ミリス編 影に溶ける少女
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ミリス編
【影に溶ける少女】
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――セレンディア城 貧民街――
お母さんだった物を土に埋め、私は村に来た行商人の馬車に潜り込んで城まで戻ってきた。
あの村に私の居場所はないし、あったとしてもいたくなかった。
あそこには、お兄ちゃんと過ごした思い出と、お母さんを殺された恨みが混ざって辛いから。
どうやら私は、目の前にいても気づかれないほど、影が薄いし、すぐに忘れられるらしい。
だから、お母さんを殺した奴らに報復しようと試みたが、殺意を持って近づいた瞬間に気づかれて、酷い目にあった。
でも盗みには使えたから、出店の多い城下町に戻って、その日のご飯を盗んではお腹を満たす毎日を過ごしていた。
ある日、出店に並んでいた首から下げられる小袋に目がいった。
「おじさん……それいくら?」
「あぁん? 銅貨10枚だよ! おめえみてえなガキが買えるもんじゃねえよ!」
「……10枚……はい!」
私は、盗みで手に入れたお金を、おじさんに見せた。
「……おめえ、こりゃまともな金か?」
「売ってくれないの?」
「……ちっ! ほらよ! さっさと消えな!」
「……ありがとう……」
私はおじさんから買った小袋を両手で抱えて持ち帰った。
昔住んでいた家……お母さんが持っていた病気を怖がって誰も近寄らず、空き家だったここに、私は住み着いていた。
さっき買った小袋の口を開けて、私の宝物を入れた。
あの村で、お兄ちゃんから貰った魔法の石を……
魔法の石は、私の願いを1つも叶えてはくれない。
だけど、手放せなかった……だって幸せな記憶の、大切な思い出だったから。
だから大切に袋に入れて、肌身離さず持ち歩きたかった。
「……お兄ちゃん、勇者になれたのかな?」
私は、もう会うこともない人のことを想いながら、また街のなかを、今日のご飯を盗むために歩きだした……
……そんな毎日が数年続き、ある日聖女と名乗る人に拾われて、メイドとして働くようになった。
イリーナさまには、私の影の薄さも、記憶に残らない力も通用しなかった。
まさか力を失ったのかと心配したが、城のメイドに挨拶した数分後には、忘れられていることに私は安堵した。
「ミリス、アナタのその力は、王族には通用しないでしょう」
「王族に……ですか?」
「はい、わたくしは特殊な目を授かっています……それは、陛下も同じです」
「……そうですか……でも私のこれは、私が相手に敵意を持つと使えませんので、暗殺とかはできません」
「あら? そうなのですか?」
「はい、なので私にできるのは、いたずらに加担する程度でしょう」
「ふふっ、では、そのときはお願いね!」
聖女がいたずらしたくなる相手とは、いったいどんな幸せ者なのか、今から楽しみではあった……
そして、聖女の訓練に明け暮れるイリーナさまを探して、城の中庭に行ったとき、私はあの人に再会した。
騎士たちの訓練を眺めているイリーナさまを見つけて、私が声をかけた。
「イリーナさま! こんなところにいらしたのですね……どうかされましたか?」
「……いえ、あれが勇者さまかと思って見ていただけです」
そう言ったイリーナさまに釣られて、目線を中庭に移すと、訓練している騎士たちの集団とは別に、2人で組み手をしている姿があった。
1人は騎士団の団長さまで、もう1人は……
「勇者さま?……あっ!」
私はその人を知っていた。
だってあの人は、私に一生の宝物をくれた勇者さまだったから。
「……ミリス? どうかしましたか?」
「……いえ! なんでもございません! もうすぐ北方領土の司教さまがいらっしゃるとのことです」
「わかりました、行きましょう……」
やっぱりお兄ちゃんは、すごい人だ!
