冥界攻略編 其はすべてを統べし者
冥界攻略編 其はすべてを統べし者
——1時間前 コロッセオ——
「……クロードさま、わたくしに一つ提案がございます」
イリーナの言葉に、俺たちの視線が彼女へと向けられた。
この状況で、どんな手段が残っているのかわからないが、イリーナが無謀な作戦を提案することはないと信じていた。
「……聞かせてくれ、イリーナ」
俺の言葉に、イリーナがうなづいて話し出した……
「クロードさま、お気づきだとはお思いですが、あの謀王には、ミリスのスキルが効いています」
イリーナが推測を話していると、ふと彼女の横にミリスがいたことに気がついた。
「確かに、アイツは俺の4人って問いに疑問を抱く様子がなかった……あの時、俺を含めて5人いたのにだ」
「はい、もともとミリスのスキルが冥界の者たちにも効果があることは、冥界に来た時点で確認済みです」
確かに、冥界に着いてすぐに、行き先を決めかねていた俺たちに先行して、ミリスはサンテスたちがいた村を見つけてくれた。
「だが、それでどうするんだ? この状況じゃあ、ミリスのスキルでみんなを欺いても意味がないぞ?」
ミリスのスキルは強力だ、だが一つだけ致命的な欠点がある。
それは、危害を加えようとした相手には、スキルが発動しなくなることだ。
暴れる観客たちをどうにかしようものなら、すぐに見つかって反撃を受けてしまうし、ミリスに戦闘能力はまったくない。
「はい、ですのでミリスには、あの男の元まで行ってもらいます!」
「なっ!? 危険だ! もし俺たちの推測が間違っていたら……」
「ええ、捕まって処刑されるかもしれません……」
俺の言わんとしていたことを、イリーナが俺の言葉を遮るように口にした。
それは、自分が作戦を提案したことで、それに従って動いたミリスが、もし失敗した時のこともわかって話している、という意思表示に思えた。
でも、決められない。
俺は下を向いたまま、他の良案がないか考え込んでしまった。
(このまま戦ってもダメなら、みんなで乗り込むか? いや、ヴォルナールのいる場所までの行き方がわからない以上、闇雲に探しながら戦場を広げることになる……)
「お兄ちゃん、行かせてください」
その声に、俺は顔を上げてミリスを見つめた。
「行かせてください、私もみんなと一緒に戦わせてください」
「だが……」
「大丈夫です! クレスさまとルーシェさまからいただいた煙玉や魔石があるから、いざという時は逃げてみせます! 私は、みんなと対等になりたい、守られるだけじゃなくて、私もみんなを守りたい……それに……」
ミリスの言葉が一瞬止まると、俺に向けられていたミリスの真剣な眼差しが、いつもの優しい眼差しに戻った。
そして、戦場のど真ん中とは思えない、穏やかな口調でミリスは話し出した。
「もし、失敗して捕まっても、助けてくれますよね?」
「……ああ、もちろんだ!」
その約束に、なんの意味があったのだろうか。
ミリスが捕まっても、助けられる保証はないし、捕まることなく殺されてしまうかもしれない。
けど、ミリスはその約束を胸に、作戦を遂行してみせる覚悟を決めていた。
なら信じるしかないと思った。
さんざんミリスを守りたいとか、母親の仇を討ってやりたいとか言っておきながら、俺たちと並びたいと願っているミリスの想いすら尊重できないのなら、俺が彼女のそばにいる資格はない。
だから俺は、ミリスにただこう言うしかなかった。
「頼む!」
そして俺たちはミリスを信じて、自分たちにできることを精一杯すると決めたのだった……
——現在 コロッセオ——
ララティアと合流してすぐに、俺たちが落ちた場所から、落下の衝撃音とともに土煙が立ち上がった。
俺はミリスがやってくれたと確信して、土煙に向かって駆け出すと、雄叫びを上げたヴォルナールを見つけた。
そして俺はヴォルナールの元に駆け寄りながら、鞘から剣を引き抜き、奴の顔の横に剣を突き刺した。
「よお、ヴォルナール、やっと落ちてきてくれたな」
「……はっ、ふぅ」
俺の挨拶にヴォルナールは、息を漏らしたような返事しかできなかった。
そこに、クレス、イリーナ、ルーシェ、ララティアの4人も集まってきた。
どうやら観客たちは、ララティアの乱入騒ぎにヴォルナールの転落と、たび重なる騒ぎで混乱して立ち尽くしてしまっていたようだ。
その様子を見て、俺はヴォルナールに向かってもう一度話しかけた。
「ちょうどいい、俺とお前の一騎討ちといこうか?」
「い、一騎討ち?」
