冥界攻略編 殺し合いの場
——謀王の屋敷——
ヴォルナールの案内で、屋敷のなかを歩いていたが、まるで連絡通路のような道を案内されていて、明らかに屋敷からは離れていくようだった。
「なぁ、そろそろどこに案内しているのか、教えてくれてもいいんじゃないのか?」
俺はたまらず、ヴォルナールに行き先を聞くが、彼がそれに答える様子はなかった。
怪しい、だが殺気や悪意のようなものは、感じられない……
そして長い通路の奥にある扉に、あと数十歩のところで、やっとヴォルナールは話し出した。
「みなさま、この都市を見て感じられたと思いますが、ここはあらゆる娯楽を集めた都市でございます……そして、そんなところだからこそ、これがなければ始まらない……そんなものがございます……」
「ないと始まらないもの?」
俺の疑問に、ヴォルナールが大袈裟に両手を広げながら語り出した。
「ええ、一つは己の運を試し、一夜で天に立つことも地に落ちることもある『カジノ』! そして鳴り止まない音楽と人の鼓動が踊り狂う『クラブ』!」
「カジノにクラブ……」
俺が、聞きなれない単語に困惑しながら話を聞いていると、ヴォルナールが急に穏やかな口調になって補足した。
「ああ、ご安心ください……今のも『妖王』が教えてくださった名称です……」
そんな話を聞きながら、4人の見張りがいる、両開きの扉の前までやってきた。
俺は、見張りの人数がやけに多いことを気にしつつ、扉の前に立つヴォルナールから視線を外すことが出来ずにいた。
そして、2人の見張りが扉の取手に手をかけて待機すると、ヴォルナールは俺たちのほうに振り返り、また語り出した。
「そして最後に、頼れるのは己が肉体のみ! ルール無用! 手加減なし! 勝てば強者! 負けたら弱者の殺し合い!」
ヴォルナールの口上に合わせるかのように、見張りの男たちが扉を開け放った!
「ご覧ください! これが、我が都市最大の娯楽場! その名も! 『コロッセオ』です!」
そう言ってヴォルナールが、扉の奥へと案内すると、そこには前面ガラス張りになっている部屋があった。
その部屋には、ソファがいくつも並んで置かれ、ガラスの向こうを覗けるようになっていた。
俺はゆっくりと、ガラス張りの壁に近づいて、向こう側を覗き込んだ。
そこには、ドーナツ状の観客席に、人がひしめき合っていた。
そして観客席のさらに内側に、大きな広場があり、今まさに2人の人間が"殺し合い"をしていた。
1人は筋骨隆々の大柄の男で、その体と同じくらい巨大な大斧を振り回していた。
もう1人は引き締まった体型をしているが、自身よりも大きな槍を片手で軽々と振るって構えている。
槍を持った男が、一気に大男の懐まで近づき突きを放つ!
が、大男の左腕の防具で防がれ、右手に持った大斧の薙ぎ払いが、男に襲いかかる!
