーションに見えた。
悠斗は触手を避け、魔物の本体に接近した。
そして、全力の拳を叩き込んだ。
ドゴォン!
魔物の茎の部分が砕けた。
「グギャアアア!」
魔物が断末魔の叫びを上げた。
そして、地面に倒れて動かなくなった。
「終わった……」
悠斗は荒い息をついた。
「あの、あなた……」
少女が恐る恐る声をかけてきた。
「助けてくださって、ありがとうございます……」
「いや、当然のことをしただけだ」
悠斗は照れくさそうに頭を掻いた。
「怪我はないか?」
「はい、大丈夫です」
少女はほっとした表情をした。
「本当に、ありがとうございます」
ルーナたちも駆けつけてきた。
「悠斗、大丈夫?」
「ああ、問題ない」
「この子は……?」
ルーナは少女を見た。
「魔物に襲われてたから、助けたんだ」
「そうなの……」
ルーナは少女に優しく微笑みかけた。
「怖かったでしょう? もう大丈夫よ」
「あ、ありがとうございます……」
少女は、ルーナの優しさに少し緊張が解けたようだった。
「あの、お名前を教えていただけますか?」
セレスティアが尋ねた。
「私は……リリアといいます」
「リリアさん。私はセレスティア。こちらは悠斗様、ルーナ様」
「よろしく、リリア」
悠斗が挨拶した。
「よ、よろしくお願いします……」
リリアは恥ずかしそうに頭を下げた。
「あの、リリアさん」
セレスティアが続けた。
「この森で、一人で何をしていたんですか?」
「その……薬草を採りに来ていたんです」
リリアは小さな籠を見せた。
中には、いくつかの植物が入っている。
「でも、キノコ魔物に襲われて……」
「この島には、珍しい魔物がいるようですね」
「はい……最近、森の魔物が凶暴化していて……」
リリアは不安そうな表情をした。
「村の人たちも、困っています」
「そうなのか……」
悠斗は考え込んだ。
「なあ、リリア」
「は、はい」
「俺たち、この島について色々知りたいんだ。お前、案内してくれないか?」
「え……」
リリアは戸惑った表情をした。
「でも、私……」
「お願い」
ルーナが優しく言った。
「私たち、この島で大切なものを探しているの。あなたの力を貸してほしいわ」
「大切なもの……」
リリアは少し考えてから、頷いた。
「わかりました。命を助けていただいた恩もありますし」
「ありがとう!」
悠斗は嬉しそうに言った。
「じゃあ、まずはお前の家に行っていいか? 話をゆっくり聞かせてほしい」
「はい。こちらへどうぞ」
リリアは悠斗たちを案内し始めた。
森を抜け、小さな道を歩いていく。
やがて、一軒の家が見えてきた。
木造の小さな家だが、手入れが行き届いており、庭には花が咲いている。
「ここが、私の家です」
「素敵な家だな」
悠斗が言った。
「ありがとうございます」
リリアは照れたように微笑んだ。
「どうぞ、中へ」
リリアは扉を開けた。
家の中は、こぢんまりとしているが、清潔で温かみがあった。
木製のテーブルと椅子、小さな暖炉、そして壁には薬草が干してある。
「座ってください」
リリアが椅子を勧めた。
「お茶を入れますね」
「ありがとう」
悠斗たちは席に着いた。
リリアは手際よくお茶を入れ、カップを配った。
「どうぞ」
「いただきます」
悠斗はお茶を一口飲んだ。
「うまい!」
「本当? よかった」
リリアは嬉しそうに微笑んだ。
「これ、私が育てた薬草で作ったお茶なんです」
「そうなのか。すごいな」
「ありがとうございます」
しばらく、穏やかな時間が流れた。
そして、悠斗が口を開いた。
「なあ、リリア」
「はい」
「この島には、月の女神に関係する場所があるって聞いたんだけど……」
「月の女神……」
リリアの表情が、少し曇った。
「それは……島の中央にある山のことですね」
「山?」
「はい」
