冥界攻略編 家族になった日
――謀王の屋敷――
謀王の屋敷に招待された俺たちは、案内された客間で休憩を取っていた。
「クロード! ふかふかのベッドだよ!」
「あー! クレっち、ウチもやる! ララちーも行くよ!」
「えっ? う、うん!」
クレスがベッドに飛び込む姿を見て、リアラがララティアを巻き込んで、そのあとに続いた。
その様子を見て、ルーシェが呆れたように、3人に声をかけた。
「……はぁ、あんたたち、今どういう状況かわかってるの? まだ味方か判断できないやつの本拠地にいるのよ!」
「あはは、わかってるつもりなんだけど、どうしても衝動が抑えられなくて……」
「クレっちに同じくぅ〜」
「ご、ごめんなさい……」
「うっ!? ラ、ララは悪くないのよ……」
4人の和やかなやり取りを、近くのソファに座って眺めているうちに、俺も少し気持ちが落ち着いてきた。
そして、反対側のソファにいるイリーナとミリスへ視線を向けた。
ミリスはイリーナの傍に控えるように立っていたが、イリーナに着席を促されると、どこか落ち着かない様子でソファに座った。
俺はイリーナに、今回の件をミリスへ打ち明けるべきか、相談したかった。
復讐が果たせないとわかった以上、この秘密を抱えている理由がない。
俺はともかく、イリーナをその重荷から解放したかった。
(だが、いつ話すかだな……)
そんなことを考えていると、ベッドで戯れていたクレスが、俺に話しかけてきた。
「そういえば、クロード! 地獄の話を聞いてからずっとおかしいけど、どうしたの?」
「……えっ!? いや、別に何もないぞ!」
「ううん! 絶対嘘! だってクロード、ずっと怒ってるもん!」
クレスの言葉に、みんなの視線がいっせいに俺へと向いた。
「クロードはね! 自分が思ってる以上に、顔に出てるから気をつけた方がいいよ!」
「……いや、正直私は、全然わからなかったわよ」
「えっ!? 本当!?」
ルーシェの言葉にクレスが驚いたが、俺はむしろ、誰も気づかなかった俺の変化を、クレスだけが感じ取っていたことに驚いていた。
だが、驚きはこれだけではなかった。
「……あの、イリーナさま、一つよろしいでしょうか?」
そう言ってミリスが、イリーナに声をかけたのだ。
「えっ? ええ、どうしましたか?」
「その、私もお聞きしたいのですが、なぜイリーナさまも、お怒りになっているのですか?」
その瞬間――みんなの視線がいっせいにイリーナに向けられた。
その勢いは、俺の時よりも凄まじかった。
「えっと、急に何を言い出すのですか? 別にわたくしは、気分を害してなど……」
「嘘です! イリーナさまも、お顔に出やすいので、十分にご注意ください!」
「……いやだから、誰も全然わからないわよ」
ルーシェの言葉に、ミリスは無言で首を傾げた。
まるで、『こんなにわかりやすいのに?』とでも言いたそうに……
俺はクレスとミリスの問いを受けて、これ以上の隠しごとは無理だと判断し、イリーナに話しかけた。
「イリーナ、もう終わりにしよう……ここまで付き合わせてすまなかった……」
「っ! いえ! これは、わたくしも望んだことです! クロードさまだけの罪ではございません!」
「「罪?」」
イリーナのその一言に、クレスとミリスが声を合わせて反応した。
「はっ……!?」
自らの失言に気づいたイリーナは、口を押さえて黙り込んでしまった。
「クロード……アンタとイリーナは、何か悪いことを企んでいた……そして、それは地獄行きの話に関係している……合ってるかしら?」
「……ああ、当たってるよ」
俺はルーシェの問いを肯定した。
「イリーナ、こっちに……」
俺はイリーナに隣へ来るように声をかけた。
「……はい」
イリーナは静かに立ち上がり、それに続いてミリスもソファから立ち上がろうとした。
「ミリスはそのまま、そこで座っていてくれ」
「えっ? ですが……」
「頼む……」
ミリスの言葉を、なかば強引にさえぎって、俺は座るように促した。
ミリスは黙って頷き、その場に座り直した。
そして、イリーナが俺の隣まで移動すると、ゆっくりとソファに座ったのを確認して、俺は話し出した。
