イリーナ編 神の宣告
今日も読みに来てくれて、ありがとうございます!
『イリーナ編 神の宣告』
お楽しみください。
――イリーナ セレンディア城 礼拝堂――
まだ朝の早い時間、メイドや料理人たちが、朝の準備で慌ただしくしているころ、イリーナはそこにいた。
日の光も射さないその部屋では、彼女の傍に置かれたロウソクだけが、光を灯して揺らめいていた。
そして彼女は、今日も祈りを捧げる。
本当にいるのかもわからない神にではなく、見合いの日に私を選び、城下町でのひと時を、共に過ごしてくださった"あのお方"のために……
祈りが終わると、ロウソクと共に持ってきていた水瓶を前に置き、おもむろに衣服を脱ぎ出した。
水瓶のなかには、浄化を施した聖水と1枚の布が入っている。
彼女は水瓶のなかの布を手に取り、軽く水を絞ると、自身の身体を拭き、汚れを清める。
いつ、"あのお方"に求められても大丈夫なように、いつ、"我が神"に見られても恥ずかしくないように。
まるで彼女は、自身が汚れているかのように、何度も何度も、冷めきった聖水で身体を拭いていた。
――クロード 礼拝堂前――
俺はイリーナを探して、礼拝堂の扉を『ギィィ』と軋みを上げながら開いた。
そして薄暗い部屋の奥で、何かをとっさに胸元まで押し当てて振り向く人の姿が見えた。
「どなたですか!?」
「あ、すまない、俺だイリーナ……やっぱりここにいたんだな……しかし、暗くてよく見えないんだが……」
その声にイリーナは、安堵のため息を漏らし、衣擦れの音をさせながら、ゆっくりと立ち上がった。
「申し訳ありません、クロードさま……今、灯りをお点けします」
そう言って彼女は、俺との間にあるいくつかの燭台に、火を灯しながら近づいてきた。
「すまない、気を使わせてしまったかな?」
「いえ、とんでもございません……クロードさまがわたくしに、会いに来てくださったのですから……それで、いかがなさいましたか?」
「いや、すこし話がしたいと思って……いいかな?」
「はい! もちろんです!」
「ありがとう……そこにでも座ろうか……」
そう言うと俺は、並べられた木製の長椅子の1つを選ぶと、イリーナに手を差し出して、座らせようとした。
「ありがとうございます……」
そう言って、俺の手を取る彼女の手は驚くほど冷たかった。
「イリーナ? 手が冷たいが大丈夫か? 調子でも悪いのか!?」
「っ! 申し訳ありません! その、身体を清めておりました」
「身体を……?」
俺が手の冷たさに驚き、イリーナに体調を聞くと、彼女は俺から手を離して頭を下げてきた。
イリーナの反応に、俺は戸惑いながらも、彼女がいた場所に目をやると、闇のなかにうっすらと水瓶のような物が見えた。
俺は、すぐに自分の上着を脱ぐと、それをイリーナの肩に被せた。
「すまない! とりあえず、身体を温めに行こう」
「だ、大丈夫です! それに、そろそろミリスが来てくれるはずですし……」
「ミリスって、確か……」
「はい、わたくしの侍女です」
そんな話をしていると、礼拝堂の扉からノックをする音が聞こえた。
「失礼いたします、イリーナさま……羽織るものとミルクを……申し訳ありません、こちらに置いておきますので、どうぞごゆっくり……」
そう言って、イリーナの侍女は、俺たちの様子を見ると、持ってきた厚手のショールとトレイを置いて出ていってしまった。
なにか変な誤解をされてしまったが、今はそれどころじゃなかった。
「持ってくるから、イリーナはそこに座って待っててくれ」
「はい……ありがとうございます……」
彼女を椅子に座らせ、ショールとトレイを取りに行く。
そして、ショールをイリーナに被せ、カップにミルクを注いで彼女に差し出した。
「ありがとうございます、クロードさま……」
「ああ……いつもこんなことをしているのか?」
持ってきたショールが温かく、ミルクも温かかったことが気になり、俺は彼女に質問した。
「はい……聖女になった日から、毎日やっております」
「毎日!? じゃあ、俺たちと旅をしていたときも?」
「……できるときは……」
イリーナの習慣のことを知り、俺が驚いていると、彼女から問いが返ってきた。
「……ところで、クロードさま……お話があるとのことでしたが?」
「あ、ああ、そうだったな! 昨日の話の続きがしたかったんだ……でも、今はゆっくり温まろう」
そう言って俺は、イリーナの隣に座り、目を閉じて時間が過ぎるまでは何も話さないようにした。
彼女は俺の様子に、これ以上の会話はできないことを察して、手に持ったミルクを口にした……
静寂が支配する礼拝堂のなか、俺は目を覚ました。
どうやら寝てしまっていたらしい。
隣にいるはずのイリーナに目を向けると、俺の肩にもたれかかった状態で眠っていた……
「なっ!?」
俺が今の状況に戸惑っていると、背後から声が聞こえた。
「いやぁ〜、ラブコメのド定番ありがとうございます! 電車のない世界で、寝落ち演出は起きないと思ってましたが……クロードさんもやりますねぇ〜」
(いや、お前ずっと見てたんなら、すぐに起こせよ!)