リリアは窓の外を指差した。
遠くに、高い山が見えた。
「あの山の中に、古い洞窟があるんです」
「洞窟……」
ルーナが身を乗り出した。
「そこに、何かあるの?」
「詳しくは知りません。でも、村の長老が言っていました」
リリアは少し不安そうな表情をした。
「あの洞窟には、昔、女神様に関係する何かがあったって」
「女神様に関係する何か……」
セレスティアが呟いた。
「それは、もしかして神殿でしょうか?」
「わかりません。でも……」
リリアは続けた。
「村の人たちは、あの洞窟を恐れています」
「恐れている……?」
「はい。昔、洞窟に入った人が、戻ってこなかったことがあるそうです」
「でも、行くしかないわね」
ルーナが決意を込めて言った。
「私の記憶を取り戻すためには」
「ああ」
悠斗も頷いた。
「明日、その山に行こう」
「明日……」
リリアは不安そうな表情をした。
「本当に、行くんですか?」
「ああ」
悠斗は力強く言った。
「俺たちには、行かなきゃいけない理由がある」
「そうですか……」
リリアは少し考えてから、決心したように言った。
「なら、私も一緒に行きます」
「え?」
悠斗は驚いた。
「でも、危険だぞ」
「わかっています。でも……」
リリアは真剣な表情で続けた。
「あなた方は、私の命を救ってくれました。だから、恩返しがしたいんです」
「リリア……」
「それに、私、この島のことをよく知っています。案内役になれると思います」
「そうか……」
悠斗は少し考えてから、頷いた。
「わかった。じゃあ、一緒に行こう」
「ありがとうございます!」
リリアは嬉しそうに微笑んだ。
「では、今夜はここに泊まってください」
「いいのか?」
「はい。客人をもてなすのは、島の習わしですから」
「ありがとう」
こうして、悠斗たちはリリアの家に泊まることになった。
夜。
悠斗たちは、リリアが用意してくれた質素だが温かい夕食を食べた。
魚の煮物、野菜のサラダ、そしてパン。
「うまい!」
悠斗は大量に食べた。
「おかわり!」
「は、はい!」
リリアは慌てて料理を運んできた。
「す、すごい食欲ですね……」
「ごめん。俺、すごく食べるんだ」
「いえいえ、気にしないでください」
リリアは微笑んだ。
「たくさん食べてくれるのは、嬉しいことです」
夕食を終えた後、悠斗たちは客間に案内された。
部屋は小さいが、清潔なベッドが三つ用意されていた。
「ここで休んでください」
「ありがとう、リリア」
「いえ。では、おやすみなさい」
リリアは部屋を出て行った。
悠斗たちは、それぞれベッドに横になった。
「明日は、いよいよ山に行くのね」
ルーナが呟いた。
「ああ」
悠斗も頷いた。
「お前の記憶、きっと取り戻せる」
「そうね……」
ルーナは不安そうな表情をした。
「でも、少し怖いわ」
「怖い……?」
「ええ。記憶を取り戻すことで、私が何を思い出すのか……」
ルーナは天井を見つめた。
「もしかしたら、辛い記憶かもしれない」
「ルーナ……」
悠斗は起き上がり、ルーナの方へ行った。
「大丈夫だ。どんな記憶でも、俺が一緒にいる」
「悠斗……」
「お前は一人じゃない。俺がいる。セレスティアさんもいる」
悠斗はルーナの手を握った。
「みんなで、お前を支える」
「ありがとう……」
ルーナの目に、涙が浮かんだ。
「あなたがいてくれて、本当によかった……」
二人は、しばらく手を握り合っていた。
「おやすみ、ルーナ」
「おやすみ、悠斗」
翌朝。
悠斗たちは、早朝に目を覚ました。
リリアが朝食を用意してくれていた。
「おはようございます」
「おはよう、リリア」
朝食を終えた後、悠斗たちは出発の準備をした。
「準備はいい?」
悠斗が確認した。
「はい」
ルーナ、セレスティア、そしてリリアが頷いた。