「……どこから話したらいいかな? とりあえず、地獄行きの魂について聞いたのは、ある奴らを探してたからだ……まあ、そこまでは気づいてるよな?」
「そうね! 問題はどうしてアンタたちが、地獄行きになるような奴らを探してるのか、ってところよ!」
「ああ、そうだよな、ルーシェ……俺たちが探してた奴らは、故郷に住んでたんだ……」
「それって……もしかして、私に聞いてきた人たちのこと? 名前は知らないけど、見た目で覚えてないかって言ってきた……」
「そうだよ、クレス……そいつらのことを、俺とイリーナは探してたんだ……」
その先の話をしようと思った時、ふとララティアの姿が視界に入った。
「……リアラ、ララティアを連れて、遊びに行ってくれないか?」
「あぁ、うん! いいよ! ララちー、行こう!」
「えっ? う、うん……クロードさま、またね……」
「ああ、気をつけてな……」
リアラはララティアの手を引き、空間の穴を通って部屋から出ていった。
「すまない、話がそれたな……俺たちが村の奴らを探していた理由だが……」
俺はミリスをまっすぐに見つめ、言葉の続きを紡いだ。
「ミリス、お前に関係している奴らだから……」
「……私に……ですか……?」
ミリスは、急な話に驚きをあらわにしていた。
そして――
「……っ!? もしかして……」
ミリスは、その答えにたどり着いた。
「ああ、お前の母親を殺した奴らだ……」
その瞬間――俺の言葉が、部屋の空気を重く濁らせた気がした。
隣にいたイリーナからは、言葉にならない声が聞こえ、クレスとルーシェから張り詰めた気配が伝わってきた。
「俺はイリーナに頼んで、そいつらが今何をしているのか調べてもらったんだ……そうしたら全員死んでたよ……山で狩りをしてたら、魔物に襲われたらしい……」
嘘をついた……
本当は、ミリスの母親が患っていた病気に感染して、奴らは死んだ……
けどそれを言ってしまうと、ミリスのなかで母親が、『優しかったお母さん』から、『人殺しのお母さん』に変わってしまうのではないかと、そう恐ろしくなってしまった。
ミリスがそんなことを思うはずがない。
それはわかっていた。
けど、彼女のなかの母親の姿に、いっさいの陰りも与えたくなかった。
「……正直、自業自得だと思った……けど、できるなら俺の手で報いを受けさせたいと思っていたのに、それができないことに絶望したよ……」
そして、俺の言葉を引き継ぐように、今まで黙っていたイリーナが語り出した。
「……ですが、思ったのです……死者の魂が行き着く冥界でなら、その復讐が果たせると、ミリスの運命を捻じ曲げた者たちを、この手で断罪できると……」
いつもなら怒りを覚えても静かに話すイリーナから、これほど力強い声を聞いたのは初めてだった。
それは他のみんなも同じで、俺以外は、イリーナの言葉に理解が追いついていなかった。
だから俺は、もう一度それを言葉にした。
「イリーナの言うとおりだ……俺はここへ、ミリスの母親の仇に会いに来た! そして、奴らの罪を、死んでも償えないものだと、思い知らせるために来た!」
そしてやっぱり……こういう時は、クレスが最初に声を上げるんだ。
「で、でも……クロードも、イリーナも、そんなことしたら……」
「アンタたちも、ただじゃ済まないわよ……」
薄々わかっていたことを、ルーシェはきっぱりと言ってくれた。
「だよな! だから俺とイリーナは、最悪ここから帰れないことも覚悟してたんだ……女神エイルから言質さえ取れれば、みんなとララティアが帰れれば、問題ないしな!」
「問題大ありだよ!」「問題大ありよ!」
俺の話に、クレスとルーシェの2人が同時に声を張り上げていた。
「ダメだよ! それで、2人に会えなくなったら、私嫌だよ!」
「わかってるの!? 別世界に来てるだけでも危険なのに、そこで仇討ちなんてしたら……セレーネさま!」
ルーシェがセレーネを呼び出すと、置いていた荷物の陰から、這いずるようにセレーネが現れた。
「えっと、ルーシェさん、呼びましたか? ってか、とりあえず、この縄を誰か解いてもらえません?」
クレスが慌ててセレーネの元へ行き、縄を解き出す。
