冥界攻略編 めぐらせる策
——謀王の屋敷——
ミリスの母親の件は、ミリスが復讐を望まないことを、俺とイリーナが重く受け止め、計画を取り下げた。
そして、気持ちを落ち着かせたミリスが、再びメイド服を身にまとうと、いつもの調子に戻っていた。
「では、クロードさま、イリーナさま、もうこのような無謀な計画はなされませんように、お願いいたします……」
「ああ……もうバカなことはしないよ!」
「わたくしも、誓います!」
俺とイリーナの言葉を聞いて、ミリスは満足したように、静かに微笑んだ。
それから、ララティアとリアラが戻ってくるのを、みんなで待っていると、扉の向こうから声をかけられた。
「みなさま、ヴォルナールでございます……」
その声に、部屋の空気が張り詰めた。
ヴォルナール――謀王が俺たちと初めて会った時に、名乗っていた名前だ……
俺はみんなに目配せをし、全員が頷いたことを確認して、ソファから立ち上がり、扉の前まで移動した。
「今開ける……」
俺は扉越しに返事をしながらドアノブに手をかけて、ゆっくりと扉を開いた。
「勇者さま、急かすようで申し訳ありません……今よろしいでしょうか?」
「ああ、問題ない……どうかしたのか?」
俺がそう聞くと、ヴォルナールが不気味にすら感じるほどの満面の笑みを浮かべながら話し出した。
「はい! 実は、勇者さま方に、ぜひ見ていただきたいものがございまして!」
「見ていただきたいもの……?」
「ええ、ぜひ奥のご婦人方もご一緒に……」
そう言って、ヴォルナールが部屋の奥にいるみんなに視線を向けると、あることに気づいた。
「おや、小さなお嬢さんと軽やかな人が見当たらないようですが……」
「ああ、2人なら外に出かけたよ」
「……外に、ですか?」
その時、俺の返事を聞いたヴォルナールの表情が少しだけ、曇ったように感じた。
「あ、ああ、何か不味かったか? 多分、少しすれば戻ってくると思うが……」
「……いえ、女性2人だけで出歩くには、やや物騒ではと心配になりまして……」
「あぁ、それなら大丈夫だ、ちゃんと自衛できる程度の心得は持ってるから……」
仮にも魔王の娘と女神だから……というのは、伏せておいた方がいいだろう。
「……左様ですか、ですが念のため、使いの者を送らせていただきます」
「いや、そこまでしてくれなくても……」
「いえいえ! この地を統べる者として、お客さまに何かあっては、一大事ですから……」
そう言って俺の言葉をさえぎり、ヴォルナールが部屋の前から離れると、近くに待機していた使用人に声をかけた。
話している内容は聞こえなかったが、使用人はヴォルナールの話を聞き終えると、慌てた様子で走り出した。
走り去る使用人の後ろ姿を、ヴォルナールがしばらくの間見送ると、俺たちの方に振り返った。
「お待たせいたしました……それでは、ご案内いたします……」
まだ、ついていくことは了承していないはずだったが、どうやらヴォルナールのなかでは、決定事項らしい……
だが、ここまで手厚い待遇を受けておきながら、警戒して断るのは、さすがに失礼だろう。
そう思い、部屋のみんなに一度頷き、ヴォルナールに応えた。
「わかった、すぐ用意するから、少し待ってくれ」
「ありがとうございます……」
ヴォルナールの返事を聞いて、俺は扉を閉めた……
——謀王ヴォルナール——
さて、どうしたものか……
とりあえず、さっきの使用人は戻り次第"処分"するとしよう。
私が策を弄しているというのに、あんなあからさまに慌てやがって、奴らの警戒を強めてしまうだろうが!
しかし、あの小娘と褐色の女はどうやってこの屋敷から出たのか?
……まぁいいだろう。
いくら取りこぼしがあったところで、大した誤差にはならない。
わざわざ冥界に来るなんて、どんな変わり者を相手にするのかと、多少意気込んだが、相対してみれば普通の若僧どもだった。
警戒こそしても、情や正道に絡め取られて私の都合どおりに動いて、面白みもない。
だからこのままでは、なんの盛り上がりもなく終わってしまう。
だが残念ながら私では、勇者どころか、部屋のなかにいた奴らにも、姿を消した小娘と褐色の女にさえ勝てないだろう。
かけ離れた実力差――そこだけは、想定から大きく外れてしまった。
「まぁ、どうとでもなるでしょう……」
元々、力押しでどうにかしようなどとは考えていない。
奴らは確かに強い、それは相対した時に直感的に理解した。
だが力で及ばずとも、策を練って貶めれば、奴らを倒すことなど造作もない。
その前に勇者さまたちには、その実力を十分に披露してもらおう。
その方が剣王も楽しめるし、私が勇者を倒した時の剣王からの評価も上がるだろう。
「ふふふっ、私も久しぶりに楽しめそうだ……」
舞台は用意した、ショーを盛り上げる道具も余すことなく"連れて来た"、あとはゲストを招待すれば完成する。
「剣王も、そろそろ来る頃だろう……あの方が、のんびり馬車に揺られてやって来るとは思えん」
ふと、勇者の部屋の前で、独り言を呟いていたことに気づいて、顔がニヤついてしまう……
悪い癖だ。
思いどおりにことが進む。
それは愚民どもが首を垂れてひれ伏す瞬間の次に気分がいい。
だが、そういう時ほど気をつけなければならない……
油断と慢心から生まれるミスほど、取り返しがつかないのだから。
だからあえて予想する。
「3秒後に扉が開く……」
根拠のない予想をして、全てが上手くいくなんていう、私の浅はかな勘違いをただそう……
3……2……1……そして私の予想は外れ……
「グロードざんの、ブァガァァァ!!」
謎の奇声とともに、目の前の扉が開き、銀髪の女が顔の穴という穴から、色々と撒き散らしながら飛び出してきた。
「なっ!? なんだ!?」
私はとっさに後ろに飛び退き、隠し持っていたナイフを取り出して構えた。
だが銀髪の女は、私を無視して走り去ってしまった……
「ヴォルナール! 大丈夫か!?」
私が走り去る女の後ろ姿に呆気に取られていると、部屋の方から勇者の声が聞こえてきた。
「えっ? ええ、問題ありませんが、先ほどのブサ……尊き人は……?」
「ああ、気にしないでくれ……いつものことだ」
「いつもの……?」
「ああ……ところで、その手に持っているのは?」
勇者の視線を感じて、私はやっと手に持っていたナイフのことを思い出した。
「も、申し訳ありません……生前より、護身用のナイフは持ち歩くようにしておりまして……」
私は慌ててナイフをしまいながら、勇者に謝罪をした。
「そうか……まぁ、俺たち4人に勝てないことは、理解してるんだろう?」
「え、ええ、それはもう! お会いした時に理解いたしました!」
「……なら、よかった……待たせた、じゃあ行こうか?」
そう言った勇者の後ろから、女たちが集まってきた。
「いえいえ、とんでもありません! では、こちらです……」
私は、勇者たちを舞台へと案内するために歩き出した。
あの女……あとで殺す!
通路の先頭を歩く私の顔は、さっきのふざけた女への恨みで、さぞ歪んでいることだろう……
……だが、まあいい、すべては計画どおりなのだから。
私はすぐに気分を切り替え、舞台への道のりを心躍らせながら進むのだった……
——冥界攻略編 めぐらせる策 完——