「じゃあ、行こう」
四人は、リリアの家を出た。
島の中央にある山を目指して、歩き始めた。
森を抜け、岩場を登り、小川を渡る。
道中、いくつかの魔物に遭遇した。
キノコ魔物、狼型魔物、そして巨大なトカゲのような魔物。
しかし、悠斗の圧倒的な力の前に、すべての魔物は倒された。
「すごい……」
リリアが感嘆の声を上げた。
「悠斗さん、本当に強いんですね……」
「まあな」
悠斗は照れくさそうに頭を掻いた。
「この体だと、力が強いんだ」
「この体……?」
「ああ、その……」
悠斗は簡単に説明した。
1/10のサイズになったこと。相対的な力が10倍になったこと。
「なるほど……それで、あんなに強いんですね」
リリアは納得した表情をした。
数時間歩いた後、ついに山のふもとに到着した。
「ここだわ……」
ルーナが呟いた。
「何か、感じる……」
「感じる……?」
「ええ。この山から、神聖な気配がする」
ルーナは目を閉じた。
「女神の力……私の力に似ている……」
「じゃあ、ここで間違いないな」
悠斗は山を見上げた。
「登ろう」
五人は、山を登り始めた。
急な斜面を登り、岩をよじ登り、徐々に高度を上げていく。
「はあ……はあ……」
リリアが息を切らしている。
「大丈夫か?」
悠斗が心配そうに尋ねた。
「は、はい……大丈夫です……」
リリアは頑張って登っていた。
「無理するな。休憩しよう」
「すみません……」
リリアは申し訳なさそうに言った。
五人は、大きな岩の陰で休憩を取った。
「ふう……」
悠斗も疲れていた。
この体は力は強いが、持久力は普通なのだ。
「悠斗、お腹空いてない?」
ルーナが尋ねた。
「ああ、実は……」
「はい、これ」
ルーナは荷物から食料を取り出した。
パンとチーズ。
「ありがとう!」
悠斗は食べ始めた。
「ルーナ様、いつも悠斗様のことを気遣っているんですね」
セレスティアが微笑んだ。
「当然よ。彼は私の大切な人だもの」
ルーナは照れたように微笑んだ。
「ふふ、お二人は本当に仲がいいですね」
リリアも微笑んだ。
休憩を終えた後、再び登山を再開した。
そして――
ついに、洞窟の入口に到着した。
「ここだ……」
悠斗は洞窟を見つめた。
洞窟の入口は、約2メートルの高さがあった。
中は暗く、奥が見えない。
「中から……何か感じる」
ルーナが呟いた。
「神聖な気配……とても強い……」
「じゃあ、ここで間違いないな」
悠斗は拳を握りしめた。
「入ろう」
「待ってください」
セレスティアが手を上げた。
「まず、周囲を確認しましょう。魔物がいるかもしれません」
「そうだな」
悠斗は周囲を見回した。
しかし、魔物の気配は感じられなかった。
「不思議だな……森にはあんなに魔物がいたのに」
「そうですね」
セレスティアも頷いた。
「この洞窟の周囲には、魔物がいないです。まるで、何かに追い払われているかのように」
「神聖な気配のせいかしら」
ルーナが推測した。
「女神の力が、魔物を寄せ付けないようにしているのかもしれない」
「なるほど……」
「とにかく、入りましょう」
セレスティアが言った。
「ルーナ様の記憶が、この先にあるかもしれません」
「ええ」
四人は、洞窟の中へと入っていった。
洞窟の中は、予想以上に広かった。
天井は高く、通路も十分な広さがある。
「暗いな……」
悠斗は呟いた。
「セレスティアさん、光をお願いできますか?」
「はい」
セレスティアは手をかざした。
淡い光が、彼女の手のひらから放たれた。
「月の神官魔法です」
光が洞窟を照らし、道が見えるようになった。
「ありがとうございます」
四人は、慎重に奥へと進んでいった。
通路は、徐々に下っていく。
地下深くへと続いているようだ。
「気をつけてください」
セレスティアが警告した。
