冥界攻略編 やり直し勇者、旅に出る
――セレンディア城――
冥界へ向かう準備が終わり、俺たちは出発の日を迎えていた。
みんな、それぞれ旅支度をしていた。
クレスは武器のダガーに刃こぼれがないか、念入りに確認し、腰のポーチに謎の液体が入った小瓶を何個も詰めていく。
イリーナはどこから取り出しているのか、いまだにわからないメイスを手に、汚れを落とすように手入れをしていた。
ルーシェは手に持った紙を確認しながら、空間魔法を使って、みんなの荷物や食料をしまっていた。
ミリスは先に準備を終えていたのか、いつもと変わらない様子で俺たちに紅茶を淹れてくれた。
そしてララティアは……なぜかリアラに抱きつかれて、じゃれているようだった。
「なぁリアラ、お前何やってるんだ?」
「えっ? 何って、ララちーにも"死霊耐性"をプレゼントしてるんだよぉ〜」
そう言ってリアラは、ララティアのほっぺに何度も唇を押し付け、ララティアはモジモジしながらはしゃいでいた。
「ふっ、くすぐったい、ふふっ、リアラ〜」
「ララちー、恥ずかしがらないでいいんだよぉ〜」
「お前らなぁ……うん? ちょっとまて! 死霊耐性ってそんな方法でも手に入るのか!?」
「う〜ん? そうだよ〜! まぁ、涙とか液体なら一発だけど、口づけでも何回かやればOKだよ!」
「な、なんだと……!?」
俺も死霊耐性は持っているが、その時は泣きつくセレーネの鼻水が、俺の服に染み込んでしまったことで、偶然手に入れたからだ。
「ていうか、後ろの4人もセレっちにチューで付けてもらったはずだよ?」
「そう……なのか……?」
俺は4人の方に視線を向けるが、なぜか誰も視線を合わせようとしなかった。
「いやぁ、クロードの時が、あんまりにも残念だったから……」
「クロードさま! ご安心ください! 途中からヤケになられて唾を多めにつけられてましたから!」
「イリーナ、それフォローになってないわよ……」
「お兄ちゃん、どんまい……」
「…………」
俺はこれ以上、あの日の鼻水を思い出したくなくて、黙々と準備を進めることにした……
◇ ◇ ◇
……それから俺たちは旅の準備を終えると、陛下とともに東の塔へと向かい、魔王ベルガドーラとルクレツィアの2人と合流した。
「2人とも待たせたな、準備はできてるか?」
「えぇ、すでに整っております……」
「うむ……」
ここからの予定だが、陛下と別れて俺の屋敷に全員で戻り、そこからベルガドーラとララティアに冥界へ繋がる門まで先行してもらう。
そしてララティアのスキルで、俺たちを迎えに来てもらう手順だ。
色々とすっ飛ばして冥界まで行くことに、多少の違和感はあるが余計な消耗を防ぐためだ。
それに俺たちは、ルクレツィアから警告を受けていた。
「クロードさま、冥界が広いとは言いましたが、実際に今どのような環境になっているのか、私にもわかりかねます……ですのでどうか、万全の準備で臨んでください……」
ルクレツィアから警告されたことで、冥界への遠征が一筋縄ではいかないと理解し、準備は万全に整え、抑えられる消費は抑えることにした。
そして計画通りに俺の屋敷に移動し、ベルガドーラとララティアが魔界と冥界を繋ぐ門へと向かった。
するとそれを見計らうかのように、セレーネが俺たちに恐る恐る声をかけてきた。
「あ、あのぉ〜、実はちょっとお話が……」
「うん? どうした改まって? ……まさか! まだ何か隠しているのか!?」
「えっ? いや、隠しごとはないんですけどぉ……」
セレーネは言葉を濁してばかりで、話しかけてきたくせに、まったく話が進まなかった。
「もう! セレっちがウジウジしてるから、クロっちが困ってるよ!」
「わ、わかってますよぉ〜! ……クロードさん! あらためて、お伝えしなければいけないことがあります!」
「……伝えること?」
「はい……今回の戦後処理の件、原因が私にあることは重々承知していますが、私たち女神が直接みなさまに手を貸すことはありません……」
「……どういう意味だ?」
俺はセレーネに、言葉の意味を問いただした。
正直、期待なんてしていなかったが、当事者としての責任を果たさないという発言に、何も感じなかったわけではない。
そして俺の問いに、セレーネは慌てながら返してきた。
「も、もちろん! 冥界へはご一緒しますし、知恵もお貸しします! ですが、みなさまが有利になるようなスキルの使用はできないって意味です……」
「有利になるようなスキルの使用……?」
「はい……例えば、私が敵の時間だけ止めたり、リアラの空間移動で奇襲をかける、とかはできません」
そう言ってセレーネが、一度リアラに視線を向けると、互いに頷き合ってからまた話し出した。
「もし、それを破れば……我らがお母さまからどんな罰が下されるかわからないからです……」
