第三十八話:実現不可
西田とシズを連れてアミュレが向かった先は、基地中央の指揮所だった。
「――ヴィクトル先生。例の作戦を実行に移しましょう」
指揮所に入ると、開口一番にアミュレはそう言った。
大机に向かいペンを手にしていたヴィクトルは、それをゆっくりと卓上に置いた。
「……アミュレ君、どうしたんだね。さっきも話をしただろう。現状の戦力では」
「この二人がいれば、戦力は十分です」
アミュレは、あくまでも強硬な姿勢を崩そうとしなかった。
「……おい、俺達を置いてけぼりにして話を進めんなよ」
彼女の後ろに控える二人には、何の話をしているのか、まるで分からない。
西田が抗議の声を上げたのは当然の事だった。
「分かってる。まずは、座って」
アミュレが大机の傍に置かれた椅子に向けて左手をかざす。
風の魔術が椅子を音もなく滑らせて、机から引き離した。
西田とシズが、それに腰掛ける。
それからアミュレも長杖を壁に立て掛けて、別の椅子に座った。
大机の三辺に、それぞれ西田とシズ、アミュレ、ヴィクトルが着く形になった。
「……これを見て。ここが、今私達がいる基地。そして、こっちが奴らの本陣。つまり……国の、中心」
アミュレが大机の上に地図を広げて、その上の二点を指差した。
簡素な黒い円と、赤い――力強く描かれたであろう荒い円。
前哨基地は、ゴブリン達の本拠地の目と鼻の先に位置しているようだった。
「……こちらが、かなり押し込んでいる形なんですね」
「距離で言うと……これ、何キロくらい離れてるんだ?」
「距離は5キロくらいだけど……なに、あんた。魔術の勉強はした事ないのに、メトロン法は分かるの?」
「まぁ……色々あんだよ。しかし、マジで近いな」
5キロメートル――熟練の闘士や魔術師が全速力を出せば、5分程度で移動出来る距離だ。西田達ならもっと早い。
「そう、私達は今まで少しずつ前線を押し上げて、楔を打ち込むように基地を建ててきた。だけど……そのやり方じゃ、ここが限界なの」
「……わりい、どういう事だ?」
「ここより先は、奴らの本陣が近くなりすぎる。留まれないんだよ」
「……基地を建てて、そこで体勢を整える時間を、向こうが与えてくれないという事ですね」
「ああ、ああ……そういう事か」
「そう。その上、奴らの兵力は無尽蔵……ここに留まり続ける事も、正直難しいくらい」
「それは……次も私達が頑張れば、なんとか――」
「――奴らはバカじゃない。次はあんた達を無視して、他の人間を削りに来るよ」
ゴブリン達は、なにも西田とシズをどうしても殺さなくてはならない理由はない。
殺せるに越した事はないが――それ以外の、魔術師達を重点的に狙い、無力化してもいい。冒険者を減らして、補給隊への十分な援護が出来ない状態に陥れてもいい。
突き詰めれば人員が減り、基地が拠点として維持出来なくなれば、それでいいのだから。
「じゃあ、どうすんだよ」
西田が尋ねた。
「……一気に踏み込むのさ。奴らの、本陣まで。もちろん、ただ突っ込む訳じゃない。前線を一度上げて、基地の建設を強行していると見せかけるんだ」
「なるほど。今度は俺にも分かるぞ。つまり……」
「陽動によってゴブリンどもの戦力をおびき寄せ、その隙に本陣を攻める……という事ですね。そしてその役目を、私達が務める」
「あっ、てめ……俺のセリフを……」
「ですが……本陣を攻めるなら、奴らに壊滅的な被害を与える必要がありますよね?その術が、私には見当もつきません……ニシダ、あなたはどうですか?」
「……いや、俺にもさっぱり分からねえ」
「――恐らく、ゴブリンどもは自分達の召喚魔法陣を有している。それを破壊する」
不意に、ヴィクトルが言葉を発した。
「召喚魔法陣?」
「そうだ。確かにゴブリンは精霊……というより、悪霊の一種。生殖に頼らず増殖可能な種族とは言え……あの兵数は、自然増殖ではあり得ない規模だ」
この世界では、時に自然現象によって天然の魔法陣が発生する。森の草木や、木の葉、雨露などが重なり合って、偶然にもゴブリンの召喚魔法陣を描き出した。ゴブリンどもの本陣には、それがある。
ヴィクトルとアミュレは、そう考えていた。
「それさえ破壊出来れば、奴らはあれだけの兵を維持出来ない――戦争は終わる」
アミュレの声色は、それが彼女の悲願である事を物語っていた。
「……だが、アミュレ君。やはり、その作戦は実現不可能だ」
一方で、ヴィクトルの声音はなおも冷たく、静かだった。
「そんな事ありません!この二人なら……」
「彼らが絶影を、仕留める寸前まで追い込んだ事は聞いている」
「ええ、そうです。だから――」
「だが、私が言っているのは――他の冒険者達が、その作戦を聞いてどう考えるかという事なのだよ」
「っ……それは」
アミュレが、言葉を詰まらせた。
「ニシダ、どういう事ですか?」
「……ここにいる冒険者達は、殆どが大斂武祭の出場が目的のはずだ。そんな奴らが、素直に囮なんて引き受けると思うか?」
西田とシズと、その他の冒険者達――技量、力量の差は歴然。
それは二人と絶影の戦いを見て、彼ら自身も痛感した事だろう。
だが――だとしても、二人の為に囮となれという指示が、受け入れられるかはまた別の話だ。冒険者達には、命をかけて他人の踏み台になる義理などないのだ。
「ですが……軍神審判とやらで、戦功は明らかになるんでしょう?」
「だとしても……囮と本陣に突撃じゃ、神様だってどっちを評価すると思うよ」
シズは答えなかった。言うまでもなく、分かりきった事だった。
「だとしても……作戦を決める権限は私達に――」
「同様に、冒険者には依頼から撤退する権利がある。彼らがいなければ前線は維持出来ない。あまり強硬な手段は取れんよ」
アミュレは、張り詰めた表情で奥歯を噛み締めて――しかし、何も言えなかった。
「……だが、安心したまえ。打つ手がない訳ではない」
対するヴィクトルはそう言うと――ペンを手に取り何やら文書を認める。
「次の補給隊が到着したら、渡したまえ」
そしてそれを封筒に収め、封蝋を押して、アミュレへと差し出した。
「――研究院が、追加の人員を送ってくるだろう」
「……それ、は」
「冒険者達が去ろうと問題ないだけの人員をこちらで揃えれば、作戦は実行可能だ」
「……そう、ですね……失礼、します」
アミュレは怯えたような手付きで封筒を手に取って、長杖も回収しないまま、指揮所を出ていった。明らかに、様子がおかしい。
だがヴィクトルは彼女を呼び止めない。
ただ腕を組み、項垂れ、深く嘆息を零した。
「……君達も、もう行きたまえ。絶影と互角の戦いを繰り広げたと聞いた……疲れているだろう」
その言葉の真意が「出ていってくれ」である事は、明白だった。
だが西田もシズも、ヴィクトルを問い詰めようとはしなかった。
それよりもアミュレを追う事の方が先決だと、早足で指揮所を出た。