「足元が滑りやすくなっています」
「わかった」
悠斗は慎重に歩いた。
しばらく進むと、通路が広い空間に繋がった。
「ここは……」
悠斗は驚いた。
空間は、まるで地下神殿のようだった。
石造りの柱が立ち並び、壁には古代文字が刻まれている。
「すごい……」
リリアが感嘆の声を上げた。
「こんな場所が、山の中にあったなんて……」
「これは……月の神殿の遺跡ですね」
セレスティアが壁の文字を読んだ。
「ここには、『月の女神に仕える者たちが集う場所』と書かれています」
「月の女神に仕える者たち……」
ルーナが呟いた。
「私のことを、覚えている人たちがいたのね……」
「ええ」
セレスティアは頷いた。
「この神殿は、千年以上前に作られたものだと思います」
「千年……」
悠斗は圧倒された。
「そんな昔から、この場所はあったのか」
さらに奥へと進んでいく。
通路を進み、階段を下り、徐々に深い場所へと向かっていく。
不思議なことに、魔物の気配は全く感じられなかった。
「本当に、魔物がいないな……神聖な気で寄ってい来ないのかな?」
悠斗が呟いた。
「それだけではない気がします」
「どういうことですか?」
セレスティアが尋ねた。
「この先に、何か強大な存在がいる。その存在が、魔物を追い払っているのかもしれません」
「強大な存在……」
ルーナは不安そうな表情をした。
「大丈夫だ」
悠斗はルーナの手を握った。
「何が出てきても、俺が守る」
「ありがとう、悠斗」
やがて、最も深い場所に到達した。
目の前には、巨大な石の扉があった。
「これは……」
悠斗は扉を見上げた。
扉には、月の模様が彫られている。満月、半月、三日月、そして新月。
「最奥部の扉ですね」
セレスティアが言った。
「この先に、何かがある」
「開けるしかないな」
悠斗は扉に手をかけた。
しかし、扉は重く、簡単には開かない。
「くっ……重い……」
徐々に扉が開いていく。
ギギギギ……
重い音を立てて、扉が開いた。
そして――
眩しい光が、扉の向こうから差し込んできた。
「うわっ!」
悠斗は思わず目を閉じた。
光が収まった後、目を開けると――
広大な空間が広がっていた。
天井は高く、まるで地下大聖堂のようだ。
そして、空間の中央には――
巨大な白い獣がいた。
「あれは……」
悠斗は息を呑んだ。
白い獣は、狼のような姿をしていたが、体は月光のように輝いていた。
全身が白い毛で覆われており、瞳は深い青色。背中には、月の模様が浮かび上がっている。
「神獣……」
セレスティアが呟いた。
「女神様の眷属……」
白い獣は、悠斗たちを静かに見つめていた。
「あの、私たちは……」
悠斗が一歩前に出ようとした瞬間――
「待ちなさい」
白い獣が口を開いた。
「しゃ、喋った!?」
悠斗は驚いた。
「私は、月の眷属たる神獣、シルヴァリア」
神獣は荘厳な声で名乗った。
「千年以上、この地で女神様の帰還を待ち続けていた」
「女神様の帰還……」
ルーナが呟いた。
「あなたは……私のことを知っているの?」
シルヴァリアは、ルーナを見つめた。
「ええ。あなたは……月の女神ルーナ様」
「私を……知っているのね」
ルーナは一歩前に出た。
「でも、私……あなたのことを覚えていない……」
「それは当然です」
シルヴァリアは静かに言った。
「あなたは、記憶の大部分を失っている」
「記憶を……」
「しかし、私と触れ合うことで、記憶の一部が戻るでしょう」
シルヴァリアは、ゆっくりと近づいてきた。
「どうぞ、私に触れてください」
ルーナは少し躊躇したが、悠斗が背中を押した。
「大丈夫だ。行ってこい」
「ええ……」
ルーナは、シルヴァリアに近づいた。
そして――
ルーナの手が、シルヴァリアの頭に触れた。
その瞬間――
パァァァァ!