「ああ、最期くらい正々堂々と戦って斬られたいだろ?」
俺の提案に、ヴォルナールは考えるように黙り込んだが、しばらくして口を開いた。
「いいでしょう……その勝負、受けましょう」
ヴォルナールの返事を聞いた俺は、突き出していた剣を下ろして鞘に戻すと広場の中央へと歩き出した。
「こんな隅っこでやる戦いじゃないだろ? こっちで殺り合おう」
俺の言葉を聞いて、ヴォルナールがゆっくりと立ち上がり、俺の後を追うように歩き出した。
そして広場の中央に着き、俺が振り返った瞬間——ヴォルナールがすでに、俺の懐まで飛び込んできていた。
「馬鹿めぇ! 私が戦えないとでも思ったのかぁ!?」
そう言ってヴォルナールが、両手の袖口からナイフを取り出して襲いかかった。
「……だと思ったよ」
最初から、こいつが正々堂々と戦うなんて、微塵も思っていなかった。
だから俺は素早く引き抜いた剣で、ナイフを持ったヴォルナールの腕ごと斬り上げた。
ヴォルナールの両腕は宙を舞って霧散し、自身の斬られた腕を見つめながら、俺の横で膝をついた。
そして俺は振り上げた剣を、ヴォルナールの首元目掛けて振り落とした。
斬首したヴォルナールの頭が、地面に落ちるとともに、彼の首と体が霧散した。
静寂。
ヴォルナールだった光が、宙を揺らめいている光景を、誰もが静かに見つめていた。
俺は剣を鞘に収め、観覧席へと視線を移すと、ミリスと目があった。
俺はミリスに拳を突き出すようにして笑いかけると、ミリスも小さく拳を前に出して微笑み返してくれた。
そして徐々に、冷静さを取り戻した観客たちが、ざわざわと話し始めた。
「お、おい、謀王さまがやられちまったぞ?」
「これって、俺たち助かったのか?」
「さ、さあ……?」
観客たちの様子を見て、この戦いは終わったと思ったその時、誰ともわからぬ一言が空気を一変させた。
「でも、アイツら殺しておかないと、謀王が戻った時に処分されねぇか?」
「そ、それもそうだ! やっぱり、アイツらは殺さねぇとダメだ!」
「こうなりゃ誰でもいいから奴らを殺せぇ!」
そのかけ声とともに、観客たちが俺たちへゆっくりとにじり寄ってきた。
「クソッ! こうなったら、みんなが逃げる隙を作るしかないか……」
俺は広場の中央で1人、しんがりを務めることを決めて剣を構え直した。
「男をやれぇ!」
「一斉にいくぞぉ!」
「死ねや、コラァ!」
観客たちが雄叫びを上げながら、俺に向かって一斉に突進してきた。
だが、その時——
『諸君、そこまでだよ』
その声と同時に、上空から花びらが舞い散り、俺たちの視線を奪った。
そして花びらが地面に落ちた瞬間、大量の木の根と蔓が観客たちに襲いかかり拘束していった。
「これは……? っ!? みんなは!?」
何が起きているのか理解できずにいたが、みんなが巻き込まれていないか、とっさにみんなの方へと視線を向けた。
だが木の根や蔓は俺たちを標的にしないように動いているのか、みんな無事だった。
「よかった……」
「いやぁ、見事な戦いぶりだったよ!」
俺は背後から声が聞こえて振り返ると、そこには1人の男の姿があった。
太陽のように煌めくブロンドの髪、すべてを見透かすかのようにすんだエメラルドグリーンの瞳、そして身につけた太陽と獅子をあしらった鎧は、どこかの王族を思わせた。
「彼女のあれは隠密系のスキルかな? 謀王の周りを探っていたのに、彼にまったく気づかれていない姿は実に面白かったよ」
(ミリスのスキルが効いてない!?)
俺は目の前の男が、ヴォルナールとは違う意味で不気味に感じてしまっていた。
だが一つだけ、直感的に理解したことがある。
強い。
ただそれだけの確信が、俺の緊張感を限界まで高めた。
「この木の根や蔓は、アンタの仕業か?」
「うーん、誰の術か? という意味なら違うけど、僕が指示をしたって意味では、僕の仕業になるのかな?」
「……アンタは何者だ?」
俺は、その正体に気づいていた。
「ああ、すまない、ここでは知り合いばかりだから、つい初対面の者への挨拶を忘れてしまっていたよ……」
ヴォルナールが見せ物として俺たちを利用して、自らの有用性を見せつけたかった人物……それは……
「はじめまして……【七冥王・第1区画担当、ユグドリアス】、みんなからは『剣王』と呼ばれているよ」
その口上を聞きながら俺は一つの確信を得ていた。
今まで戦った誰よりも……魔王ベルガドーラよりも、この男は強いと……
——冥界攻略編 其はすべてを統べし者 完——