すぐに槍を戻すが、避けるにはもう間に合わない。
が、槍の男は避けることなく、大男の一撃を受け止めた……
いや、大斧が槍の柄に当たる瞬間に、槍を傾けて衝撃を逃して受け流した。
男の横っ腹を薙ぎ払うはずだった大斧は、大きく上に流され、大男は斧に振り回されて背中を見せてしまった。
そこにもう一度、槍の男が大男の着る鎧の隙間、腰の部分めがけて突きを放ち、大男に突き刺さった。
大男が痛みに叫ぶと、それを聞いた観客たちも歓声を上げて、大男の声を掻き消した。
決着がついた……
と思った次の瞬間——大男が自らに刺さった槍を掴んで、おもむろに体のなかに押し込んだ。
槍の男は、一瞬のできごとに動揺し、自身の武器を手放すことを躊躇った結果、引っ張られた勢いに体を持っていかれ、槍も奪われた。
そして、男が体勢を直そうとした時には、大男の斧は上段からの振り下ろしを終えた後だった……
「う〜ん! 今回はなかなかの盛り上がりでしたねぇ……」
広場の戦いを見届けた俺の横で、ヴォルナールがつぶやいた。
「こんなところに連れて来て、なんのつもりだ? 俺たちの目的は教えたはずだが?」
「ええ、承知しておりますとも……ですが、ご覧になったでしょう? あの激闘と讃美の戦場を、死者であるが故に繰り返せる殺し合いの決闘! アナタも勇者なら! 武の道を極めた者なら! 湧き上がり、滾る感情があるでしょう?」
ヴォルナールの問いは、あながち間違いではなかった。
確かに俺は、あの決闘の様子に、胸の高鳴りを感じていた。
だがそれは、殺し合いの緊張感や惨たらしさからではない。
2人の積み上げてきた武の一端を、あの一瞬で垣間見ることができたからだ。
大男が実行した、相手の攻撃を誘い、防御から即座に攻撃に転じる、反撃狙いの戦術。
槍の男が見せた、大斧を受け流し、相手の隙を作る技術。
どちらも、やろうと思ってできる芸当じゃなく、それこそ死に物狂いで鍛練して身につけたものだ。
その練度の高さに、俺は剣を振るう者として、昂ったのだ。
「お前の言うとおり、俺はあの戦いに心が踊った……だがそれは! お前が思うような感情では一切ない!」
俺は否定の言葉を言い放ったが、ヴォルナールの反応は予想に反するものだった。
「ふふふっ、もしや勇者さま……彼らの戦いぶりを賞賛していると?」
「……それならなんだというんだ?」
「いやぁ、あの者たちですが、ここに来た頃は、なんとも醜い体つきの貴族どもでしてねぇ……あのような武人然とした見た目になったのは、コロッセオに放り込まれてからだと思い出しまして……」
「……どういうことだ?」
「ひひひっ! たった今、勇者さまが彼らに向けられた賞賛は、このコロッセオがあったからであり、つまりそれは! このコロッセオのあり方を認めた、ということなのですよ……」
ヴォルナールの話に、俺はすぐに言い返すことができなかった。
もし、その話が本当なら、確かに俺はここの存在を肯定したことになる。
そして、俺の動揺を見抜いたのか、ヴォルナールは俺に考える暇を与えなかった。
「我ら冥界の住人にとって、この体は魂のあり方による"仮初の幻"、体を鍛え腕を磨けば武人としての体を、精神を鍛え、年齢という概念を超越し、若き日の体を得ることさえ可能にするのです! そしてあの者たちは、このコロッセオに放り込まれたことで、武器を手に取り、技術を磨き、その体を変化させ、勇者の賞賛を得るまでに至った! なんと素晴らしい! これが最高の娯楽でなくて、なんだと言うのでしょうか!?」
大袈裟に振る舞うヴォルナールの言葉を、俺は否定することができなかった。
だが一つだけ、どうしても引っかかることがあった。
「……一つ聞きたいことがある」
「……はい、なんなりと」
ヴォルナールは、いつもの落ち着いた口調に戻り、俺に質問を促した。
「なぜ奴らは、こんな状況に追い込んだお前に、黙って従っているんだ? 1対1で勝てなくても、数人がかりなら、お前を倒すこともできるだろ?」
「……それは、次の試合を見ながら、ゆっくりとお話いたしましょう……」
そう言ってヴォルナールは、1人がけのソファに座ると、俺たちにも近くの数人がけのソファに座るように手で促してきた。
「どうぞお座りください、イベントはまだこれからなのですから……」
俺はみんなと顔を見合わせ、ゆっくりと近くのソファに腰かけた。
「さあ、始まりますよ! 次の試合は、趣向を変えますので、ぜひお楽しみください!」
ヴォルナールは嬉しそうに説明し、俺たちがコロッセオの広場に目を向けると、そこにはさっきの大男と、ただの一般人にしか見えない男が怯えながら立ち尽くしていた……
——冥界攻略編 殺し合いの場 完——