眩しい光が、二人を包み込んだ。
「ルーナ!」
悠斗は思わず叫んだ。
しかし、光は害を与えるものではなかった。
むしろ、温かく優しい光。
光の中で、ルーナの表情が変わっていく。
驚き、そして――涙。
「これは……」
ルーナの目から、涙が溢れ出した。
「思い出した……」
光が収まった後、ルーナは膝をついていた。
「ルーナ!」
悠斗は駆け寄った。
「大丈夫か!」
「ええ……大丈夫……」
ルーナは涙を拭いた。
「私……思い出したの……」
セレスティア、リリア、そしてシルヴァリアは、静かに見守っていた。
やがて、ルーナは落ち着きを取り戻した。
「ごめんなさい……取り乱してしまって……」
「いえ」
セレスティアが優しく言った。
「何かお辛い記憶を思い出したのでしょう?」
「ルーナ様」
シルヴァリアが口を開いた。
「記憶を取り戻したあなたに、一つ伝えなければならないことがあります」
「何……?」
「え……?」
ルーナは驚いた。
「どういうこと?」
「あなた様にとってこれからお辛い時代がやってくるでしょう。ですからそれに対応するためにもあなたの力を、完全に戻す必要があります」
「私の力……」
「ええ。まだ、あなたの記憶は完全ではありません。残りの記憶を取り戻せば、あなたの力も完全に戻るでしょう」
「残りの記憶……」
ルーナは考え込んだ。
「どこに行けば、思い出せるの?」
「それは……」
シルヴァリアは少し考えてから答えた。
「北の極寒の地。そこに、神殿があります」
「北の極寒の地……」
悠斗は呟いた。
「遠いな……」
「ええ。しかし、行かなければなりません」
ルーナは決意を込めて言った。
「エクリシアを救うためにも」
「わかった」
悠斗は頷いた。
「じゃあ、次は北を目指そう」
「ありがとう、悠斗」
ルーナは微笑んだ。
「あなたがいてくれて、本当によかった」
「俺こそ」
悠斗も微笑んだ。
「お前と一緒に冒険できて、嬉しいよ」
シルヴァリアは、二人を優しく見つめていた。
「ルーナ様。あなたは、素晴らしい伴侶を見つけましたね」
「ええ」
ルーナは照れたように微笑んだ。
「彼は、私の大切な人です」
「それは何よりです」
シルヴァリアは満足そうに言った。
「では、私からの祝福を」
シルヴァリアは、ルーナと悠斗に向かって息を吹きかけた。
淡い光が、二人を包み込んだ。
「これは……」
悠斗は驚いた。
体が、何か温かいもので満たされていく感覚。
「私の祝福です」
シルヴァリアが説明した。
「これで、あなた方の絆はさらに強くなるでしょう」
「ありがとうございます」
ルーナは深々と頭を下げた。
「あなたに会えて、本当によかった」
「私も、あなたに会えて嬉しく思います」
シルヴァリアは優しく微笑んだ。
「では、お気をつけて。北への旅は、険しいでしょう」
「はい」
悠斗たちは、洞窟を後にした。
外に出ると、夕日が沈みかけていた。
「もう、こんな時間か……」
悠斗は空を見上げた。
「ええ。洞窟の中では、時間の感覚がなかったわね」
ルーナも頷いた。
「今日は、リリアの家に戻りましょう」
「そうですね」
四人は、山を下り始めた。
道中、リリアが悠斗に話しかけてきた。
「悠斗さん」
「ん?」
「すごいですね。あんな神獣に会えるなんて」
「ああ……俺も驚いたよ」
悠斗は苦笑した。
