冥界攻略編 果たせぬ想い
――数日前 冥界突入前のある日のこと――
冥界へ向かう準備を進めるなか、イリーナに呼び出された俺は、彼女に調べてもらっていた男たちが、すでに死んでいたことを聞かされた。
「クロードさまのおっしゃっていた方々の亡くなり方を調べたのですが、恐らくミリスのお母さまが患っていたご病気に感染していたのだと思います……その、そういったお仕事をされている方々に、よく見られる症状だったようですので……」
イリーナは俺に説明しながら、過去を調べていくうちに気づいてしまったミリスの事情を、うまく口にできないもどかしさからか、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「そうか……ありがとうイリーナ、嫌な思いをさせてすまなかった……」
俺はイリーナに、労いの言葉をかけながら軽く頭を撫でると、彼女は俺の手を取って自分の頬に寄せて目を閉じた。
犯人たちについて、クレスに聞いても心当たりがないと言われた時から、薄々予想はしていたが、どうやら俺とクレスが旅立ったあとで、犯人たちは病死していた。
ミリスと彼女の母親は、スラムで蔓延していた病から逃げてモス村に来ていた。
だが村の住民たちは、ミリスの母親の様子を見て村に入ることを拒み、森の奥の小屋に追いやった。
しかし、ミリスの母親は流行り病にかかってはいなかった。
彼女が患っていたのは、異性とのたび重なる濃厚接触による感染症だった。
ミリスが感染していないことを考えると、ミリスの母親は、この病気のことを知っていたのかもしれない。
だが、村の一部の男たちは、そんなことなど知りもせず、ミリスの母親の仕事を知ると、村には内緒で足を運んだ。
そして彼女の身体が弱り、利用価値がなくなると、小屋のなかで逃げられないように縛りつけてから、火をつけて殺した。
犯人たちは、これで何もかも元どおりになると思っていたかもしれないが、そうはならなかった。
ミリスの母親が患っていた病は、犯人たち全員に感染し、彼らの身体を時間をかけて蝕んでいた。
そして俺とクレスが旅に出たあと、犯人たちは病を発症して亡くなった。
それは、王都にいる医者に診てもらえれば、治すことができた病気だった。
だが、流行り病が蔓延していたスラムの人間を診てくれる医者は存在しなかった。
そして、王都から遠く離れた田舎で、謎の病気にかかった者は、隔離されて放置されることはあっても、わざわざ王都に連れて助けようとする者も存在しなかった。
因果応報――そう言ってしまえば終わる話だが、俺はどうしても納得がいかなかった。
結果は変わらなかったかもしれない。
だが、ミリスが心穏やかに母親を看取り、まったく違う人生を歩めていたかもしれない。
そんな可能性を潰した犯人たちを、俺は許すことができなかった。
奴らは苦しんで死んだだろう……だがそれは、自分たちの犯した罪を悔やみながら死んだわけではない。
『どうして俺が!?』『誰か助けて!』『俺が何をしたっていうんだ!?』
俺の勝手な妄想に過ぎないが、奴らが死の間際に吐いた言葉なぞ、どうせそんなものだろう。
「……ロードさま……クロードさま!?」
怒りのあまり、俺は目の前でイリーナが呼びかけていることにも気づかず、彼女が声を張り上げたことで、ようやく我に返った。
「っ! すまない……」
「いいえ、わたくしも怒りを覚えないと言えば嘘になります……」
イリーナにとってミリスは、立場は違えど本当の妹のような存在だった。
だから俺は、彼女を巻き込むべきではなかった。
それでも俺は、確実に奴らの消息を知るため、イリーナを巻き込んだ。
そして、命だけでなく、地位も立場もすべて奪ってやりたかった。
