冥界攻略編 負け試合る
——コロッセオ——
「さあ、もう試合は始まっているよ」
剣王は武器を持たずに、両手を広げながら俺に歩み寄ってくる。
(どこから斬りかかればいい? 刺突? 上段? それとも下段? ダメだ! 全部返されて終わる……)
「……イリーナ! 身体強化を!」
「はっ、はい!」
俺のその声に、遠巻きから見守っていたイリーナが反応して身体強化を俺にかけた。
「卑怯だと、罵ってもらってもかまわないぞ……」
「問題ないよ……」
そして沈黙が流れる。
俺は一度だけ大きく息を吐き、次の瞬間——真っ直ぐ駆け出した。
それと同時に、剣王ユグドリアスの両手がゆっくりと下がり、立ち止まる。
そして俺は、ユグドリアスの胸に向かって剣を突き出した。
が、ユグドリアスが俺の剣を止めようと、右手を胸の辺りまで上げたのが見えた。
(やはり受け止める気か! なら!)
俺は突き出した剣を、とっさに引き戻して体を回転させた。
前方に向かって駆け出した勢いを、強引に抑え殺した。
そして剣を引き戻した勢いを回転に乗せ、回転斬りでの薙ぎ払いを放ち、ユグドリアスの右腹部に叩き込もうとした。
しかし、ユグドリアスの左手で剣の鍔を掴まれてしまい、簡単に止められていた。
「うん、おもしろい戦い方だったよ! でも、大道芸の域を出ないかな?」
「……クソッ!」
俺は掴まれた剣を強引に振り回して拘束を解き、そのまま逆回転での振り下ろし斬りを繰り出した。
だがこれも、最低限の動作で横に避けられてしまった。
そして振り下ろした剣の鍔を、足で踏みつけられ、そのせいで地面に剣がめり込んでしまった。
「これで終わりかな? まだ隠してるものがあれば飽きる前に使ってくれるかな?」
「このっ! やろう!」
俺はユグドリアスの要望に応えるように、剣に魔力を集中させた。
思いっきり地面にめり込んだ剣を引き抜き、その勢いで剣の鍔に足を乗せていたユグドリアスが、華麗な飛躍で後ろに飛び退いた。
対魔族用に使用する、勇者の力を付与した『光の剣』、いくら剣王でも防御なしでは受けきれない。
俺は光の剣を上段に構えたまま、剣王に向かって全力跳躍を行い、一気に距離を詰めた。
「くらえぇぇぇ!」
かけ声とともに、全力の上段斬りを、ユグドリアスに叩きつけ、その衝撃で地面が抉れ、『ドオォォォン!』と衝撃音とともに土煙が立ち昇った。
そして……土煙のなかから、ユグドリアスの声が聞こえた。
「うん! いい一撃だったよ! これなら上位の魔族にも傷をつけられそうだ!」
俺は絶望していた。
ユグドリアスの声が聞こえて、奴が無事だとわかったからではない。
俺の振り下ろしたはずの剣が、途中で止められていることにだ。
そしてそれは、おそらく俺の予想が正しければ、防がれていない、止められたんだ!
そう感じ、立ち昇る土煙が晴れてきた時、俺の剣が2本の指で止められているのがわかった……
「もう、お終いでいいかな? じゃあ君にもいいものを見せてあげよう」
その言葉から発せられた殺気に、俺はとっさに後ろに飛び退いて、剣を構え直した。
「今から見せるのは、僕の持つスキルで名を『武具鍛造』と言ってね、その場で武具を作り出せる優れものだよ!」
そう言いながらユグドリアスは、小型の直剣をその場で作ってみせた。
「ちゃんと形をイメージしないといけないから、作るのに少しコツがいるけど、素材も必要ないし、強度は込めた魔力に比例する、だから応用も効くし、戦い方を選ばない」
つまり、さっき観客たちへ宣告する時に突き刺した剣も、ただの鍛造品ってことだろう。
そしてまだ、奴は自分の本当の武器を出してすらいない。
やはり剣なのか? それとも槍か? それともまったく違う武器なのか? 奴の立ち居振る舞いだけでは、予想すらできなかった。
「ああそうだ! 僕の愛用している武器は剣だから、それ以外の武器で戦ってあげよう!」
「……心でも読めるのか、アンタ?」
「ただの経験則だよ」
ユグドリアスが鍛造した短剣を、空高く放り投げると、槍を作り出して構え出した。
「その短剣が地面に落ちたら再開だ……」
上空で真っ直ぐ、天井スレスレまで放り投げられた短剣が落ちてくる。
俺はもう一度、光の剣を構えてユグドリアスを見つめた。
視線が交差する。
ヒュンヒュンと短剣の空を切る音が、だんだんと大きくなり、交差する視線を切り裂く。
そして……短剣が地面に『ザッ!』と突き刺さった瞬間——ユグドリアスが持っていた槍を、逆手で掴みなおして真っ直ぐ投げてきた。
「なっ!?」
真っ直ぐ突っ込んで来ると思っていた俺は、慌てて飛んできた槍を剣で叩き落とした。
そして、ユグドリアスを視界から外してしまった俺は、すぐに彼の方へと視線を戻す。
するとユグドリアスは、武器を後ろ手に構えながら突っ込んで来ていた。
(なんだ!? 何を持っている!?)