「お前たちの母って……確か……」
俺が記憶を辿るように話していると、後ろからイリーナが話に加わってきた。
「始まりの神にして最高神であられる『世界の大母神マキナ』さまですね?」
「……はい、おそらくお母さまに、今こうやって話していることも見られていると思います」
「今も?」
その言葉に、俺はつい周囲を見渡してしまうが、誰かいるわけがなく、誰の視線も感じなかった。
「ムダですよ、お母さまの見ているっていうのは、世界で起きていることの全てを理解しているってことです……わざわざ見聞きする必要がありません」
「……なんとも規格外なお母さまだな……」
「はい、ですので女神の禁忌である、運命を左右する行動に直接関与すれば、お母さまは直ぐに気付いて行動なされるでしょう……そうなれば、クロードさんたちにとって悪い結果に修正される可能性もあります」
「だから助言はしても協力はできないと?」
「……たぶん」
俺の問いにセレーネは歯切れの悪い返事を返してきたが、俺はそれの意味をすぐに理解した。
今までは俺の願いを叶えるために行っていた助言も、今回の件では禁忌に抵触する可能性がある。
そしてそれをどう判断するかは、セレーネたち自身ではなく、その上にいる最高神が決めることだ。
おそらく助言することも、本当は許されない可能性に怯えながらも提案してくれたんだろう。
「……わかった、知っていることは教えてもらうが、それ以外のことは期待しない! それでかまわないな?」
「はい、ありがとうございます……」
本当にこいつは、あのセレーネなのだろうか?
俺はそんな疑問を感じてしまうほど、目の前の女神は落ち込んでお淑やかさまで漂わせていた。
「……なんか、お前にしおらしくされると、調子が狂うな、いつもの感じにならないのか?」
「えっ? いいんですか?」
「あぁ、お前がやったことは、簡単に許されていいわけじゃないが、そのおかげでイリーナやルーシェと会えたんだからな……」
そして俺は、少し気恥ずかしい気持ちをこらえながら、セレーネに話を続けた。
「まぁ、その点では、感謝してるよ……」
すると俺の言葉に合わせるように、クレスとルーシェが続けて話し出した。
「わ、私も! あのままクロードが田舎の村で一生を過ごすわけないから、クロードのあとを追えるうちに私が旅立てたのは、やっぱりセレーネさまのおかげだと思ってます!」
「そうね、クロードが旅に出てなかったら、私はいつまでもあの塔の中に引き篭もっていたでしょうし、少しは感謝してるわ……」
そして、イリーナとミリスも2人に続くように語り出した。
「わたくしも、聖女として選んでいただけてなかったら、クロードさまと出会えず、ただ1人の王族として誰かもわからぬ殿方と結婚させられていたでしょう……素敵な出会いをくださり、本当にありがとうございます」
「それなら私は、聖女として城下に視察に来られていたイリーナさまに拾われないで野垂れ死ぬ運命だったかもしれません……ありがとうございます」
みんなの言葉を聞いて、俺はセレーネに向き直した。
「だ、そうだぞ! だから今まで通りに頼むよ!」
俺は改めて彼女にそう伝えると、セレーネが視線を下に落として肩を振るわせはじめた。
「お、おい!? 大丈夫か?」
俺はセレーネの予想外の反応に困惑して心配になって声をかけたが、すぐにセレーネは顔を上げると、その表情はいつものあざけりを帯びた笑顔になっていた。
「いやぁ〜! なれないことすると疲れますねぇ! もしかして、ずっとこの調子じゃないといけないのかと、不安で不安で夜しか眠れないところでしたよぉ〜! てか、冥界に夜とかあるんですかねぇ? 死後の世界なんて行ったことないからあんまりよく知らないんですよねぇ!」
あまりの変わりように、俺は開いた口が閉まらなかった。
「なんですか? やっぱりなし! なんて言われてももう遅いですからね! 悪いと思ってるのは本心ですから、ちゃんと可能な範囲でサポートはしますよぉ〜」
「違う! もっとこう、徐々に調子を戻していくみたいなことはできんのか! お前は!?」
「はぁ!? そんなの無理に決まってるじゃないですかぁ! 0か100! それが私なんですぅ!」
(う、うぜぇ!)
そうこうしていると、俺たちの前の空間が歪んで穴が開き、そこからララティアとベルガドーラが戻ってくると、ララティアが俺の近くまで駆け寄ってきた。
「ク、クロードさま、門まで行ってきました……」
「あ、ああ! ありがとうな」
俺はララティアの頭に手を置いて軽くなでると、ララティアは満足したように、空間の中まで戻っていく。
「よし、行こうか!」
俺はみんなに視線を向けると、全員が頷いたことを確認して、門へと続く空間の穴に進んでいった。
――冥界攻略編 やり直し勇者、旅に出る 完――