だが、ルーシェはそれを待たずに、セレーネを問いただした。
「お聞きしますがセレーネさま、もし今の計画が実行されていたら、2人はどうなっていましたか?」
クレスが縄を解き終わり、セレーネがゆっくりと立ち上がりながら、ルーシェの質問に答えた。
「あたた……そうですねぇ、仮に実行されていたら、世界の異端者として、その場で消滅か……それこそ、本当に地獄行きになって、永遠の責苦を負わされるかもしれません」
セレーネの話を聞いたルーシェが、俺たちの方へ視線を戻して、怒りをあらわにした。
「だそうよ! アンタたち、よかったわね! そいつらがもう消えてて!」
「……ああ、そうだな……でも、ミリス……本当にすまない……俺は、お前の母親の仇討ちさえ、してやれなかった……」
「ミリス、わたくしにも謝らせてください……アナタに何もしてあげられなくて、本当にごめんなさい……」
俺とイリーナは、ミリスに頭を下げた。
過ぎたことはくつがえせない……ミリスが母親を殺された事実は変えられない。
ならせめて、彼女の心に残る暗い過去を、少しでも晴らしてやりたかった。
だが現実は、その願いさえ叶えることを許してくれなかった。
だから俺たちは、ミリスに謝ることしかできなかった。
「……頭を、上げてください……」
ああ、やっぱり……ミリスは俺たちを許してしまうんだろう……だから、俺はこの結果を望まなか……
「謝っても許しませんから、頭を上げてください!」
「……えっ?」
ミリスの言葉に、俺はつい間抜けな声を出して、顔を上げてしまった。
イリーナも、俺と同じ反応をして顔を上げていた。
すると、ミリスがソファから立ち上がり、クレスに声をかけた。
「クレスさま、このテーブルをどかすのを手伝っていただけますか?」
「えっ? う、うん、わかった……」
クレスはミリスの行動に戸惑いながらも、ミリスと一緒にソファの間にあったテーブルをどかした。
「イリーナさま、今から暇をいただきます……」
イリーナに向かって、ミリスがそう告げると、おもむろに着ていたメイド服を脱ぎ出した。
「ちょっ!? ミリス、何してるんだ!?」
「ミリス!? いったい何をしてるのです!?」
俺とイリーナの制止も聞かず、ミリスは肌着1枚の姿になり、カチューシャを外して髪を下ろした。
「家族に会うのに、仕事着のままでは変でしょう?」
ミリスは短くそう言うと、俺とイリーナの前に来て膝をついた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ごめんなさい……」
次の瞬間――俺はミリスに頬をぶたれていた……
そして、すぐ隣でも何かが強く弾かれる音がした。
俺が隣に視線を向けると、イリーナが頬を押さえているのがわかった。
ミリスがイリーナの頬をぶったのだと気づくまで、少し時間がかかった。
するとミリスが、俺とイリーナを両手で抱きしめてきた。
「2人とも、どこにも行っちゃやだよぉ! ずっと一緒にいてよぉ! もう、1人にしないでぇ!」
その言葉に、俺の目から自然と涙が溢れていた。
「ごめん、ごめんよ、ミリス……」
俺はミリスを抱きしめ返した。
「ごめんなさい、ミリス……本当に、ごめんなさい……」
イリーナも同じだった。
彼女の瞳からも涙が溢れ、ミリスを抱きしめ返していた。
「ずっと一緒がいいのぉ! ぶって、ごめんなさいぃ!」
「謝らないでいい! ありがとう、ミリス……」
「ええ! アナタと出会えて、本当に良かった……」
俺は大事なことを見落としていた。
ミリスはまだ10代の女の子で、家族が必要だった。
でも彼女はその家族を一度失っていた。
俺とイリーナはそのことばかりに気を取られて、ミリスに失いたくない新しい家族ができていたことを見落としていた。
その家族とは、俺やイリーナやみんなのことだった。
ミリスにとって、何があっても失いたくない存在に、俺たちはなっていた。
なのに、道連れ覚悟の復讐なんてしたら、平手の一発くらいもらっても仕方ない。
だから俺たちは、互いに泣き止むまで、何度も何度も、ありがとうとごめんなさいを繰り返していた……
――冥界攻略編 家族になった日 完――