俺の視界からでは、ユグドリアスの持っている武器が体に隠れて視認できない。
急いでユグドリアスの構えとは逆側に飛び、持っている武器が大槌であることを確認した。
が、その瞬間——ユグドリアスがその場で止まって、体を回転させると、逆側に飛んだ俺に向かって大槌が襲いかかってきた。
とっさに剣で大槌を受け止めるが、そのままユグドリアスが大槌を振り回して、俺は観客席までふき飛ばされた。
「ガハッ!」
「……うん! 君の真似をしてみたけど、大道芸と言ったのは撤回するよ!」
「はぁ……はぁ……嘘だろ……?」
完全に遊ばれている。
得意の武器も使わず、戦い方を真似され、本気も出されていない。
(どうする? 特攻覚悟でいくか? 死んだら何処からやり直しだ? 確かベガスに到着した瞬間からだ! ダメだ戻り過ぎる!)
俺が次の一手を考えていたその時、目の前に三本のナイフが飛んできた。
俺は急いで横に飛び、ナイフを回避した。
「気をつけたまえよ、僕はなんでも鍛造できるんだから、武器の大きさも自由自在だよ!」
そう言ってユグドリアスは、ナイフをまた何本も投げてきた。
俺はすぐに立ち上がって、観客席を駆け回り、ナイフを避けていく。
ナイフが着弾した場所から、爆炎のように立ち込める土煙。
殺す気はないと言っていたのは嘘だったのか?
するとユグドリアスがナイフではなく、使わないと言っていた剣を鍛造し出した。
「おい! 剣では戦わないんじゃなかったのか!?」
俺は足を止めて、ユグドリアスを問いただした。
「残念! これは剣じゃないよ!」
そう言いながらユグドリアスが武器を振るうと、刃の部分が何枚もの関節のように分裂した。
「なにっ!?」
まるで鞭のようにしなるそれは、観客席を火花を散らしながら薙ぎ払うように襲いかかってくる。
「受け止めないほうがいいよ! 絡めとられてお終いだ!」
俺はユグドリアスの助言を聞いて、前の低い席へと飛び降りることで攻撃を避けた。
それを見たユグドリアスが、持っていた武器を投げ捨てながら説明を始めた。
「おもしろい武器だったろう? 蛇腹剣というらしいんだけど、一度使ったら元の形にすぐに戻せないから、使い捨て前提の武器になるのかな?」
「はぁはぁ、だからそれ……蛇腹剣? って名前の剣じゃないのかよ……」
俺の指摘に、ユグドリアスが目を見開くと、その場で考え込んで独り言をつぶやき出した。
「……確かに、鞭みたいだと思っていたから失念していたけど、剣って名がつくなら、これも立派な剣なのか……」
「おい、1人で何をぶつぶつ言っているんだ……?」
「……うん! これは僕の反則負けだね! つまり、君の勝ちだ!」
「ああっ!? だから、なにを言って……」
話の意味を理解できないでいる俺を気にも留めず、ユグドリアスが両手を広げて語り出した。
「おめでとう! 僕を倒せてはいないけど、勝負には勝ったから褒美を与えよう!」
「……はあ!?」
「でも、女神に会わせることはできないよ……それは僕を倒せたらだからね!」
ユグドリアスの宣言に、俺は戦いの終わりを理解して、剣を杖代わりにしながら立ち上がった。
そして、今朝から色々あった俺は、今一番したかったことを口にした。
「じゃあ……少し……」
「うん? 少し?」
「……俺たちを、休ませろ!」
「……あっはっはっ! いいとも! 妖王! 君の屋敷に招待していいかな? もちろん、客人としてね!」
ユグドリアスの提案に、アリステミスはまた呆れたような表情をしたが、すぐに姿勢を正してお辞儀をした。
「はぁ……かしこまりました……剣王の御心のままに……」
満身創痍のなか、2人の会話を聞いた俺は、もう一度確認するように、ユグドリアスに問いかけた。
「本当に……休んでいいんだな!」
「ああ、安心したまえ! 剣王として、二言はないよ! だから、安心したまえ!」
「はあ……二回言ってるぞ……ちくしょうめ……」
ユグドリアスの冗談に、俺は皮肉を口にしながら、その場に倒れ込んだ……
——冥界攻略編 負け試合 完——