「イリーナ……これは俺の八つ当たりだ……ミリスを救えなかった俺の……もし、奴らが冥界にいるのなら、死すら生温かったと思わせる苦痛を与えてやる!」
「……はい、その時はわたくしも、おともいたします」
イリーナは、握っていた俺の手を胸元に移し、俺の言葉を受け入れた。
そして彼女が、静かに俺に語りかけてきた。
「クロードさま、これはわたくしの嫌がらせです……自分たちを苦しめる男のとなりに聖女がいるなんて……これ以上に恨めしいことはないでしょう……」
そう言って微笑む彼女の表情は、とても聖女とは思えない恐ろしいものに感じたが、彼女の瞳に映る俺の表情も、とても勇者とは思えないおぞましい顔をしていた……
――現在 冥界――
あの日、イリーナと交わした約束を思い出し、俺は謀王に向き直して問いかけた。
「その……興味本位で聞くんだが、地獄行きの魂はどこに行くんだ?」
奴らが本当に地獄行きなのか、それを知る方法はない。
だが、俺はそう確信していたし、そうでなければ納得がいかない。
しかし、謀王の答えは、俺の期待を大きく裏切るものだった。
「ほう、勇者さまもなかなか俗的なご趣味をお持ちのようですが……残念でなりませんね」
「……残念?」
「ええ、地獄行きというのは、あくまで例えでして、実際は『その場で朽ちて消滅するだけ』なのですよ」
「……はぁ?」
「いやぁ、私もあまり詳しくはないのですが……輪廻転生の権利を失った魂は、塵になって世界に還される……そして、世界を循環し新たな命の糧となる……と、聞き及んでおります」
謀王の話に、俺は落胆してしまった。
恐らく、イリーナも同じ気持ちだろう……視界の隅で、彼女の手が自身のスカートの裾を強く握りしめているのが見えた気がした。
謀王の言うことがすべて本当なら、イリーナと密かに掲げていた目的は、永遠に果たすことができない。
「……ふむ、勇者さま、他にも娯楽はございますので、よろしければご案内いたしましょうか? それともお会いしたい人がいらした、とかでしょうか?」
提案か、それとも探りを入れているのか、俺の落胆した様子を見て、謀王が問いかけてきた。
「いや……本当に興味本位で聞いただけなんだ、気にしないでくれ」
「……左様ですか、これは失礼いたしました」
そして、俺と謀王の会話が終わり、馬車のなかに沈黙が落ちた。
すると、俺の頭のなかに、セレーネの声が響いた。
『クロードさぁん! 言っておきますけど、その人の話は本当ですよ!』
(セレーネか!? 今の話、聞いていたのか!?)
『はい! っていうか、クロードさんがイリーナさんと話してたことも、全部まるっと聞いてましたよ!』
(なっ!?)
油断していた。
セレーネは、今でも俺の願いを叶えるために同行している。
そのために、自身の姿を俺以外には見えないようにすることもできた。
なら、俺とイリーナが密かに話している内容も、俺にも見えないようにして、盗み聞きしてても不思議ではなかった。
だがそんなことよりも、俺はセレーネに問いたださなければならないことがあった。
(お前、罪人の魂がどうなるか……知ってて黙ってたのか?)
謀王の発言を、真実だと断言したということは、俺たちが計画していた復讐が果たせないことも、わかっていたということだ。
「……」
(答えろ!! セレーネ!!)
俺はセレーネに、怒りを込めて再び問いただすと、セレーネはため息を吐き出して、語り出した。
『はぁ、そりゃ知ってましたよ! だって、女神ですから! でも、あの時にそれを言って、2人は納得してくれましたか? しないでしょ? だから、言うタイミングを考えてたらこれですよ! わかりますぅ!? タイミングを見計らって言おう、言おうとして、事実が先に来ちゃって、「なんで黙ってたんだ!?」って言われる中間管理職の苦悩がぁ!?』
(……クソッ!)
