第三十九話:引導1
指揮所の外は既に死体の後始末も終わって、人も殆ど見当たらなかった。
皆、見張りに戻ったり、宿舎で食事や休息を取っているのだ。
アミュレは、基地の一角の集められた、ゴブリン達の装備品――元はその前に、しゃがみ込んでいた。
「おい!」
彼女を見つけると、西田は声を張り上げて、そちらへ駆け寄った。
そのまま彼女の横に膝を突き、顔を覗き込んで――
「お前……ひでえ顔だぞ」
思わず、そう言った。アミュレの顔色は青白く、まるで泣き出すのを我慢している子供のような表情をしていた。
「……作戦は、実行出来るんでしょう? なのに、どうしたんですか?」
シズも彼女を案じるように、問いかけた。
「……あ」
アミュレは口を開いて――言葉にならない、掠れた声を零した。
言葉を振り絞ろうとして、それでも何も言えなかった――そんな声だった。
「……わ、私は」
それでも、なんとか彼女は最初の言葉を絞り出した。
「私は……こんな戦争、一日でも早く終わらせたい……」
「……そりゃ、そうだろうよ。俺も思い知ったさ。あんな奴らが街に押し寄せてきたら、やべえ事になる」
「そう、そうだよ。だから私達は戦い続けてきた。だけど……」
アミュレが、目の前に並ぶ装備品の一つに、手を伸ばした。
華美な装飾が施された小剣――西田が仕留めた緑鬼の持っていたもの。
剣士が敵を斬り伏せるには短く、受け太刀に用いるにはか細い剣。
そのかつての持ち主は魔術師だったのだろうと、西田は察した。
「だけどその為に、またみんながここに来るのは……い、嫌だ……そうならなくてもいいように、私はここに来たのに……」
それを手繰り寄せ、抱き締める――名残を惜しむように。
「戦場の勝手も分からないまま、ゴブリンの大群の中で囮になるなんて、無理だ。みんな、殺されちゃう。だけど、だけど、そうしないと……あの作戦は、始める事すら出来ない……」
アミュレの背中が、微かに震えていた。彼女の啜り泣く声が聞こえた。
「……ニシダ。行きましょう」
シズが西田の学生服の袖を引いた。
何も、してあげられる事はない――せめて、一人で泣かせてあげようと。
「……ニシダ?」
だが、西田はその場を動かなかった。
何故か――考えていたのだ。
どうすれば、アミュレの悲しみを、取り除く事が出来るかを。
それは、正義感や博愛精神から来る思考ではなかった。
ただ単に――この状況が、西田にとって楽しくないから。目の前で、少女が泣いている――それを見過ごすような人間になりたくなかったから。
西田は、それなりに頭の回る人間だ。
戦術的合理性や戦闘理論の理解においてはシズに引けを取る。
だが、敵が見せた技術の再解釈や――利害に関する人間心理への想像力は、西田の方が上だ。
「……おい、アミュレ。あの作戦、一応は冒険者達に説明するんだろ?」
故に、一つだけ、策を考えつく事が出来た。
「……それが、どうかした?」
アミュレは背中を向けたまま、力なく尋ねた。
「だったら、さっさと済ませちまおうぜ……俺に、考えがある」
アミュレがローブの袖で涙を拭い、顔を上げて振り返る。
「……何をする気なの?」
「黙ってても、どうせ何も変わりゃしねえんだ。一か八か、かましてやるんだよ」
アミュレは――そしてシズも、西田の意図を掴みかねているようだった。
だが、黙っていては何も変わらないというのも事実。
「……分かった、けど…………あまり、期待はしないでおくから……」
下手に希望を持てば、それが潰えた時、余計に辛い思いをする。今のアミュレに、西田を手放しで信じる事は、出来なかった。
ともあれ――それから三十分ほどで、冒険者達は全員、そして魔術師達も、西田の元へ集まった。見張りに立っていた者に関しては、カボードが精霊に頼んで代わりを立てたようだった。
「よう、見張りの俺達まで呼び戻すなんて、ただ事じゃないな。どうしたんだ?」
猟兵の男がアミュレに尋ねる。西田がここで初めて会話を交わした男だ。
「呼んだのは俺だ。そいつじゃねえ」
西田はそう言うと、すぐ傍の宿舎の屋根に飛び乗った。
「……世界最強になりたくて、ここに来た奴らは、前に出な」
そして冒険者達を見下ろしながら、そう言った。
冒険者達の間に、ざわめきが走った。
「何言ってんだ? ……急に、どうした?」
「――俺は、強い。俺には、この戦争を終わらせるだけの力がある」
冒険者達は口々に、疑問や、困惑、怒りの言葉を発していた。
「その為の作戦も、もう決まってる。お前らが前線を上げて、基地を建てるふりをする。俺達がその隙にあいつらの本陣に突っ込んで、召喚魔法陣とやらを破壊する……簡単だろ?」
だが西田はそれら全てに無視を決め込んで、話を続ける。
「そして……お前らがそれを不満に思うだろうって所まで、あの爺さんは読んでやがる。お前らの代わりに魔術師を寄越せって手紙まで用意してんだぜ」
そうして一人一人と目を合わせるように、冒険者達を見渡した。
「俺には、それが我慢ならねえ。あの街の魔術師は、要は学校の先生だぜ。そんな奴らがこの森の奥深くで、ゴブリンと殺し合って、殺される……気分のいい話じゃあ、ねえだろ」
獣が獲物を見定めるような、鋭い目つきだった。
「……でも、お前らが世界最強を諦めれば、そんな事にはならずに済む」
西田が宿舎の上から飛び降りた。
そして剣帯から直剣を引き抜き、抜剣。
剣は地面に突き立て、鞘を得物として右肩に担ぐ。
「お前らを、世界最強の男に負けた男にしてやるよ……まぁ、女もいるけど。だから……」
右手で、冒険者達に向けて手招きをする。
「俺に負けたら諦めて、俺達の囮になってくれ」
この場にいる冒険者達は、単なる労働者――便利屋、傭兵としての冒険者とは違う。世界最強を決める闘技大会への出場を目指し集った、特別腕の立つ、とびきりの自信家達。
故に、この挑発を彼らは受け流せない。
敗れた後で約束を反故にする「嘘つき野郎」に成り下がる事も、よしとしない。
西田は、そう予測した――自分なら、きっとそう考える、と。
そして――