「でも、ルーナが記憶を取り戻せてよかった、また後で聴かせてくれるか?」
「ええ」
リリアは微笑んだ。
「ルーナさん、本当に月の女神様だったんですね」
「ああ。すごいだろ?」
「はい」
リリアは少し寂しそうな表情をした。
「でも……もうすぐ、この島を出ていくんですよね」
「ああ……」
悠斗は頷いた。
「北に向かわないといけない」
「そうですか……」
リリアは俯いた。
「寂しくなります……」
「リリア……」
「でも!」
リリアは顔を上げた。
「応援しています! ルーナさんが記憶を取り戻せるように!」
「ありがとう」
悠斗は微笑んだ。
「お前は、いい子だな」
「そ、そんな……」
リリアは照れたように顔を赤らめた。
夜。
リリアの家に戻った悠斗たちは、夕食を食べ、休息を取った。
「明日、島を出るのね」
ルーナが呟いた。
「ああ」
悠斗は頷いた。
「ガレスさんの船で、本土に戻ろう」
「そうね」
ルーナは窓の外を見た。
夜空には、二つの月が浮かんでいる。
白い月と、黒い月。
「エクリシア……」
ルーナは呟いた。
「待っててね。私、必ずあなたを見つけるから」
悠斗は、ルーナの決意に満ちた横顔を見つめていた。
そして、心の中で誓った。
「俺も、お前を支える。どんなことがあっても」
翌朝。
悠斗たちは、リリアに別れを告げた。
「本当に、ありがとうございました」
リリアが深々と頭を下げた。
「いや、こちらこそありがとう」
悠斗も頭を下げた。
「お前のおかげで、神殿にたどり着けた」
「いえいえ、私は何も……」
「ううん」
ルーナが優しく言った。
「あなたは、私たちを助けてくれた。本当に、ありがとう」
「ルーナさん……」
リリアの目に、涙が浮かんだ。
「お元気で……」
「ええ。あなたも」
悠斗たちは、港へと向かった。
ガレスの船が、すでに待っていた。
「おお、来たか!」
ガレスが豪快に手を振った。
「目的は果たせたか?」
「ああ」
悠斗は頷いた。
「おかげさまで」
「それは良かった! じゃあ、出航するぞ!」
悠斗たちは、船に乗り込んだ。
船が、ゆっくりと港を離れていく。
リリアが、桟橋から手を振っていた。
「さようなら! 気をつけて!」
「ありがとう、リリア!」
悠斗も手を振った。
島が、徐々に遠ざかっていく。
「さて、次は北だな」
悠斗は海を見つめた。
「ええ」
ルーナも頷いた。
二人は、決意を新たにした。
次なる冒険が、彼らを待っている――
皆さん、お読みいただきありがとうございます。ルーナです。
今回の冒険で、私は三つ目の記憶を取り戻しました。それは……とても辛い記憶だったんです。
詳細は次回話しますが、思い出した瞬間、胸が締め付けられるような痛みを感じました。でも、悠斗が側にいてくれたから、私は耐えられました。
シルヴァリアとの出会いも、とても貴重なものでした。千年も私の帰還を待ち続けてくれた神獣……彼女の忠誠心に、心から感謝しています。
そして、リリアという素敵な女の子にも出会えました。彼女の優しさと勇気に、私も励まされました。
次は北の極寒の地へ。記憶を取り戻し、そしてエクリシアを探す――それが、私の使命です。
悠斗、セレスティア……皆さんと一緒なら、きっと乗り越えられる。そう信じています。
次回も、私たちの冒険を見守っていてくださいね。
月の女神ルーナ