セレーネの言っている意味も、正直わからなくはない。
その後も、セレーネがなにか文句を言っているのが頭のなかで聞こえていたが、俺は行き場を完全になくした怒りを整理するので精一杯だった……
「みなさま、まもなく私の屋敷に到着いたします」
セレーネの声さえ気にならなかったのに、謀王のその声に、俺は引き戻されるように反応していた。
これが七冥王の一角を担う者の持つ力なのか、それとも生まれ持ったものなのか、どちらにしても、その瞬間、俺は目の前の男が不気味に感じてしまった。
そして、恐らく城門を潜っているのだろう。
馬車のなかが暗くなり、すぐにまばゆい光が差し込んできた。
「みなさま、長旅お疲れ様でした……この先に、我が屋敷のある七番区画の主要都市、『ベガス』がございます!」
謀王が外の景色を見るように促し、俺はそれに従って、馬車の窓から顔を出すと、その景色に唖然とした。
そこには、冥界にあるとは思えないほど煌びやかな光を放つ都市があった。
建物の外壁には、必要以上に取り付けられたランプが光を放ち、いたるところから音楽と声が聞こえ、まるでお祭りのようだった。
「……祭りでもしてるのか?」
「いやぁ! お恥ずかしながら、これが我が都市の日常でございます!」
謀王はそう答えると、額に手を当てながら大袈裟に笑った。
「そ、そうなのか……?」
「ええ、生き物とはおもしろいもので、金銭の概念がないこの世界でも、娯楽は成立するのですよ!」
謀王の言葉を聞き、俺が窓の外へもう一度目を向けると、馬を走らせて競う者、小さな囲いのなかで決闘をしている者、それを見て声を張り上げる者の姿があった。
確かにそれは、俺たちの世界でもある娯楽と変わらなかった。
『ちょっ! クロードさん! 聞いてほしいことがあるんですけど!』
俺が外の様子に気を取られていると、頭のなかでセレーネが騒ぎ出した。
(うるさっ!? そんなに慌てて、いったいどうした!?)
『いいから! 私の言うとおりに、あの男に質問してください!』
(……わかったよ! で、何を聞けばいいんだ?)
俺はセレーネの頼みを渋々承諾すると、セレーネの質問をそのまま謀王に投げかけた。
「ところで、この都市の名前はどういう意味なんだ?」
その質問をした瞬間、謀王の先ほどまでの緩んだ表情が固まり、どこか冷めたような表情に変わった。
「……なぜ、そのような質問を?」
「えっ? いや、なんとなく……聞いたことがない言葉だと思って……」
俺は、セレーネのことを説明するべきか悩んだが、謀王の反応が気になって、つい嘘をついてしまった。
「……まぁいいでしょう……実は、私にもわからないのですよ」
「……わからない?」
「ええ、この都市を作ったのは私ですが、名前を付けたのは剣王です……剣王と共にいたある方が口にされた言葉を、剣王がいたく気に入られたのですよ」
「ある方?」
「……第三区画の管理者、『妖王』でございます……かの王は、勇者さまと変わらない年頃に見えるにもかかわらず、多くの知識をお持ちなのですよ」
そう言って謀王は、妖王について淡々と説明し出した。
「あまり、いい気がしてないみたいだな?」
「そうですね、この都市の名前は私が付けたかったのに、剣王の権限で決まってしまいましたから……妖王も申し訳なさそうにされていましたが、苦労して作った分、私も心穏やかではなかった……ということでしょう」
謀王がそう静かに語ると、気持ちを切り替えたように、明るい声で話し出した。
「そんなことよりも、そろそろ我が屋敷に到着いたします! どうぞ本日はごゆっくりと、おくつろぎください!」
その言葉どおりに、ひときわ大きな建物の前で馬車が止まり、御者が扉を開いた……
――荷台の上――
「やっぱり、おかしい……エイルが何かした? でもそんなこと、お母さまが許すとは思えない……ええい! どこまで介入していいのかわからん! とりあえず、わかっていることは一つ! あの男の言うことが本当なら、クロードさん、敵はアナタよりも、確実に強いですよ!」
――冥界攻略編 果たせぬ想い 完――




