冥界攻略編 王の戯れ
——コロッセオ——
「みんなは僕のことを『剣王』と呼んでいるよ」
その男が名乗りを上げたが、俺はそれよりも前に、その男が誰なのか想像がつき、そして困惑していた。
強い!
ベルガドーラよりも!?
あれは人間なのか!?
魔族!?
この感覚はなんだ!?
俺だけが剣を構え、剣王は武器を持ってすらいない。
そんな有利な状況のはずなのに、まったく恐怖が薄れない……
俺はこの感覚を知っている……ああ、そうだ! この感覚は……まだ幼かった時、素手のアルバイン騎士団長に木剣で挑んだ日に感じた、絶対強者への畏怖!
……勝てない……
「おや? どうしたんだい? 顔色が悪そうだよ」
「……クッ!」
ただ一歩、前に出た剣王の動きに反応して、俺は後ろに飛び退いてしまった。
「……うーん、どうやら嫌われてしまったみたいだ」
「初めて貴方を見た人は、誰でもそうなりますよ、剣王」
そう言って剣王に向けてかけられた言葉は、上から聞こえてきた。
俺は声のする方へと視線を上げると、そこには木の根の上に乗って降りてくる人の姿があった。
まるで闇夜に淡く輝く月のような銀色の長髪、力強さと高貴さを思わせる紫紺の瞳、身にまとうロングコートや髪留めからは、妖しさと気品を両立させていたが、その中性的な顔からは男性なのか女性なのか判断がつかなかった。
「やあ『妖王』、観客たちを鎮めてくれて助かったよ! ありがとう! 相変わらず凄い術だね!」
「とんでもございません……それに私がやらなければ、アナタが全員黙らせていたでしょう?」
2人の会話を聞くかぎりでは、今現れた術者も七冥王の1人だろう……
そう思っていると、俺の視線に気づいた術者が、俺に向かってお辞儀をしながら話しかけてきた。
「ご挨拶が遅れました……私は七冥王が1人、第3区画担当の『妖王』アリステミスと申します」
妖王を名乗る術者が顔を上げると、さらに俺に話をし始めた。
「ご安心ください……我々はこれ以上、アナタ方に危害を加えるつもりはありませんよ」
その言葉に、俺は少しだけ気が緩みそうになるが、ヴォルナールと同じ組織の奴らだと思うと、すぐには信用できなかった。
何より剣王もだが、妖王と呼ばれるこの人物も、かなりの実力者だとすぐにわかった。
そんな奴が不意打ちしてきたら、対処できるかわからなかった。
だが、俺の様子などお構いなしに、剣王が上を見上げながら再び話し始めた。
「そういえば、彼はどうしたのかな?」
「冥王のことでしたら、お帰りになりましたよ、『見るべきものは見た、ならここにいる必要はもうない』とのことです」
「そう、相変わらずつれないなぁ……さて妖王、そろそろこれを解いてくれるかな? 緑が豊富なのは素晴らしいことだけど、これから話をするには少し窮屈かな」
「それもそうですね……"ハル"、ありがとう、もういいですよ」
剣王の指示に、妖王が応えて何かに話しかけると、妖王の目の前に小さな人の姿が現れた。
それは、淡い栗色のウェーブのかかった長い髪をなびかせ、布を何枚も重ね着したような不思議な服装の小さな女の子だった。
そして女の子が全身から光を放つと、まるでシャボン玉のように霧散して姿を消した。
すると周囲に張り巡らされていた木の根や蔓が、大量の花びらとなって散り出した。
「うん、なかなかに美しい光景だね……さて、謀王は……あれかな?」
そう言って剣王は、一つの魂を見つけて歩き出した。
「おい! 何をするつもりだ!?」
「何って、お祭りを終わらせるためには、主催者の宣言が必要だろう?」
俺の問いにそう答えながら剣王は、ヴォルナールの魂の元に着くと、手をかざして語りかけた。
「さあ謀王、起きたまえ……後始末は自分でするものだよ?」
その瞬間、ヴォルナールの魂がだんだんと大きさを変え、徐々に人の形を取り出すと、俺が倒したはずのヴォルナールが完全な姿に戻ってしまった。
そしてヴォルナールは、座り込んでいた体を起こし直すと、目の前の剣王に跪いて話し出した。
「け、剣王さま……私の体を戻していただき、ありがとうございます……此度はお見苦しいものをお見せしてしまい、大変……」
「ああ、いいんだよ謀王、今回は残念だったね! ただ、一つ聞きたいことがあるのだけど、質問してもいいかな?」
「は、はい! なんなりと……」
「ありがとう……さて、君の今回の敗因は彼らのなかに隠密に優れた仲間がいたことに、君が気づいていなかったからだけど、おかしいね……僕は君たちに侵入者の数を伝えていたはずなんだけど、なぜ気づかなかったのかな?」
「えっ? いや、それは、その……」
「僕が間違った報告をしたと、思ったのかな?」
「ひっ!! も、申し訳ありません!」
ヴォルナールは、剣王の質問に謝罪で答え、頭を下げてしまった。
2人の会話の様子を目の前で見ていた俺は、本当に同じ冥界を統べる王同士の会話とは思えず、ただ見ているしかできなかった。