私を救ってくれただけでなく、今度は世界を救う勇者さまとして、旅立つのだから。
私とお兄ちゃんの再会は、私の一方的なものだったけど、それがとても嬉しくて幸せだった。
でもその日から、イリーナさまの日課に中庭の見学が追加されると、私の中で変化が起きた。
イリーナさまは、お兄ちゃんが好き。
イリーナさまは聖女さまで、お兄ちゃんは勇者さま。
とってもお似合いだった……私とは大違い……雲泥の差だ。
成人の儀の夜、2人のダンスを見たときは、まるで絵本のなかの王子さまとお姫さまだった……
その場所が、羨ましくないと言えば嘘になるけど、イリーナさまが本当にピッタリと思ってしまったから仕方ない。
私が演じられる役なんて、2人の周りを嬉しそうに走りまわるネズミが関の山だろう。
そして、お兄ちゃんとイリーナさまが旅に出られる数日前、私にも転機が訪れた。
いつものように、他のメイドに混ざって城の掃除をしていると、サボって雑談しているメイドたちの話し声が聞こえてきた。
「ねぇ聞いた? 勇者さまの旅に同行する、召使いを募ってる噂!」
「えぇ!? なにそれー?」
「なんでも、勇者さまと同行させる冒険者が見つからなくて、せめて身の回りの世話ができる人が欲しいんだって!」
「それなら、騎士団がいるじゃない!」
「ダメよ! 国の兵力を割くことになるし、だいたいどっかの貴族のお抱えだから、どこも出したがらないわよ!」
「じゃあ、私たちから選ぶってこと?」
「迷惑な話よねぇ、なら聖女さまにお世話させたら? きっと勇者さまも喜んで、夜なんて毎日お願いしちゃうわよ!」
「やだ〜、はしたな〜い!」
なんとも聞くに堪えない会話だったけど、そのときの私には、それが福音のように聞こえた。
私は手に持っていた雑巾を、下品な女の1人に投げつけ、噂の中心にいた女に声をかけた。
「その話、本当ですか?」
「えっ? ほ、本当だけど?……だから何よ?」
「それに志願するには、どこに行けばいいですか?」
「し、知らないわよ! 騎士団長さまとメイド長が話してるの聞いただけよ!」
「わかりました、では頑張って片付けてください……あと着替えも……」
「はぁ!? ちょっと何言って……」
私は話を終えると、持っていたバケツの汚水を思いっきり上に放り投げ、それと同時に走り出した。
後ろの方から、汚い悲鳴が聞こえるが知ったこっちゃない。
お兄ちゃんとイリーナさまの旅に、誰かが必要なら、私がそれになろう……
私は2人の道具として、2人の幸せを願うネズミになろう……
それが私にできる恩返し。
一生物の宝物をくれた勇者さまと、ゴミの中から拾ってくれた聖女さまへの、私なりの恩返しだ……
「クロードさん、回想が終わったみたいです……クロードさん?」
セレーネの声は聞こえていたが、俺は込み上げる怒りを抑えるのに必死だった。
「はぁ、クロードさん! アナタがそこで立ち止まっていると、ミリスさんはずっとあのままですよ! いいんですね?」
「いいわけ……ないだろ……」
「なら、さっさとその感情を整理してください! やることがあるんですから!」
「……すまん、取り乱した……」
「本当ですよ! 話を進めますよ?」
「……ああ、たのむ!」
彼女の言葉に、俺は失いかけた冷静さを取り戻して、ミリスに集中することにした。
「いいですね! わかったことは、幼い頃に2人は出会っていたこと! モス村は重い罪を犯していること! クロードさんのあげた石を宝物として持っていること!」
「あんな石ころを、あんなに大切に持ってたなんてな……」
「それだけ、あの頃のミリスさんは追い込まれていて、それが救いだったんですよ」
俺は今一度、彼女の辿った運命を思い出して、意を決した。
「セレーネ、やっぱりアイツは、これでもかってくらいに幸せにならなきゃダメだ! だから俺が幸せにする!」
「おお! だいぶ言い切りましたね!」
「そうだな……でも本気だ!」
「いいですね! なら、そろそろ行きましょう! ミリスさんが待ってますよ!」
「ああ! もうアイツを……1人にしない!」
ミリスへの想いを口にすると、俺の視界は完全な白で覆われた……
【スキルの使用が終了しました。発動地点に移行いたします】
――ミリス編 影に溶ける少女 完――
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