冥界攻略編 謀王の催し
——コロッセオ 観覧席——
ヴォルナールに促され、ソファに座った俺たちのもとに、使用人が紅茶と焼菓子を持ってきた。
「どうぞ、お召し上がりください……毒などは入っておりませんから、ご安心ください」
「……いただこう」
この男の言葉を信用した訳ではないが、毒が入っていればクレスがすぐに気づくし、最悪イリーナの神聖術で解毒できる。
それに間に合わなければ、俺のスキルが発動するだけだし、逆にその方が信用していい男なのかはっきりする。
「食べていいの? いっただきまぁーす!」
クレスがわざと紅茶と焼菓子に飛びつくように手を伸ばし、口にした。
「……うん! 美味しいよ! みんなも食べなよ!」
「わかった、わかった!」
どうやら、毒の類いは入っていないらしい。
俺は紅茶を一口飲んで喉を湿らすと、ヴォルナールに話を切り出した。
「それで、さっきの質問の答えだが、何故みんな、お前の言うことに従うんだ?」
俺たちと同様に、紅茶を飲んでいたヴォルナールが、俺の質問に反応して、紅茶を置いて語り出した。
「それは至極単純なことです……私たち王は、彼らの生殺与奪の権利を持っているのですよ」
「生殺与奪? だが彼らはみんな死んでるんだぞ?」
ここにいる者たちは、幸不幸があれど命を落とした者たちだ。
そして、今さっき目の前で、槍の男が斧で両断されたが、それは肉体が崩れて魂の状態になっただけだ。
それも時間が経てば、また生前の形を取り戻せると聞いた。
だからそんな者たちに、生殺与奪の権利なんてものはあっても意味をなさない。
「ですが、意味をなすのですよこれが! 勇者さま、彼らにとって今の自分たちは、本当に死んでいるのでしょうか?」
「……どういう意味だ?」
「勇者さま、我々にとって死とは恐怖そのものです……あらゆる努力、成果が無に帰し、ただの物になる……そして勇者なんて者がいるということは、生者の世界はいまだに争いが絶えないのでしょう……奪われ、苦しみ、殺され、真っ当な生涯を終えなかった者たちのなんと多いことか……」
なにか棘のある言い回しに感じたが、ヴォルナールの言うことは正しかった。
人間と魔族との戦争は終わったものの、まだ人間同士の争いは続いている。
今はセレンディア王国が、他を寄せつけない高い武力で圧をかけ平和的関係性を保てているが、それに不満を持つ者が多く、小競り合いが生じているのが現状だ。
そしてその被害を被るのは、戦場の近くに住む村人たちだ。
もし小競り合いが本格的なものになれば、兵の補充のために、男たちが駆り出され、兵糧の補充のために食料を奪われ、それを拒んだり隠したりしたら処罰を受けかねない。
「しかし! ここでは、食事がいらない! だから働くこともしなくていい! 好きに過ごすことができる! はたして、今の生活の方がよっぽど"生きてる"と実感できている者が多いことでしょうね」
ヴォルナールのその言葉に、俺はまた否定することができず、ただ話を聞くことしかできなかった。
そして、ヴォルナールが核心に至る話を切り出した。
「……だからこそ、みな恐れるのですよ……今の生活が終わってしまう『転生』という仕組みをね」
「転生を恐れる……」
「ええ、転生するということは、新たな生命として誕生し直すこと……では、勇者さま、転生した者は以前の記憶を引き継げるのでしょうか? 答えは無理です!」
ヴォルナールは俺に問いかけるような話をしても、語りを止めることなく、話を続けていた。
「しかし! まともな生を謳歌できなかった彼らが、死という恐怖を迎えた先に待っていた楽園を、どうして手放すことができましょう!? 手放したその先に、またあの日の地獄が待っているかもしれないというのに! 故に! 彼らにとって『転生』とは、本当の意味での『死』なのですよ!」
「……そしてお前は、その権利を持っていると?」
俺の問いに、ヴォルナールは待っていた言葉が返ってきたと言わんばかりの嬉々とした表情でまた語り出した。
「そのとおりです! 我ら王は、担当する区画にいる魂の転生を"強制的に行う権限"を、女神エイルからいただいております! だからみな、私の命令に従い、反旗を翻せないのです!」
そしてヴォルナールが急に立ち上がると、コロッセオの広場に視線を向けた。
そこには、さっきまで戦っていた大男と、あきらかに戦士とは思えない細身の男が、短剣を両手で持って構えていた。
するとヴォルナールが、ポケットから魔石を取り出すと、口元に近づけて話し出した。
『そこの図体のでかいの! 君のせいで面白味がない! なので5分間、君は動くことを禁止する! 絶対に動くな、防御するな、5分間耐えたまえ!』
ヴォルナールの言葉がコロッセオ全体に響き渡り、広場の大男は、目を大きく見開いてヴォルナールを睨みつけていた。