ヴォルナールが七冥王のなかで、最下位の王だと本人から聞いていたが、最上位の王とここまで差があるとは思っていなかった。
「はっは! 冗談だよ、ほら、顔を上げて! ちゃんと今回の勝者は彼らだと、宣言してくれるかな?」
「は、はい!」
剣王の言葉に、ヴォルナールが条件反射のように応えて立ち上がると、声を張り上げて話し出した。
「コロッセオの諸君! この試合、勇者とその仲間たちの勝利とする!」
ヴォルナールの宣言に、周りで様子を伺っていた観客たちがざわつき出した。
「勝利って、俺たちはどうなるんだ?」
「もしかして、負けたから処分されるのか?」
「そんなのありかよ!?」
「俺たちはどうなるんだよ!?」
周囲のざわつきに、剣王を前にしたヴォルナールが焦りを見せていた。
「ええい! 黙れ! 剣王の御前だぞ! 本当に処分するぞ!」
ヴォルナールが脅しにも似た怒声を飛ばしたが、観客たちの動揺は収まらなかった。
「そんなの信用できるか!」
「そうだ! どうせこれが終わったら処分する気だろ!?」
「永住権を寄越せー!」
「永住権!」「永住権!」「永住権!」「永住権!」
それどころか、ざわつきは野次となって、永住権を要求する観客たちの斉唱が、コロッセオのなかを埋め尽くした。
「うーん、仕方ないね……謀王、これは七冥王全体の貸しになるよ」
「は? いったい何を!?」
剣王は謀王の問いに答えることなく、手を上空にかざすと、剣王の手に光に包まれた剣が現れた。
そして剣王が剣を掴み地面に勢いよく突き刺し、両手を剣の柄頭に置くと、先ほどまでの穏やかな声とは思えない、だがよくとおる声を張り上げて宣言をした。
『我、七冥王が筆頭、剣王ユグドリアスがここに宣言する! 七番区画の住民全員に、百年の居住権を与えるものとする! この決定に異議を唱える者は、一歩前に出よ! 我が王位を賭けて相手になろう!』
その声に、観客たちの斉唱が完全に鳴り止み、剣王の後ろで妖王が、額に手を当てて溜め息を吐いて剣王に話しかけた。
「よいのですか? そうなると、残りの区画から転生する魂を補う必要が出てきますよ?」
「まあそこは、永住権を仄めかした謀王の責任ということで、他の王たちとの交渉は任せたよ! 謀王」
「……ありがとう、ございます……」
「……待てよ!」
俺は3人の会話に割って入り、剣を持つ手に力を入れ直した。
「この試合に報酬があるなら、俺の願いを聞いてくれたって、いいんじゃないか?」
「キサマ! 剣王さまになんと無礼な……」
「いいよ謀王、彼の言うことはもっともだ、では勝者の君、えーと……」
「クロードだ!」
俺は短く名乗りを上げ、剣王を睨みつけた。
突然の登場や、感じ取ってしまった畏怖に遅れを取ったが、この旅の目的を果たすためには、コイツらと話をしなければいけない。
「クロード、うん! 覚えたよ! で、クロードくん……君は僕に何を望むのかな?」
「……『転生の女神エイル』と会いたい」
そう、確かにコイツは強い、だけど目的が達成されるなら、別に戦う必要はない! だから褒美として、女神エイルと会わせてもらえれば……
「うーん、申し訳ないが、それはできない相談だね」
「なっ!? どうしてだ!?」
「それが彼女との盟約でね、何があろうと、誰であろうとも『女神の小屋』へ、何人たりとも立ち入ることを許すな、と言われているんだよ」
「話が違うぞ!」
「そうだね、とても申し訳なく思っているよ……」
俺たちとの間に、沈黙が流れた。
だがすぐに、剣王が何かを思いついたように話し始めた。
「ああ、会わせることはできないけど、"会うための方法"なら教えてあげられるよ!」
「会うための方法? それはなんだ?」
「なに、とても簡単なことさ、彼女は何人たりともって言ったけど、1人だけ例外がいるんだよ」
「例外……誰のことだ?」
「僕だよ……正確には『第一区画担当者』のことだね」
「……どういう意味だ?」
問い返した瞬間——俺は今まで感じていた畏怖が、間違いじゃなかったことを確信した。
「はあ、先ほどから蓄音機のように、同じことしか言わないし、ここまで説明してもわからないのかい? 少し拍子抜けしてしまうよ……」
俺は今、全身が凍りつく感覚に襲われていた。
「つまり僕を倒せば、彼女に自由に会うことができると言っているんだよ……」
剣王の言葉の一つ一つに、あきらかな敵意を感じた瞬間、目の前の景色が激しく揺れ出した。
最初は地鳴りがしているのかと思って、足元に視線を移すがそうじゃなかった。
揺れていたのは俺自身で、剣王への恐怖のあまり、体が震えてしまっていた。
「さあ、はじめようか? 勇者クロードくん……殺しはしない、だから安心して殺しにきなさい……」
そう言って剣王は、突き刺した剣をそのままにして、両手を広げながらゆっくりと、俺の前に歩き出した……
——冥界攻略編 王の戯れ 完——