「はぁ!? てぇてぇを阻害しろって言うんですか? バカなんですか? 死ぬんですか?」
(えっ!? なに、怖い!)
セレーネと話していると、俺の動きに反応して、イリーナが目を覚ました。
「……っ!? も、申し訳ありません! つい、うとうとしてしまって……」
「いや、いいんだ! 俺も眠ってたし、それに……」
俺は、燭台に灯るロウソクに目線を移した後、イリーナに目線を戻した。
「たいして時間は経っていないようだから問題ない」
「……クロードさまは、相変わらずお優しいのですね……」
まただ……また彼女の瞳には、俺以外のなにか……俺の姿を模した"神"が映っていた。
それを感じとった俺は、そんな彼女に"絶望"を突きつける覚悟を決めた。
「イリーナ、お前に話がある!」
「はい、お聞かせください……」
イリーナは、手を祈るように組み、まるで"神の啓示"でも聞くような姿勢で、俺の言葉を待っていた。
「俺は、イリーナの思っているような存在じゃない、ただの人間だ!」
「自覚がないのは、当然です! でも確かにクロードさまは、わたくしにとって尊いお方なのです!」
「それは、俺じゃない……」
「……えっ?」
「お前は俺のことを見ていない……愛してすらいない……」
「そ、そんなことはありません! わたくしはクロードさまのことを、お慕いしております!」
イリーナは想いを伝えるが、今の俺の心に、その言葉は響かなかった。
「じゃあ、教えてくれ……お前は俺のどこを、なんで好きになったんだ?」
「それは……お、お待ちください、あります! ちゃんとございます!」
俺の問いに、彼女は答えられず、強引な返しで誤魔化そうとしてきた。
そのことに、俺は少し寂しいものを感じたが、同時にイリーナに対する覚悟ができた。
このまま彼女の願いを聞き入れ、俺が偶像となれば、地位と財力、そしてイリーナを手に入れるだろう……
何もせずとも腹は満たされ、欲しい物は簡単に手に入り、欲望のままに彼女を穢せる。
だがそこに、イリーナとの愛はない……
仮に、彼女との間に子供が生まれても、俺はその子を愛することができるのか?
きっとできないだろう……
なぜならそれは、愛した人との子供ではなく、使ったらできた子供になるのだから……
だから俺は、知らなきゃならない。
その結果、イリーナとの関係が、終わることになったとしても……
「それに、わたくしの崇拝は本物です! だから……」
だから俺は、彼女の言葉をさえぎるように、俺(神)の言葉を宣告した。
「……俺は俺を否定する」
「……えっ!?」
「聞こえなかったのか? 俺は俺が崇拝の対象であることを否定するって言ったんだ!」
「な、なりません! そんなこと……」
彼女はこの言葉を認められない……なぜならそれは、同時にイリーナが俺を神として崇めていることも否定することになるからだ。
ただの言葉遊びだ……だが信仰を重んじる彼女には、致命的な言葉だった。
「そ、そんなこと……でも、クロードさまが……でも……」
明らかに動揺するイリーナに、俺の背後にいたセレーネが反応する。
「クロードさん、お見事です……まさかロボットへのパラドックス問題で追い詰めるとは、思いませんでした」
(パラドックス? とりあえず、行けるんだな?)
「はい! 【記憶回想】の発動条件を満たしました、いけます!」
セレーネの言葉を聞いた俺は、イリーナの両肩を掴み、自分の方に引き寄せた。
彼女は、ビクッと怯えたように俺を見つめている。
「イリーナ、これからのことを決めるためにも、俺はお前を知る必要がある!」
「クロードさま……?」
「だから……お前の抱えたものを見させてもらう!」
そして、俺は目を閉じて、心のなかでつぶやいた。
(【記憶回想】をイリーナに使う!)
【スキルの使用を確認しました。対象者イリーナの記憶を回想いたします】
その声が聞こえてすぐに、俺の視界は真っ白になった……
――イリーナ編 神の宣告 完――
最後までお読みいただきありがとうございます!
少しだけ、センシティブな光景を描きながらも、シリアスに何とかしました。
イリーナは書いていると、どうしてもそっち方面に筆が走ってしまいます汗
本作を気に入った!続きがちょっと気になる!そっち方面を書きやがれ!ってなったら
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▼次回予告
『イリーナ編 悪女と聖女の烙印』
明日 21時 投稿予定です!!