『なんだその目は!? 気に食わないのなら従わなければいい、その代わり、なんて言ったかな? ああ! カレンって言ったかな? ぜひ一度会ってみたいものだ』
その言葉に大男は、大切な者の身に危険を感じ、対戦相手に視線を移すと、武器や防具を全て床に放り投げ、両手を後ろで組んで立ち尽くした。
そして戦いの合図が鳴ると、細身の男は雄叫びを上げながら大男に向かって駆け出し、短剣を突き刺した。
その後は見るに堪えなかった。
大男が頑丈なせいで、短剣の一撃では勝負が決まらず、細身の男が短剣を突き刺し、短剣を抜いてまた突き刺す、そんなことを何度も何度も繰り返していた。
「はっはっは! いい眺めでしょう!? あの男は、ここで出会ったカレンという女と夫婦のような生活を送っていましてね! その女には、1人残した娘がいるから、娘に謝るまではここにいたいと言っているのですよ! そんな女にほだされて、あわれですねぇ」
「ヴォルナール! 今すぐこの試合、処刑を止めさせろ!」
ヴォルナールの見せ物に、俺は怒りをあらわにして、止めさせるように言った。
だが、ヴォルナールが1人がけのソファに座り直すと、今までの態度が一変した。
「あん? 嫌に決まってるだろう、頭湧いてんのか?」
その言葉に、俺たちは完全な敵意を感じて、ソファから立ち上がって武器を構えようとした瞬間——
「遅いんだよ、馬鹿が!」
ヴォルナールがそう言い放ち、ソファの肘置きのボタンを押すのが見えた瞬間、俺たちのいた床が、落とし穴のように開いて急な浮遊感に襲われた。
「このっ! 落ちるわけ!」
「ないでしょ!」
とっさにクレスとルーシェが、俺たちに風の精霊術を使って、体を浮かせようとする。
が、落とし穴の上からヴォルナールの部下たちが現れて精霊術で攻撃してきた。
「みなさん、受け身はお願いします!」
そう言ってイリーナが防壁を張り、敵からの攻撃を防いだ。
クレスとルーシェは、浮遊することをあきらめて、地面への落下を風の精霊術で和らげた。
なんとか受け身を取りながら地面に着地した俺たちは、上を見上げるが、すでに落とし穴の扉は閉ざされてしまっていた。
「くそ! みんな大丈夫か!?」
「だ、大丈夫〜」
「問題ありませんわ」
「えぇ、大丈夫よ」
全員の無事を確認した俺は、周囲を見渡すが、辺り一面何もない空間だった。
「ここは、いったい……?」
そうつぶやいた瞬間、壁の一部が大きな音を上げて動き出した。
壁の隙間から漏れた光が眩しく感じて、俺は一瞬目を細めた。
そして、先ほどまで観覧席から聞こえていた歓声が聞こえ、目が慣れてきた俺が見たのは、何度も短剣で刺されてもなお、立ち尽くしたままうなだれた大男の姿だった。
「ここは、コロッセオの広場?」
俺が目の前の無惨な光景を見て、自分たちのいる場所を理解すると、あの男の声が響き渡った。
『いやぁ! 素晴らしい戦いだった! そして、お前たちに特別なお客さまの紹介をしよう! 愚かにも我ら七冥王に牙を向く侵入者を!』
ヴォルナールの言葉に、会場の視線が俺たちへと向けられた。
『この者たちは、生者でありながらこの冥界に立ち入り、女神さまに謁見を申し出てきた不届者たちだ!』
その言葉を聞いた観客たちから、野次を飛ばす者、まだ何が起きているのかわからず黙っている者と二つに分かれていたが、ヴォルナールの放った言葉に、観客たちの態度が一つになった。
『だから、その愚かな侵入者たちを殺した者には、褒美として、このベガスでの永住権を与えよう! さあ、早い者勝ちだぞ! 狩りの始まりだ!』
「おい! マジかよ!?」
「邪魔だ、どけ! 俺が殺してやる!」
「邪魔はおめえだ!」
ヴォルナールの言葉を合図に、観客席のあちこちから我先にと、広場へと向かって駆け出し、地鳴りと怒声がコロッセオを包み込んだ。
「ヴォルナール……!」
俺は広場から、観覧席のなかで不敵な笑みを浮かべながら見下しているヴォルナールと視線がぶつかる。
『おお、怖い怖い、でもいいのかな? そんなよそ見してると……』
ヴォルナールの言葉が終わる前に、俺を大きな影が覆ってきた。
俺が振り向くと、そこには傷だらけの大男が、俺に襲い掛かろうとしていた。
『殺されちゃうよ〜』
そして、大男が俺に覆い被さろうとする瞬間——
「すまない……」
一閃。
俺は剣を抜き、大男の腰から肩にかけて切り上げるようにして、切り捨てた。
そして大男の体は霧散し、魂だけがそこに残った。
『いやぁ! 惜しかったねえ! さあ、愚民ども! ドンドン殺しに行けよ! そして、愚かな勇者さま、私をできるだけ、楽しませてから死んでくれ』
俺はヴォルナールの言葉に怒りを感じながらも、目の前から迫りくる観客たちの波に、集中するしかなかった……
——冥界攻略編 謀王の催し 完——




